現代人が、主としてヨーロッパで繁栄したネアンデルタール人とシベリアのデニーソヴァ洞窟に小指骨(写真下の上=デニーソヴァ人の小指の骨の位置)と大臼歯(写真下の下)をわずかに痕跡として残すデニーソヴァ人と、かつて交雑したことは、現代人のゲノムに残る遺伝子断片から明らかになっている。
ただし、その頻度は明らかではなかった。
全世界1500人余のゲノムを調べる
アメリカ、ワシントン大のベンジャミン・ヴァーノットらの研究チームは、35個体分のメラネシア系を含む1523個体分の世界各地の現代人のゲノム全配列を調べ、その結果をアメリカの科学週刊誌「サイエンス」4月8日号で報告した。
ちなみに過去の絶滅人類との交雑の証として、現代人は祖先の遺伝子断片をゲノム中に保存している。ネアンデルタール人由来の遺伝子は非アフリカ系で約2%、現代オセアニア人はデニーソヴァ人系遺伝子を2~4%持つ。
非アフリカ系のすべてにネアンデルタール人の遺伝子、だがデニーソヴァ人は
すべての非アフリカ系個体のゲノムにはネアンデルタール人由来の遺伝子が含まれている一方、実質的なデニーソヴァ人由来の遺伝子断片は、メラネシア系のみしか見つからなかった。
つまりネアンデルタール人との交雑は、現生アフリカ人に痕跡が見られないことから、その場所が中東周辺であり、しかも複数回あったことが想定できる一方(本年3月25日付日記:「早期現生人類からもネアンデルタール人に遺伝子逆流;従来観よりさらに古い時期に両者の交雑があった」、及び同3月14日付日記:「現生人類がネアンデルタール人と混血してもたらされた『負の遺産』;古人類学」、また10年3月26日付日記「小さな小指の骨か浮かび上がらせた人類進化の大きな課題:シベリア、デニーソヴァ洞窟、ネアンデルタール人」も参照)、デニーソヴァ人との交雑は東南アジアで、しかもたった1回だけだったと推定できる。
ヴァーノットらは、遺伝子の歴史を復元し、現代メラネシア人の祖先とのデニソヴァ人との交雑は、1回だけしかなされなかったろうことを示したのは画期的だった。
現代チベット人の遺伝子にデニーソヴァ人の痕跡
ただしデニーソヴァ人も、現代人の一部には重要な遺伝的寄与を示したらしい。
例えば2年近く前のイギリス科学誌「ネイチャー」7月2日号で、カリフォルニア大学バークリー校のラスムス・ニールセンらが発表したところでは、高地に住む現代チベット人は、高地適応の遺伝子をデニーソヴァ人から受け継いだらしいのだ。
ニールセンらのグループは、現代チベット人40人と、中国の漢民族40人からDNAを採取し、デニーソヴァ人のゲノムと比較した。その結果、デニーソヴァ人の「EPAS1」遺伝子は、チベット人のものとほとんど同一であることが確認されたのだ。
異種交配による遺伝子移入なしに、偶然にこのような一致の見られことはあり得ないことだという。
高地適応にデニーソヴァ人遺伝子変異はメリット
同グループのそれまでの研究で、現代のチベット人には代謝経路に関係する遺伝子EPAS1に変異が見られることを明らかにした。これは、低酸素環境における身体反応を制御するものであるため、ニールセンらはこのことが、チベット人が高地で生き延びる上で重要な役割を果たしてきたのではないかと推測している。
現生チベット人祖先とデニーソヴァ人との異種交配が起こったのは、今から4万年前だった。両集団が親しく交流していたかは不明だが、交雑のなされた場は、前述のように東南アジアだったと思われ、そこの集団の一部がチベット高原に移住する際、デニーソヴァ人由来のEPAS1の変異が有利に働き、自然選択の結果、現生チベット人の大部分にこの変異が保存されたのだろう。
なおデニーソヴァ人にとってEPAS1遺伝子の変異にどんな意味があったのかは分からない。
昨年の今日の日記:「バルト3国紀行11:荒城カウナス城を見学;紀行」