2007年12月11日、大学病院で抜歯をしてもらい、唾液線も潰れずきちんと機能しているこをと確認してもらう。翌、12日は、恵比寿と代官山の中間にある美容室へ行き、数ヶ月ぶりに髪を整えた。


2007年12月5日、大学病院へ行き唾液腺を切開して、唾石を除去した。

先月のうちに実家に住まいを戻したので、家に帰ると母の有難い手作りの夕飯が用意してあった。


メニューは、柔らかい焼きうどん。


なのに、なぜか、「美味しいから!」という理由で、七味唐辛子がどこを食べても満遍なく味わえるように、混ぜてあった。


確かに何でもなければ美味しい焼きうどん。母はなぜ今日に限って、傷口にしみる七味唐辛子を混ぜてくれたのか?傷口にしみた。

何年も前から、左のリンパ腺がおかしいと思っていました。

耳鼻咽喉科へ行っても、歯科へ行っても、「何ともないみたいですよ、疲れでしょう」と言われる始末。


2007年に入り、口の中がおかしいとうったえレントゲンを撮ったら、なんと左の唾液がでる穴が唾石で詰まっていることが発覚したのです。


子宮内膜症の術後一ヶ月が過ぎ、経過も順調で主治医からOKが出たので、この際見つかった悪いものは全部取っちゃいましょうということで、大学病院で唾石をとる手術を行うことにしました。


術後1週間は腫れるし抜糸もあるというので、休職期間を予定の1ヶ月から、2週間ぐらい伸ばしてもらうことにしました。


退院後の挨拶と、休みが長くなってすみませんというのもあり、11月の末に歯科の大学病院の後で会社に顔を出したら、直属の人事・財務・管理を兼務する部長が出てきて

「いま(あなたがいなくて)困ってることは、ぜんぜんないから。来年からの出社でも構わないよ。無理しなくていいから。ぜんぶ治してから出てきて」と、まるで私に戻って来てもらったら困るような変なことを言いました。


病気でもないのに来年まで傷病手当をもらうのもおかしな話なので、会社の給料〆日である12月17日に復帰しますとお願いして、会社を出ました。



私が休職する前から会社の経営状態が悪いことは、上司の仕事ぶりや態度を見ていればわかる事でした。私の給与は事務職にしては良い方なので、会社としては傷病手当をもらってくれていた方が経営上楽なのでしょう。


しかし、広報・PRに携わる人間として、不正をはたらくことは出来ませんし、そんなに家で待機していたのでは、戻る席すらなくなってしまいます。


一抹の不安を抱えながらも、身体を治すことだけを考えることにしました。