独身時代は一人暮らしも長かったので、1日24時間、1年365日まるまる自分の時間だった。仕事もあるし家族や友人たちとの時間もあったにしても。
5年前に長男が生まれて以来、自由に使える時間が激減した。また、仕事や用事で外出する以外は常に傍らに子どもがいる。添い寝しているから夜間も一緒。5年前まで一人で寝ていたのに…小さい者たちに囲まれて眠る喜びは大きいけれど、一人で寝具に体を横たえる気楽さを時折懐かしく思う。
そうした(恐らくは期間限定の)不自由さと共に、変わったと思うのことの一つは携帯カメラで撮る画像だ。独身の頃、それは友人とか外食しておいしかったものとかゆきずりのねことかが収められていた。多分、その後夫になる人も。それがいまや、9割方子ども(笑)
乳幼児期の子どもって顔があっという間に変わる。いまのこの瞬間を逃してはいけない!という思いが強い。
…と、ここまでは想定内だった。
想定外だったのは、神が我々にお授け下さった長男が鉄道好きであったこと。それによって私の生活も鉄の色に染められていること。
長男がいてもいなくても、私たちにとってレアな路線とか特急に乗車したり見かけたりした場合、私はすかさずカメラに収める。おかげで携帯のデータフォルダが車両の写真でいっぱい(笑)
小湊鉄道、ユーカリが丘線、松浦鉄道、島原鉄道、湯布院の森号…房総と九州に片寄ってはいるが。
やっと本ブログの画像の話。先日錦糸町?だったか、試運転と書かれた成田エクスプレスが停車していた。新型車両?ですよね。
家路を急ぐ人々で混み始める時間帯。人をかきわけて車両撮影するのはかなり恥ずかしかったです。「いえ私ではなくてうちの長男が…」と説明したい気分。このあたりが割り切れてないから私もまだまだだなあ。
シアターΧ(カイ)にて、遠藤啄郎氏が脚本と演出を手がけられた「小栗と照手」を鑑賞してくる。
……いや~~すごかった。あんな小さな舞台に、さまざまな時間と空間と、人々の感情がぎゅうっと詰め込まれ炸裂していた。
流れる時間が重層的である。もとになった説教節が語り継がれる数百年の歴史的な時間、物語そのものの時間、そして舞台そのものをめぐる2時間の時。
私たちは説教節に誘われ、小栗や照手とともにあちこちへ旅をする。相模、地獄、熊野…ひとたび死んだ小栗を熊野へと運ぶのは善男善女の信仰心である。奇跡の物語ではあるがそれを支えるのが名もない人々の愚直とも見える日々のおこないであること、そう読み取れて心動かされる。
それから今日は、説教節における「言葉」の力を思った。小栗が鬼鹿毛に、殿原が閻魔に、照手が主にそれぞれ説得することで物語が動いていく。または閻魔、お上人、照手が札に書き物をする。死と再生というテーマそして言葉の力の強調ってキリスト教的?な気がした。つながっているのでしょうか。
説教節の政太夫さんも大熱演。音楽の入野智江さん岩附智之さん、それにケイタケイさん含む13名のキャスト(この方たちも素晴らしい)がそれぞれに力を奮い合い、見応え充分な舞台であった。
それにしても、遠藤氏の演出力の凄さを思う。広い舞台でキャストを多くして衣装や照明や音楽を派手にすれば(ディズニーランドやハリウッド映画みたいに)、それはそれでお腹いっぱいな公演になるだろう。でも今回私が観た「小栗と照手」はそうしたものが一切、ない。
それでもこうして、私の気持ちは激しくゆさぶられ、見終わった後にひたひたと感動の余韻がくる。これって、まさに奇跡的なことではないでしょうか?行けて本当に良かったと思った。
……いや~~すごかった。あんな小さな舞台に、さまざまな時間と空間と、人々の感情がぎゅうっと詰め込まれ炸裂していた。
流れる時間が重層的である。もとになった説教節が語り継がれる数百年の歴史的な時間、物語そのものの時間、そして舞台そのものをめぐる2時間の時。
私たちは説教節に誘われ、小栗や照手とともにあちこちへ旅をする。相模、地獄、熊野…ひとたび死んだ小栗を熊野へと運ぶのは善男善女の信仰心である。奇跡の物語ではあるがそれを支えるのが名もない人々の愚直とも見える日々のおこないであること、そう読み取れて心動かされる。
それから今日は、説教節における「言葉」の力を思った。小栗が鬼鹿毛に、殿原が閻魔に、照手が主にそれぞれ説得することで物語が動いていく。または閻魔、お上人、照手が札に書き物をする。死と再生というテーマそして言葉の力の強調ってキリスト教的?な気がした。つながっているのでしょうか。
説教節の政太夫さんも大熱演。音楽の入野智江さん岩附智之さん、それにケイタケイさん含む13名のキャスト(この方たちも素晴らしい)がそれぞれに力を奮い合い、見応え充分な舞台であった。
それにしても、遠藤氏の演出力の凄さを思う。広い舞台でキャストを多くして衣装や照明や音楽を派手にすれば(ディズニーランドやハリウッド映画みたいに)、それはそれでお腹いっぱいな公演になるだろう。でも今回私が観た「小栗と照手」はそうしたものが一切、ない。
それでもこうして、私の気持ちは激しくゆさぶられ、見終わった後にひたひたと感動の余韻がくる。これって、まさに奇跡的なことではないでしょうか?行けて本当に良かったと思った。
昨晩すっごく久々に、学生時代の友人二人と会って食事してきた。
この二人と私、そして昨日は不在のもう一人の四人組は学生時代とっても仲がよくていつも一緒につるんでいた。お互い近くに住んでたこともあり、夜通ししゃべり尽くすなんてしょっちゅう。密度の濃い青春時代を共有していた。
学校を卒業してからもしばらくはたまに集まったりしていたが…勤務地や嫁ぎ先が地方だったりして、だんだん会わなくなっていた。年賀状のやりとり程度のお付き合い。
ところが、ささいなきっかけで4人のうち私を含めた3人で会うことになり、昨日は東南アジア系の居酒屋さんへ。
久しぶりに会うと、お互いの経年変化をしばらく観察する(笑)世の中には全く変わらない人というのもいるのだが…
でも飲み物が運ばれてきて乾杯する頃にはいつの間にか、もとの若い頃の私たちに戻っている。
いくつかの昔話をひとしきり。もう何年、十何年と忘れていた記憶が蘇る。頭のシナプスが刺激される~!こういうのって脳トレになってますよね?
2時間あまりの短い時間であったが、学生時代同様に濃いひとときを過ごした。次は写真持参で行こうかな♪
この二人と私、そして昨日は不在のもう一人の四人組は学生時代とっても仲がよくていつも一緒につるんでいた。お互い近くに住んでたこともあり、夜通ししゃべり尽くすなんてしょっちゅう。密度の濃い青春時代を共有していた。
学校を卒業してからもしばらくはたまに集まったりしていたが…勤務地や嫁ぎ先が地方だったりして、だんだん会わなくなっていた。年賀状のやりとり程度のお付き合い。
ところが、ささいなきっかけで4人のうち私を含めた3人で会うことになり、昨日は東南アジア系の居酒屋さんへ。
久しぶりに会うと、お互いの経年変化をしばらく観察する(笑)世の中には全く変わらない人というのもいるのだが…
でも飲み物が運ばれてきて乾杯する頃にはいつの間にか、もとの若い頃の私たちに戻っている。
いくつかの昔話をひとしきり。もう何年、十何年と忘れていた記憶が蘇る。頭のシナプスが刺激される~!こういうのって脳トレになってますよね?
2時間あまりの短い時間であったが、学生時代同様に濃いひとときを過ごした。次は写真持参で行こうかな♪
