第四章「大人にできること」
子どもの体験―その(3)
手探りで始めた「職場体験活動」は、「働く」というキーワードのほかに、生徒たちにとって幾つかの副産物をもたらしたものだった。大きくくくれば「人とのコミュニケーション」「挨拶や会話などの礼儀やマナー」等々であろう。働くことはキツイけれども、新たな発見や感動が必ずある。生徒にとっても教師にとっても、得るものは多いのである。ロシアの作家ゴーリキーが「私の大学」と書いたように、世の中は学習材料の宝庫と言えよう。
これに先立っての「幼稚園訪問活動」も意義あるものだった。職場体験への露払いのような役割も果たしたと思う。これも「総合的な学習」の導入以前だったので、技術・家庭科の教員と話し合った。近くにある幼稚園を1クラスずつ訪問し、幼児と触れ合うという体験活動である。技術・家庭科の教師の理解があったこと、地域の幼稚園が全面的に協力してくれたことのおかげである。
やんちゃな不良じみた男子生徒が、実は幼児たちに最も好かれたという発見もあった。本人も自信を得てご満悦だ。「園児たちにオモチャを作って届けよう」という技術科の学習の発展にもつながった。「3歳児の体がこんなにやわらかいとは知らなかった」と感想文に書いた女子生徒も多い。現代では、赤ちゃんなど小さな子どもと接する体験が極めて少ないのである。
児童虐待がこれほど多い世の中となってしまうと、この幼稚園訪問活動は長い目で見るとその予防の役を果たしているのではないかとも考えられる。現代の育児を評して「最近のお母さんは、練習なしに本番になってしまうのよね」と呟いた幼稚園の園長さんの言葉が忘れられない。
「学力低下論」を受けて、「総合的な学習の時間」も削減された。良いか悪いかの価値判断は控えるが、少なくともこの措置によって、学校が担う「体験活動」の機会は減少するだろう。だが元々「体験」なるものは、家庭や地域で培われるものだ。「かわいい子には旅をさせよ」。「初めてのおつかい」をどんどんさせたらよい。
私の娘がまだ小学校低学年のころ、仲間の間で「肩たたき券」というのが流行っていた。今はどうなのだろう。そのチケットの発行元は子どもであり、覚えたての拙い字で「かたたたきけん」と書いてある。親は1枚10円でその券を買い、子どもに肩を叩いてもらうわけだ。子どもにとっては、「労働」の報酬となる。こんなささいなことでも、大事な体験と言えるだろう。
幼児がハサミを使う。危ないからと止めさせてよいのだろうか。わがままは許してはいけないし、親は子どもの安全を守る義務はあるが、本人が挑戦したがっていることは、どんどんやらせて身守る、という姿勢がほしいものだ。現に私の友人は2歳の子どもにハサミを使わせている。
それは、脳の発達にもよい影響を与えるはずである。子どものさまざまな体験は、自信や自立心を育み「豊かな心」を醸成する。ひょっとしたら、知識の蓄積ばかりでなく、本当の意味での「学力向上」につながるのではないかとさえ思う。
独立行政法人・国立青少年教育振興機構の調査によれば、虫取りや川遊びといった自然体験の豊かな子どもほど「困ったときでも前向きに取り組む」「分からないことはそのままにせず調べる」などの自立的行動習慣を身につけている、としている。さらに、自然体験豊かな子どもは「勉強は得意」という回答比率が高かったという。うなずける調査結果ではないか。

