獅子(と牛)の天国たったヒンドゥー寺院
インド系リアル狛ライオン像群
・南洋ヒンドゥー寺院の獅子像(その2)
(シンガポール・マレーシア)


     獅子像の発祥の地の一つ、インドのヒンドゥー教では獅子像はどうなっているのでしょうか?。これはインド亜大陸南部のタミル系の人たちが多い、シンガポールのヒンズー教寺院行くと理解し易いです。インドと中国をL字形に結び付ける海域東南アジアならではのこの地では、ここからインド的なものや、中国的なものを考えることも可能です。

図1.PNマハー・マリアマン寺院の門前の狛ライオン(向かって右)
〈凡例:PN=マレーシア、ペナン・SN=シンガポール・JB=マレーシア、ジョホール・バル、KL=マレーシア、クアラルンプール〉

図2.PNマハー・マリアマン寺院の門前の狛ライオン(向かって左)










      ヒンドゥー教徒でなくても靴を脱いで寺院の中に入ることもできますし、本堂には入れませんが、周囲を回ったり、写真を撮ったりすることはできます。シンガポールでは、むしろ天后宮や観音亭などの中国系の寺廟が、本堂内部の撮影を禁じるところが多いです。



     シンガポール最古のヒンドゥー教寺院、1827年創建のスリ・マリアマン寺院は、チャイナタウンの中心部にあり、3シンガポールドルを払えば、撮影もできます。

図3.祭壇上部左右の女神の足元のライオン像(向かって右、SNスリ・マリアマン寺院)



図4.祭壇上部左右の女神の足元のライオン像(向かって右・SNスリ・マリアマン寺院)

図5.SNスリ・マリアマン寺院内部神像左右に2頭のライオン像


図6.SNスリ・マリアマン寺院外観







     外観から確認できるのは、この寺院の大門や神像を安置する場所の左右を護る女神は、ライオン像であることが多く、狛犬ならぬ狛獅の表現である双獅による門の守りは、ヒンドゥー教でもよくみられます。







    マレーシア、ペナン島ジョージタウンのインド人街にあるヒンドゥー寺院の、マハ・マリアマン寺院は、門前にライオン像が一対で護っていて、わかりやすい事例です。





    また外壁にぐるりとライオン像を配置することもあり、これは聖なる白牛を配置する場合と同様です。聖なる白牛と、百獣の王であるライオンは、ヒンドゥーの聖獣の双壁といえるかもしれません。








    インドライオンが実在するので、ライオン像はリアルです。ただ、シンガポールのスリ・マリアマン寺院のものは、向かい合ってはおらず、身体の向きが同一でした。この寺院の外壁上は、ヒンドゥー教の聖獣である白牛が並んでいました。






    白牛が外壁に並ぶシンガポールのスリ・マリアマン寺院に対して、マレーシア、ジョホール・バルのスリ・マリアマン寺院では、ライオン像が寺院外壁に並びます。大門左右上もこちらではやはりライオンで、また、門前の階段上左右に金ライオン像がありました。

図8.ライオン像大門上(向かって右、JBスリ・マリアマン寺院)

図9.ライオン像大門上(向かって左・JBスリ・マリアマン寺院)


図10.JBスリ・マリアマン寺院外壁上に並ぶライオン像


     また、マレーシア、クアラルンプールのスリ・マハ・マリアマン寺院では、内部の塔の片方のみ、ライオン像がいました。寺院の一角に群れている雰囲気で面白いです。


図11. 門前の階段左右の金ライオン(向かって右・JBスリ・マリアマン寺院)

図12. 門前の階段左右の金ライオン(向かって右・JBスリ・マリアマン寺院)

     このほか、ヒンドゥー寺院は、本殿両脇の柱頭に獅子像を配置したり、リアルでない、すでに様式が変化した獅子像も多く、ヒンドゥー教のなかでも、なんで獅子像が現地にライオンがいるのに、どんどん想像化されていくのか、そのあたりの感性が不思議です。


   今後追々取り上げて行きたいです。





佛山市の対聯書きの方々を取材しました
(広東省佛山市禅城区筷子路)

(首都大学東京〈旧東京都立大学〉、中国文学研究室の木之内誠先生のFB頁に投稿したご還暦祝いレポートの転載です)






木之内誠先生:

拝啓:

   ご還暦おめでとうございます。私からなにかお祝いを差し上げたく考えましたが、やはり木之内さんのご専門にご研究されている、対聯を贈らせて頂きます。

   そのために、すでにお誕生日の3日後になりますが、本日10月12日、対聯書きの屋台である書写攤の集中する広東省佛山市の禅城区の筷子路に行きました。倣バロック式の騎楼街なのに、ここは通りの端から端まで、対聯書きの屋台が20軒ほど軒を連ねておりました。密度では全国一ともいえるのではないでしょうか?。

   そのなかでも書道はこの人がいちばんという、朱伯さん(77・男)に御願いしました。


図1.朱伯さん、横披を書く。

図2.朱伯さん、上聯を書く。




   この方はこの対聯街の常連で入り浸っている「対聯迷」の李海霆さん(35・男)に紹介してもらいました。この方もじつは対聯を書いて売っていましたが、最後の「安」の一字が失敗とは、厳しい自己批評をしていました。

図3.朱伯さん、下聯を書く。

図4.朱伯さん、対聯ノートをみる。


   朱伯さんはもうこの通りで店を広げてから20年になるといっていましたが、みなさんここの対聯書きの方はそうおっしゃいますので、文革が終わってから、いまから20年前くらいにこの通りが対聯通りになったのでしょう。

図5.朱伯さんの長い対聯を書くのを見物する人たち。

   朱伯さんは、10歳くらいから書道を始めたといいます。しかし影響を受けた古今の書道家はいないそうで、街の看板をみて、うまいと思った字を真似たといっておりました。


   さて、対聯の内容ですが、研究室に貼ることもできる、書斎の対聯「書房聯」といたしました。「先生は学生さんが多いんですよ」といったら、すぐに決まったのがこの句です。彼の数冊に渉る対聯句の帳面にも書いてありました。



「桃李満圓萬紫千紅春色好・英才薈翠五洲四海棟梁多」
(桃李満圓にして、萬紫千紅、春色好・春色好英才薈翠して、五洲四海、棟梁多し)



    となりました。いかがでしょう。お気に召しましたでしょうか?。私も桃とはもちろん申しませんが、李の末席に入るとお考えでしたら幸いです。




    「横披」(題記)は、「錦繍前程」としました。これは彼が好きな横披で、「繍」の糸へんは一秒くらいで書いていました。



     ここで変な話しですが、まあ、情報として書かせて頂きますが、お値段は字数でなくて、紙長さで決まるのだそうです。1.3m=15元・1.6m=25元・1.8m=38元・2.2元=45元・3m程度=88元程度とのことでした(当日レート1元=17.5日本円)。




    この対聯は、2.2mですので、長大で目立ち、見物人が集まってきました。滅多にない大仕事かも知れませんが、書き上げるまでわずか12分程度でした。

    旧正月の春節前の収入は1日当たり1000元から2000元とのことで、短い対聯ばかりだと、1対を仕上げるのに、「横披」掛かるから、そんなにいい収入とは思わないが、長い対聯だと割に合うといっておられました。


図6.梁旭さん、聯を書く。





    ですから、1日当たり60対程度を書くと言うことでしょうか? 。書き時間が長いと、収入に響くらしいというのは、考えてみれば納得です。


図7.楊城さんと、彼の作品。



    本日は、他にも2人の方を取材しました。やはり20年ほどこの通りで対聯を書いている梁旭さん(71・男)の作品も同封致します。

図8.李海霆さん、対聯を書く。



    対聯は、その場で彼が考えたもので、最初対聯は君が考えろといわれて、往生しました。彼は、手元にいかなる手冊ももっていませんでした。書くのがもの凄く早く、中国書法は、広東では、まるで功夫のような体育的な技芸ではないかとの考えが頭に浮かんだほどです。みなさん、それくらいさっさと一気に書き上げます。

図9.筷子路対聯街(広東省佛山市禅城区)

「育才興宏業・立教以樹人」、横披は「桃李満圓」です。

   この上の句は、最初は「育才報國恩」か、「育才以興大業」にするか訊ねられました。し私は後者がいいといいましたら、一字変えて上記のようになりました。しかし、この方は、「立教以樹人」から考えて、そして、そっちから書き始めました。変わった書き方をします。ちなみに値段は20元でした。

   もう1人、楊城さん(81・男)は茂名市で中学校教師をしていた方で、10歳から伯父に書道を習い、いちばん好きな書道家は斉白石だそうです。やはり20年程度この通りで対聯を書いています。

   このようなことで、お祝いの対聯ですが、航空便で明日13日広州の郵便局より発送いたします。その前に、先生のFB頁に、レポートとして投稿させて頂きます。こうして投稿させて頂くのも、学生らしい振る舞いで私は気に入っています。

   それでは先生、どうぞお元気でお過ごしください。重ねましてご還暦おめでとうございます。

   いつか近いうちに佛山の対聯街、ご一緒に調査をさせて頂く日が来ましたら嬉しいです。

   鞠躬

(生)川野明正

2014年10月12日・広東省佛山市より





 


仙四爺廟の厄払祓い祭祀
─「小人」送りと「吉紙」天狗・五鬼そして白無常財神
(虎爺の話・その7)
(マレーシア、クアラ・ルンプール仙四爺廟)


 

図1.Yukiko Takehara さんが彩色した「消凶化吉」吉紙クアラ・ルンプールの「吉紙」
(クリックして拡大してみてください)


     虎爺を祭祀する場合は、小人(広東方言:シュウヤン)を祓う祭祀が多いですが、クアラ・ルンプール仙四爺廟では、祭祀に使う金銀紙のセットを売っていて、小人紙もなかに入っています。組合わせは、線香・「吉紙」・「小人」・「百解符咒」・「緑馬」・「貴人」です。
   
 

図2.「吉紙」オリジナル版


     「吉紙」(広東方言:ギッチー・現地の発音は少し違いました)です。これは広東系華人が、人生や日常生活に祟ると思われるあらゆる凶神・鬼怪・精怪が描かれています。悪い影響を与えるものだから、縁起をとって「吉紙」といいます。
   
 

図3.「小人」の形代(かたしろ)




     このお札は、凶神悪鬼勢揃いで面白いのですが、Yukiko Takehara さんが、以前彩色して送り返してくださったのが、「消凶化吉」、つまり凶が転じて福となっておりました。なかなか面白いご供養の仕方です。

 

図4百解符咒

   






      貴人と緑馬は、壁に貼りますが、それはもうびっしり貼り付けてあり、マレーシアのなかでも最多でしょう。「百解符咒」は正式には、「大成北斗七元星君百解符咒」(だいせいほくとしちげんせいくんひゃくかいふじゅ)といい、もろもろの禍事(まがごと)・諸もめ事を祓う有り難いお札です。

 
 
図5.壁に貼られた緑馬・貴人の数々





     神前に捧げてから、「小人」の形代(かたしろ)とともに燃やします。武人像と、「賜富星君」・「賜福星君」が描かれています。 小人は靴でさんざんに叩いてから燃やします。実物が入手できて嬉しいです。

 


 




     多様な凶神悪鬼が描かれている吉紙の内容は、以下の通りです。なお、凶神悪鬼はすべて線香の火で、顔に穴を開けてしまいます。しかし、「本方土地」「当年太歳」「吉凶二星」のなかの「吉星」は、神さまなので、顔に穴を開けてはいけません。

 






[吉紙内容一覧]

本方土地=現地境界内の土地神である。

当年太歳=各年ごとの歳神である。立春の春牛図が絵柄になっている。民間暦書の扉などにかならずある絵である。

事非口舌=口が原因の災いに祟る。もめ事、口げんか、失言などを司っている。「口舌是非」ともいう。

朱雀・玄武=南と北を象徴する四神であるが、この場合は六壬占術の十二天将に属する。

騰蛇(とうだ)・白虎=十二天将に属する凶神で、騰蛇は空飛ぶ蛇である。六壬占術の観念。日本にも陰陽道の六壬神課として入っている。

関□関旬=りっしんべんに反の字は不明。子どもなどが将来遭遇する危険を関門とみなし、これを「関煞」(華語:クゥアンサー・かんさつ)と呼ぶ。

草頭大王=盗賊の神であり、盗難に遭う。中国には草鞋三郎などの盗賊の職業神がいる。

發冷發熱=マラリアの危険である。マラリアは、漢方の病名では「瘴癘」(しょうれい)といい、中国南部や南洋は瘴癘の地として恐れられた。

飛天七娘=空飛ぶ人頭女の凶煞である。

吉凶二星=占術上の吉星と凶星。

男女傷神=「男女神」「男女客官」などとも言うが、「男女隔神」のこと。男女の縁談の間に入って、仲介どころか邪魔立てする。

過天六郞=「過天遇往」「虚空過往」などともいい、天上をぐるぐる回って人界を巡察し、過誤を天上の朝廷の天庭に報告する。

口牙良願=「口で良いことを願う」の意味であるが、叶わないようにする。詳細は不明。

冤家咒咀=家どうしが仇となる争い事を引き起こす。

隔飲隔食=食欲の不振を引き起こす。

五道傷神=輪廻道を司る道教の五道将軍に触犯して祟られる。

揚州美女船=揚州の妓女船を指す。不明であるが、女難の運命だろうか?。

攔街截搶=街で抗争に巻き込まれたり、強盗に襲われたりする。

年災月殺=年々の厄災、月々の厄災。

無人承祝=子孫もなく、無縁の亡者に成り果てて、誰も自分の冥界祭祀をしてくれないから、あの世で餓鬼となってしまう。

 


     このほか、厄年の年回りでは、五鬼星の厄とか、天狗星の厄があり、これについても五鬼紙と天狗紙があります。五鬼紙は、目だけ異様に描かれた五鬼が五人並んで、ゾクッとした面白さがあります。天狗もただの犬みたいで、なかなか宜しいです。



 

図6.天狗紙


     最後に、玄壇将軍と虎爺の祭壇とともに、文昌帝君・関帝を夾んだ反対側の祭壇には、「財神」と呼ばれる神が祭祀されています。これは冥界の拘魂卒(こうこんそつ)の白無常(華語:バイウーツァン・しろむじょう)さまです。逆に本来財神である玄壇趙公明さまは、虎爺の管轄神となっていて、面白いです。
 
 図7五鬼紙


 
 図8.財神(白無常さま)
 



     死神である白無常がなぜ財神かというと、これはいちばん平たい解釈では、こう考えています。冥界から寿命の尽きた人の命を取りに派遣される白無常さまは、派遣されることを中国語で「差」(チャイ)というので、雲南省の大理市では「白衣差神」(大理漢語:バイイーチャイセン)と呼ばれます。しかしこれが財神としてやはり信仰されていますが、差神は「差」(チャイ)が派遣されることを意味し、財産の「財」(ツァイ)と発音が似ているので、財産の神様である財神となったようです。




      クアラ・ルンプールの白無常さまは、麻の喪服を着ておられる長身の男子ですが、参拝する人は、黄金万金と書いた金銀紙入りの白い紙カバンを財神の首に掛けます。そうして冥界の銭である冥銭を捧げ、現世の銭と換えてもらうのでした。

 

 



 

対偶のお供え物としての海亀餅
(マレーシア、ペナン島テロッ・バハン峰渓大伯公廟)


 

   今日はネット関係がことごとくうまくいかなかったので、無理せず予定の記事を変更しまして「縁起担ぎ」に中華風海亀餅の内容とします。簡潔な記事と致しました。

... 

   掲載の海亀のお餅は、金門島・澎湖島や福建南部系華人で廟神に捧げる祭品です。

 
  


     本日ペナン島のテロッ・バハン(Teluk Bahang・バハン湾)という海岸で、私は吞気にぷかぷか浮いていたのですか、そこの大伯公廟(福建南部系華語:トゥアベッコンミュウ)という、土地神を祭祀する廟の祭卓にあったものです。魔除けではなく、祭品です。しかし、二匹で一対になっています。

 

    このような対偶の祭品は、よく神前に鯉や鮒を捧げる際に、腹合わせに対偶にします。それと同様の対偶式祭品と思います。


    海亀餅は、可愛いお顔をしていますね。中華どんぶりのゆるキャラかと思いました。

    



    海亀餅の習俗について、高雄在住の陳高川さんから、台湾の高雄市の事例について、御教示がありました。「台湾では、農暦1月15日にもあって、缶詰食品を組合わせてできている、重量4000㎏」とのことでした。





     「旧暦一月十五日は、台湾の廟では乞亀の習俗があり、信徒はポエを投げて(半月型の木製の一対の神意を訊く道具)、誰が聖杯(一つが表・一つが裏)だと、亀を持って帰っていいのです。それで来年願解きに(普通は同等の値段の金銭)を納めます。習俗上亀は大きくなっていき、持って帰った人の亀がきちんと亀の面倒をみたことを表します。亀が大きくなったら、川野さんの写真と同じような食べ物で作りますが、保存期間が短いので、いまは缶詰でかえているのです」とのことです。



   有り難うございました。




   また、長崎在住のYukiko Takehara さんからは、「長崎では角砂糖を色紙で包んでモザイク模様を作ってお葬式の祭壇飾りにしていましたが、ちょっと似てるなあと思っちゃいました」との御教示を頂きました。


    海洋の民の海亀とその御菓子の習俗、まだまだいろいろ結びつきそうです。


 


    おまけの最後の写真は、あまりにもイスラームのお国柄らしい禁止マークですので、やはり掲載してしまいました(笑)。

目撃!! 虎爺への供物の捧げ方
─クアラ・ルンプール仙四爺廟の虎爺と「玄壇将軍」
(マレーシア、クアラ・ルンプール仙四爺廟・関帝廟)

 








     クアラ・ルンプールの広東系廟堂である仙四爺の本殿両脇には、向かって右に観音堂と、向かって左に関帝と文昌帝君を祭祀しますが、この文武2神の両脇は虎爺と財神が祭祀されています。


  
 
図1.仙四爺廟虎爺(向かって左)


    虎爺は黄色い虎爺が一対おり、早速みてビックリ!!、祭品の豚の脂身が、両目を塞いで
いるではありませんか。口にもダラリと脂身が垂れております。口と目を塞ぐことになにか意味があるのかもしれませんが、目は驚きです。そして手前にはゆで卵三個でした。

  

図2仙四爺廟虎爺(向かって右)

 

    近所の関帝廟も、別名広肇会館というくらいで、広州・肇慶一帯の広東人(広府系といいます)の会所ですが、こちらの虎爺は、黒虎爺と黄虎爺の一対でした。

  

図3.仙四爺廟玄壇将軍
 

図4.虎爺の祭壇

    この2つ廟堂に共通するのは、一対の虎爺の背後には玄壇将軍(げんだんしょうぐん・正式な道教の称号は、玄壇元帥)が祭祀されていて、虎爺を管轄する神となっています。玄壇将軍は通俗小説『封神演義』で活躍する趙公明(ちょうこうめい)さまでした。

  

図5.関帝廟虎爺(向かって右)


     虎爺を管轄する神としては、マレーシアでは城市の土地神ともいうへせき社稷神(しょしょくしん)もおります。ムアー南海飛来観音堂と、アーロスター大伯公廟の虎爺は、本境社稷神の神位の前におられます。

  

図6.関帝廟虎爺(向かって左)


     台湾では、山神や保生大帝などが、虎爺を手なづけていますが、媽祖さまほか、多数の神さまの神壇の下方に虎爺がかしこまっています。

  

図6関帝廟玄壇元帥

 


     仙四爺廟の玄壇将軍は銀塊・金塊である元宝(華語:ユエンパオ・げんぽう)を左手に持ち、右手で神鞭を振るい、左足で虎を踏んづけてしまっているのですが、黄虎の方は、忠実に玄壇将軍さまを見上げていて、信頼関係の厚さに驚きます。

  

図7.バトゥパハッ天后宮の玄壇元帥と虎爺

    祭祀の手伝いをしている方に訊くと、通俗小説『封神演義』で黒虎に騎って、神鞭を振るって活躍する趙公明さまであることが分かりました。でも、仙四爺廟では黄虎ですね。これは、クアラルンプール関帝廟(広州・肇慶会館)の虎爺も同様でした。こちらは黒虎爺と、黄虎爺で、玄壇元帥は金身です。

  

図8.アロースター大伯公廟の虎爺


    バトゥパハッ天后宮(ジョホール州・金子光晴が滞在中に絵を描いている)でも虎爺の神位に、趙公明さまが祭祀されています。


(つづく)