部屋を出た黒服は、イライラした気持ちのままただ待つのがイヤで、何となく外に向かって歩き出した。
このまま歩いていれば、恐らく帽子屋の案内を命ぜられたアララギと遭遇するだろう。
そうしたらこのイライラをアララギにぶつけ、そこで少し自分の気持ちを落ち着けようと思った。

そう思っている内に、ヨタヨタと歩いているアララギを見つけた。
アララギは黒服の姿を見るや否や、黒服が不機嫌なのに気付いてUターンしようとした。
そこを黒服が掴む。


「何向き変えてんだよ。女王に案内命じられたんだろうが」

「いや、向かいから鬼が歩いてくるのが見えてね。殴られたらイヤだからね」

「ふぅん鬼ねぇ?何処にも見あたらねぇけど?」

「俺の背後にいるの。すぐ後ろ。俺の首絞めてるの。現在進行形で」

「ここで会ったのも何かの縁だから一発殴らせてよアララギ君?」

「イヤです」

ベシッ。

「イタイっ」

「そんなコト言わずに~減るもんじゃねぇんだし」

「減ってる減ってる。今首を絞められてるコトで俺が吸える酸素の量が…っ」


ベシベシと腕を叩かれてようやくアララギの首を解放する。
するとノドを擦りながらアララギが聞いてきた。


「何でそんな怒ってんの」

「突然の来訪者ってヤツだ」

「来訪者?」

「コダチだよ。アイツが来やがったんだ」

「え!?」


流石にアララギも驚いた様子で黒服を見る。


「しかも女王に取引を持ちかけに来たらしい。女王を裏切っておいて、ノコノコ姿を出してきたかと思えば、取引だと?ふざけんな!」

「…それで、女王は?」

「知らねぇよ!話を聞くだけ聞くとか言って追い出されたんだ!!」

「はぁーん…(それで怒ってんのか)」


裏切り者が現れたコトや、その裏切り者に少しでも弁解を許そうとしている心持ちの女王に対しての怒りが今の黒服を苛立たせている原因なのだと察したアララギは、とくに宥める様な言葉も思い浮かべずに頭を掻いた。
どうしようかと視線を巡らせると、「どうでもいいから早く女王のトコに連れていってくれ」と目で訴えている帽子屋と目が合った。


「とりあえず、俺は帽子屋さんを女王のトコにつれていかないといけないから…後でな」

「あぁ」


アララギのその言葉を聞くと、まだイライラした様子の黒服はズンズンと外に向かって歩き出した。
その黒服の姿を見て、小さく溜息を吐くとアララギは帽子屋の方を向いて、「気にしないで下さい」と言って再び案内に戻った。



「その取引というのは?」


謁見の間。
女王は玉座に座って話を聞く。
するとコダチは書類を取り出して、女王の前に出す。


「…これは?」

「それは、貴女が今一番欲しがっている情報ですよ」

「私が…?」

「ええ。貴女はそれを受け取ってくれればいい」

「……その替わりに?」

「話が早くて助かります。…その替わり、私を再び貴女の側近として側に置かせて下さい」

「…………」


コダチの言葉を聞いて、女王は僅かに眉を顰めた。
どうやらあまり乗り気ではないらしい。
当然と言えば当然だ。
目の前の彼は一度女王を裏切ったのだから。
この世界を崩壊させようとしたという、大罪を犯そうとしたのだから。


「それを断れば?」

「何も変わりません?私はこのまま姿を消しますし、それと同様にその情報も消えます」

「……」

「私を側に置かせて頂ければ、貴女が欲している情報を私が手にしてきましょう」

「………」

「ご返事をお聞かせ下さい」

「………いいだろう、その取引、乗ってやる」


女王はきつくコダチを睨んだ後、書類を受け取った。
するとコダチは恭しく跪き、女王の手を取る。


「ありがとうございます。再び貴女の側に置いて頂けるコト、感謝致します」

「…もういい、下がれ」


「用は済んだ」と言わんばかりに女王は取られた手を引く。
するとコダチは立ち上がって微笑むと、その姿は黒い何かに包まれて消えた。
残ったのは黒い薔薇の花弁だけで、それらは赤い絨毯の上に散らばる。
女王は渡された書類に目を落とすと、目を瞠り、指を鳴らした。



一方アンズは、門を少し開けた隙間から黒服が門の中側をウロウロしているのを見ていた。
あの人がいる限り、門の中にはそうそう入れない。
どうやって入ろうかと思案していた所、急に黒服の足が止まり、城に向けられた。
何やら怒った様に言葉を吐き捨てると、スタスタと城へと向かってしまう。
これはチャンスだと思ったアンズは、すぐさま駆け足で黒服の後を追った。
黒服の後を追わなければ、女王の元へは行けないからだ。
見失わない様に、精一杯アンズは黒服を追い駆けた。
その先で、衝撃に出逢うとは思いも寄らずに…。





つづく。
帽子屋からの電話で女王は眠りを妨げられた。
不機嫌そうに電話を取り、不可解な帽子屋との会話を広げた後、女王は寝台から起き上がった。
アララギと黒服を呼びつけると、アララギには帽子屋の案内を命じ、黒服には自分の着替えの手伝いをさせた。


「何かあったのか?」

「……少し、妙なんだ」

「妙?」


サラサラと広がるドレスの裾を煩わしそうに女王は巻き付ける。
コルセットを黒服が締めると、袖に腕を通して後ろのファスナーを閉めて貰う。
黒服が女王の髪に櫛を通し、女王が化粧を始めた。


「会話が噛み合わないというか……」

「それだけでか?」

「『約束通りアリスは殺す』と言ったんだぞ?」

「……それは、妙だな」

「ヤツがアリスを殺そうとするのはわかるが、あの時の誓いは破棄されているのに……」


手際よく化粧を済ませると、女王は手袋を着けて髪を少し整えると謁見の間に向かった。
謁見の間の扉を開けて少し進むと、脇から声を掛けられた。


「お久しぶりです、女王」

「……!…お前は…」


そこには行方を晦ましていたハズのコダチの姿があった。
消える前と変わらず、微笑みを讚えて立っていた。

すぐさま黒服が臨戦態勢に入る。


「何しに来た」

「アナタに用は無いんですよ。私が用があるのは、女王…貴女一人です」

「………」

「そんなに恐い顔をしないで…取引をしに来たんですよ。勿論、悪い話ではありません」

「信用できるか!!」


黒服はすぐさまにでもコダチに噛みつきそうだった。
しかし、女王が拒絶の意志を見せるまでは手を出さずに、コダチを睨むに止めている。
女王はしばし視線を泳がせると、口を開いた。


「ユウ…少し、下がっていろ」

「!」

「その取引とやらの話…聞くだけ聞いてみよう?だが客人が来る」

「わかっていますよ。手短に済ませます。お時間はとらせません」


クスッとコダチが笑みを向ける。
黒服は最後にコダチをもう一度睨みつけると、部屋を出た。


その頃、女王の城に到着した帽子屋二人はアララギに門を開けて貰った所だった。


「…チェシャ猫に任せて来て大丈夫だったかな?」

「大丈夫だろ。アイツにだって見てるくらい出来る」

「なぁんか…不安なんだよな」


そうイイながらも、女王の謁見の間まで三人は進んでいく。
そのジュンの不安はすぐさま的中した。


眠りもそこそこに目を覚ましたアンズは、すぐ横でカスミが寝ているのを見つけた。
少し考えてこの場所が帽子屋の家だというのを思い出すと、姿の見得ない二人の姿を探す。


「アレ?ジュンちゃんとシンちゃんは…?」

「ん~……?二人ならさっき…女王のトコに……むぅ~」


寝惚けながらむにゃむにゃと言葉を紡ぐカスミに、今まで自分が占領していた布団を掛けてやると、アンズはそっと立ち上がり、部屋から出た。
なんとなく二人の顔を見ないと心細いのだ。
カスミの言葉とさっき歩いた道の記憶を頼りに、アンズは女王の城へと再び向かい始めた。
今度は、駆け足で。
少し前に双子に言われた言葉を、思い出さない様に。




つづく。
「!」


カスミがアリスの匂いを辿っていると、視界の先にトボトボと歩いている少女を見つけた。
途端に匂いが一段と濃くなったのを感じ、匂いの元が彼女であることを知った。
カスミは足を速めて少女に近寄る。
すると、カスミの姿を見て少女は嬉しそうな顔をした。


「! カスミ!」

「…アリス?」


直後カスミの頭に微かな痛みが走った。
しかし顔をしかめる程でもなく、すぐにその痛みは消えた。


「良かったぁ、帽子屋までの道よくわかんなくって、迷ってたんだぁ」

「帽子屋?なら僕知ってるよ、行こっか!」


目の前のアリスと思われる少女はカスミが思っていた姿とは異なっていたが、どっちみちアリスであるならば帽子屋の元に一度は連れていかなくてはいけないだろうと思い、カスミは少女の手を引いて帽子屋へと案内した。
チクチクと頭が痛んだが、元々単純要素で出来ているカスミはそんなコト気にもしなかった。



帽子屋に着いた途端、安心したのか少女は睡魔を訴え、ベッドで横になりスヤスヤと眠り始めた。
カスミが連れてきた少女に一番驚いていたのはジュンだった。
ジュンは以前に姿を消した前代アリス・レンカが現れると思っていたのだ。


「アイツがアリス!?」

「うん」

「…何かの間違いとかじゃなくて?」

「失礼な!俺の鼻は利くんだぞ。アリスの匂いならわかる!」

「でも…」

「チェシャ猫が言うんなら、ソイツがアリスで間違いないんだろう」


シオンの言葉に、ジュンは不服そうだった。


「…どういうコトなんだよ、よくわかんねぇよ」

「世代が代わったんだ、アリスの。今は多分、アイツがアリスなんだ」

「…これからどうすんだよ。アイツがアリスなら、女王に会わせないといけないんじゃねぇの?」

「そうだな…とりあえず女王に連絡してみよう」


そう言うと、シオンは携帯を取り出す。
呼び出し音が数回響き、何回かコールが続いた後に不機嫌な女王の声が聞こえた。


『……何の用だ』

「アリスが来た」

『…………来て当然だろう?』

「? どういうコトだ?」

『……? 何かおかしいコトでもあるのか?』



「ソレの何がおかしいんだ」と言いたげな女王の口振りに、シオンは少し考えた。
よく考えれば、女王が次にまた別のアリスが現れるコトを知っているのは自然のコトだ。
今までのアリスはアリスとして機能していなかった。
だからそのアリスの代わりに次のアリスが来るのも当然と言えば当然なのだ。
シオンはその考えに行き当たると妙な違和感を覚えながらもぎこちなく言葉を紡ぐ。


「…あ、あぁ、そうか…そうだな、当たり前だ」

『……どうした?』

「あぁイヤ、何でもない。…だが、アリスが来たっていうのに偉く落ち着いてるな?」

『? 焦る必要でも?』

「え?……あ、そうか俺が殺せば済む話…だよな」

『殺す?』

「あぁ、大丈夫だ、あの時言われた通りちゃんと殺す。騒がせてすまなかった」

『…待て』

「……何だ?」


シオンが電話を切ろうとすると、女王の声がそれを制した。
シオンは再び電話を耳に当てる。


『お前…そうだな、帽子屋二人で、私の所に来い』

「何故だ?」

『何かおかしい。電話では語弊があるかもしれないから、来い』

「……?」

『命令だ。すぐに来るんだ、いいな』


そう言うと今度は女王の方から電話を切った。
女王が何を意図しているのかはわからないが、命令が下った以上は守らなくてはならない。
シオンはジュンを呼び、女王から命令が下ったコトを伝えるとその場をカスミに任せて出ていった。






つづく。