名盤の隣:With The Beatles (1963) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 「名盤と私」コーナー内に設けたサブ・コーナー、「名盤の隣」です。世に言うロックの「名盤」の前後に作られたアルバムにスポットライトを当てます。
 前回はドアーズが初期2枚の名盤の後にリリースした『太陽を待ちながら』について書きましたが(記事はこちら)、今回はビートルズの『ア・ハード・デイズ・ナイト』の前にあたる『ウィズ・ザ・ビートルズ』です。
 ビートルズのディスコグラフィーは、とくに1965年の『ラバー・ソウル』以降、「名盤の隣」も名盤だとしか言えない時期に入っていきます。よって、その時期からこのサブ・コーナーのお題を選ぶのは不可能に近いです(『イエロー・サブマリン』を云々するのはフェアじゃない)。
 でも『ラバー・ソウル』の前に目を向けてみると、そこそこに評価の上下があると思います。どれもいい作品ですが、1963年の『ア・ハード・デイズ・ナイト』が初期の圧倒的な名盤と認められていて、その前の『ウィズ・ザ・ビートルズ』と、後の『ビートルズ・フォー・セール』は、人気と知名度が『ア・ハード・デイズ・ナイト』ほど高くはありません。
 そこで今回は、まず「名盤の手前」として『ウィズ・ザ・ビートルズ』を選びました。いずれ『ビートルズ・フォー・セール』についても書きましょう。

 『ウィズ・ザ・ビートルズ』は1963年の11月22日にイギリスでリリースされたセカンド・アルバムです。アメリカでは収録曲を一部改変して『ミート・ザ・ビートルズ!』のタイトルで発売されました。それは”各国盤”にあたるヴァリエーションなのですが、アメリカでのビートルズ人気を加熱させる歴史的な役割を担いました。
 では本家本元の『ウィズ・ザ・ビートルズ』は名盤審議委員会の推薦が得られないのか。
 私にとって、『ウィズ・ザ・ビートルズ』は格付けがどうでもよくなるくらいに好きなアルバムです。初めて聴いたのは初CD化される少し前の1986年頃で、その時から大いに気に入ってました。
 ただ、このセカンド・アルバムは『ア・ハード・デイズ・ナイト』の手前にあたるだけでなく、『プリーズ・プリーズ・ミー』の次でもあって、あのファーストがまたフレッシュで素晴らしいアルバムです。となると『ウィズ・ザ・ビートルズ』は、どうしても間に隠れがちです。名盤の称号は前後の2作に譲って、ファンの個人的な贔屓で好まれてきたアルバムだと思います。

 しかし『ウィズ・ザ・ビートルズ』の存在感は、ジャケットのアート・ワークでポイントを上げています。
 ハーフ・シャドウと呼ばれる、白と黒のコントラストがクールなデザイン。4人が元気いっぱいな『プリーズ・プリーズ・ミー』のジャケットとも違うし、カッコよさとトボケたユーモアが結びついた『ア・ハード・デイズ・ナイト』とも異なります。ビルの上から快活な笑顔で見下ろしていたお兄ちゃんたちが、シャープな陰翳を身にまとってキリッと前を向いています。
 とにかく鮮烈なデザインで、イキなセンスです。そう、『ウィズ・ザ・ビートルズ』はイキなアルバムという形容が似合う一枚です。それも成熟し洗練された大人の粋さではなく、落ち着きの中に活気がある、若さの一段階としての、生き生きとしたイキさなのです。

 レコーディングは1963年7月18日にスタートしています。その約3週間前、7月1日にはシングル曲のShe Loves Youがレコーディングされていました(リリースは8月23日)。
 『ウィズ・ザ・ビートルズ』にShe Loves Youは収録されていないのですが、あの曲で獲得したコーラス・ワークやコードのアイデア、ギターのフレージングなどは、『ウィズ・ザ・ビートルズ』の冒頭からも聞こえてきます。
 すなわちIt Won't Be Longです。リンゴ・スターのハイハットはShe Loves Youほどシャンシャン鳴っていません。でもそれがIt Won't Be Longをアルバム曲として印象づけてもいます。同系統の青春ソングでありながら、曲が心なしハーフ・シャドウの似合うスリムなシルエットをしているのです(She Loves Youは「ビルの上から快活な笑顔で見下ろして」いる感がある!)。
 She Loves Youのエンディングも6thコードで芳しいものですが、It Won't Be Longではそれをさらにヒネって、エンディングでリスナーの耳を惹きつけながら最後のメジャー7thに連れていきます。肝心なのは、そこに行くまでに「イエ~、イエ~」のコール&レスポンスが作り出す明るいハジケっぷりです。音楽性の高さだけではなく、音楽している喜びで聴く人を巻き込みます。だからビートルズを好きになると同時に音楽を好きになった人たちが世界中にいっぱいいるんです。

 It Won't Be Longはおもにジョン・レノンが書いてポール・マッカートニーが手伝ったそうですが、Not A Second Timeはジョンの作です。そう聞くと、心なしか彼のパーソナルな世界観が音楽上の勘となって表れている気もします。
 コード進行はGのキーのベーシックなものながら、メロディーの端々がAmやBmで哀感を帯びています。とくにBmにのせた♪ノ~ノ~ノ~♪は、ジョンの声の渋みによってメロディアスかつブルージーな、ビートルズのエッセンスが凝縮された好例です。
 ジョンは次作『ア・ハード・デイズ・ナイト』でこのソングライティングを数々のオリジナル曲で確立させますが、Not A Second Timeはその前にある手探り感がチャーミングです。

 手探りといえば、ポールの書いたHold Me Tightは習作の感触を残しているとはいえ、ややイレギュラーなコードの動きでビートルズ流のポップネスを展開し、ヴァースとコーラスの繋ぎにも工夫を利かせています。また、ジョンのNot A Second Timeと同様に、ここでもリンゴ・スターのドラミングがそうした工夫をビートルズならではの大らかさで盛り上げているのも楽しいです。
 しかしこのアルバムでのポール作で特筆すべきは、なんといってもAll My Lovingでしょう。ビートルズ初期のソング・ライティングでは、時々ポールがジョンをグワッと追い抜くポイントがあって、このAll My Liovingもそういうポイントです。
 簡潔にして美しいメロディーを、その美しさのみを強調せず、ウォーキング・ベースに乗せて軽快に弾ませています。やっぱり『ウィズ・ザ・ビートルズ』は若くてイキなアルバムです。たぶんポールのジャズ/スタンダードの趣味が顔を出したのでしょうが、それがリンゴに備わったロックンロールのローリング感と、ジョンのリズム・ギターのドライヴ、ジョージ・ハリソンのカントリー・タッチなギター・ソロと合わさることで、英国産ポップ・ロックの雛形が生まれました。

 モータウンもこのアルバムのキーワードです。全14曲中にカヴァーが6曲あって、そのうち3曲のオリジナルがモータウン。割合は多くないけれど、内訳はPlease Mr.PostmanにYou Really Got A Hold On MeにMoneyと、いずれも原曲にはないビートルズ独特の表情をしています。これらのモータウン・カヴァーがモッドなイキさをアルバムに注ぎ込んでいるのも聴きのがせません。
 この3曲は、ジョンのリード・ヴォーカルが溌剌と迫るカヴァーでもあり、彼のシャウトの色気は今聴いても惚れ惚れします。それが一番ハマっているのはMoneyですが、他の2曲では歌のテーマ(ガールフレンドからの手紙を待つ気持ち、惚れた男の弱み)が、青春という季節を生きる若者にどれだけ切実な事柄なのかを、バンドが一丸となって、やはりこれも溌剌と伝えてきます。
 Please Mr. PostmanもYou Really Got A Hold On Meも、原曲が本当に素晴らしいです。そこにはビートルズが到達できなかった素晴らしさもあります。だけど私は、Please Mr. Postmanで「ウェイラミニ、ウェイラミニ」と歌うジョンのヴォーカルの爆発を愛さずにはおれません。You Really Got A Hold On Meも、そう。ミラクルズの原曲みたいに、しなやかなアクセントでバウンドする歌と演奏ではない。でも、だからこそ、べつの形で恋の弱みの真実がそこに響きます。

 ポールがカヴァーしたTill There Was Youとジョンのオリジナル曲のAll I've Got To Doには、どちらもファースト・アルバムの後継的な意味合いが取れます。そのぶん、『ア・ハード・デイズ・ナイト』に向かうビートルズの前進から置き去りにされた印象も否めません。
 けれどもTill There Was YouはファーストでのA Taste Of Honeyと比べると格段にアレンジが練られており、ポールのなめらかな歌いっぷりも板に付いています。ジョージのギター・ソロも雰囲気を掴んでいていい。
 All I've Got To Doはアーサー・アレクサンダーの影響を感じさせる曲で、前作でのAnnaと同じく、ジョンのヴォーカルとギターのストロークが頼もしいです。ただ、『ウィズ・ザ・ビートルズ』でのジョンはモータウン・カヴァーが強力なので、いくぶん影が薄くなってしまったとも言えます。

 Little ChildとI Wanna Be Your Manは、本アルバム収録のオリジナル曲の中では閃きが不足しているでしょうが、私は好きです。
 両曲とも何の変哲もない、無邪気ですらあるシンプルな構成の曲で、しかしビートルズがアマチュア時代から培ってきたロックンロールの躍動美が光っています。
 もはやお手の物のハーモニカをフィーチャーしたLittle Childは、次作でのI Should Have Known Betterほどの独創性はありません。これもファースト・アルバムの名残りを思わせたりします。でもこの心得た調子の良さには抗えない。アルバムの頭数あわせだったとしても、それでジョンのこの歌を聴けるなら嬉しいし、ポールがじつにダビング作業然として加える♪オーイエ~♪にも、初期ビートルズの特別な瞬間が宿っているかのようです。
 Little Childに対してI Wanna Be Your Manは少しR&Bの趣が漂っており、ローリング・ストーンズに提供した意図も飲み込めます。そんな曲をジョンのシャウトではなくリンゴの歌の愛嬌で通した丸っこさがチャーミングです(耳が吸い寄せられるのはジョンとポールのバック・コーラスですが)。あまり言われないことだけど、この曲は『ウィズ・ザ・ビートルズ』の看板のひとつではないでしょうか。


 ジョージが書いたDon't Bother Meは、もちろんジョンとポールのクリエイティヴな成果には及びませんが、その追いつけなさが『ウィズ・ザ・ビートルズ』に青くも好ましい隙を与えています。Roll Over Beethovenのギターも、『ア・ハード・デイズ・ナイト』を挿んだ『ビートルズ・フォー・セール』でのプレイのほうが聴きどころが多いです。しかし、この頃のジョージは、この頑張りが愛おしいんです。
 Devil In Her Heartのカヴァーは、そんなジョージにピッタリの曲です。ジョンとポールが「あの子は悪魔だよ。やめときな」と忠告するコーラスを、「ちがうよ、彼女は天使なんだ」と、思い込みだけで否定する弱々しいリード・ヴォーカル。これがいい。親分肌のジョンにも、如才ないポールにも、交遊関係の広いリンゴにも、この役は合いません。ビートルズ初期のジョージなればこその情けない愛おしさです。恋愛に慣れてないイケメンくん。男でも庇護感情をそそられます。
  
 『ウィズ・ザ・ビートルズ』は、オリジナル曲のみで作られた『ア・ハード・デイズ・ナイト』よりもダイレクトに、当時のビートルズがどんな音楽を好んでいたのかを伝えるアルバムです。そのアンテナの志向性はファーストよりも整っていて、素材を扱う手際が良くなっています。私はそこにもイキを感じるのです。
 そのイキさは訛りを帯びています。日本だと江戸っ子よりも博多っ子に近い。方言で訛っていて、首都で勝ち進んでやるという鼻息が荒くて、生まれ故郷のプライドも持っていて、そうやって育まれたロックンロールです。その気概がアルバムを隅々までチャーミングに躍動させています。
 いっぽうで、次の『ア・ハード・デイズ・ナイト』という最初の到達点に一筆を残しています。アレンジやコード進行の斬新さにも、確信に満ちるまであと一歩。でもそれが不足だとは思いません。『ウィズ・ザ・ビートルズ』は金字塔ではないからこそのイキなアルバムです。