原理講論和訳研究143
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「我々は既に、神の救いの摂理はすなわち復帰摂理であるということを明らかにした。このことからして、人類歴史は、堕落した人間を救い、彼らをして創造本然の善の世界に復帰させるためになされた摂理歴史であるといわなければならない。それでは、果たして人類歴史がすなわち復帰摂理の歴史であるかどうかということを、我々はここで、各方面から考察してみることにしよう。
 第一に、文化圏発展史の立場から考察してみることにする。古今東西を問わず、いかなる悪人であっても、悪を捨てて善に従おうとする本心だけは、だれでも共通にもっている。だから、何が善であり、いかにすればその善をなすことができるかということは、知能に属することであり、時代と場所と人がそれぞれ異なることによって、それらは互いに衝突し、闘争の歴史をつくってきたのであるが、善を求めようとする人間の根本目的だけは、すべて同じであった。では何故、人間の本心は、いかなるものによっても取り押さえることのできない力をもち、時間と空間を超越して、善を指向しているのであろうか。それは、善の主体であられる神が、神の善の目的を成就するための善の実体対象として、人間を創造なさったからで、たとえ堕落人間がサタンの業により、善の生活ができないようになってしまったとしても、善を追求するその本心だけは、そのまま残っているからである。従って、このような人間たちによってつくられてきた歴史の進みいくところは、結局善の世界でなければならない。
 人間の本心がいかに善を指向して努力するとしても、既に悪主権の上におかれているこの世界においては、その善の実相を見ることができなくなってしまっているので、人間は時空を超越した世界に、その善の主体を探し求めなければならなくなった。このような必然的な要求によって誕生したのが、すなわち宗教なのである。このように、堕落によって神を失ってしまった人間は、宗教をつくり、絶えず善を探し求めて、神に近づこうとしてきたので、たとえ宗教を奉じてきた個人、民族、あるいは国家は滅亡したとしても、宗教それ自体は今日に至るまで、絶えることなく継続してそのまま残ってきたのである。」

という訳文がある。ここに掲載した部分の最後の文章に
「このように、堕落によって神を失ってしまった人間は、宗教をつくり、絶えず善を探し求めて、神に近づこうとしてきたので」
とあるが、この部分のハングル原文の直訳は、
「このように、堕落によって神が分からないようになった人間は、宗教を立てて、絶えず善を探してくることによって、神に会おうとしてきたので」
となると思う。

統一教会員の合同ニュースブログより

続 真のお母様コナ訪問レポート
2013年6月22日 | Filed underトピックス,真の家庭 | Posted by Eiji Harikawa

天暦5月9日(陽6.17)
真のお母様は午前7時30分、6人のお孫様方、スタッフたちと一緒にコナで一番南地域に位置するサウスポイントを訪問されました。
サウスポイントは、アメリカでの最南端に位置し、フロリダ州のキーウェストよりも南に位置しているところであり、また風の強い地域として有名である。
午後には、お孫様方は少し休憩された後、続けて原理講義を受けられた。
お孫様方は、午後7時に真のお母様に修練に関する報告をした後、キングガーデンに戻ってまた2時間の講義を受けて、この日の日課を終了した。


以下は、真のお母様が天暦5月10日(陽6.18)朝食会をされた日の午後、庭で金ギフン北米大陸会長に指示されたみ言葉の内容である。

高等学校の卒業生たちを韓国に送って教育をさせなさい。
韓国は天の祝福と真の父母様の祝福を受けて最近、急成長しましたが、韓国の人々は、これらの天の摂理を知らなければなりません。
天の真理とみ言葉を悟って感謝しなければなりません。イスラエル民族が十字架路程後大変な道のりを歩んできたが、その理由を知らずにいました。
韓国が責任を果たせない場合大変なことになります。
天は私たちにすべてのものを与えられました。私たちがよく整えなければなりません。感謝の気持ちで、引き受けた責任を果たして天と真の父母様の前に栄光をお返ししなければなりません。
毎日、毎日、真の父母様と同時代を生きる私たちがどのような存在なのかを明確に悟って前進しなければなりません。
私たちを真の息子、娘に立ててくださった真の父母様に感謝を捧げなければなりません。
責任を果たしなさい。イスラエル民族が今まで残ることができたのは、家庭教育のおかげです。
十字架の後、イスラエル民族は、救済を知ることがありませんでした。
一つの世界をなすための言語統一を目指して、すべての祝福家庭と2世圏は韓国語を徹底的に勉強しなければなりません。
そのため、高等学校を卒業生する2世に一定の試験を課して、鮮文大に迎える奨学金を出す予定です。
金ギフン会長は、全国を巡回して、これらの内容を中心に、家庭を教育しなさい


と呼びかけられ、海外圏2世教育の重要性を強調された。


天暦5月12日(陽6.20)
この日の朝、真のお母様は夜明け早くクイーンガーデンを散策され多くの精誠を尽くされました。
真のお母様は精誠を尽くされる中、長男の孝進様を思われ深くしのばれました。
お母様は 『霊界にいるお父様の隣には、孝進、興進、榮進、惠進をはじめ、真の子女たちが一緒に、たいへん幸せな姿で忙しく活動している』 と語られ、すべての祝福家庭が新しい決意で真の父母様に侍り、ビジョン2020の達成のために身命を尽くすように強調されました。
真のお母様は朝食の後、お孫様方と一緒にクイーンガーデンの周りのマンゴー、アボカド、ブドウ、バナナの木などをご覧になられて、そこでの自然万物を1つずつ説明して下さり、コーヒー農園の前で長く滞在されながらお孫様方と楽しい時間を過ごされました。
真のお母様は毎日3時間以上を真の子女様三世の方々と一緒に時間を過ごされながら、彼らの教育を直接主管しておられます。

韓国家庭連合HPより
訳Harikawa
統一教会員の合同ニュースブログより

新天聖経の製作過程
                             2013年6月21日
これは6月10日に行われた天聖経平和経出版記念式の際、
金ソクビョン成和出版社社長が報告した内容の日本語訳です


天一国経典編纂経過報告をいたします。
初版の天聖経は2003年に発刊され、真のご父母様が過去10年間毎日の訓読会で精誠を尽くされました。
初版は聖典の枠組みを与えたことで重要な摂理的貢献を果たしました。
初版天聖経編纂の経過において成和出版社から出版された本をいくつか合本してつくられたものもあります。項目および本文の重複も含んでいました。また初版天聖経に合本するのに用いられた本はお父様の講演の原文を用いたものではなく、他の既に2次、3次と孫引き引用されて出版された本の中からみ言葉を採用したものが多かったのです。
それで、天聖経には誤引用された箇所が多く含まれました。その事を真のお母様が悲しまれてわれわれに天一国理想にふさわしい経典の出版を指示されました。それを受けて出版委員会が2012年8月23日に公式に設立されました。
委員会設立後、われわれはワークショップや会議を通じて3つの出版方針を打ち出しました。
第一に、お父様の講演原文を用いること。
第二に、2000年以降のみ言葉も用いること。
第一、第二の方針を通して天一国時代の道標となるものに仕上げること、これが第三の方針です。
出版作業の第一段階は「計画」を立てる事でした。各巻のテーマ、そして章、節をいかに組むかということです。後に作業は分担されました。各巻のテーマを決めていきました。第1巻は「神様」がテーマです。13巻を「天一国」、14巻を「真のご父母様」、15巻は「真のご父母様の祈り」にしました。そして各章、各節のタイトルとサブテーマの決定に集中しました。作業は40人のメンバーで分担して進められました。
作業の第二段階は講演内容の検索調査です。各章、各節に適した文節を選び出す作業が含まれますお父様の講演内容を収めた本を615巻も読み込んで、文章を選択する作業は簡単な仕事ではありませんでした。作業は3回4回と念を入れて各巻約150ページとし、適切に章と節を配置しました。われわれは何としてもより多くの作業員を求めました、といいますのもやらなければならない事があまりに多かったからです。お父様のみ言葉編纂に関わった事のある経験者をリクルートしました。皆、徹夜で作業しました。
作業の第三段階は編集作業です。テーマごとにお父様のみ言葉を並べていきました。あくまでお父様の講演の原文を用いるという方針にこだわりました。
編集の焦点は「一貫性をもった話しにする」ことでした。み言葉を話された場所、時間、聴衆すべて異なるテキストから取り出して1つの話に編み上げる作業は非常に大変な作業であり、高い専門的技術を必要とするものでした。
我々は本のサイズ、外観、カバーや字体などを既存の経典などを参考に細かく分析し検討しました。そして「天聖経」は赤色を用い、「平和経」は青色を用いました。そうすることで見た目で区別しやすくなります。また章、節、文を区別し番号を打つことで経典からの引用が容易になるようにしました。また本の装丁にも大変気を配りました。天聖経の表紙のふちはバラをモチーフに、平和経のそれには、ユリをモチーフにしました。数多くの見本を作製し、最良の物を見出すべく努力しました。また本の手触りにも気を使い、より薄くより軽く外観もより良くし、手に取りやすいものを作りました。紙は42グラムの薄い紙を用いました。また経典を保護するための最高品質の箱を作成しました。
さて作業の第四段階は検査です。1) テーマの適合性 2)文節の論理が一貫しているか 3)文の接合が適切か 4)訓読会で読み上げるのに適したものになっているか  これら4点について検討するため、編集者は訓読を繰り返し行いながら、テキストの配置換えなど編集を繰り返しました。 長老、牧会者、機関長や日本の代表者をふくむ120名の皆さんに2012年12月29日に監修と指導をお願いしました。
作業五段階目は確認作業です。編集者が120名の監修指導者からの意見を総合しました。 金榮輝先生、イ・ジェソク先生をリーダーとして5人の教授がそれぞれ議論を交えながら経典本文を確認していきました。約20日間かけて夜昼なく、みなさん80歳をこえる御高齢にもかかわらず作業を進めていかれました。皆さんのご協力に感謝したいと思います。こうして確認作業を終えると、次に新経典とお父様の講演原文とを比較していきました。このことには2つの目的がありました。1つは文章の重複をさけるため、2つ目は出典を明確にするためです。約300人を動員して原本にアンダーラインを引きながら新経典の各文節ごとに比較、確認していきました。こうすることで重複箇所が見つかるし、また原本と一致するかが確認できます。
作業の6段階目は印刷です。基元節後、10名の編集者が2つのグループに分かれて経典を7回読み上げて誤植、脱字など校正していきました。これら校正作業ののち、印刷を開始しました。
スペースが美しくなるように1ページの字数を数えて配分しました。各章の間に無駄なスペースが残らないように調整しました。
印刷、製本に関しては、本が厚くなると表紙が傷つきやすくなるので丈夫にするため、製本の際はカバーと紙の間に上質のコーティングされた素材を挟みました。
限定版として真のお母様のサイン入り2000部を製作しました。今日、皆様(記念会参加者)にはこの限定版が授与されます。私は真のご父母様にこころから感謝するとともに、このプロジェクトに参加する機会を与えられました事を本当にうれしく思います。
日本語版はすでに翻訳が完了しており、本日(6月10日2013)御提供いたします。英語版は宣教師の指導の下、翻訳が進められています。
本報告の最後のお知らせとして、今回新たに天一国経典を収納するキャビネットを製作したことをお知らせします。
この貴重なキャビネットは、真のお母様がデザインされたものです。外の扉にバラとユリをデザインしています。漆塗りの光沢面に貝真珠層がはめ込まれています。このキャビネットは湿気や温度変化に強く、1000年でも経典を保護できるように設計されました。
本日よりこの2つの経典が会員に使用されます。今後、さまざまな天聖経関連の物品の製作を計画しています。その1つは、天聖経のオーディオ版(朗読版)です。今日、天聖経と平和経が収録された見本のCDを皆さんにお渡しします。
このプロジェクトを開始するに当たり、編集者全員がかすかな不安と恐れを抱きながらの出発でありましたが、真のお父様を霊的に感じながら、また真のお母様に導かれながら、成し遂げる事が出来ました。真のご父母様に感謝をお捧げしながら経過報告を終えたいと思います。
米国家庭連合記事より
訳Harikawa
原理講論和訳研究142
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「第三に、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は復帰摂理歴史であるという事実を知ることができる。財産を奪い、土地を略奪し、人間を奪いあう闘争は、人間社会の発達とともに展開され、今日に至るまで悠久なる歴史の期間を通じて、一日も絶えることなく続いてきたのである。すなわち、この闘いは家庭、氏族、民族、国家、世界を中心とする闘いとして、その範囲を広め、今日に至っては、民主と共産の二つの世界が最後の闘争を挑むというところにまで至っている。今や、人類歴史の終末を告げるこの最後の段階において、天倫はついに、財物や土地、あるいは人間を奪いとれば幸福を増進させることができるだろうと考えてきた歴史的な段階を越えて、民主主義という名を掲げて、この世に到来してきたのである。第一次世界大戦が終わったのちは、敗戦国家が植民地を奪われたが、第二次大戦後においては、戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた。一方、今日の強大国家は、それらの一つの都市よりも小さい弱小国家を国連に加入させ、それらの国を経済的に援助するだけでなく、自分たちと同等な権利と義務とを与え、すべて兄弟国家として育成しつつあるのである。それではこの最後の闘いというのはどのようなものであろうか。それは理念の闘いである。しかし、今日の世界を脅かしている唯物史観を完全に覆すことができる真理が現れない限り、民主主義陣営と共産主義陣営の二つの世界の闘いは、永遠に絶えることがないであろう。」

という訳文がある。ここに掲載した部分の最後の文章に
民主主義陣営と共産主義陣営の二つの世界の闘いは、永遠に絶えることがないであろう
とあるが、この部分のハングルを直訳すれば、
民主と共産の二つの世界の闘いは、終わらないだろう
となると思う。
統一教会公式サイトHPより

後藤徹氏の民事裁判、被告・宮村峻氏と後藤氏妹の本人尋問
                                2013年6月18日
 6月17日(月)、東京・霞が関の東京地方裁判所で、「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」の後藤徹代表が、自身に対する拉致監禁・棄教強要に関与した親族や新津福音キリスト教会の松永堡智(やすとも)牧師、職業的改宗活動家の宮村峻(たかし)氏などを相手取って起こした民事裁判の第17回口頭弁論が開かれ、被告の宮村氏と後藤氏の妹Mさんの本人尋問が行われました。

 後藤氏の妹Mさんは、被告でもある後藤氏の兄から伝道されましたが、宮村氏の説得により脱会。29歳から41歳までの「30代の貴重な時間」を、後藤氏との「話し合い」に費やしました。

 Mさんの主尋問では、自身が宮村氏によって「監禁」されていたことは否定しましたが、「(保護されたマンションから)隙をついて逃げようとした」ことや、話し合いの期間中は「1か月間外出しなかったこと」、「宮村さんが面会に来た時に押入れに立てこもった」ことなどを認めました。

 統一教会を脱会したMさんは、「話し合い」をした同じマンションで「リハビリ生活」のため3か月間滞在したことを認めた上で、「マンションから出るのは誰の判断なのか? 宮村さんの判断?」と被告代理人弁護士から尋ねられると、「違います!」と宮村氏の指示を否定。あくまでも「家族と自分の判断」であることを強調しました。

 Mさんへの反対尋問では、一度目の「拉致監禁」から逃れた後藤氏が「なぜ“偽名”にする必要があったのか?」と問われると、答えに窮している様子が伺えました。

 また、Mさんをはじめ家族が後藤氏に対して行った「食事制裁」について、Mさんは、断食を行った後藤氏の「体のことを考えて」食事を出したなどと供述しましたが、他の家族が食べていたヨーグルトやサラダを後藤氏にだけ与えなかったり、後藤氏が食事を少量にしてくれなどとは言っていなかったにもかかわらず、1年半、毎日ほぼ同じ質素なメニューだったことを追求されると、「みそ汁の具は変えていた」など苦しい言い逃れを強いられていました。

 他にも、後藤氏の提案によりMさんは一時、スポーツクラブに通っていたと供述しましたが、後藤氏は運動不足解消のため、室内で“屈伸”するしかなったなど家族間の生活の格差も浮き彫りとなりました。

 2001年に後藤氏が「監禁」に抗議し、「出せー!」「助けてくれー!」「警察を呼べー!」などと2週間にわたって騒いだことについて尋ねられると、「ちょっと覚えていない」などと述べ、回答を避けました。

 午後に行われた宮村氏の主尋問では、後藤氏をはじめ統一教会信者に対する「拉致監禁」を指示することは「あり得ません!」と強弁し、自らの関与をことごとく否定しました。

 一方、宮村氏への反対尋問では、宮村氏によって「拉致監禁」された信者Tさんが94年8月、宮村氏に抗議に向かった際のことが言及され、宮村氏がその場でTさんに「バカ!」などの誹謗中傷を繰り返し、Tさんに暴行を振るったのではないかとの尋問がなされました。宮村氏はこうした内容をあくまで否定し、当日の様子を収録した映像の用意がある旨を原告代理人が示唆しても供述を変更しませんでした。追って同映像は原告代理人から「弾劾証拠」として提出されることとなりました。

 また、宮村氏は、自らが運営していたことを否定する「水茎会」が、毎月、現役の信者家族から1万円、脱会に成功した家族から5千円の会費を受け取っていたことを認めた上で、原告代理人弁護士から「(水茎会の)会計を知ってるじゃないですか!」と追及されると、「揚げ足を取らないで下さいよ大の大人がぁ」などと反論。他にも「先生(原告代理弁護士)、字をちゃんと読んで下さい」などの不遜な発言を繰り返しましたが、遂には「下手な誘導尋問やめて下さい」といった目に余る発言をしたため、裁判長から「そのまま調書に取りますよ!」と警告を受ける場面もありました。

 「(宮村氏が関与した)保護された信者の中で、初日に(保護されたマンションから)出た人がいるのか?」と問われ、宮村氏は「本人の許可が得られれば言います」と述べて言及を避けましたが、2011年1月に宮村氏が説得に訪れた信者がベランダから飛び降りてマンションを脱出した事例を指摘されると、あっさりとその事実を認めました。

 反対尋問の終わりに、原告代理人弁護士から、後藤氏のように「自分(宮村氏)が10年以上外に出られない立場だったらどうか?」と問われると、「私は、徹君が反省するには良い機会だと思う」などと述べ、12年5か月にわたって後藤氏が部屋から一歩も外に出られなかった状況を、当然のことであるかのごとく述べました。

 次回は、9月24日(火)午前11時半から709号法廷で、最終弁論が行われます。なお、法廷での傍聴は抽選になる予定ですので、詳しくは東京地裁の傍聴券交付情報をご確認ください(通常は、開廷時間20分前までに東京地裁玄関前の指定場所で抽選券が配布され、その場で抽選が行われます)。
天宙清平修錬苑HPより

40日修錬会で多くの問題を解決
      サリタ・ダンギ(Sarita Dangi;3億6千万家庭)ネパール副会長夫人

ここ清平聖地で興進様・大母様が多くの精誠を尽くしてこられたことを感じました。私は天運を相続したいと思い、清平40日修錬会に参加しました。私の夫(ビノド・ダンギ;Binod Dangi)はネパール副会長なのですが、そのような公的な立場にいると様々な難しい問題を見るようになります。また、私たちも夫婦間の葛藤などの問題もありました。そのため、それらの問題が解決できればという思いで参加しました。天運を相続し、より一層天の父母様のために、さらに公的に良い方向へと進めればという思いでした。
今回の40日修錬会は、三度目となる40日修錬会でした。最初の40日修錬会は妊娠中に参加したのですが、その時に夫からいくつかの目標を提示されました。それらの目的を達成しようと一生懸命に修錬会に取り組みました。その課題の一つが210代先祖祝福の完了でした。そして、その40日の修錬期間中に210代までの先祖祝福をすることができました。今回の40日修錬会の期間中、そのときに祝福を受けた先祖が協助してくれていることを感じます。

先祖の協助で健康に
今回三回目の40日修錬会に来る前は、体調がよくありませんでした。頭と背中が痛く、子宮にも炎症のようなものがありました。両足も痛く、片方の足は手術をしたほどでした。医師からはもう一方の足も手術しなければいけないと言われましたが、私は手術したくなかったので鍼を打ったり民間療法の薬を飲んだりもしました。しかし、一向によくならず、約2年間全身に痛みがありました。40日修錬会に参加するのも大変な状態でしたが、40日修錬会を受けながら少しずつ体が良くなっていきました。
特に役事の時間には、絶対善なる先祖たちに「悪霊を分立して、体が良くなるようにしてください」とお願いしました。そのように一生懸命に精誠を尽くしながら修錬会を受けると、日ごとに体調が良くなり、役事が終わると体が軽くなり悪霊が分立されていることを感じました。

為に生きる生活で悪霊を分立
奉仕の時間にも大きな恩恵がありました。家にいたときは疲れて体が重く大変でしたが、奉仕の時間は体が疲れず、むしろ喜びが沸いてくるのが不思議でした。
大母様は「清平では常に霊分立が行われている」と言われました。私は修錬会のすべてのスケジュールに一生懸命に取り組みました。大母様は奉仕の時間にも喜びの思いを持ってしなさいと言われたので私も喜びで行いました。
私はスコットランドに住む友人と一緒に40日修錬会を受けています。その友人の世話をしながら精誠を尽くしています。このように為に生きる生活を通しても悪霊が分立されていることを感じます。

特別解怨の大きな恩恵
40日修錬会の期間中に霊的な問題も解決したいと思っていました。特に夫の母方の親族に多くの問題があり、タバコを吸ってお酒をたくさん飲む人も多くいました。また、一夫多妻制なため、夫婦や家族に複雑な問題があります。父には母が二人いたので、そのような複雑な関係が問題の原因になっていると感じます。父の母方の親族の中には夭折した人が多くいます。最近では叔母(父の妹)が、脳腫瘍で亡くなりました。また、いとこ(叔母の娘)は、結婚を反対され家出しました。消息が分からないので、早く見つかるように祈祷しています。そのように近い人が離れ、一人残された祖母は、「なぜ私だけこんなに不幸なのだろう」と言いながら毎日涙を流しています。
私はそのような夫の母方の血統の霊的な影響が強いことを感じました。そのため、私がわかる範囲で特別解怨を行ってきました。最近、亡くなった叔母が夢に現れたのですが、悲しげな様子でした。まるで私に解怨してもらいたいと訴えているようでした。それで、特別解怨をしてあげました。解怨式では涙が止まりませんでした。解怨式の後に情心苑で感謝献金をして祈祷すると、また涙が流れ止まらなくなりました。解怨した後は、爽やかな気持ちになりました。

大母様の御言で意識を転換
大母様の御言を通して私の考えと意識が変化しました。「天の父母様のように夫にも侍らなければいけない」という大母様の御言がありますが、これまで十分に侍ることができなかったことを悔い改めました。夫にとって良き妻、ときには良き母や姉、友達になることができるように努力しようと決意しました。今まで夫の愛を拒否するときもありましたが、今後は夫の愛を受け入れていきたいと思います。自分が不足であったことに気付いたので、今後は夫をさらに愛していきたいと思います。
また、大母様の御言のように家族や隣人を愛さなければならないと感じました。最近私は新しい場所に引っ越しました。私は人々の前で話すことが苦手なタイプなのですが、大母様の御言を通して、近くの家族や隣人を愛することから始めなければいけないと感じました。相手のために生きなければならないことを悟ったのです。天地人真の父母様は、VISION 2020を発表されました。近所の人を家に招待するような気持ちで伝道も行えばよいと感じました。
原理講論和訳研究141
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「第三に、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は復帰摂理歴史であるという事実を知ることができる。財産を奪い、土地を略奪し、人間を奪いあう闘争は、人間社会の発達とともに展開され、今日に至るまで悠久なる歴史の期間を通じて、一日も絶えることなく続いてきたのである。すなわち、この闘いは家庭、氏族、民族、国家、世界を中心とする闘いとして、その範囲を広め、今日に至っては、民主と共産の二つの世界が最後の闘争を挑むというところにまで至っている。今や、人類歴史の終末を告げるこの最後の段階において、天倫はついに、財物や土地、あるいは人間を奪いとれば幸福を増進させることができるだろうと考えてきた歴史的な段階を越えて、民主主義という名を掲げて、この世に到来してきたのである。第一次世界大戦が終わったのちは、敗戦国家が植民地を奪われたが、第二次大戦後においては、戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた。」

という訳文がある。ここに掲載した部分の最後の文章に
「戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた
とあるが、この部分のハングルを直訳すれば、
「戦勝国家が順番に植民地を解放する現象が起こっている
となると思う。
原理講論和訳研究140
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「歴史上には数多くの宗教が生滅した。その中で影響力の大きい宗教は、必ず文化圏を形成してきたのであるが、文献に現れている文化圏だけでも、二十一ないし二十六を数えている。しかし、歴史の流れに従って、次第に劣等なものはより優秀なものに吸収されるか、あるいは融合されてきた。そして近世に至っては、前に列挙したように、数多くの国家興亡の波の中で、結局、極東文化圏、印度教文化圏、回教文化圏、キリスト教文化圏の四大文化圏だけが残されてきたのであり、これらはまた、キリスト教を中心とした一つの世界的な文化圏を形成していく趨勢を見せているのである。ゆえに、キリスト教が、善を指向してきたすべての宗教の目的を、同時に達成しなければならない最終的な使命をもっているという事実を、我々はこのような歴史的な帰趨を見ても、理解できるのである。このように、文化圏の発展史が数多くの宗教の興亡、あるいは融合によって、結局、一つの宗教を中心とする世界的な文化圏を形成していくという事実は、人類歴史が、一つの統一世界へと復帰されつつあることを証拠立てるものである。」

という訳文がある。ここに掲げた最後の文章に「数多くの宗教の興亡」という語句がある。
しかし、この部分のハングルは「수많은 종교의 소장(消長)」となっていて、
忠実に訳すと、当然「数多くの宗教の消長」である。
消長」と「興亡」は意味が違う。
消長」:「衰えることと盛んになること。盛衰」
興亡」:「おこることと亡びること」
よって、原文直訳すべきである。

原理講論和訳研究139
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「歴史上には数多くの宗教が生滅した。その中で影響力の大きい宗教は、必ず文化圏を形成してきたのであるが、文献に現れている文化圏だけでも、二十一ないし二十六を数えている。しかし、歴史の流れに従って、次第に劣等なものはより優秀なものに吸収されるか、あるいは融合されてきた。そして近世に至っては、前に列挙したように、数多くの国家興亡の波の中で、結局、極東文化圏、印度教文化圏、回教文化圏、キリスト教文化圏の四大文化圏だけが残されてきたのであり、これらはまた、キリスト教を中心とした一つの世界的な文化圏を形成していく趨勢を見せているのである。ゆえに、キリスト教が、善を指向してきたすべての宗教の目的を、同時に達成しなければならない最終的な使命をもっているという事実を、我々はこのような歴史的な帰趨を見ても、理解できるのである。」

という訳文がある。ここに掲げた最後の文章に「最終的な使命」という語句がある。
しかし、この部分のハングルを直訳すると、「超宗教的な使命」である。

原理講論和訳研究138
「終末論」の「第二節 救いの摂理、(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である」において、

「人間の本心がいかに善を指向して努力するとしても、既に悪主権の上におかれているこの世界においては、その善の実相を見ることができなくなってしまっているので、人間は時空を超越した世界に、その善の主体を探し求めなければならなくなった。このような必然的な要求によって誕生したのが、すなわち宗教なのである。このように、堕落によって神を失ってしまった人間は、宗教をつくり、絶えず善を探し求めて、神に近づこうとしてきたので、たとえ宗教を奉じてきた個人、民族、あるいは国家は滅亡したとしても、宗教それ自体は今日に至るまで、絶えることなく継続してそのまま残ってきたのである。それでは、このような歴史的な事実を、国家興亡史を中心として、検討してみることにしよう。
 まず、中国の歴史を見ると、春秋戦国の各時代を経て、秦統一時代が到来し、そして前漢、新、後漢、三国、西晋、東晋、南北朝の各時代を経て、隋唐統一時代がきた。さらに、五代、北宋、南宋、元、明、清の時代を経て、今日の中華民国に至るまで、複雑多様な国家の興亡と、政権の交代を重ねてきたのであるが、今日に至るまで、儒、仏、仙の極東宗教だけは、厳然として残っているのである。つぎにインドの歴史をひもといてみても、マウリア、アンドラ、クシャナ、グプタ、ヴァルダーナ、サーマン、カズニ、ムガール帝国を経て、今日のインドに至るまで、国家の変遷は極まりなく繰り返してきたわけであるが、ヒンズー教だけは衰えずにそのまま残っているのである。また、中東地域の歴史を見れば、サラセン帝国、東西カリフ、セルジュク・トルコ、オスマン・トルコなど、国家の主権は幾度か変わってきたのであるが、彼らが信奉するイスラム教だけは、連綿としてその命脈が断ちきられることなく継承されてきたのである。つづいて、ヨーロッパ史の主流において、その実証を求めてみることにしよう。ヨーロッパの主導権はギリシャ、ローマ、フランク、スペイン、ポルトガルを経て、一時フランスとオランダを経由し、英国に移動し、それが、米国とソ連に分かれ今日に至っているのである。ところが、その中においても、キリスト教だけはそのまま興隆してきたのであり、唯物史観の上にたてられた専制政体下のソ連においてさえ、キリスト教は、今なお滅びずに残っている。このような見地から、すべての国家興亡の足跡を深く顧みるとき、宗教を迫害した国は滅び、宗教を保護し育成した国は興隆し、また、その国の主権は、より以上に宗教を崇拝する国へと移されていったという歴史的な事実を、我々は数多く発見することができるのである。従って、宗教を迫害している共産主義世界の破滅の日が必ずくるであろうということは、宗教史が実証的にこれを裏付けているのである。」

という訳文がある。ここに掲げた最後の文章を問題にする。
「従って、宗教を迫害している共産主義世界の破滅の日が必ずくるであろうということは、宗教史が実証的にこれを裏付けているのである。」
とあるが、原文を直訳すると、
「従って、宗教を迫害している共産主義世界が壊滅する日が必ず来るだろうということは、宗教史が実証的に物語ってくれているのである。」
となると思う。