原理講論和訳研究160
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、
「我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・51~53)。そればかりでなく、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちも、また当時の使徒たちと同じ心情をもちつづけてきたのである。もしも、イエスの死が神の予定からきた必然的な結果であったならば、使徒たちが、彼の死を悲しむということは避けられない人情であるとはいえ、神の予定どおりに運ばれたその摂理の結果に対して、それほどまでに憤慨したり、恨んだりすることはないはずである。これを見てもイエスは穏当でない死を遂げられたことが推測できるのである。
そのつぎに、我々は神の摂理から見て、イエスの十字架の死が、果たして神の予定から起こった必然的な結果であったかどうかについて調べてみることにしよう。神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練を通して導かれた。また、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰めながら、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。それから、彼らをして幕屋と神殿を建てさせることによって、メシヤを迎える準備をさせ、東方の博士、羊飼い、シメオン、アンナ、洗礼ヨハネを遣わして、メシヤの誕生と彼の顕現を広く証された。特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ一・63~66)。」
という訳文があるが、ここに掲載した文の最後に
「当時のユダヤ国中を大きく驚かせた」
とあるが、この箇所のハングル原文は、以下のとおりである。
「당시의 유대 성중(城中)을 크게 놀라게 하였다」
直訳すれば、「国中」ではなく「城中」ではないか。
ここで、「성중」[城中]は「城中、城の中」の意味である。
ただ、ルカ1:63~を読めば、そこに「ユダヤの山里」と出てくる。この「山里」とは「山間の村落。山村」であるので、「ユダヤの山里」は「ユダヤ地方の山間の村落」ということであろうか。
とにかく、ルカ1:63~の聖句を根拠として「当時のユダヤ国中を大きく驚かせた」と訳すのは疑問が残る。
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、
「我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・51~53)。そればかりでなく、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちも、また当時の使徒たちと同じ心情をもちつづけてきたのである。もしも、イエスの死が神の予定からきた必然的な結果であったならば、使徒たちが、彼の死を悲しむということは避けられない人情であるとはいえ、神の予定どおりに運ばれたその摂理の結果に対して、それほどまでに憤慨したり、恨んだりすることはないはずである。これを見てもイエスは穏当でない死を遂げられたことが推測できるのである。
そのつぎに、我々は神の摂理から見て、イエスの十字架の死が、果たして神の予定から起こった必然的な結果であったかどうかについて調べてみることにしよう。神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練を通して導かれた。また、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰めながら、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。それから、彼らをして幕屋と神殿を建てさせることによって、メシヤを迎える準備をさせ、東方の博士、羊飼い、シメオン、アンナ、洗礼ヨハネを遣わして、メシヤの誕生と彼の顕現を広く証された。特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ一・63~66)。」
という訳文があるが、ここに掲載した文の最後に
「当時のユダヤ国中を大きく驚かせた」
とあるが、この箇所のハングル原文は、以下のとおりである。
「당시의 유대 성중(城中)을 크게 놀라게 하였다」
直訳すれば、「国中」ではなく「城中」ではないか。
ここで、「성중」[城中]は「城中、城の中」の意味である。
ただ、ルカ1:63~を読めば、そこに「ユダヤの山里」と出てくる。この「山里」とは「山間の村落。山村」であるので、「ユダヤの山里」は「ユダヤ地方の山間の村落」ということであろうか。
とにかく、ルカ1:63~の聖句を根拠として「当時のユダヤ国中を大きく驚かせた」と訳すのは疑問が残る。