ズブッ……ドバッ!

粘着質な音が響き、ボタボタと液体の様なモノが地面に落ちる。
イブキは汚れた腕を払い、辺りを見回した。
周囲は人型をしたヘドロの様なモノでいっぱいだった。
ドロドロとその身が流れても、それらはすぐに元のカタチを形成してイブキに詰め寄る。
イブキは自分の拳を見る。
防御魔法で防御しているにも関わらず、この不思議な物体を殴れば殴るほど拳に熱が宿り、火傷を受けた様に赤くなり、皮膚がやや溶け掛かっていた。
このヘドロには強力な酸でも仕込まれているのだろうか。


「……クソッ…!」


鈍い動作で自分に近づいてきたヘドロの塊を足蹴り、胴体を真っ二つに裂いた。
しかしすぐにまたヘドロは元に戻り、ジリジリと迫ってくる。
ヘドロの軍隊の奥で、笑みを浮かべている少女が見えた。
その少女はひどく愉快そうにイブキを見ている。


「…黒猫め…」


少女に向かって発砲するが、少女を庇うようにヘドロの塊が前を塞ぎ、その身体で銃弾を受け止め飲み込んだ。
少女の笑い声が聞こえる。


「苦戦してるみたいだね、黒服さん」

「…黙れ」


ひどく少女の声が不愉快だった。

このヘドロの軍隊は、イブキを追い詰めながらも攻撃はしてこない。
攻撃などしなくてもイブキが自分に適うハズがないと思っているのだ。
完璧に嘗められている。
そして事実いい打開策が浮かばない自分自身にも苛立ちを募らせていた。
自分に今出来る事は、この苛立ちに任せて体力を消耗しないように冷静でいる事だけだった。
だがこのままでは状況は悪くなるだけだ。
自分が不利な事に変わりはない。


「ウフフフ…残念だよねぇ黒服さん。女王に送り出されたりなんかしたから、アナタはもうココで終わり」

「……」

「あ、『この世界に死は存在しない』とかそんな陳家なコト言わないでね?ココは私が作った疑似世界の中だもん、女王も干渉出来ない、特別な場所なの」


黒猫の言う通りだ、とイブキは思っていた。
女王に命令さえされなければ、こんな目には遭っていない。
…だが、イブキには彼だけに与えられた特権、女王の命令に対する拒否権を持っていた。
拒否しないコトを選んだのは自分だ。
誰を責めても仕方のないコト。
もし責めるとするなら、余裕面で現れたコダチただ一人だろう。


「…なんか、飽きてきちゃったな。アナタ何も反応しないだもん、痛がりも苦しみもしない…焦りも絶望するコトも、女王を憎むコトもしない」

「…女王への忠誠がこの世界で俺が課せられた任務だ」

「……『憎む気は無い』ってコト。…つまんない」


黒猫が手にしていた杖を地面に突く。


「もういいや。死んで?」


黒猫の行動が合図の様に、ヘドロの塊がイブキに押しよって来た。
腕を掴まれ、足に絡みつかれ…物体に触れられた所から熱が流れ込んでくる。
肌が焦げる匂いがし、イブキは歯を噛み締めた。


「ぐ……っ」


イブキ身体全体をヘドロが覆い尽くそうとした頃、突如それらが弾け散った。
イブキは軽くなった空間にフラつき膝をついた。
一瞬のコトで何が起こったのかよく理解出来なかった。
しかしそれは黒猫も同じ様だった。


「え…!?何!アナタ、何をしたの…!?」


黒猫の問いに答えたのはイブキではなかった。


「アナタは少し、出しゃばり過ぎましたね…黒猫」

「! お前…」

「おやおや、ボロボロじゃないですか。無様ですねぇ」

「何しに…っ!」

「女王のご命令で、『アナタを守れ』と言われたので」

「テメェなんかに…!」

「私を消そうっていうの?」

「…いいえ?女王からは『黒服を守れ』としか命令されていません。アナタへの攻撃は命令外です」

「なっ…テメェ中途半端に役立たずじゃねぇか!!」

「ろくに立てない君に言われたくありません」

「んだと!」


イブキがそこまで言うと、銃声が聞こえ、空間に亀裂が走った。
黒猫が振り返ると、その亀裂が広がりまるでガラスの様に飛び散った。
その先には帽子屋の二人の姿が。


「結界を張って女王の手の届かない所で黒服嬲りだなんて、頭いいっちゃあいいけど趣味悪いよなぁ~」

「ぼ…帽子屋…!?」

「女王の命令で、黒服の援護にやって来た」


そう言ってシオンが銃を構える。


「どうやってココに…!?」

「俺の銃で結界ぶち抜いちゃった~」

「アナタ…魔術師なの…」


黒猫が顔を顰めた。
その時、帽子屋の背後から声が聞こえた。


「ち…チカヤちゃん!?」


その場の人間全員がその声に反応した。
そしてアンズの姿を発見するなり、声を上げる。


「アリス!?何でココまで…!」

「だ…だって!カスミは寝ちゃうし二人がどっかいっちゃうのイヤだったから…」

「だからってついてくんなよ!危険だろ!」


ジュンが声を荒げると、その奥で黒猫がニヤリと笑みを浮かべた。
隊長不良とか変な誤字やらかしましたが。

今片栗は体調が余りよろしくなくて、
更新が停滞気味なんですけれども。

もうしばらくすれば(体調が良くなり次第すぐにでも)小説の続きを書きますので。

もう少々お待ち下さい。

ひたすら黒服の後を追っていたアンズだが、やはり体力の差から見失ってしまい、迷ってしまった。


(うわ~ん!また迷っちゃったよ~!!)


泣きそうになりながら曲がり角を様子見ると、運のイイコトにアララギと帽子屋を見かけた。
アンズはすぐさま声を掛けようとしたが、帽子屋二人の剣幕の悪さに躊躇い、様子を窺った。


「何ださっきの?」

「結局その来訪者ってヤツがいなくならねぇと女王と話出来ないんじゃねぇの?」

「さぁ?…よくわかんないですけど」

「っていうかその来訪者ってアイツだよな?男なのにカワイイ顔してるヤツ」

「カワイイ?……か?」

「俺、アイツは見てるだけなら観賞用にはイイと思う」

「何言ってんだ!気色悪い!」


(………)


どうやら剣幕が悪いように見えたのはアンズ気のせいだったらしい。
しかし一旦身を潜めてしまった為、出るのもどうだろうという気分になったので空気がいいカンジになるまではこのまま様子を見ているコトにして、ゆっくりとアララギたちの後をアンズはついていった。



女王の謁見の間の扉が開かれて、黒服が入ってきた。
それを見ると、女王は真剣な面持ちで黒服に言った。


「お前に行ってきて欲しい所がある」

「…?」

「『黒猫』の所だ」

「黒猫…?黒猫がどうしたんだ?」

「黒猫が…今のアリスの存在を消して、自分がアリスになろうとしているらしい」

「何だと…!?」

「問題がこれ以上複雑化するのは避けたい。本当に黒猫がアリスの座を狙っているのか確かめてから、確かな様なら黒猫を処理してこい」

「……その情報、何処から得たんだ?」

「……コダチだ」

「コダチだと!!??」


真剣な顔だった黒服が再び怒りを露にした。


「まさか、取引に応じたんじゃないだろうな!?」

「応じた」

「何故だ!アイツは一度お前を裏切ったんだぞ!?取引っていうのは、信用の置ける相手でなければ乗るもんじゃないだろ!!」

「…情報が…欲しかった」

「だから応じたのか?コレが罠だったらどうする!?お前は、罠かもしれないのに俺を黒猫の所に送るのか!?」

「………」


女王が言葉を発しようと口を開けたが、すぐに閉じられた。
そしてばつが悪そうに視線を落とす。


「…それでも行けって言うのかよ」

「…この情報しか、手掛りがない…」

「……お前、何の情報をそうまでして欲しがってるんだよ…?」

「…………」

「俺にも言えないコトなのか?俺には言えないのに、アイツには任せられる様なコトなのかよ…!?」

「違う!!」


ダンッ!!!


女王が玉座の肘掛けを勢い良く叩いた。
普段から物に当たるようなコトも声を荒げるコトもしない女王が取った態度に、黒服は少し呆気に取られた。


「どうやって…説明したらいいか…わからないんだ……でも、私はコダチには何も言ってない。私が知りたいと思っていたコトは、誰にも言ってない」

「…じゃあ何でアイツは知ってるんだよ、女王が、その情報を欲しがってるって」

「知らない」

「………」

「はぁ……いいよ、とりあえず…行ってくればいいんだろ」

「…すまない」

「とりあえず、コダチのコトもお前の話も後で聞くから」

「わかった」


そう言うと、黒服はその場から一瞬にして消えた。
すると、黒服が消えた直後にまた脇から声が聞こえた。


「いいんですか?行かせてしまって…」

「! …コダチ…!」


女王のすぐ横で、笑みを浮かべているコダチが居た。
その笑みはとても意地の悪い物で、嘲笑の様なモノを感じさせた。


「彼、1人だと死にますよ?」

「!? 何だと…?」

(…やはり…罠だった………!?)


女王が席を立つと、コダチは宥めるように両手で女王を制した。


「言っておきますけど、罠なんかじゃありませんよ?黒猫と私には、何の関係もありません」

「…じゃあどういう意味だ?」

「今の黒猫には、彼は勝てない。そういうコトです」

「ユウが負けるはずない!!」

「ホントにそう思います?アリスの座を狙う程なんですよ?黒猫だってそれなりにチカラをつけている。勿論、本来のアリスのそれには遠く及びませんがね」

「……」

「貴女だってご存知でしょう?彼の様なタイプは、黒猫の様なタイプと最も相性が悪いというコトを。彼は高度な魔法に対する耐性はあるにしろ完璧ではありませんし、魔法は守るだけじゃあ勝てない。しかも、黒猫は粘着質な性格だ。少しずつ、しかし確実に、彼の体力を奪い、徐々に彼にダメージを与えていくでしょう」

「……っ」

「それでも、彼が勝てるとお思いですか?生きて帰って来れると?」

「………」


コダチが女王に顔を寄せ、囁く様に言う。


「彼を信じる貴女のその姿勢はある意味では素晴らしい信頼関係と言えましょう。ですが……その信頼と買いかぶりは同格ではありません。彼の身が、大切でしょう?」

「っ、離れろっ!!」


女王がコダチを押しやると同時に、扉が開いた。


「帽子屋を連れてきました」

「! あ、あぁ。ご苦労」

「…何々?この空気何?」

「その来訪者との話がまだな様なら俺達は待っているが」

「いや、いい。すぐに済む」

「…それで、どうします?私を送れば、手っ取り早いと思いますが?」


女王から少し離れた所で、コダチは微笑んだ。
女王はそれを見ると少し顔を顰めた。


「……好きにしろ」

「…そんな言葉では、私は行動出来ませんね。私は貴女の僕です。ご命令下さい」


微笑むコダチに向かって舌打ちをすると、女王は命令した。


「黒猫の元に行き、イブキを守れ。コレは命令だ。行け!」

「…かしこまりました、女王」


そう言うと、女王の前から消えた時の様にまた黒い何かがコダチの体を纏うようにして覆うと、コダチの姿は消えた。
すると言い辛そうにアララギが口を開いた。


「あの、女王」

「何だ?」

「コダチは命令に忠実なヤツだったけど…あの命令だと、イブキは確かに守られるけど、”守られるだけ”なんじゃあ……」

「……チッ…面倒臭いヤツだ…!」


アララギの言葉で自分のミスに気付かされた女王は、残った帽子屋に言った。


「帽子屋、お前達への話は後回しにする。今すぐ黒猫の元へ行って、イブキの援護をしろ」

「イブキ…って、あの厳つい黒服?」

「そうだ」

「何で俺達が?さっきのヤツ一人で十分だろう?」

「……コダチは、命令されたコトしか行動しないんだ」

「は?」


ジュンが聞き返すと、少し苛立ったように返した。


「だから、『守れ』といったら『守るコト』しかしないんだ!」

「あぁそういうコト!…面倒くさいヤツだなぁ」

「だから、お前達、これから陣を開いて黒猫の元まで飛ばす。イブキを助けてこい」

「は?陣?」

「アララギそこを離れろ」

「はいはい」


あたふたとアララギが帽子屋から離れる。
すると、赤い絨毯に幾本の光が走り、それは一方は円を描き、一方は直線を描き、帽子屋を囲んだ。


「何だコレは!?」

「コレ…空間転移の魔術だ!」

「すぐに飛ぶぞ。準備はいいか?」

「じゅ、準備も何もねぇじゃんコレじゃ!」


そう言いながらも二人は手にそれぞれ銃を構えた。
それを見ると、女王は人差指と中指を帽子屋の方に向ける。
すると、魔方陣の円に光の文字が刻まれた。
と、直後魔方陣が強く光り始める。
それを影で見ていたアンズは、このままでは二人が行ってしまうと思い大急ぎでその光の中へと突っ込んだ。
光が一段と輝きを増した後、それは余韻を残して消え、帽子屋の姿はもうそこには無かった。


「いつも思いますけど、呪文無しで魔法使うなんてスゴイですよね」


「本で読みましたけど、ああいうのって言葉にするコトで現実にイメージを反映させるっていう原理じゃありませんでしたっけ?」とアララギが言う。
すると女王は玉座に座って言った。


「要は想像力だよ。魔術なんてコツさえ掴めば誰でも出来る。後は人の向き不向きだ。お前にだって出来るよ」

「…でもイブキは…苦手ですよね、魔法」

「そうだな……無事だといいが……」


そう言うと、女王は固く目を閉じた。







つづく。