統一教会員の合同ニュースブログより

真のお母様コナ訪問レポート 15日目
2013年7月2日 | Filed underトピックス,真の家庭,統一教会,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa

天暦5月20日(陽6.28)真の子女様3世の原理修練会が真のお母様を中心として開始されてから15日目を迎えた。お孫様方は、訓読会を終えて真のお母様にご挨拶をいただいた後、すぐに原理修練会で一日を開始した。
真のお母様は米国ハワイコナ指導者に摂理の重要性を強調され会議を主催された。また二世の指導者育成の重要性を述べられ、将来にむけた十分な準備を早急に整えるよう要請された。

真のお母様のみ言葉

真のお父様ご聖和一周年までいくらも残っていない今、これまでよりも未来を準備する一世、二世になって準備していなければ、ますます難しくなるでしょう。
これまで多くの二世たちが教会を中心とする生活よりは、どのように生きていくかをより心配してきましたが、これからは教会の未来を考える新しい歴史を担当する二世を育成しなければならない時です。
お父様の時代には、すべてのことをお父様が責任を持たれました。お父様との関係を結んだ世代は60、70、80代なので今二世とはギャップ(gap)があまりにも大きいのです。真のお母様が秩序を持って伝統を立てなければなりません。
過去10か月間み言葉を整理して伝統を立てました。原石を加工して美しい宝石が誕生するように準備してきました。2000年後半の真の父母様のみ言葉をまとめた天聖経と平和経を出版し、今年中には、真の父母経を準備します。  
30、40、50代の中間指導者の養成が急がれることを知ってUPA(天宙平和士官学校)を創設しました。すべてのことには徹底した準備が必要です。年を重ねるごとに位置を保持しなければなりません。
米国も早く未来を代表することができる若くて覇気のある二世を育てて、新たに復活しなければなりません。将来のリーダーとしてみ旨を中心として、明確な目標に向かって努力し精誠を尽くす二世の若者が必要です。
真の父母様が34年の間、米国で摂理をされたのは、米国だけでなく世界摂理のためであったため、米国は世界の国々を救う先頭に立たなければなりません。
指導者たちがお父様のようにみ旨を理解できず、ご父母様はは多くの苦難の峠を越えなければなりませんでした。
世界に誇れる国にならなければなりません。長子は弟を抱かなければなりません。
お父様も40代に重要摂理を出発されました。
感謝して、100%真の父母様と一つになって、み旨と一つにならなければなりません。
指導者が食口達をわが子のように接すれば食口達は関心を持つのです。世界のために、ために生きる伝統を後世に教育しなければなりません。アメリカの人々に迅速な行動を見せなさい。今後、海外の指導者は韓国語を必須にする必要があり、インターネット開発と利用においてに早急に適用しなければなりません。


【記事提供:金ギフン北米大陸会長】
韓国家庭平和連合HPより
訳Harikawa
原理講論和訳研究148
「終末論」の「第四節 終末と現世、(二)第二祝福復帰の現象」において、

「つぎに我々は、国家興亡史がどのように主権復帰の目的に向かって流れてきて、現代を終末へと導いているかについて調べてみることにしよう。闘争や戦争を、単純にある利害関係や理念の衝突から起こる結果であると見るのは、神の根本摂理を知らないところからくる軽薄な考え方である。」

という訳文がある。最後の
「神の根本摂理を知らないところからくる軽薄な考え方である」
という訳文のハングル原文は以下のとおりである。
「하나님의 근본섭리(根本攝理)를 모르는 데서 일어나는 잘못이다.」

この「잘못」は「誤り、過ち、間違い、ミス、やり損ない、落ち度」という意味であるので、
この文の直訳としては、
「神の根本摂理を知らないことところから生じる誤りである」
となるであろう。
軽薄な考え方」と訳すより、ハングル原文を尊重して「誤り」と訳した方がいいのではないか。
原理講論和訳研究147
「終末論」の「第四節 終末と現世、(一)第一祝福復帰の現象」において、

「第四に、堕落人間の本性の愛が復帰されていくという事実が、個性を完成していく終末のときの到来を更に証明してくれる。神の創造理想を完成した世界は、完成した一人の人間の姿の世界であって、その世界の人間は、みな神と縦的に一体となっているがゆえに、人間相互間においても横的に一体とならなければならないのである。従って、この世界はもっぱら、神の愛をもって縦横に結ばれ、一つの体のようにならざるを得ないのである。しかし、人間は堕落によって神との縦的な愛の関係を断たれてしまったので、人間同士の横的な愛も切断され、人類歴史は闘争のもつれによって流れてきた。」

という訳文がある。ここに掲載した最後の文章について考える。ハングル原文は、以下のとおりである。
「그러나 인간은 타락으로 인하여, 하나님과 종적인 사랑이 끊어졌기 때문에 인간들 사이의 횡적인 사랑도 따라서 끊어지게 되어, 인류역사는 투쟁으로써 엮어져 나왔던 것이다.」

これを以下のように訳している。
「しかし、人間は堕落によって神との縦的な愛の関係を断たれてしまったので、人間同士の横的な愛も切断され、人類歴史は闘争のもつれによって流れてきた。」

しかし、原文を直訳すれば以下のようになると思う。
「しかし、人間は堕落によって神と縦的な愛が断たれたために、人間たちの間の横的な愛も、従って、断たれるようになり、人類歴史は闘争によって綴られてきたのである。」
原理講論和訳研究146
「終末論」の「第四節 終末と現世、(二)第二祝福復帰の現象」において、

「神の第二祝福は、アダムとエバが真の父母として完成し、善の子女を繁殖することにより、善主権の家庭と、社会と、世界を成就するようになるということを意味する。しかし、アダムとエバは堕落して悪の父母となったので、全人類は悪の子女となり、悪主権に拘束された世界をつくってしまったのである。しかし神は一方に宗教を立てて摂理することにより、内的なサタン分立による心霊復帰の摂理をされ、また、他方においては、闘争と戦争による外的なサタン分立をすることにより、内外両面における主権復帰の摂理をしてこられたのである。このように人類歴史は、内外両面のサタン分立による復帰摂理を通じて、将来の真の親であられるイエスに仕えることのできる子女を探し求めて、神の第二祝福を復帰してきたから、それは宗教を中心とする文化圏の発展史と国家興亡史とに現れた内外両面における神の主権復帰の現象を見ることによって、現世がすなわち終末であるということを知ることができるのである。」

という訳文がある。ここに掲載した最後の文章について考える。ハングル原文は、以下のとおりである。

「이와 같이 인류역사는 內外 양면의 사탄 분립에 의한 복귀섭리(復歸攝理)로써, 장차 참부모 되신
예수님을 모실 수 있는 자녀를 찾아 하나님의 제2축복(第二祝福)을 복귀해 온 것이므로, 종교를
중심한 문화권의 발전 사와 국가흥망사에 의해 나타난 내 외 양면에 걸친 하나님의 주권 복귀의
현상으로 보아, 현세가 바로 말세(末世)임을 알 수 있다.」

これを以下のように訳している。
「このように人類歴史は、内外両面のサタン分立による復帰摂理を通じて、将来の真の親であられるイエスに仕えることのできる子女を探し求めて、神の第二祝福を復帰してきたから、それは宗教を中心とする文化圏の発展史と国家興亡史とに現れた内外両面における神の主権復帰の現象を見ることによって、現世がすなわち終末であるということを知ることができるのである。」

しかし、原文を直訳すると、以下のようになると思う。
「このように人類歴史は、内外両面のサタン分立による復帰摂理によって、将来、真の父母であられるイエスに侍ることができる子女を探し、神の第二祝福を復帰してきたのであるので、宗教を中心とした文化圏の発展史と国家興亡史によって現れた内外両面にわたった神の主権復帰の現象からみて、現世がすなわち、終末であることを知ることができる。」

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城南一和フロント、観客席に飛び込んだ理由は?
SPORTS WORLD | 入力2013.06.29 07:30:00、修正2013.06.29 07:30:00

プロサッカー城南一和フロントがサッカーファンのために観客席に飛び込んだ。
Kリーグクラシック城南一和フロントは、29日、城南炭川総合運動場で済州ユナイテッドとのホーム試合を翌日に控えた28日、観客席に集まった。ファンのためのきれいなスタンドを提供するためであった。
この日の運動場には、二回土砂降りのような雨が降り、スタンドは浸した。まもなくしては日差しが重石の上に土ぼこりがいっぱいだった。フロントは済州前当日の競技場を訪れるファンのために観客席の椅子を磨くことにした。勤務服を脱ぎ捨て作業服姿で現れた従業員は、湿気のある天候に汗をだらだら流しながら1万6000席の観客席の一つ一つを丁寧に磨き始めた。もちろん、清掃業者を介してクリーニングすることもできることだったが、ファンに向けて心を伝えるために直接出たのだ。この日の作業には、バクギュナム城南一和団長をはじめとするジョンチョルス事務局長など、地位の上下を残してすべてが一緒に作業に参加した。
実際城南フロントが観客席を直接掃除し始めたのは2ヶ月前からです。球団関係者は”大変な作業ですが、ファンのために始めた仕事”とし、 “観客が競技場に多く来て熱を帯びた応援をしてくれるほど、チームの成績も良くなるのではないか”と笑顔を見せた。フロントの誠意がチームにも提供されるだろうか。実際に城南はホームで行われた最近の4試合で3勝1分けの好成績を出している。去る4月14日全北現代との試合の勝利は、昨年6月9日慶南戦勝利後310日ぶりのホーム勝利であった。特に去る3月16日ホーム仁川戦で1-3の敗北を喫した城南はリターンマッチだった26日、遠征仁川戦で4-1で完全に雪辱した。当時、アン•イクス城南監督は、この日の試合を控えて”ホームであったことに何倍も返さなければならない”と選手たちの闘志を燃やした。それだけホームゲーム勝利の意志を示しているのである。ジョンチョルス事務局長は”Kリーグが発展するためには、顧客、ファン中心のサッカー 文化が作られなければならない”とし、”文化を作るためには、球団が先に心を開いて動かなければならない”と強調した。
城南=グォンヨウンジュン記者
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ハワイ訓読会 2013.6.23(天暦5.15)
「よく来ましたね。ここはお父様の摂理歴史において特に環太平洋摂理において東と西、南と北を結ぶとても重要な摂理の中心でした。この説明をする前にアダムとエバの堕落以後、神様の救援摂理歴史は痛みでした。大変な歴史でした。神様が創造された原則に従って、数えきれないほど増えていく人類を見たとき、果てしない悲しみと痛みでした。そのような中でもそれでも正しい人を立てて、救援摂理歴史を4000年という長い歴史をおいて、一つの民族を立てて国や世界を救援することができる道を開いてくださり、そして、そのみ旨を締めくくることができる責任者を送ってくださいました。イスラエル民族はどうなりましたか?敬うことができませんでした。神様の摂理歴史の中心となるべき方がみ旨を果たせずして行かれたので、再び来られるしかありませんでした。しかしイスラエル民族の前には、恐ろしい蕩減というものが残っているということをイスラエル民族は知りませんでした。ですから未来は明るくないでしょう。今イスラエルはキリスト教勢力の2%しかいません。選民であり中心であり、すべて過ぎ去ったしまったのにそれを知らずに…再び来られようとしたのは、キリスト教の基盤を通して来られようとされたのです。二千年摂理歴史が終わりを告げるようになり、今こそ現われるべき時です。それで特に2000年代は12年間をお父様は中心的に韓国が神様の祖国にならなければならないという摂理をなして来られました。皆さんはただお父様がおっしゃったのでそのようになるだろうと簡単に軽く考えてはならないのです。お父様がおっしゃられたのでこの地上にいる人は、必ず成就して差し上げなければなりません。成して差し上げなければなりません。責任があるのです。人類文明史は再臨主を迎えるためのその時がローマ帝国時代でした。そうでしょう?ローマ帝国時代のその時その基盤に乗ってイエスがメシヤとして人類の父母として来臨するようになればローマ版図をおいて世界へ広がっていくことは簡単だったのです。人類文明史は半島ローマを経て、大陸を経て、島国を通って、再び大陸を経て、島国を通って半島に戻ります。それでイタリア半島を中心として、世界に行くことができる道が開かれ、また、イギリスの島国をおいて、海を通って日が沈む日がないというのです。そうでしたか?そうですよね。イギリスも世界への道を開きました。結果は天の父母様に侍り最後まで締めくくりをよくしなければなりませんが、それは人間の力ではどうしようもできません。人間の力だけでは人類救援や幸福や平和が来ることができないということを何度も見せてくださいましたが、悟ることができないのが人間です。島嶼文化をおいてはキリスト教が世界を制覇するようになりました。しかし、そのキリスト教が腐敗してしまったので、新しい場所に移住するようになったのが清教徒アメリカ、この大陸に来て1次、2次世界大戦を中心として、中心に立って世界の平和をおいて、戦勝国が敗戦国を助けてあげたのです。その例として米国が日本を助けた。敗戦国に損害賠償を請求せずに助けた。何の話かと言えば、今は父母様が来られるときになり、すべての国々が兄弟となったという意味です。今は復帰された兄弟として父母様に侍らなければなりません。父母様を明かさなければなりません。栄光を捧げなければなりません。何の話か分かりますか?その責任に恐縮しても恥ずかしく思っても皆さんが果たすべき場に立っているということ、これは幸福なことですか?不幸なことですか?幸福で感謝したことを私が果たすことができ、私の代にこれを締めくくって、子孫が平和な世界、幸福な世界で暮らすことができる天一国に住めるようにしてくれた祖先になった、どれほど栄光なことでしょうか?皆さんがこの時点において個人をおいて惜しむべきことが何かありますか?天の前に隠したいことが何かありますか?子女たちも同じです。最も貴いものがあれば、父母の前に誇ってください。孫が6人来ていますが、ある日コーヒー農園に行って、コーヒー豆をひいたそうです。そうして、次の日に自分の写真をぴったりと付けて、「これはワンオンマが召し上がってください」と言って持ってきてくれました。この子供たちの心が皆さんの心にならなければなりません。自分が行ったことを自慢したくて、奇跡のようなことだと考えるとき、自分だけが持っているのではなく、父母の所に来て自慢して差し上げたい、そのような心を皆さんは生活の中で寸時を惜しんで天の前にお返ししなければなりません。それが今を生きている皆さんと後代を生きる人々との違いです。そして、すでに生きた人々とも違うのです。このように貴い場に皆さんが立っていることをどれだけ実感して暮らしているのか分かりません。皆さんの先祖にも感謝しなければなりません。私をこの時代にこの時に誕生させてくださり、私がこのように真の父母様に侍って暮らす人生を送ることができるのみならず、責任者であったならば父母様とともに歩んだ日々は、永遠に忘れられない思い出であり、皆さんの誇りです。そうですよね?皆さんは良い面をたくさん持っていますが、それを皆さんだけのものとして残してはいけません。私が生まれたのも父母によって生まれたのであり、私が死ぬようになることも父母の傍らに行くのだから、自分自身だけの隠し事などをしないでください。特に真のお父様は祖国統一のために、1990年代だけでもその情勢がどれだけ深刻だったか、反共運動、統一運動を行った方が北の金日成に会う、ソ連のゴルバチョフに会う、これは命がけのことです。すべての面において中心であられたので、その中心となる方が解かれてこそ可能なのです。今は皆さんが知っていることを止めてはなりません。お父様はこのようにすべてを人類救援のために、皆さんのために投入して来られたのですが、天が損をする立場に立つようになれば、最終的には皆さんが大変になるのです。そのことを知らなければなりません。だからこのハワイを中心として環太平洋時代を開いてくださいました。このハワイを中心にして東と西アメリカからアジアまでハワイがぴったりと中央にあるでしょう。それでここを中心として将来の二世たちのための教育をなさろうとされました。環太平洋時代は日本が中心となってこの大陸と世界を抱かなければなりません。教育しなければなりません。何か一つでも一番になりたい、何かになりたいという意志が強い人はそのように成せるようになるでしょう?皆さんは世の中でちょっとした仕事においても、寝ても覚めてもそのように努力している人たちよりも劣っていてどうしますか?天地を変えることができないでしょう。皆さんだけではありません。ですから日本として払うべき蕩減が少しあります。ですから皆さんの先祖、先祖たちを解放してあげなければなりません。先祖解怨してすべての蕩減から抜け出すことができる環境をつくり、一生懸命に伝道しなければなりません。伝道することは死生決断、全力投球、そこで最もエキスとなるべき天聖経・平和経をつくってあげたのです。忘れないでください。感謝する心! 一つの生命に対しても、より真の父母様を知らせなければならないと夜を明かしてでも努力する皆さんにならなければなりません。実践躬行しなければなりません。分かりましたか?そのように実践するでしょう?皆さんの心がころころと変わる時、基元節のビデオを見て、もう一度充電をして皆さんの生涯を締めくくる前に皆さんより能力があり、すべての面で整った皆さんの後継者を誕生させなければなりません。その道だけが皆さんが父母様に払った借りを少しでもお返しできる道なのです。どのようにしてこのような伝統を数千万代続けて美しく伝えていけるようにするのか、皆さんにかかっています。私たちの文化には必要のない枝はあってはなりません。影もなくさなければなりません。透明でなければなりません。そのような天一国の国民としてつくらなければなりません。分かりましたか?皆さんは地上天国・天上天国が夢ですよね?それを成して差し上げることができ、成すことができる立場に立っている皆さんです。それだけ皆さん自身が貴いぶん努力すべきなのです。実践しなければなりません。分かりましたか?」

真のお母様はみ言の後、日本の指導者たちにコナ・クィーンズコーヒー農園で栽培するコーヒーをプレゼントしてくださいました。
統一教会員の合同ニュースブログより

真のお母様の動静<コナ訪問7日目>
2013年6月27日 | Filed underできごと,トピックス | Posted by kakitaro
天暦5月12日(陽6.20)真のお母様は明け方早くクイーン ガーデンを散歩されて多くの精誠を捧げられました。
真のお母様は精誠中に長男孝進様を思い出されとても懐かしがられました。 お母様は「霊界にいらっしゃるお父様そばには孝進様、興進様、栄進様、恵進様をはじめとする真のご子女様が共にとても幸せな姿で忙しく活動している」と語られ、すべての祝福家庭が新しい決意で真のご父母様を迎えてビジョン2020の完遂のために身命をつくさなければならないことを強調されました。

真のお母様は朝食会後、クイーン ガーデンの周囲にあるマンゴー、アボカド、ブドウ、バナナ木などを見て回られました。 真のお母様はそこにある自然万物に対して一つ一つずつ説明してコーヒー農場の前で長く留まりながら楽しく時間を過ごされました。
真のお母様は毎日3時間以上お孫様との時間を持たれながら真の子女様3世教育を直接主管しておられます。
既に5月に掲載したブログのうち、次の3つを再掲しておく。

●「真の父母こそ、「善の中心」「真理の中心」「本心の中心」である」

天地の創造主である神と一つになった真の父母こそ、
善の中心」「真理の中心」「本心の中心」である。

そのお方からの指示こそ、「善」と「真理」と「本心」の中心である。
その指示から外れる心は、「善」と「真理」と「本心」の中心から外れているのである。

(キリスト教でいう「三位一体」とは、端的に言えば、「イエスは天地創造の主である」という信仰である。
我々が信じる「神とアボニムとオモニムは一体である」という意味での「三位一体」とは意味が違う)

<講論のレジュメ>
「アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置」は、
〔1〕神と人間が一体化して創造目的を完成した「善の中心」 (=神の永遠なる愛の対象)→神は永遠に刺激的な喜びを感ずるようになる
〔2〕神がはじめて人間に臨在される→永遠に安息される
〔3〕神のみ言が実体として完成 →「真理の中心」
〔4〕すべての人間をして 創造目的を指向するように導いてくれる「本心の中心」

最後に
<「原理講論」の「創造原理」から>
その「第二節 万有原力と授受作用および四位基台」の
「(三)正分合作用による三対象目的を完成した四位基台、(4) 四位基台の存在様相」
には、次にようにある。

 「このように、アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置が、正に愛の主体であられる神と、美の対象である人間とが一体化して、創造目的を完成した善の中心となる位置なのである。ここにおいて、初めて父母なる神は、子女として完成された人間に臨在されて、永遠に安息されるようになるのである。このときこの中心は、神の永遠なる愛の対象であるために、これによって、神は永遠に刺激的な喜びを感ずるようになる。また、ここにおいて初めて、神のみ言が実体として完成するので、これが正に真理の中心となり、すべての人間をして創造目的を指向するように導いてくれる本心の中心ともなるのである。それゆえに、被造世界は、このように人間が完成されて、神を中心として夫婦となることによってつくられる四位基台を中心に、合目的的な球形運動をするようになる。しかるに、被造世界は人間の堕落によってこの中心を失ったので、万物も実に切なる思いで、神の子たち、すなわち創造本性を復帰した人間たちが出現して、その中心となってくれる日を待ち望んでいるのである(ロマ八・19~22)。」



●「「善の人間始祖」という言葉は「講論」に出てくるか」
原理講論和訳研究63
「創造原理」の「第二節 万有原力と授受作用および四位基台、(四)神の遍在性」のところに、

「上述のように、正分合作用によって三対象目的を完成した四位基台は、神を中心として球形運動を起こし、神と一体となるので、それは、神が運行できるすべての存在の、また、その存在のためのすべての力の根本的な基台となるということを我々は知った。ところで、創造目的を完成した世界においては、神の本性相と本形状の実体となっているすべての個性体は、みな、このように球形運動を起こし、神が運行できる根本的な基台を造成するようになっている。このようにして、神は一切の被造物の中に遍在されるようになるのである。」

とある。この中の「神を中心として球形運動を起こし」という訳文について考える。
この原文は、「하나님을 중심한 구형운동을 일으키어」であるので、
直訳は、「神を中心とした球形運動を起こし」である。


●「人間の分類(一つの観点)」
人間を分類してみる。
まず、次の二つに大別する。
A「善の人間始祖」か、
B「善の人間始祖以外の人間」

A「善の人間始祖」は、「真の父母」のみである。
B「善の人間始祖以外の人間」は、更に以下に二つに分けることができる。

B‐1「善の人間始祖に侍る者」か、
B‐2「善の人間始祖に侍らない者

B‐1「善の人間始祖に侍る者」とは、「真のお母様の指示に従う者」である。
ここに分類されるのは、統一グル―プである。

B‐2「善の人間始祖に侍らない者」とは、「真のお母様の指示に従わない者」である。
「原理のみ言」、「人類一家族理想世界実現」などを語りながら、
しかし、「真のお母様の指示に従わない者」である。

「善の中心」「真理の中心」「本心の中心」である「真の父母」に「侍る」か、「侍らない」かによって分類される。
この「判別式」は、二千年前の洗礼ヨハネにおいても適用される。
彼は、イエスを証したが、イエスに侍らなかった。


原理講論和訳研究145
「終末論」の「第三節 終末、(二)終末の徴候に関する聖句、(5) 日と月が光を失い星が空から落ちる」において、

「創世記三七章9節以下を見れば、ヤコブの十二人の子供たちのうち、十一番目の息子であるヨセフが夢を見たとあり、その内容について「ヨセフはまた一つの夢を見て、それを兄弟たちに語って言った、『わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星とがわたしを拝みました』。彼はこれを父と兄弟たちに語ったので、父は彼をとがめて言った、『あなたが見たその夢はどういうのか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟たちとが行って地に伏し、あなたを拝むのか』」と記録されている。ところがヨセフが成長して、エジプトの総理大臣になったとき、まさしくこの夢のとおり、その父母と兄弟たちが彼を拝んだのである。
 この聖書のみ言を見れば、日と月は父母を象徴したのであり、星は子女たちを象徴したものだということを知ることができる。キリスト論で述べるように、イエスと聖霊はアダムとエバの代わりに、人類を重生させてくださる真の父母として来られたのである。それゆえに、日と月はイエスと聖霊を象徴しているのであり、星は子女に該当するキリスト教徒たちを象徴しているのである。
 聖書の中で、イエスを真の光に例えたのは(ヨハネ一・9)、その肉体がみ言によってつくられたお方として来られ(ヨハネ一・14)、真理の光を発したからであった。ゆえに、ここでいっている日の光とは、イエスの言われたみ言の光をいうのであり、月の光とは、真理のみ霊として来られた聖霊(ヨハネ一六・13)の光をいうのである。従って、日と月が光を失うというのは、イエスと聖霊による新約のみ言が、光を失うようになるということを意味するのである。では何故、新約のみ言が、光を失うようになるのであろうか。それはちょうど、イエスと聖霊が来られて、旧約のみ言を成就するための新約のみ言を下さることにより、旧約のみ言が光を失うようになったと同様に、イエスが再臨されて、新約のみ言を成就し、新しい天と新しい地とをたてられるので(黙二一・1)そのときの新しいみ言によって初臨のときに下さった新約のみ言はその光を失うようになるのである。」

という訳文の最後の文章について考える。
「イエスが再臨されて、新約のみ言を成就し、新しい天と新しい地とをたてられるのでそのときの新しいみ言によって初臨のときに下さった新約のみ言はその光を失うようになるのである」

この部分のハングル直訳は、
「イエスが再臨されて、新約のみ言を成就し、新しい天と新しい地をつくられるための新しいみ言を下さるようになれば、初臨のときに下さった新約のみ言はその光を失うようになるであろう」
となると思う。


原理講論和訳研究144
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「第三に、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は復帰摂理歴史であるという事実を知ることができる。財産を奪い、土地を略奪し、人間を奪いあう闘争は、人間社会の発達とともに展開され、今日に至るまで悠久なる歴史の期間を通じて、一日も絶えることなく続いてきたのである。すなわち、この闘いは家庭、氏族、民族、国家、世界を中心とする闘いとして、その範囲を広め、今日に至っては、民主と共産の二つの世界が最後の闘争を挑むというところにまで至っている。今や、人類歴史の終末を告げるこの最後の段階において、天倫はついに、財物や土地、あるいは人間を奪いとれば幸福を増進させることができるだろうと考えてきた歴史的な段階を越えて、民主主義という名を掲げて、この世に到来してきたのである。第一次世界大戦が終わったのちは、敗戦国家が植民地を奪われたが、第二次大戦後においては、戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた。一方、今日の強大国家は、それらの一つの都市よりも小さい弱小国家を国連に加入させ、それらの国を経済的に援助するだけでなく、自分たちと同等な権利と義務とを与え、すべて兄弟国家として育成しつつあるのである。それではこの最後の闘いというのはどのようなものであろうか。それは理念の闘いである。しかし、今日の世界を脅かしている唯物史観を完全に覆すことができる真理が現れない限り、民主主義陣営と共産主義陣営の二つの世界の闘いは、永遠に絶えることがないであろう。それゆえに、宗教と科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる真理が現れるとき、初めて、宗教を否定して科学偏重の発達を遂げてきた共産主義思想は覆され、二つの世界は一つの理念のもとに、完全に統一されるのである。このように、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は、創造本然の世界を復帰する摂理歴史であるということを否定することはできないのである。」

という訳文があるが、その最後のところを問題にする。
「宗教を否定して科学偏重の発達を遂げてきた共産主義」
とあるが、ここのハングル原文には、「꾀하다」という単語が使われている。
その意味は「たくらむ、計画する、図る、もくろむ」なので、
「宗教を否認して科学偏重の発達を図ってきた共産主義」
とするのが忠実な訳であると思う。
それを「遂げてきた」と訳すのはどうしてであろうか。