(後述しますが、近年まとめて入手したものです)
中学に上がって最初の国語の時間は、図書室を使った授業でした。
どんな内容だったのかは忘れましたが、終わる10分ほど前になって先生が言ったことはおぼえています。「今から黒板に書く漢字を、漢字辞典で探せ。見つかったモンから、見せに来い。そいつは教室に戻ってえぇぞ」。
そして黒板に大きく書いたのが、「妾」のひと文字だったんです。
私はそれを見て、「あ、めかけや」とものの数秒でページを開いて先生のところに持って行きました。先生は私の顔を見てニヤリと笑みを浮かべながら、「よし、えぇぞ」と私を解放したのです。
私はそれを見て、「あ、めかけや」とものの数秒でページを開いて先生のところに持って行きました。先生は私の顔を見てニヤリと笑みを浮かべながら、「よし、えぇぞ」と私を解放したのです。
そうです。70年代の後半、小学生時代に横溝正史の本を読みふけった私は、「妾」やら「内儀」やら「刀自」やら、なんなら「復員」やら「カストリ」やら、そういった言葉が日常的に息づく世界に住んでいる子供だったのです。
あけましておめでとうございます。
このブログは、ふだんは音楽の話を書き散らかしているのですが、正月のせいか物を考える気がまったくしません。なので、今回は「新春番外編」と銘打って、70年代後半の横溝正史ブームのことを回想したいと思います。『勝手にシドバレット』の「エピソード0」です。
このブログは、ふだんは音楽の話を書き散らかしているのですが、正月のせいか物を考える気がまったくしません。なので、今回は「新春番外編」と銘打って、70年代後半の横溝正史ブームのことを回想したいと思います。『勝手にシドバレット』の「エピソード0」です。
映画『犬神家の一族』が封切られたのが1976年。私は8歳の小学3年生でして、そこから『病院坂の首縊りの家』と『金田一耕助の冒険』が公開された79年まで、出版界(マンガも含む)と映画・テレビ界をあげての横溝正史ブームにどっぷり浸っていました。81年の『悪霊島』となると、ちょっとちがうんですけど、そのへんのことを書き始めると、とんでもない量になるので割愛します。
低学年のときには、江戸川乱歩の少年探偵団ものや、あかね書房から出ていた「推理・探偵傑作シリーズ」(挿絵は横山まさみち!)などを読んでいました。「世界の名探偵」みたいな子供向けの解説本も熟読しました。
でも、日本代表として紹介されるのは決まって明智小五郎でしたし(この明智という人も、語りだしたらキリがないくらい面白いんです)、金田一耕助や神津恭介は「こういう探偵もいます」程度にしか触れられていなかった。
横溝正史って、『犬神家』の映画が公開される前には、ATGの映画『本陣殺人事件』があったとはいえ、私にはあまり聞かない名前だったんです。あくまで、小学生だった私の印象ですが。
だから、『犬神家の一族』が話題になって、私が騒ぎだしたのも、湖面から脚がニョキッと出ているポスターだったり、佐清のマスクのインパクトが先行していたんですね。あと、忘れちゃいけないのは、その当時はホラー映画が大ブームでして。あの脚とマスクで「犬神」とくれば、子供は恐ろしいものを想像します。
だから、『犬神家の一族』が話題になって、私が騒ぎだしたのも、湖面から脚がニョキッと出ているポスターだったり、佐清のマスクのインパクトが先行していたんですね。あと、忘れちゃいけないのは、その当時はホラー映画が大ブームでして。あの脚とマスクで「犬神」とくれば、子供は恐ろしいものを想像します。
で、見に行ったんです。石坂浩二の金田一耕助、これがよかったんですよ。
私は古谷一行の金田一も好きです。テレビの『横溝正史シリーズ』は、とくに最初の数作がよく出来ていまして、森一生をはじめ名だたる映画監督が手がけ、キャストも豪華。古谷さんの馬力の利いたちょっと武骨な金田一も彼ならではの造形が魅力的で、ハマっていました。原作を読むと、石坂さんは二枚目で線が細いかもなとも思います。
でも、私のベスト金田一は兵チャン、石坂さんです。理由は、たぶん「刷り込み」によるところ大。柔和な物腰になで肩、声の心地よさと品のよさから来る、人を油断させる隙。「万年書生」風の”よるべない”趣きに、保護感情をかきたてられる部分もありました。って、私は男子小学生だったんですけどね。
金田一がダンディでもスーパーマンでもなく、風采のあがらない冴えない外見だったのも良かったし、そこに兵チャンのシュッとした佇まいが合わさることで、コロンボのようだがコロンボではない、新しいタイプの探偵ヒーローとして私の脳裏に焼きついたわけです。
私は古谷一行の金田一も好きです。テレビの『横溝正史シリーズ』は、とくに最初の数作がよく出来ていまして、森一生をはじめ名だたる映画監督が手がけ、キャストも豪華。古谷さんの馬力の利いたちょっと武骨な金田一も彼ならではの造形が魅力的で、ハマっていました。原作を読むと、石坂さんは二枚目で線が細いかもなとも思います。
でも、私のベスト金田一は兵チャン、石坂さんです。理由は、たぶん「刷り込み」によるところ大。柔和な物腰になで肩、声の心地よさと品のよさから来る、人を油断させる隙。「万年書生」風の”よるべない”趣きに、保護感情をかきたてられる部分もありました。って、私は男子小学生だったんですけどね。
金田一がダンディでもスーパーマンでもなく、風采のあがらない冴えない外見だったのも良かったし、そこに兵チャンのシュッとした佇まいが合わさることで、コロンボのようだがコロンボではない、新しいタイプの探偵ヒーローとして私の脳裏に焼きついたわけです。
当時、それが都心の大書店であれ町の小さな店であれ、本屋さんに行けば、文庫本の棚を角川の横溝正史がズラリと占拠していました。強調しておきますが、日本じゅう、どこの本屋さんでも、あの黒地に緑文字の背表紙が魔界への入り口のようにドッカ~ンと並んでいたのです。
どんなのがあるんだろうと思って一冊手前に引き抜いて見た小学3年生は、表紙のあまりに毒々しい絵に仰天しました。杉本一文先生による、エロティックで禍々しい、ぶっとんだ世界です。これは参りましたね、いろんな意味で。
どんなのがあるんだろうと思って一冊手前に引き抜いて見た小学3年生は、表紙のあまりに毒々しい絵に仰天しました。杉本一文先生による、エロティックで禍々しい、ぶっとんだ世界です。これは参りましたね、いろんな意味で。
たとえば『蝶々殺人事件』が名作だと知って、ぜひ読みたいと思うわけですが、表紙がこれですよ(下図、下段左)。こんなの、レジに持っていけるわけないじゃないですか。
それでも頑張って買ったのは『真珠郎』です(下図、上段中央)。とりあえず、後ろ姿だから平気と自分に言い聞かせて、「おぅ、おっちゃん、これ包んでんか。ナンボや?」くらいの虚勢で持っていきましたが、気まずかったです。この絵はじつは「ネタバレ」でもあるんですけど。
それでも頑張って買ったのは『真珠郎』です(下図、上段中央)。とりあえず、後ろ姿だから平気と自分に言い聞かせて、「おぅ、おっちゃん、これ包んでんか。ナンボや?」くらいの虚勢で持っていきましたが、気まずかったです。この絵はじつは「ネタバレ」でもあるんですけど。
おかげで、「真珠郎はどこにいる。あのすばらしい美貌の尊厳を身にまとい、如法暗夜よりも真っ黒な謎の翼にうちまたがり、突如として現れた美少年。」と始まる美しい序詞を暗記しました。「如法暗夜」なんて言葉もはじめて知りました。
(小学生には買いにくい表紙6選)
横溝正史の小説は、おどろおどろしい装置を設けて鬼面人を驚かしながら、じつは事件の真相は案外にドライなものだったりします。また、広くイメージを持たれているほど寒村を舞台にした話ばかりではありません。東京で起きる事件もかなりあります。
人物相関が錯綜したり、トリックや動機の点で「ありえない!」と呆れてしまうものも多々あります。いや、ほとんどそうかもしれません。
人物相関が錯綜したり、トリックや動機の点で「ありえない!」と呆れてしまうものも多々あります。いや、ほとんどそうかもしれません。
でも、めっぽう面白いんです。『八つ墓村』なんか、推理小説としてはビタいち評価できませんが、スリラーそして冒険ものとしては、やたらとよく出来ている。『三つ首塔』なんか、探偵小説としてはヒドいシロモノですが、うさんくさいキャラクターが次々と出てきて嬉しくなる。ハッタリや見得の利いた語り口の面白さです。
(↑ いわゆる、「ジャケちがい」ですね)
ちなみに、私の好きな作品を5つ挙げますと、
まず『車井戸はなぜ軋る』。横溝はタイトルがポップです。作中、ある人物のただならぬ光景が描かれる段がありまして、その「あぁ、おれはXXXXX(ネタバレ伏字)だ!」と絶叫して髪をかきむしる姿がトラウマになりました。
それから、『真珠郎』。これもトリックは噴飯ものですが、横溝お得意の美少年譚で筆致が乗りに乗ってます。「序詞」に酔い、あやかしに遭ったように勢いで一気に読めるのがいいです。
次に『びっくり箱殺人事件』。これはコメディ、それもドタバタ喜劇でして、とにかくテンポが快調。言葉がシャキシャキして気持ちいいです。横溝は神戸っ子なんやなぁと思います。
そして『悪魔が来りて笛を吹く』。陰々滅々たる悲劇です。きわめて後味が悪い。そこがこの作品の邪(よこしま)な魅力でもありまして、フルートとか降霊会とか火焔太鼓とかの道具設定も、中だるみはしますがそこに収束していきます。不安定さが醸し出す奇妙な安定感とでも言いますか。
最後に、これを挙げるとバカ扱いされること必至なんですが…えぇい、かまうもんか。おれは『三つ首塔』が好きなダメ人間なんだ!古坂史郎、最高。ドラマ版で彼を演じたピーターもよかった。
ピーターといえば、石坂=金田一の映画でも怪しかったですね。『獄門島』の鵜飼さんなんか、とくに。坂口良子さんの可愛さも毎回絶品でしたし、やっぱり私は市川崑監督のあの映画シリーズがいちばん落ち着くみたいです。
それから、『真珠郎』。これもトリックは噴飯ものですが、横溝お得意の美少年譚で筆致が乗りに乗ってます。「序詞」に酔い、あやかしに遭ったように勢いで一気に読めるのがいいです。
次に『びっくり箱殺人事件』。これはコメディ、それもドタバタ喜劇でして、とにかくテンポが快調。言葉がシャキシャキして気持ちいいです。横溝は神戸っ子なんやなぁと思います。
そして『悪魔が来りて笛を吹く』。陰々滅々たる悲劇です。きわめて後味が悪い。そこがこの作品の邪(よこしま)な魅力でもありまして、フルートとか降霊会とか火焔太鼓とかの道具設定も、中だるみはしますがそこに収束していきます。不安定さが醸し出す奇妙な安定感とでも言いますか。
最後に、これを挙げるとバカ扱いされること必至なんですが…えぇい、かまうもんか。おれは『三つ首塔』が好きなダメ人間なんだ!古坂史郎、最高。ドラマ版で彼を演じたピーターもよかった。
ピーターといえば、石坂=金田一の映画でも怪しかったですね。『獄門島』の鵜飼さんなんか、とくに。坂口良子さんの可愛さも毎回絶品でしたし、やっぱり私は市川崑監督のあの映画シリーズがいちばん落ち着くみたいです。
横溝正史は『悪霊島』を発表後、81年に亡くなりました。私もその頃には興味がほかに移って、その後は江戸川乱歩、夢野久作、海野十三、久生十蘭、国枝史郎などを読むようになっていきました。
2年前だったか、古本屋をまわっているときに、角川文庫の横溝が50冊ほど、一冊100円で落ちていました。読んでなかったものもあったし、なによりあの表紙に再びめぐり会えて「横溝ハイ」な状態になり、気がつくと両手に50冊の入った袋を抱えてニヘラニヘラしながら店を出たものです。
帰宅してそれらの文庫本を本棚に並べると、なんと「昭和52年の本屋」が見事に再現されたではないですか。私は甘酸っぱい気分になりました。
くだんの『蝶々殺人事件』や『真珠郎』の気まずい表紙をながめてみますと、さすがにあのときのようなドキドキはもう湧き起こりませんでしたね。大人買いできるようになると同時に、子供の目では見れなくなったんですね。
今も横溝正史の小説は映像化されますし、本屋には新装カヴァーの文庫本で代表作が並んでいます。でも、あの背徳感で息苦しくなりそうな本棚は、もう、どの書店にもないのです。
2年前だったか、古本屋をまわっているときに、角川文庫の横溝が50冊ほど、一冊100円で落ちていました。読んでなかったものもあったし、なによりあの表紙に再びめぐり会えて「横溝ハイ」な状態になり、気がつくと両手に50冊の入った袋を抱えてニヘラニヘラしながら店を出たものです。
帰宅してそれらの文庫本を本棚に並べると、なんと「昭和52年の本屋」が見事に再現されたではないですか。私は甘酸っぱい気分になりました。
くだんの『蝶々殺人事件』や『真珠郎』の気まずい表紙をながめてみますと、さすがにあのときのようなドキドキはもう湧き起こりませんでしたね。大人買いできるようになると同時に、子供の目では見れなくなったんですね。
今も横溝正史の小説は映像化されますし、本屋には新装カヴァーの文庫本で代表作が並んでいます。でも、あの背徳感で息苦しくなりそうな本棚は、もう、どの書店にもないのです。
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