遂に、その日がやってきた。
2007年11月11日(日)
その日は朝からどんよりと曇り空で、午後から雨の予報となっていた。私は傘を持って家を出た。
2次試験は1科目50分、各科目の出題数25問で、1日の予定はざっとこんな風だった。
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9:30~10:20 科目A(CSR、IR、危機管理等、企業経営とコミュニケーションに関する知識)
(休憩50分)
11:30~12:20 科目C(広報・PR実務に関する知識)
(休憩1時間40分)
14:00~14:50 科目D(時事知識)
(休憩50分)
16:00~16:50 科目B.マーケティング、ブランドマネジメントに関する知識)
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教室について待っていると、時間が来て、そして、戦いのゴングが鳴った。
これは誰と競うんでもなく、自分自身との戦いだ。
長い長い50分が終わり、試験管が答案用紙の回収も終わり、休憩の50分間、席について次の科目の復習をしようとしていた時、無情にも彼らはこう言った。
「次の試験開始まで、荷物をすべて持って全員教室を出てください」
そう、席で復習しようなんていうことは出来ず、荷物も持って外に出なければならないのだった。当然、みんな仕方なく廊下へ出るので、廊下は人だらけ。
会社で受けるように言われたのか、恐らくキャリアが長いのだろう。余裕がある人たちは知合い同士談笑したりしている。見ていてちょっと羨ましい。
私は休憩時間を混雑するトイレに行ったり、教室に近い廊下でノートを見たりして過ごしたが、50分近く立ちっぱなしというのは、ただでさえ術後で腹筋力が落ちている私には苦痛でしかなかった。
なので、人目もはばからず廊下にしゃがみこむ事にして、時間を潰したが、それは結構大変だった。
結局教室に入ることが出来たのは、次の試験、科目Cの開始前で、科目Cと科目Dの間のお昼休憩をのぞいては、科目Bの16:50までずっとそれは繰り返された。
科目Bの頃には緊張の連続のせいか、偏頭痛のような痛みもあったが薬を飲むと意識がボーっとしてしまうので、なんとか薬を飲まずに乗りきった。
16:50がやってきて、試験管が解答用紙を回収した頃には外は既に日が落ち真っ暗で、「長い時間、みなさん本当にお疲れ様でした。」と言ってくれたのが唯一の救いだった。
試験が終わるや否や、私は会場をそそくさと後にして家路に着いた。
神様、努力が報われますように。きっと合格しますように。そう、祈って。