私は2次試験と入院をひかえ、書店で本を買うことにしました。


術後、歩けるようになったら外に出られると勝手に思い込んでいたのですが、よくよく考えれば外来患者ではないので、外出許可をもらわないと入院患者は出られないのでした。


生まれてはじめての手術と2泊以上の入院で、わからない事だらけだったので、そんな当たり前のこともmixiの同じ病気の人のコミュニティで教えてもらって、はじめて気づいたのでした。


先人たちは他にも、「入院中は100円均一のS字フックが便利だよ」とか、「術後は熱が出るので冷えピタがあると良いよ」とか、「私は個室だったのでパソコンを持って入院しました」とか、自分の経験談をいろいろと教えてくれていました。


外に出られないとなると、TVも恐らく飽きてしまうだろうし、パソコンする元気もないだろうし、眠れない夜はどうしたら良いのだろうと考えて、前々から読みたいと思っていた本1冊と、『戦略広報 パブリックリレーションズ実務事典』と、真新しいノート1冊にペンケースを入院セットに詰めて、私はその日を迎えました。



私は10月13日(金)で仕事を収め、休職に入り、翌日の2007年10月14日(土)は、PRプランナー補面接のためスーツを着て出かけました。


ちなみに面接でどんなことを聞くか?については、 PRプランナー資格認定制度検定試験ページ [よくある質問]  にちゃんと書いてあります。


本人確認と、協会の倫理綱領の遵守についてということなので、閉経の副作用もあってちょっと熱っぽく頭も痛かったのですが、薬をしっかり飲んでから肩肘はらずに、でもビジネススタイルで明るく元気にを心がけました。


面接のためのお知らせに書いてあった場所は、東京会場は社団法人 日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)が入っている中央区のビルで、時間は1時間ぐらい幅を持たせて書かいてあったと記憶しています。

たくさん人が来ていて、面接までにすごく待たされるんだろうなあという覚悟で行きました。


会場のビルには10分ぐらい前に着いたので、受付に挨拶をするとバインダーに紙が挟んであるものを渡され、必要事項を記入して待っているように言われます。


面接の時間はまだだったので、お手洗いを借りた後、椅子の並んでいる所で紙に書いてまっていたら、それ程待たずに面接の順番がやって来ました。


部屋に入るとスーツの男性2人が座っていて、

「試験はどうでしたか?」

「なぜこの試験を受けようと思いましたか?」

「広報の仕事についてあなたはどう考えていますか?」


といったような質問をされました。


最後に、協会の倫理規定についての説明と、それに反した場合には資格の取り消しもあるとの説明があり、加えて次のような会員制度の話がありました。


「社団法人 日本パブリック・リレーションズ協会(PRSJ)の会員制度は、今まで法人会員制度しかなかったのですが、来年4月からPRプランナー補を取得された方も個人会員として加入する事ができます。会員になれば、交流会や勉強会に出席することができます。


と、協会の会員制度のパンフレットを渡され、10分もたたずに面接は無事終了。


きっと合格するよね・・・。と、思いながらも合否結果が来るまではちょっとドキドキで、その場を後にしたのでした。

私は10月に手術を控えていました。


母に手術のことを話したとき最初は、「内視鏡手術なら、その日のうちに退院できるわよ」と言っていました。「胃の腫瘍なんて、内視鏡で見てその場で取ったら終わりなんだから」と、言っていたのです。



もしかしたら、このブログの読者の方にもそういった認識の人がいるかも知れません。が、とてもそんなものじゃありませんでした。



子宮内膜症の手術は、内臓を固定するためお腹にガス(空気)を入れて行います。頭は下に向けられ、術中の手術台の角度も逆立ちぐらいの急な角度だそうで、そんな状態でしかも全身麻酔なので、とても呼吸なんて出来ないんだそうです。それで、酸素を送る管を喉の奥まで挿入されて、術中ずっと空気が送られる。これが命綱になるわけです。



体には内視鏡を入れるため骨盤両脇を10センチ程切開し、摘出した腫瘍を出す為に恥骨あたりを一箇所切開、そして何のためだったか忘れたけど、内視鏡が入るか何かで、お臍にも穴を開けての大掛かりな手術なので、部分麻酔なんてことはもちろんなく、全身麻酔下で行われる腹腔鏡手術になります。


私の場合、手術に要する時間は恐らく1時間半ぐらいだろうと予め担当医から言われていました。


1時間半の間、私の執刀医はモニターを見ながら切開した限られたスペースで腹腔鏡を操作し、腫瘍の摘出から、癒着部分があればその剥離や縫合を行うのです。(私の場合は、もちろん担当医が執刀してくれました!)


手術をあんなに怖がっていた私でしたが、本当にいちばん大変なのは執刀医である先生だと思いました。



入院期間も術後1週間で退院して良いと言われていたので、患者は随分楽なもんだなあ。と、思っていました。



確かに医師は大変です。ところが、その医師から受けた説明は予想に反していて、「術後1週間で退院できますけど、もし休めるなら、1ヶ月は仕事休んでください」といったものでした。


「手術は1時間半ぐらいで終わりますが、手術の間というのは、結構体力を消耗するものなんです。退院してから体力のない状態で仕事に出たりすれば疲れるし、風邪でもひいたらそれだけじゃ済まなくて、肺炎にでもなったら大変です。だから、私はできれば1ヶ月は休んでくださいと、患者さんには説明しています」



といった経緯もあって、とても思いやりのある素晴らしい私の上司は、私が手術を受けることを励ましてくれ、休職を取ることにも快諾してくれたのでした。


けっきょく私は、職場の給料の締め日に合わせ10月中旬から1ヶ月間休職することにしました。



9月の末から10月の上旬まで、PRプランナー補面接の申込みと、2次試験の申込み準備をしながら、仕事では、私が不在のあいだ困ることがないように、お客様へのご案内や引継ぎ資料を作ったりしました。


手術の準備の方は、10月の手術に備えてぜったい受けなければならない、血液検査、肺活量検査、麻酔科の説明会やMRI検査など、スケジュールがびっしりつまっていたのでした。