2008年1月に入り、リリースの書き方をパーフェクトにしておきたかった私は、スズセンさんに内容のチェックをメールでお願いし、更に、課題Bについてまだまだ理解できていない部分があるので、もう一度教えていただきたいとお願いしました。


その願いを聞いて、1月11日(金)、試験まで残り1週間となった日、スズセンさんは時間を割いてくださいました。


お会いすると、まずリリースの良い点、それから加えた方が良い点を赤いれして戻してくださり、課題Bについて、再度アドバイスをくださったのです。



ここで注目すべき点は、課題Aと課題Bの採点ポイントです。


課題A.ニュースリリース作成については

①見出し、②全体構成、③必要事項、④簡潔性、⑤適切性(表現)


課題B.広報・PR計画の立案作成については

①的確性、②戦略性、③実現性、④独自性・適切性、⑤論理性・構成力


を見るとなっています。


また採点にあたっては、白黒1色のA4用紙で印刷し、審査員3名で慎重に協議するため、アニメーションなどは使用しないようにとなっていました。


前例のない試験で、どこを正解とするのかわからないとしながらも、スズセンさんはこう分析されました。

企画書の提案の仕方として、プレゼンターが資料をもとに説明するものと、資料だけ見せて理解してもらうものと、大きくわけて2つある。


この試験の場合、後のパターンで、答案を見ただけで審査員が①から⑤まで納得いく答えになっている必要があるという事でした。


理屈はわかったものの、何から書いたらいいのかやっぱりまだ自信がないものの、スズセンさんにお礼を告げ、家で架空の問題を作り課題Bの制作に取り掛かってみました。


11月にPRプランナー3次試験を受けることを決めていた私は、師匠であり恩師と呼んで慕っている、スズセンさんこと、鈴木宣利さんに助けを求めていた。


3次試験の出題内容は、

課題A.ニュースリリースの作成25点

課題B.広報・PR計画の立案50点


合格基準は、

課題A、Bの総合評価が45点以上(60%以上)、かつ課題A、Bとも50%以上


と、なっていた。


それを180分で解かなければならない。


課題Aは「リリース」を書くということで、想像がついたが、課題Bに、どんな問題が出て、どこがゴールなのか、さっぱりわからなかった。


だいたい、広報・PR計画の立案って、なに?と、頭の中は???マークだらけで、そこで、スズセンさんに教えを請うたのだ。


するとスズセンさんは教え上手な人なので、話を聞いている間、「そうか」「なるほど!」と、すっかり納得し、出来る気になってきた。


年末・年始は、家にこもって試験勉強することに決めた。

職場に届く日経MJの新商品コーナーを切り取っては家に持ち帰り、その記事や、部屋に転がっているハンドクリームや、キャットフード、紅茶のパッケージを手にとって、リリースを書く勉強をした。


だけど、ただ書けば良いというものではない。採点基準をクリアしつつ、制限時間内に完成できなければならないのだ。



元日の初詣をのぞいては、ほとんどPCの前で問題に取組んでいたような気がする。課題Aに関しては・・・。

2007年12月17日(月)、出社すると部長が迎えてくれて「席はちゃんとあるからな。だけど、他の人の席は、ずいぶんと変わっちゃったから」と、教えてくれた。


IT系のソフトとハードの販売もしている会社だったが、部署ごとにフロアを移動したり、私が居ない前に退職した人がいたり、座席のレイアウトも随分と様変わりしていた。


私が居なくても仕事は回っていると言っていたが、支店長は以前のように私を頼りにしてくれた。

お金の管理からも私は解放され、これからは広報担当だけでやって良いという指示が社長からも部長からも出て、社長からの指示で来年の国際的な展示会の準備をはじめることになった。


それからも、業界紙の記者さんと会って話をしたり、挨拶したりで、2007年の仕事を終える事ができた。

ただひとつ、部長の様子がおかしいことを除いては・・・。