統一教会員の合同ニュースブログ掲載の映像より

天正宮入宮戴冠7周年記念式
2013年天暦6月13日(陽7.20)天正宮礼拝堂

「きょう、天正宮入宮戴冠式7周年を迎えて、多くの感慨を覚えます。7年しか経っていませんが、70年も前のことのように思えます。
今、私たちが新たに出発することになる天一国時代にあって、私たちがどのような覚悟と決意で天の前の願いに答えて、成すことができるのか、自信ありますか?
時間は、すべて摂理は待ってくれません。戻ることはできません。前進だけが、我々が前に行くことのみがなされなければなりません。そうしようとすれば、私たちが現在置かれているこの位置で、各自がどれだけ大きく多く環境を広げていくかに応じて、この民族を通して天が願っておられる神様の祖国、世界に、中心国家としてそびえ立つことができる機会がいつもあるのではないのです。それを知らなければなりません。
我々は第一にビジョン2020を立てています。きょうここに参加された皆さんたちはその第一線で最善を尽くしていると思います。そのように信じたいです。それでもかまわないですか?
きょうが過ぎ、あすが来て、一日一日が経つほど、心が急がれるのは事実です。(私たちが)成して差し上げなければならないことがあまりにも多いです。考えてみてください。健康で100歳以上生きることができる保証がありますか?
きょうこの瞬間の皆さんの人生が永遠の未来に、霊界での生活に、栄養素となり、宝となり、千年万年、天と地の前に、特別に皆さんが同時代に真の父母様に侍り、人生を生きていた人としての特別な資格、特別な権威が立てられることができる位置です。とても、皆さん一人一人がすべて、美しい宝石になることができる、そういう位置です。
3世の教育において、私が子女たちに、後代に望むことは孝子、忠臣、新時代を開いていく中心に立った私、中心存在、言うのは簡単ですが、本当に大変です。皆さんも一つの小さな教会を担当したり、教区を担当する時、その責任感から免れることができますか。一瞬でも1分、1秒でも父母様を考え、み旨を考えるなら、皆、最善を尽くそうとするでしょう。本当に、死生決断、全力投球! この言葉を毎日実感する生活を送らねばならないのです。そうでしょう?(はい)
ですから、必ずや2020年に、この国が真の父母を中心に侍って生きる、世界の前にそびえたつ神様の祖国、大韓民国となることを約束しますか、誓いますか?(はい) ありがとうございました。
今回、ハワイにいながら、米国に集中的に大学周辺の動きとか青年運動に拍車をかけようと、新しい人を任命しました。ラスベガスだけでも大学が一つありますが、学生数が4万名を超えると言います。特に米国には全世界から優秀な学生たちが留学をしに来ます。いったん、4年間学んで自分の国に帰るでしょう? 私たちの摂理歴史において、素晴らしい天が下さった祝福の時ですが、この大学街を消化できなければ、どうやって7年以内に米国を復帰し、世界を復帰することができますか?自動的に、アメリカで一人の学生を伝道すれば、その学生は世界に出て行くようになります。
しかし、私はもっと内的に世界の祝福子女たちと世界の学生たちを韓国に呼び集める努力をします。私たちが未来を志向する興奮した歴史なのです。
そして、私は2世、3世たちを中心にして、私たちの環境をより大きく広げていくことにしました。そこで来年には、模範的な世界の中高学生たち、未来の指導者になろうとする子供たちに世界を見せてあげようと思います。韓国の夏休み期間は短いため、長期間はすることができず、2週間をとても行き届いた企画で、内外に教育して、子供たちが世界を見ることができる、私たちの大韓民国がどれほど重要な国かということを、また韓国の祝福2世、3世として生まれるようになったことを、天の前に感謝し、恩に報いる人生を生きて行くことができるようにしてあげようと思います。皆さん、ここに皆、協助するでしょう?(はい)
ですから、日が経てば経つほど、歳月が流れるほど、私たちには希望だけです。
ハワイは本当に垢一つない、公害のない美しい地上天国です。朝5時になれば、まだ少し暗いです。ですが5時に散歩に出かけます。鳥たちがさえずり、美しい花が咲き乱れ、マンゴーという果実木にふさふさと実ることは、昔では想像できませんでした。面白い自然環境があるところです。そのような環境を私たちの2世、3世に見せてあげようと思います。教育しようと思います。皆さんは皆、子女がいますね?
そのように世の中の前に、天地の前に、誇らしく捧げられる自信がありますか? どうですか?
ですから、私たちの未来は明るいです。」
原理講論和訳研究166
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節 十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、

「イエスは、彼らを信じさせるために、いかに多くの奇跡を見せられたことであろう。ところが、彼らはその驚くべき業を見ながらも、悪霊のかしらベルゼブルによるのだと、イエスを非難したのではなかったか(マタイ一二・24)。このような悲惨な情景を見られたイエスは、「たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」(ヨハネ一〇・38)とも言われた。そればかりでなく、ときには、彼らに災いあれと憤激されたこともあった(マタイ二三・13~36)。イスラエルをして彼を信ぜしめるのが神のみ旨であったから、イエス自身も、このように彼らに自分を信じることができるように語られ、行動されたのである。もし、ユダヤ人たちが神のみ旨に従い、そして、イエスの願いのとおり、彼をメシヤとして信じたならば、だれが彼を死の十字架に追いこんだであろうか。」

という訳文があるが、その最後の
「だれが彼を死の十字架に追いこんだであろうか。」
は、そのハングル原文は以下の通りである。
「누가 그를 십자가의 죽음 길로 몰아냈을 것인가 !」
よって、原文に忠実に訳せば以下の通りになると思う。
「だれが彼を十字架の死の道に追い出したであろうか。」
原理講論和訳研究165
「第一節 十字架による救いの摂理、(六)十字架の死が必然的なもののように記録されている聖句」において、

「福音書を見れば、イエスの十字架の苦難が必然的であるかのように記録されているところが多い。その代表的なものを挙げてみれば、イエスが十字架で苦難を受けることを預言されたとき、これを止めるペテロを見て、「サタンよ、引きさがれ」(マタイ一六・23)と責められたことから見て、彼の十字架の死は必然的であったかのように感じられる。そうでなければ、イエスはどうして、ペテロをそれほど責められたのだろうか。これは、実のところ、イエスはそのとき既に、ユダヤ人たちの不信により、結局、霊肉ともの救いの摂理は完成することができない状態になっていたので、霊的救いだけでも達成なさるために、その蕩減条件として、やむを得ず十字架の道を行くことに決定されたときだったからなのである(ルカ九・31)。そんなときに、ペテロがこの道を遮るのは、結局、十字架による霊的救いの摂理の道さえも妨害することになるので、このように責められたのである。
 また、イエスが十字架上で「すべてが終った」(ヨハネ一九・30)と、最後のみ言を残されたのは、十字架上で救いの摂理の全目的が完成されたという意味ではない。ユダヤ人たちの不信は、もはや、取り返すことができないものであると悟られたので、その後、肉的救いは再臨後の摂理として残し、せめて霊的救いの摂理の基台だけでも造成なさるために、十字架の路程を行かれたのである。それゆえに、「すべてが終った」と言われたみ言は、ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台、すべて終わったということを意味するのである。」

という訳文があるが、ここに掲載した最後の文章を問題にする。

「…ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台、すべて終わったということを意味するのである。」

この部分のハングル原文は、
「…유대인들의 불신으로 인하여 제2차적인 구원섭리의 목적으로 세우셨던, 십자가에 의한 영적인 구원섭리의 기대이루었다고 하신 말씀이었던 것이다.」
である。

そして、これを直訳すれば、
「…ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救援摂理の目的として立てられた十字架による霊的な救援摂理の基台すべて成し遂げたと言われたみ言であったのである。」
となる。

日本語訳原理講論は「基台がすべて終わった」という文になっているが、これは日本語としておかしい。「基台造成がすべて終わった」とするべきであろう。

ここでは直訳でいいのではないか。
統一教会員の合同ニュースブログより転載

天宙平和士官学校(UPA)での学びの証
2013年7月23日 | Filed underトピックス,教育・留学,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa

天宙平和士官学校(UPA)の入学式が行われた2013年3月4日、真のお母様は学生達にこう語られた。

『皆さんは御言葉と真理で再生して、世界の前に光とならなければなりません、そうではありませんか?皆さんの名前は新しい歴史の最初のページに刻まれることでしょう。あなたたちの魂と若さが天一国建設の基盤となるのです。』

真のお母様の指示によって創設された、天宙平和士官学校(UPA)の生徒たちは天の父母様と天地人真の父母様を中心とする一つの世界建設に邁進していく。

清心神学大学院大学で学ぶ天宙平和士官学校生
世界平和統一家庭連合が製作したプロモーションビデオから天宙平和士官学校の生徒の証をいくつか紹介します。
『私がここに来た時、想像以上に自分が準備不足であったことを痛感しました。ここでは日常の生活について、肉体的訓練および神学についてより深く学んでいます。ですが、自分を振り返ってみた時まだまだ向上させなければな
らない事が残っているのです。』D.I (韓国)

ヨーロッパの祝福二世のYさんはUPAに参加した理由をこう話す。『私は真の父母様のご心情を理解して相続したい思いでここに参加しました。私の強みと能力を真の父母様のために用いて良き指導者になりたいです。』

『真のお母様が悲痛なご心情でこのUPAを創られたことを知りました。お母様をお助けしたい思いでここに参加することを決意しました。ここでは自分でも気付かなかった潜在能力を発見できるのでとても楽しいです。私にできること
がまだたくさんあると思います。』J.Y(韓国)

『私は神様とのより深い絆と神様の愛を感じる事が出来ました。そして自然をみる時、お父様のご心情とお考えを知る事ができます。ここは本当に天正宮に近いのです。ここは本当に真の父母様の愛と恵みを受ける事のできる場所だと思います。』 M (日本)

UPAは霊的成長だけでなく統一原理を中心とする身体的成長を追求する場でもある。ここでは身体を鍛える手段の一つとして圓和道という武道の練習を行っている。圓和道は真のお父様の指導に基づいてハン・ボンギ氏が確立した。『圓和道の歴史及びその名とシンボルの由来』ジェームス・マイケル・パウエル著によれば圓和道は絶対善を常に追求する本心を調和させ、心と体を一体化させる動作(圓和)の習得により実践する者の心身一体化を助ける働きをするという。健全な体が健全な心に依存するように霊的喜びは健全な心に宿り、健全な肉体なしには不完全なものになる。
『現場で歩んでいる時に病気になることも有ります。私は心を通して体の病をコントロールする方法を学ぶ事が出来ました。現場の人々を指導するためには強靭な肉体が必要であることを悟りました。』 と日本からの士官学校生のT 氏は述べた。

また別の学生、S.L (韓国)は圓和道を通して原理を体験したという。『心を原理的に用いる時、体が心に従うことを知りました。心だけではなく体も整えなければならないと感じました。それにこの格闘技を習得することで襲ってくる悪人を倒す事ができます。まさに円和道は一石二鳥です。』

士官学校生は集団生活で為に生きる生活も学んでいます。『最初、他の人に後れを取ってはならないと思っていましたが、今は皆で助け合って生活してまいす。集団生活に馴染んできました。』 G.G (韓国)はこう語った。

米国家庭連合FFWPUニュースより
訳Harikawa


統一教会員の合同ニュースブログより転載

Victory Vision 2020実行委員会摂理機関戦略ワークショップを開催
2013年7月22日 | Filed underできごと,トピックス,統一教会 | Posted by kakitaro

天一国元年 天暦6月12日(陽7.19)午前10時30分、家庭連合本部7階会議室でビジョン2020実行委員会摂理機関戦略ワークショップが開かれました。
VISION 2020摂理機関実行委員40人余りが集まったなかでビジョン2020勝利と実体天一国定着のための戦略を議論するワークショップの時間を持ちました。
VISION 2020実行委員会教区戦略ワークショップは
1) Vision 2020細部戦略および経過報告
2)教区別戦略および経過報告
3)戦略会議
4) Vision 2020海外経過報告
5)特別報告
の順に進行されました。

この日ヤン・チャンシク総会長は「皆さんは単純にビジョン2020準備委員会会員ではありません。 ビジョン2020を導いて牽引していく主役です。 そのような意味で今日この集まりは統一グループ内摂理機関全体が真のお父様の聖業を完成させていくべきなのにすぐに皆さんがシンクタンクの役割をする方々という意識を持って各現場で最善を尽くして下さい。」と語られました。

「Section 1.VISION 2020細部戦略および経過報告」はチョン・ドンウォン局長が発表しました。 チョン局長はビジョン勝利のためにTFTチームで推進しているプロジェクトを報告しました。 特にチョン局長は重点プロジェクトとして推進中の
1)国家宗教化基盤確立
2)真の御家庭学教プロジェクト
3)大使会イメージ転換プロジェクト
を具体的に報告しました。

「Section 2.摂理機関別戦略および経過報告」の時間には
1)世界平和女性連合
2)UPF
3)南北統一運動国民連合
4)世界平和青年連合
5)世界平和統一家庭連合
など五機関がビジョン2020勝利機関戦略発表をしました。

1)世界平和女性連合は「地球家族愛1%運動」を通じて2万人の正会員と30万人の友好的ネットワーク基盤を作るというビジョン2020戦略と未来会員確保のための方案を報告しました。 特にキャンパス内女性連合支会を作って多文化海外奉仕UN活動を中心として女子学生会員を募集する計画を有していて今年ソウル一ケ所、鮮文大一ケ所に支部を作る計画を報告しました。 引き続き2013年女性連合主要活動を報告しました。

2) UPFは天一国建設と平和大使運動を内外目標として2020年まで平和運動定着と天一国実体化基盤を成し遂げると報告しました。 活動目標では大使会NGO団体で平和軍平和警察の役割を担当する平和運動団体で位置づけを計画、活動戦略では
①平和大使運動
②平和統一運動
③わかちあい奉仕文化拡散
④真のご家庭平和思想電波
このように4大戦略でビジョン成していくと報告しました。 UPFは2020年まで10万平和大使養成を目標にたてて各段階別戦略ロードマップをたてています。

3)南北統一運動国民連合は統一祖国実現と神様の祖国創建のビジョンを中心に
①対国民統一教育拡大
②南北統一準備
③未来統一指導者養成の使命を持って統一運動団体連帯、政府との協力的関係、青少年統一教育などの戦略を樹立して活動すること
を報告しました。

4)世界平和青年連合は平和と統一そして純潔の三つ主題を中心としてYDM(Youth Dream Maker) 10万会員を養成するという目標を中心に
①才能寄付
②市郡区支会サークル フォーラム組織
③43個の海外青年ネットワーク組織
④国家および企業10個のメジャー事業進行
などの計画を報告しました。

5)家庭連合は60万天一国国民養成のための戦略で新種族メシア勝利のための多様な戦略および支援政策を報告しました。 引き続きこのためのプロセスで教育と訓練中心の大グループ教会と伝道と養育中心の訓読家庭教会が有機的に運営される関係を構築して繰り広げられる多様な活動内容を共有しました。

引き続き「Section 3.戦略会議」はSection 2に報告された五機関の戦略を中心として戦略会議の時間を持ちました。
「Section 4.VISION 2020海外経過報告」は布教本部チョ・ソンイル局長が戦略摂理国家43ヶ国で繰り広げられている国家復帰のための多様な活動内容を報告しました。 各国家別に天が役事する驚くべき内容の報告を受けて参席者は大きな感動を受けました。
Section 5.特別報告はチョ・ソンイル局長とユン・ヨンホ次長が近況の経過報告と今後各現場がすべきな使命を共有しました。
このように総5つのセクションに進行されたワークショップは朝から夕方遅くまで過密な日程に進行され、時間を惜しむために弁当で食事をし、参加した実行委員は終始真剣に関心を持って日程に臨みました。

記事元:韓国家庭連合公式サイト
翻訳:kakitaro



原理講論和訳研究164
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節 十字架による救いの摂理、(五)十字架に対する預言の両面」において、

「イエスの十字架の死が、メシヤとして来られた全目的を完成するための予定からきた必然的な事実でないならば、イザヤ書五三章に、彼が十字架の苦難を受けることが預言されている理由はどこにあるのだろうか。今まで、我々は、イエスが苦難を受ける預言のみ言だけが聖書にあると思っていた。しかし、原理が分かって聖書を再読すれば、旧約時代に、既に預言者イザヤによって預言されたイザヤ書九章、一一章、六〇章などのみ言どおり、神がマリヤに天使を遣わして、将来懐胎されるイエスが生きておられる間にユダヤ人の王となり、世々限りなく滅びることのない王国を地上に建設されることを預言された事実が分かるようになる(ルカ一・31~33)。それでは、なぜこのように、イエスに対する預言が両面をもってなされているかということについて、調べてみることにしよう。
 神は人間を創造されるときに、人間自身が責任分担を果たすことによってのみ完成できるように創造された(前編第一章第五節(二)(2))。ところが実際においては、人間始祖は彼らの責任分担を完遂できずに堕落してしまった。このように、人間は神のみ旨のとおりに、自分の責任分担を完遂することもできるが、反対に、神のみ旨に反して、その責任分担を果たさないことも起こり得たのである。
 このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった。アダムは神のみ言により、それを取って食べないで完成することもできるが、その反面、結果に表れた事実のように、取って食べて死ぬようなことも起こり得る事実だったのである。」

という訳文がある。最後の二文を問題にする。
「このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった。アダムは神のみ言により、それを取って食べないで完成することもできるが、その反面、結果に表れた事実のように、取って食べて死ぬようなことも起こり得る事実だったのである。」

この部分のハングル原文は二文ではなく、一文である。
「このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べてはならないのは人間の責任分担であったために、アダムは神のみ言に従って、それを取って食べないで完成することもできる反面に、結果的に表れた事実のように、取って食べて死ぬこともあったのである。」

和訳文のように
「このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった。」
とすると文章としておかしくなる。
天地人真の父母天正宮入内戴冠7周年記念式
2013年7月20日 | Filed underできごと,トピックス,真の家庭,統一運動 | Posted by Eiji Harikawa

天地人真の父母天正宮入内戴冠7周年記念式が天一国元年天暦6月13日(陽7.20)土曜日の午前5時天正宮2階礼拝堂で元老、機関企業長、公職者400人余りが参加する中で行われた。

梁昌植総会長の司会で進行されたこの日の行事では、
• 真の父母様入場
• ケーキ奉呈
• ムン・ナニョン会長の報告祈祷
• 2006年入内戴冠式ハイライト映像の上映
• 金孝律会長のみ言葉訓読
• ハワイ3世特別教育の映像
• チョ・ソンデ校長の特別報告
• 文信チュル様の感想発表
• お孫様の歌
• 真の父母様のみ言葉
• 宋龍天日本総会長の億万歳三唱
の順に進行された。
梁総会長は、この行事の前に『天宙の父母であられる神様と天地人父母であられる真の父母様が一体となられ天宙平和の王として実体的な体をもって直接、天上と地上で主権を統治するようになった歴史的な日である天正宮入宮戴冠式の7周年を迎えた』とし、入宮戴冠式7周年の意義について説明した。

記念式典で、世界平和統一女性連合ムン・ナニョン会長は、『7年前のこの日、天がこれほど願われた真の父母様、天正宮入宮戴冠式の摂理的な出来事を迎え、感じた感激と感謝と興奮を忘れることができない。生涯を捧げて神様の解放蕩減路程を勝利し、人類の救世主、メシア、真の父母様として摂理を完成された真の父母様に心から感謝します』と心を込めた報告祈祷をささげた。

続いて2006年6月13日天正宮広場で行われた歴史的な天正宮入宮戴冠式7年前のハイライト映像が上映された。
訓読の際、金孝律会長は、真の父母様がこの記念行事に与えられた御言葉を訓読し、摂理的な意義を再び心に刻む時間を持った。天聖経の第2編、真の父母様編4章真の父母と真の子女は、5節から7節、平和経10編11章、1563~1567ページを訓読し、天聖経•平和軽2経典を中心に、真の父母様ののみ言葉や教えを訓読した。
真の子女3世修練会参加者の代表で文信チュル様は、『30日の修練を通じて、多くの経験をすることができた。原理と生涯路程の講義を通じて、原理的に立てられた中心人物、再臨主の人生と苦難を感じた。天の父母様の大きな御旨のために、来年も2世、3世の学びの機会を与えられた教会の食口の皆さんと真のお母様に感謝します』と修練会の感想を述べた。

修練会の感想に続き、文信チュル様、他5名の真の子女様三世の皆さんは『兄への思い』、『愛しています私の父母様』、『愛されるために生まれた人』など3曲を歌われた。天の父母様と真の父母様を中心に3大圏が一つになって御旨を成すために熱心に修練を受け、真の父母様のために喜びの歌を歌う真の子女様三世の皆さんの姿に参加者は惜しみない拍手を送った。

真の父母様の御言葉で『摂理歴史が終わり、また新たな出発をすることになる、天一国時代にあって、私たちは覚悟と決意をなして、天の前に、希望に対して恩返しを成していくことができなければならない』と、『現在の自己の置かれた立場で環境を造成していくこと』を表明された。また、真のお母様は『異民族を通して、韓国が神が望んでおられる神様の祖国•世界の中心国としてそびえ立つ機会がいつもあるわけではない。祝福2世、3世として天の前に感謝して恩返しする人生を生きていくために我々の環境をより大きく広げていかなければならない』と祝福2世、3世のための教育と支援について述べられた。

真のお母様言葉の後、皆、立ち上がってVision2020の勝利と真の子女様2世、3世の希望に満ちた未来を祈願して皆一緒に『祖国賛歌』を歌った。
南北統一祖国光復の達成、新天新地創建のために新たな覚悟と決意を固める億万歳三唱で式典は終了した。

韓国家庭平和統一連合HPより
訳Harikawa
原理講論和訳研究163
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節 十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、

「イエスが預言されたように(ルカ一九・44)、彼が亡くなられたのち、イスラエル選民が衰亡したのを見ても、イエスはユダヤ人たちの不信によって死の十字架につけられたことが分かる。イザヤ書九章6節以下に、「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる。そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである」と記録されている。これは、イエスがダビデ王の位をもってきて、永遠に滅びない王国を建てることを預言したみ言である。それゆえに、イエスが懐胎されるときも、天使がマリヤに現れて、「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう、その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」(ルカ一・31~33)というみ言を伝えたのである。
 これによって、神がアブラハムからイスラエル選民を召し、二〇〇〇年間も苦難の中で導いてこられたのは、イエスをメシヤとして降臨させて、永遠に存続する王国を打ち建てるためであったことが了解できるのである。イエスがメシヤとして来られてから、ユダヤ人たちに迫害され十字架で亡くなられたのち、彼らは選民の資格を失い支離滅裂となって、今日に至るまで民族的な虐待を受けてきたのである。それは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害して、救いの摂理の目的を失敗させたその犯罪に対する罰であった。」

という訳文があるが、その最後の文をとりあげる。
「それは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害して、救いの摂理の目的を失敗させたその犯罪に対する罰であった。」

この文のハングル原文は、
「이것은 그들이 신봉(信奉)해야 할 메시아를 도리어 살해함으로써, 구원섭리(救援攝理)의 목적을 이루시지 못하게 하였던 그 범죄에 대한 벌이었던 것이다.」

この直訳を試みてみる。
「これは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害することによって、救援摂理の目的を成し遂げることができないようにした、その犯罪に対する罰であったのである。」
原理講論和訳研究162
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節 十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、

「我々は、既に論述したすべての事実から見て、イエスの十字架の死は、彼がメシヤとして来られた全目的を完成するための予定から起こった必然的なことではなく、ユダヤ人たちの無知と不信の結果に起因したものであることを知ることができる。それゆえに、コリント・二章8節の「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」といった聖句は、まさしくこの事実を十分に証言しているといえる。もし、イエスの十字架の路程が、神が本来予定された路程であったならば、彼は当然行くべき道を歩んでいることになり、何のために、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と、三回も祈祷されたであろうか(マタイ二六・39)。これは、人間が堕落して以後四〇〇〇年間も、神が成し遂げようとして苦労された地上天国が、ユダヤ人の不信によって成就されずに、イエスが再臨されるまで、苦難の歴史がそのまま延長されるということをよく知っておられたからである。
 ヨハネ福音書三章14節を見れば、イエスは、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」と言われた。イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった。」

という訳文があるが、この最後のところの
「イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった」
には、韓国語版原理講論にはあるが、日本語版原理講論にはない語句がある。
「イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、荒野でモーセを信じないようになるや、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった」
原理講論和訳研究161
「メシヤの降臨とその再臨の目的」の「第一節 十字架による救いの摂理、(三)イエスの十字架の死」において、

「我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・51~53)。そればかりでなく、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちも、また当時の使徒たちと同じ心情をもちつづけてきたのである。もしも、イエスの死が神の予定からきた必然的な結果であったならば、使徒たちが、彼の死を悲しむということは避けられない人情であるとはいえ、神の予定どおりに運ばれたその摂理の結果に対して、それほどまでに憤慨したり、恨んだりすることはないはずである。これを見てもイエスは穏当でない死を遂げられたことが推測できるのである。」

という訳文があるが、この最後の部分の「死を遂げられたこと」の原文を見てみると、以下のとおりである。
「죽음의 길을 걸어가셨다는 것」
これを直訳すると、
死の道を歩いて行かれたということ」である。