1995年1月17日未明に発生した阪神淡路大震災、あれから30年以上となっております。

このたび、親が施設に入るため、実家を引き払うこととなり、このGWに家の整理をしていたら、震災当時のネガが出てきました、

この写真は、震災5日目の1月22日だったと思います、どうしても神戸(長田)に行かなければならない事があり、自転車で向かっていた時に撮った写真で、阪神電車の石屋川車庫と新在家駅です。

新在家駅の前は、高架が落ちてしまい、道をふさいでいたため、すでに道路部分は撤去されていました。

写真を撮った行為に対して不謹慎と言われても仕方がないのですが、今となっては「こんなことになる」という記録として数多くの写真を、家族(子供)たちに見せ、地震の怖さを知ることと、防災意識の向上に役立てました。

この時に撮っていた写真は、西宮市今津~神戸元町付近までで、これ以西はフィルムがなくなったため撮影をやめ、長田に向かいました。

 

もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情報がわかります)

 

京阪神地区に導入直後 オリジナルの姿 立花~甲子園口 1983年撮影       

国鉄として初の電機子チョッパ制御と電力回生ブレーキを採用して設計、製造された201系、この車両は1981年から量産が開始され最初は中央線に導入、関西地区は1983年2月に京阪神緩行線へ導入されました。
写真は導入直後の姿でまさに「201系オリジナル」のスタイルでピカピカですね。

 

この他にも「40年前の鉄道」をちょっとだけyoutubeにて紹介しています。
 ※ みなさまが「懐かしいなぁー」と感じていただければ幸いです。

是非ともお立ち寄りくださいませ。
ただ今、ネガスキャンを進めてますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。

もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情報がわかります)

 

富士駅で出発を待つ身延線の115系  1982年撮影        

 
身延線での115系デビュー間もない頃の姿です、今では当たり前のように使われているカッティングシート、当時はまだ塗装が主流だった時代のなか身延線の115系(白の部分)に採用されました。
かっちゃんこの時に初めて「青春18 のびのび きっぷ」で関東方面に、、途中で立ち寄ったのが富士駅でした、その時にホームで食べた立ち食いそばの出汁が真っ黒なのには衝撃を受けましたねー
やっぱりホームで食べる立ち食いそばは最高ですよね。

 

この他にも「40年前の国鉄時代」の写真などをyoutubeにて紹介しています。
 ※ みなさまが「懐かしいなぁー」と感じていただければ幸いです。


ただ今、ネガスキャンを進めてますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。

もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情報がわかります)

 

 

快速運用の101系(1982年 撮影)                 

 

昭和50年代の関西本線の湊町-奈良といえば113系快速(春日色)と101系の普通でした。
写真は天王寺駅での1コマ、101系前面の黄色い警戒色帯がいいアクセントになっていますね。

この他にも「懐かしい鉄道」をちょっとだけyoutubeにて紹介しています。
 ※ みなさまが「懐かしいなぁー」と感じていただければ幸いです。

↓↓↓ 11/24 公開の新作です。 ↓↓↓

是非ともお立ち寄りくださいませ。
ただ今、ネガスキャンを進めてますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。

もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情報がわかります)

 

加太-柘植間を走行する湊町行き「柳生号」 1972年頃撮影          

加太-中在家信号所(加太の大築堤)を走行する「柳生号」 1972年頃撮影     

 

今現在も一部非電化区間が残る関西本線ですが昭和48年までは奈良-湊町(現在のJR難波)も非電化でした、
同区間はおもにキハ35形気動車を中心に運転されており、一部快速運転もありました。
写真の「柳生号」は亀山方面からの普通列車で奈良から湊町は快速運転、いまの大和路快速のルーツとも言えます。
手作りしたようなヘッドマークが可愛いですね。。

この他にも「40年前の国鉄・私鉄」の写真などをyoutubeにて紹介しています。
 ※ みなさまが「懐かしいなぁー」と感じていただければ幸いです。

是非ともお立ち寄りくださいませ。
ただ今、ネガスキャンを進めてますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。

もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情報がわかります)