2020年10月25日
東京文化会館小ホール
10年連続の秋の演奏会。今年はコロナ影響で客席半数の販売、昼夜二公演。
昼の部の演奏会を聴かせていただく。
オールドビュッシープログラム。
前奏曲集第一巻、映像第一集、第二集、最後に喜びの島で華やかに締めくくり、アンコールは月の光。
照明効果によるイメージを添えながらの演奏。
ピアノはいつものCFX。
プログラム解説のメインは仲道郁代と松橋麻利(フランス音楽・ドビュッシーの研究者)の対談集。
ドビュッシーの音楽の抽象性とそれに対して「音」には明確さが要求されること、
そして、音楽の中の時間軸・空間に関するテーマが中心で興味深く読む。
仲道さんのお話で、印象に残った2つのワード。
「前奏曲とプライバシー」「曲のタイトルに存在する「意味」だけではない「音(語感)」のイメージ」。
ドビュッシーの曲のタイトル。個人的に、これはいつも苦労する。
理由は明快で、フランス語表記だから。
と思っていたが、お話を伺ってもう一つあるような気がしてきた。
それは、日本語のタイトルが、曲のイメージに強くは結びつかないこと。
勿論、かけ離れたものではないが、あまりにも抽象的だから、かと思っていたが、タイトルの意味だけでなく
「音」そういったことも関係しているのかも、と今日のお話で感じた。
フランス語の発声を勉強しなければ・・・・(遠いというより無理)。
そして、今日の演奏を聴いていて、今更ながらに感じたこと。
前奏曲と映像の違い。
特に映像のほうが、より具体性を持ったイメージとして感じられた。
それに対して、前奏曲はもっともっとぼんやりとした抽象的な世界。
ある意味、自分の中だけに感じ取る印象世界、そういったものを感じた。
これが仲道さんの言われるプライバシーと繋がるのかどうか?
そしてパンフレットにあった音の明確さの重要性。
どうしても今、自分が興味を持つ「あれ」と繋げてしまう。
ベヒシュタイン。
中でも、特にすっきりした響きのする古い楽器。
12月加古川での仲道さんの演奏会、ベヒシュタインでオールベートーヴェン!!
できればドビュッシーも聴いてみたい。