気まぐれオレんちCD: Dorothy Ashby/ In A Minor Groove (19 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 目を閉じてCDラックから一枚を取り出し、出来るだけ下調べと下書きをせずに感想を述べる『気まぐれオレんちCD』のコーナーです。
 例によって、メインの記事として扱う「1985年から1995年までにリリースされた作品」を当てたときや、書くのが困難と思われる場合には白旗をあげて選びなおします。いわば「セルフ無茶ぶり」の大喜利みたいなコーナーだと思ってお読みください。

 バラバラです。でも、一度は自分のフィルターを通して買ったり貰ったりしたものばかりなので、何を引き当てても私の責任です。
 今回も目を閉じて選ぶわけですが、今までは「こういうのを聴きたい気分かな」と考えていると似ても似つかぬ音楽に当たってきたので、なるべく無心で臨みたいと思います。

 はい、選びました。おお、ストロベリー・スウィッチブレイドだ。いいですね。久しぶりに聴きますか・・・と思いきや、これって私が高校三年生の頃、つまり1985年のアルバムじゃないですか。ということはメインのコーナーで扱う案件となります。
 残念。「ふたりのイエスタデイ」を聴きたかったなァ。いずれメイン記事で書くことにしましょう。
 いかん、頭の中で「ふたりのイエスタデイ」が止まらなくなってきました。無心って難しいですね。トレイシー・ウルマンのThey Don't Knowとか、聴きたいなぁ。

 よし、選びなおしました。
 ドロシー・アシュビーの『イン・ア・マイナー・グルーヴ』。ジャズですね。1958年のアルバム。しかも、ジャズの中でもこれって珍しい編成での演奏なんですよね。ストロベリー・スウィッチブレイドとはだいぶ趣きが異なりますが、今回はこれで行きましょう。
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(収録時間の39分24秒が経過)

 いま聴き終わりました。いいアルバムですね。楽しかった。
 通常、私が聴いて楽しいと感じる音楽は、細かいことよりもノリを重視していたり、おおらかなユーモアが活気に結びついている演奏。基本的にはラフなものが好きです。
 しかし、この『イン・ア・マイナー・グルーヴ』はそういう類の演奏とはちょっと違いますね。けっこう細かいところまでが事前に打ち合わせで決められていたかのように聞こえます。このCDには別テイクは収録されていませんが、あったとしても、インプロヴィゼーションでのフレーズなどに大差はないんじゃないでしょうか。
 それでも充分に楽しみました。それはなぜなのか、少し考えてみます。
 このドロシー・アシュビーというミュージシャンはハープ奏者なんです。ブルース・ハープのハープではなく、ポロンポロンと爪弾く竪琴のほう。『イン・ア・マイナー・グルーヴ』は彼女のリーダー・アルバムで、ドラム、ベース、さらにフルートが参加したコンボでの録音です。
 ドラムのロイ・ヘインズはものすごく有名なミュージシャン。若い頃にチャーリー・パーカーやバド・パウエルと共演しています。もっとも、1958年だったらそういうミュージシャンも多数が現役の最前線で活躍していました。
 ベースのハーマン・ライトを私はよく知らない。たしかチェット・ベイカーの60年代のプレスティッジ期はこの人のベースだったような気がします。1958年に彼がどういう活動をしていたのかは調べないとわかりません。
 フランク・ウェスはジャズ・フルート奏者として有名。1958年だったらカウント・ベイシー・オーケストラに在籍していた頃でしょう。『パリの4月』とか、あのへんですよね。
 主役のドロシー・アシュビーについてのプロフィールを私は知りません。どういう経歴の人で何枚くらいリーダー・アルバムを出しているのか。調べりゃすぐにわかるんですけど、とりあえず白紙に近い状態でなんか書いてみます。

 1958年というと、モダン・ジャズの超黄金期です。十年後の1968年はロックの最初の黄金期ですが、58年前後はとにかくジャズが凄かった時期。アート・ブレキーの『モーニン』が大ヒットして、59年にはマイルス・デイヴィスの『カインド・オヴ・ブルー』とジョン・コルトレーンの『ジャイアント・ステップス』が発表されています。『真夏の夜のジャズ』なんていうコンサートの映画が作られたり、アメリカのジャズメンがヨーロッパで大歓迎を受け、日本でも蕎麦屋の出前持ちが口笛でMoanin'を吹いていたとか言われているのがこのあたり。
 そんな豊作期にジャズ・ハープのアルバムが録音されたのも不思議な感じがしますが、見方を変えると、そうした取り合わせもアリなほどにジャズは豊かだったのでしょう。

 この『イン・ア・マイナー・グルーヴ』はそのハープを含む編成がまずは興味を惹きます。
 私がこのCDを買ったのは2013年だかそこらで、ビクターから税込で1000円のシリーズが出た中にドロシー・アシュビーなる聞き覚えのない名前を見つけたんです。どうやらハープを演奏しているらしいし、どんなもんだろうという好奇心からアルバムを買いました。
 買ってから、たぶん二十回は通して聴いていると思います。この二十回という数字がなかなか微妙なところなんですが、私としてはわりと気に入ったと言える回数です。
 どこが気に入ったのか。綺麗なんですよね。型と進行が綺麗に整っていて聴きやすい。
 「ジャズのどこをどう聴けばいいのかわからない」との声を聞くことがありますが、その点、この演奏はお薦めできます。難解なハーモニーや抽象的なフレージングはいっさい出てきません。型はくっきりと明瞭ですし、進行も複雑に持って回ったところがない。それでいて、あちこちに聴きどころが設けられており、リラックスしながらも耳をそば立たせます。

 ジャズのハープとなると私はほかにアリス・コルトレーンぐらいしか思い浮かびません。アリス・コルトレーンのハープも耳をそば立てて聴き入りますが、スピリチュアルな圧もあって疲れます。
 ドロシー・アシュビーからはそういうアーティスティックな重みは感じません。寛げるんです。安心感、と言ってもいい。
 ジャズってそれでいいんだろうか?という気も、しないわけではないです。先述したように58年当時のジャズはもっと刺激と冒険に満ちていて、それらに比べるとずっと穏やかです。

 また、せっかくハープ奏者のリーダー・アルバムであるのに、多くの曲ではフランク・ウェスのフルートがカウント・ベイシー・オーケストラ仕込みの歌ごころで前に出すぎている感は否めません。とくに2曲目のYou'd Be So Nice To Come Home Toなんかはメロディ楽器としてのフルートが勝っているだけでなく、ギターとピアノとヴィブラフォンをミックスしたようなハープの音色が曖昧な響きに埋もれています。
 全体の演奏が良いので残念とまでは行きませんが、ジャズのコンボでハープを主役に据えることの難しさも感じてしまうし、もっとハープならではの独自性が聴きたかったとも思います。
 ただ、私が求めているのはロック的な異化効果のスリルであって、その物差しを1958年のこのアルバムにあてるのは筋違いでしょう。事実、ハープ演奏のことを何も知らない私(ペダルを使って半音を上げ下げする、といった程度の知識)は、フルートが歌っているバックでハープがギターばりにコードをつけているのを聴くと素直に驚きます。それが”ワンダー”にまで発展すれば尚いいのですが、この達者さへの驚きは取り合わせの妙を超えてアルバムへの信を支えます。

 また、タイトルに「ちょっとしたグルーヴの中で」と付けられているように、ダイナミックではないけれども小回りの利いたスウィンギーなグルーヴも『イン・ア・マイナー・グルーヴ』の魅力です。で、やっぱりロイ・ヘインズのドラムが巧い。あまり強く押し出すとハープとフルートのデリケートな味わいが後退するでしょうし、和音で裏拍を入れる鍵盤もない。その条件を引き受けたうえでこれだけの弾みを立ち上げて、すべての曲のグルーヴを同じサイズに収める手腕はさすがと感心させます。
 さらに、このアルバムは曲がいい。先述のYou'd Be So Nice~やBohemia After Dark、Alone Togetherなどのスタンダードの選曲と、ドロシー・アシュビーのオリジナルであるRascallityとIt's A Minor Thingの曲想が非常に好い感触で並んでいます。オリジナルのRascallityはアルバムの冒頭をファンキー・タッチで飾り、初めてアシュビーの音楽に触れる人の耳を惹きますし、It's A Minor Thingでは室内楽をジャズの鍵で開いたような小粋さにユニークな温度を聞き取れます。
 「ちょっとだけヨ」でおなじみのTabooも収録されていて、これもほかの曲での短調(これにも「マイナー」のタイトルが掛かっているのでしょう)と調和がとれています。
 こんなふうに、変わり種の編成に興味をもって聴くと、意外や正調のジャズ演奏が楽しめるアルバムです。そこを惜しいと受け止める気持ちも私には残りますが、いっぽうで小品佳作の抗いがたい魅力をおぼえます。
 いずれにせよ、とても聴きやすく、なおかつ知的に寛いだ温かさを提供してくれる作品なので、日曜の朝などにお薦めしたいです。スタンダード・ナンバーに親しむきっかけにもなると思います。
 とりあえず、「ふたりのイエスタデイ」はだいぶ後回しでもよくなりました。