イブキは信じたくなかった。
「こんな場所に偽アリスがいるはずがない」、そう信じたかった。


「…おい、ホントに此処なのか?」

「私の情報に間違いはありません」

「………こんなふざけた所にいるのか?」

「……入りたくないんですか?」


コダチは目の前の看板を見てからイブキを見た。
「イブキの気持ちもわからないでもない」、そう言いたげな顔だった。


「入りたくないに決まってるだろ!なんだ『クマさんの森』って!!このファンシーにデコレーションされた看板は何なんだよ!」

「………」


くまさんのもり


コダチも流石に言葉に詰まった。
正直自分もこんなものに入る気は起きない。
でも看板さえ見なければ、目の前に広がっているのはただの森なのだ。
その考えを捨てないように気を取り直して、コダチは襟元を正した。


「とにかく、さっさと済ませて引き上げましょうか。長居は無用でしょう?」

「………」

「どうせ、城に戻ったらまた君に縛られるんでしょうけどね」

「…どうやって抜け出たんだよ」

「魔法使いですから♪」




ザクザクと獣道を進む。
コダチは時折イブキの方を振り返りながらまた歩を進める。


「お前、ちゃんと場所わかんのかよ」

「アリスの波動を感知してるんですから、それが強い所へ行けばいい話でしょう?」

「帰りは?」

「それは君の出番です」

「?」


イブキが「ワケがわからない」という様な顔をした。
するとコダチは少し癪に障る風に言った。


「アナタが女王の気配を辿っていけばいいんです。私には女王の気配は感知出来ませんから」

「お前、女王の居場所がわからないのか?」

「わかりませんよ?私には元々そんな能力持ち合わせていませんから。君と違ってね」

「一人で行った場合、どうやって戻ってくるつもりだったんだよ」

「城に残した私の私物を通して帰るつもりでした……まぁ元より、女王の居場所なんてわからなくてもいいんですけどね」


本来、女王の側近たちは女王が何処にいるのかは気配で察知出来る。
どういう理屈で成り立っているのかはわからないが、どんなに女王から離れた場所にいても、女王がいる正確な位置を把握出来るのだ。
だが、「自分にはそれは出来ない」とコダチは言った。
元々は女王の側近だったハズのコダチには、イブキの様な能力が備わっていないという事らしい。


(『元々そんな能力持ち合わせていなかった』…ねぇ。…何か引掛るな……)


イブキが考え込んでいると、急に森が拓けた。
一本の木を中心に、キレイに円を描くように拓けた場所にコダチとイブキが辿りつくと、イブキが声を発した。


「…?あの木、何だ?」


中心にある木は不思議なカタチをしていた。
よく見ると、細い木が集まってひとつのカタチを成している様だったが、それよりも。
木の枝と幹の間が丸く膨れている。
それはひとつの空間を作り出し、そのぽっかりと空いた、まるで揺り籠のような空間の中で少女が眠っていた。


「あの少女が、今回の偽アリスです」

「あれが…?」


イブキが少女に近寄ると、殺気を感じた。
イブキが反射的にその場を退くと、脇から巨体の熊が現れた。
獣独特の唸り声を上げながら、敵意を剥き出しに、少女を庇うようにして今にもイブキに襲いかかろうとしていた。


「コイツ…!」

「その熊が、『クマさん』ですね。…随分と大きいですね」

「呑気な事言ってる場合かテメェ!」

「ヴヴヴヴヴヴゥゥゥゥゥ……ッ」

「………」


イブキと熊が睨み合う。
熊の大きな爪が鋭く光った。








ギィ………ギィ………

コダチは暇そうにイスを傾けながら思案に耽っていた。
抜け出す事は簡単。
しかし、出来る事なら大人しいフリをしていたい。
だがこのまま捕らわれ続ける事は出来ない。

コダチは微かな気配を感じ取っていた。

女王に報告しなければならない。


「………」

ギィ……ギィ……………カタン


直後コダチを縛りつけていた縄が緩み、解ける。
するとコダチは立ち上がり、外にイブキの気配がないのを確かめてから部屋を出た。



一方女王は日の当たるコテージで薔薇園を見下ろしながら白いテーブルセットに腰掛けていた。
コダチに以前渡された書類を見ながら、紅茶に口を付けていたが、その手が不意に止まる。


「…『3代目アリス』……?」


女王が見ていた書類にはアンズの写真とアンズのデータが載っていた。
其処にはハッキリと、『3代目アリス』の文字。


(今のアリスは2代目のハズじゃあ…)


そこでパラパラと書類を捲って、次はレンカの情報が載っている書類を見た。
レンカの写真のすぐ脇に、『2代目アリス』と確かに書かれている。

女王は一瞬鳥肌が立ったのを感じた。

しかしその怖気もすぐ収まり、後に残ったのは今身体が感じた怖気に対する違和感。


(何だ今のは……私は…何か知っているのか……?)


女王は口元を押さえ、書類の文字を見つめていた。
何度見ても、『初代アリス』とは書いていない。


「では誰が……?」


女王は他にも数枚書類を捲ったが、データはアンズとレンカのそれだけだった。
もう一人、いるはずなのに。

女王がコダチを呼ぼうとした瞬間、コテージに通じているガラス戸が開かれた。
女王が振り返ると其処にはイブキの姿があった。


「…ユウか」

「……何だよその顔」

「何でも……、それより、コダチは?もう帰ってきてるだろう?」


「コダチ」と聞いてイブキは眉をピクリと動かした。
そして少し押さえた声量で言った。


「俺はアイツを使うのはどうかと思うが」

「……」


すると女王は少しキョトンとした顔をしてから、視線を落とした。


「アイツを使うなら俺が出る。何ならアララギでもいい。お前が探してる情報っていうのも俺達が探す。アイツは必要ない」

「それだと時間が掛かる…早く………?」

「………?」

「私…今、何て言った?」

「は?」


女王は怪訝そうな顔をしていた。
どうやら無自覚で言葉を発していたらしい。
そしてそれ以上に自分の発した言葉に驚いているようだった。


(『早く』…?……私は…、何をしようとしているんだ…?)


「何だよ」

「……イヤ、何でもない……とりあえず、これ以上お前達の仕事は増やせない。コダチにやらせる」

「…っ何でだよ!俺達じゃ役不足だってか!?」

「…お前は……私に、お前達まで失わせるつもりか……?」


女王は真顔でイブキを見た。
イブキは一瞬黙る。


「何も私は、コダチを信用して使っているワケではない。確かにアイツは有能だ、情報収集に適しているのもある。けど、私がアイツを使う理由は、『いつでも切り捨てられるから』だ」

「………」

「アイツなら役に立たなくなったらいつでも捨てられるからだ。それに私は、お前達二人に情報収集をさせる気は元々ない」

「…どうして」

「此処の警護が手薄になる。…アララギは私の寝室と、『あの部屋』には入れないしな」

「……」


女王がひとつ呼吸を置く。


「…それで、コダチは?」

「………コダチは……」

「……? どうした?」


イブキは少し視線を泳がせた。
捕らえているとは言えない。


「コダチはどこにいる」

「…しら…」

「私なら、此処にいますよ女王」

「!」


コダチの声が不意に響き、イブキが見るとひらひらと手を振っているコダチの姿が見えた。


「お前何で」

「黙ってて下さいよ。私は女王に話があるんですから」

「…いつから其処にいた?」

「今入りましたけど。ノックが聞こえなかった様なので勝手に入らせて貰いました。それより女王、重大な報せがあります」

「何だ」

「また、アリスの反応を感知しました」

「また…か」

「つきましては反応の出た場所に調査に向かいたいのですが、数時間の自由行動を許可して頂いてもよろしいですか?」

「数時間の自由行動…ね」


女王はティーカップを少し揺らした。


「その前に、私もお前に聞きたい事がある。この書類…初代アリスであるハズの人間が『2代目』となっているが?」

「その情報に間違いはありません。初代アリスは他にいます。…ただ、明確な情報はまだ…」

「…手掛りはあるのか?」

「ええ、勿論」

「………ならこの話はこれで終わりだ。数時間の自由行動だったな、いいだろう、許可する」

「な、女王!」


女王の発言にイブキが口を開いた。
すると女王はイブキを手で制し、続けた。


「ただし。…イブキと共に行け。その間イブキの自由行動をも許可する。調査が終わった後の報告は二人でするように」

「黒服とですか?…私一人で十分だと思いますけど…?」

「……」


コダチの言葉にイブキがコダチをキッと睨んだ。
しかしコダチはそれを一瞥しただけでイブキを無視する。


「もしどちらかに危険が及んだ場合、余裕があればちゃんと助けてこい。自由行動とは言えど、どちらかがもう一人を見捨てる事は許さない。お前もだイブキ」

「………了解」

「3時間以内には絶対に戻ってこい。さっき言った事以外の行動の制限はない。好きにしろ」

「…信用されてませんね」

「イブキの前で不穏な行動を取らなければ、自ずと信用される様になるのではないか?」

「…まぁいいでしょう、女王がそう仰るならば、条件付きでも構いません」

「…ところで、何処に行くんだ?」

「それは…———」





それからしばらく。
女王に呼ばれて女王の隣のイスに座っているアララギはふと訊ねた。


「何かいつもより人気がない気がするんですけど…?」

「今此処には私とお前しかいないからな」

「え、あの二人は?」

「二人揃って自由行動中」

「え!?」

「といっても、二人で自由行動するように言ったんだが」

「…あの二人が一緒なんですかぁ…、荒れそうですね~」


そこでアララギは女王のカップが空になったのを見計らって紅茶を注ぐ。
女王はそれをスプーンで掻き回す。


「で、何処に行ったんですか?」

「『クマさんの森』だ」

「………ハイ?」

「『クマさんの森』」


ひどくファンシーな響きのそれに、アララギは一瞬我が耳を疑った。


「あの、それはどっかのテーマパークとか…?」

「いや?凶暴な大熊が棲んでる森だ」

「もしかしてそれが…」

「『クマさん』だ。本当に大きいクマだった。3メートルくらいの」


(うわぁ、名前は可愛いのにとてつもなくデカイ…!!)


「大丈夫なんですかそんなとこに行かせて」

「…大丈夫だと思う。……それより暇だな」

「あ、何かやります?」

「ババ抜き」









そういえば昔64で「トランプの国のアリス」みたいなヤツがあって、
そこでアリスがいろんなトランプのゲームをやってハートのクイーンに辿りつくとかいうような内容だったなぁっていうのを思い出した。
ネズ


モデルに全然似てない白ウサギのネズです。
めっきり出番がなくなってしまいましたが、この後ちょちょいと出て来ます。
その時は少々ポジションに変化がありますがね…フフフ(怪