名盤と私33 The Rolling Stones/ Beggars Banquet (1968 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 1981年の全米ツアー直後にローリング・ストーンズのファンになった私は、しばらくはデッカ時代のシングルを集めた『ローリング・ストーンズ・グレーテスト・ヒット』(1982年)ばかりを聴いていました。このレコードについてはこちらの記事に書いたとおりで、なんの変哲もない単なる寄せ集めでしたが、私にはたいせつな一枚であり続けています。
 そのあと、リアルタイムで出たスタジオ・アルバムが『アンダーカヴァー』(1983年)で、これは今聴くと興味深い点も多々あれど、当時はやる気のないロックンロールで水増ししたアルバムにしか思えず。
 その次が『ダーティ・ワーク』(1986年)で、ミックとキースの関係が最悪の時期を迎えます。80年代の若者だった私は、いちばんイキイキしていた頃のストーンズに魅了されるいっぽうで、現在進行形の彼らにはその継続に不安をおぼえていました。
 
 『ベガーズ・バンケット』を聴いたのは1986年です。18歳になってアルバイトをしたお金でCDプレイヤーを買って、4枚めか5枚めに選んだディスクでした。値段は当時の相場の3000円を少し超える額だったはずです。
 80年代にストーンズの名盤として挙げられていたのは、これと『レット・イット・ブリード』と『スティッキー・フィンガーズ』でした。『メインストリートのならず者』も評価は高かったけれど、「散漫なところもある」といった留保がまだ付いてまわっていました。あのアルバムにストーンズの最高傑作としての揺るぎない評価が定着したのは90年代に入ってからでしょう。逆に、『スティッキー・フィンガーズ』はポップな間口の広さが現在では一段低く見られるようになっています。
 
 こんなふうに、ロック・アルバムの名盤選なんてものは時代とともに移り変わっていくものです。けれど、『ベガーズ・バンケット』と『レット・イット・ブリード』はずっと盤石のポジションにあります。ブルース、R&B、ロックンロールのコピーから始まったストーンズが自分たちの音楽性を研ぎ澄ませて辿り着いた最初の頂きがこの2枚であり、それはパンクの嵐が吹き荒れようとヒップホップが流行ろうと変わりません。
 もっと言ってしまえば、ロックがロックであることのアイデンティティに当たる大きな部分の、とりわけ強靭さとしぶとさ、そしてしたたかさを、この2枚は今でも伝えてやみません。
 
 私が最初のストーンズCDに『ベガーズ・バンケット』を選んだのはSympathy For The Devilが収録されているからでした。
 邦題が「悪魔を憐れむ歌」です。しばしば指摘されるように、この邦題は誤訳で、本来は「悪魔への共感」のほうが正しい。しかし、「悪魔を憐れむ」の語感がもたらす「悪魔を見下してる」イメージが日本の若者の反逆心を勝手に刺激する度合いもまた否定できません。
 
 『ベガーズ・バンケット』をはじめて聴いた当時、私はこのアルバムにひとつの物語を想像していました。
 まず、人間の欲望や邪心をもてあそぶ悪魔への共感がうたわれ、翻弄されて歴史を右往左往する人間の愚かさや卑小さが描かれる。
 主人公は「放蕩むすこ」(Prodigal Son)で、地元では工場で働くブサイクな女の子(Factory Girl)しか相手がいないし、ゆくゆくはガニ股のブタみたいな嫁(Dear Doctor)をもらうしかない退屈な生活に飽き飽きして家を出る。
 その先々で、女をとっかえひっかえの自堕落な生活を送ったり(Parachute Woman)、未成年の女の子と3Pしたり(Stray Cat Blues)、ギャングの裏社会などを垣間見たりして自分を見失いそうになりかけたり(Jigsaw Puzzle)、デモに加わって機動隊に火炎瓶を投げたり(Street Fighting Man)、若気のいたりで様々な愚行を繰り返します。
 やがて女にも愛想をつかされて(No Expectations)、食い扶持もなくして文無しになった主人公は故郷に戻って父親に詫びを入れます。この帰っていった場所で鳴り響くのが「地の塩」です。ゴスペル・クワイアをともなったその曲ではこんなことが歌われます。アクセクと働くヤツらに乾杯しようぜ、ちっぽけな人間がウヨウヨするくっだらない社会だけど、今ここで、俺たちは俺たちのやるべきことをやるんだ。
 若さゆえの放浪の旅を、流れに流れて、本来いるべき場所にたどり着く。ストーンズ版大河小説、『青春の門』か『人生劇場』か。
 われながらよくこんな物語を夢想したもんだとあきれますが、これは前作にあたる『サタニック・マジェスティーズ』で彼らがサイケデリックやフラワーに走り(おもしろいアルバムですが)、そこからのリバウンドで『ベガーズ・バンケット』という野卑でタフでブルージーな傑作をものにしたことを思うと、想像力過多ながら、あながち的外れとも言えないでしょう。
 
 後続の『レット・イット・ブリード』と比較するなら、よりR&B的なグルーヴに満ちていて、サウンドも70年代のひな型と言える楽器の分離の良さと腰の座った逞しさでスケール感を増したのが『レット・イット・ブリード』。私もストーンズの粘りつくリズムが大好きなので、演奏の醍醐味をあじわうならそちらを選びます。
 しかし、『ベガーズ・バンケット』は『レット・イット・ブリード』からは聞こえない独自の魅力もたっぷり内包しています。
 
 浮遊するサイケデリックからブルージーな南部サウンドへ。この展開をたどったイギリスのバンドが同時期にほかにもありました。トラフィックです。
 彼らのファースト・アルバムはスウィンギン・ロンドンの空気に1967年のサイケデリックな風をいっぱいに送り込んで仕上げたもので、セカンド(1968年)ではそれが一気にアメリカ南部に接近した音楽性へと変化しています。
 もっとも、この2つの音楽性は水と油ではなく、トラフィックのファーストを代表するDear Mr. Fantasyなどはそのどちらにも振れる揺らぎが絶大な魅力の曲です。そして、トラフィックの中心人物の一人であるデイヴ・メイソンは『ベガーズ・バンケット』のStreet Fighting Manでインドの木管楽器シャーナイ(シェナーイー)を演奏しています(Factory Girlでのマンドリンもメロトロン出しで、メイソンによるものとの説があります)。
 また、プロデューサーのジミー・ミラーはもちろんトラフィックを手掛けた人でもあり、スティーヴ・ウィンウッドとデイヴ・メイソンのトラフィック組はジミ・ヘンドリクスなどの当時のロックのアルバム・セッションに顔を出しています。
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 トラフィックのセカンドも名盤ですが、『ベガーズ・バンケット』にはそこでも聴けない音があります。それはノイズをたぶんに含んだ空気感です。
 Sympathy For The Devilの冒頭の女性の声(マリアンヌ・フェイスフルかアニタ・パレンバーグ)も含めると、このアルバムには通常なら隠されるか削除されそうな”余分な”音が響きのなかに残されており、稀代の名曲Jumpin' Jack Flashと同時期にレコーディングされたStreet Fighting Manでの、アコースティック・ギターを疑似エレクトリック化して録音したキース・リチャーズのギターなどはその最たるものです。
 Parachute Womanも音質からすれば決して耳ざわりの上品なものではないし、No Expectationsでのブライアン・ジョーンズのスライド・ギターにもJigsaw Puzzleでのチャーリー・ワッツのファンキーなスネア・ワークにも、それぞれの楽器にまとわりついて震える空気がくっついたまま鳴っているかのようです。その伝で行くとSympathy For The Devilのキースの素晴らしいギター・ソロもトレブルに遠慮がなくてキンキンと突き刺さる。
 
 私が『ベガーズ・バンケット』に夢中になったのはこのノイズでした。まだデルタ・ブルースも知らず、メンテナンスの行き届いた80年代の音楽に慣れていた耳には、キンクスやヤードバーズらの音楽とともに、いやそれらを上回るノイズの説得力を『ベガーズ・バンケット』におぼえました。
 おもえば、いくつかの例外をのぞくと、ストーンズのサイケデリック/フラワー期のサウンドは演奏はともかく録音の面ではまともというか、どこか寓話性にも似たファンタジックな色あいに覆われています。使用する楽器の幅は広がっても、初期のピンク・フロイドが持っていた音の濁りや逸脱と比べると品よくアレンジされています。
 でも、『ベガーズ・バンケット』にはそれがアレンジ云々を超えたところで録音にも演奏にも横溢していたのです。そこが自分の生まれた年に作られたこのアルバムを18歳になって聴いた私を惹きつけました。すでに歴史の中にあったロックのアルバムに強い力で吸い寄せられたのがこのアルバムでした。
 
 とくに最初に聴いたときに「この人は、ああ見えてやっぱり凄いギタリストなんだ…」と感銘を受けたのがSympathy For The Devilのキースのギター・ソロ。あんまりギター・ソロに惹かれない私が瞠目して憧れたくらいですから、よほどのものだと思います。
 あの演奏のタイム感はふつうにオルタネイト・ピッキングで出しているんだろうか。根性焼きみたいに無理くりなダウンかアップが散りばめられているような気がします。
 なのに何十年も弾いてきたあのソロをいまだにライヴでミスったりするのだから、キース・リチャーズという人は、ほんとに紙一重。
 ビル・ワイマンのベースについても触れないわけにはいきません。
 Sympathy For The DevilとStreet Fighting Manでは役目をキースに奪われて、またそのいかにもギタリストの弾くベース然としたせっかちな動きが性急なグルーヴを際立たせているのだけど、それ以外の曲でのベースはビル・ワイマンの不思議なフレージングとノリが生きています。
 Jigsaw Puzzleでの中~高音を主体にして曲の低音域を空っぽにした動きとか、Parachute Womanでのバフバフとしたリズムの刻みとか、Stray Cat Bluesでのネチっこい後ノリとか、やがて『女たち』のShatteredあたりで奇妙なフレーズを主張することになるワイマン節は『ベガーズ・バンケット』でも窺えます。
 
 『ビトゥイーン・ザ・バトンズ』や『サタニック・マジェスティーズ』で萌芽した次の時代へのストーンズ・グルーヴがJumpin' Jack Flashを経てこのアルバムで前面に出ているのは、やはりチャーリー・ワッツあってのこと。
 彼はこのアルバム以上に次の『レット・イット・ブリード』で、ユニークなスネアの”遅れ”の美学を確立することになるのですが、Stray Cat Bluesを元ネタのヴェルヴェット・アンダーグラウンドのHeroinと差異化しているのはそのコクのある間合いです。Jigsaw Puzzleのネジをどこか締め忘れたような緩いグルーヴも、チャーリー・ワッツなしには考えられません。
 そして、このアルバムでのミック・ジャガーの歌はとにかく凄い。Out Of Timeで目覚めた余裕のあるヴォーカル表現を、蒼さのネクスト・レヴェルに突っ込んでいく勢い。
 何も持ってない空っぽの心に宿る荒涼を、ユーモアを湛えながら音程を自分流にうねらせて歌うこのミックは、以降だんだんと意識的にそれを演じだす前の瑞々しさも感じさせます。
 ふて腐れや倦怠や青春期のヒリヒリした感傷にも手が届く共感を備えつつ、そこからさらに広く深いところに進んでゆくスケールの大きさ、そしてミックならではの慎重な抑揚の計算。これらが持ち前の華やかな声の踊り具合でバンドの生み出すノイズに一級の娯楽性を豊かに与えているし、じっさいに彼はストーンズだけではなくロック・ショウのリアルとは何なのかを体現していく存在になりました。
 
 さっきから名前だけは出てくるJumpin' Jack Flash。ストーンズ史上の最高の一曲と呼んでも過言ではないあの名曲は、『ベガーズ・バンケット』の便所ジャケットが問題となってレコード会社ともめていなければ、おそらくこのアルバムに収録されていたはずです。
 
 だけど、それは想像できません。Jumpin' Jack Flashが入った『ベガーズ・バンケット』なんて。強いていえばStreet Fighting Manの代わりか。いや、でもそれはありえないでしょう。
 Jumpin' Jack Flashと『ベガーズ・バンケット』は極上の曲と極上のアルバムだけど、その食い合わせでは、『ベガーズ・バンケット』の半ば間の抜けた人間たちの縮図には不似合いな勇ましさが乗っかってしまう。不穏でダークな色が余計に足されて、アルバムのバランスが崩れてしまう。
 『ベガーズ・バンケット』は、帰っていく場所を見つけた確信、そこから大地を踏みしめて次の段階に乗り出していく荒々しい逞しさ、そしてふてぶてしさに貫かれたアルバムです。でも、Jumpin' Jack Flashは落ち着ける場所が用意されてないから、いいのです。あの曲は、最初から嵐の孤児として生き抜くことを宿命づけられていたのだと思うしかありません。
 

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