赤い絨毯に、所々に金色の紋が施されている壁が、どこまでも続いているようだった。
時たま自分たちとは違う、忙しなく歩き回っている様な足音が聞こえた。
アンズがふと脇に目をやると、誰かが丁度角を曲がった所だった。
だが、それ以外に人の気配は感じられない。
「何か、こんなに広いのに寂しいね?」
「ん~、そうだねぇ」
「女王は無駄に人を侍らせるのが嫌いなんです。もうすぐ謁見の間ですから、私語は慎んで下さい」
まるで人の進入を頑なに拒む様な迷宮とも思える様な道のりの先に、重そうな金属の扉があった。
「こちらです」
そう言って彼が扉を開けると、そこは広間に繋がっていた。
東のテラスと、天窓から差し込む日の光が眩く注がれたその広間に、女王はいた。
女王はアンズが最初に逢った時と同じく、黒いドレスに身を纏っていたが、その髪は初めて逢った時とは打って変わってストレートだった。
女王はアンズたちの姿を視認すると、目を細めた。
「来たか、アリス。そしてその連れよ」
「女王…」
「ここまでの案内、ご苦労だった。お前は下がれ」
「は…」
女王に命ぜられ、彼は広間から姿を消した。
「約束通り、ネズ連れてきました!」
「ん?…あぁ。そんな約束もしたな。どれ、此方においで」
女王が手を差し伸ばした。
アンズが女王に近寄ろうとすると、急に背後で声がした。
「待て!」
「!?」
「……何の真似だ?帽子屋…」
唯那が振り返ると、そこには機関銃を此方に向けているシオンの姿があった。
「お前を…女王と接触させるワケにはいかない!」
「お前、アリスに何かしようとしたら俺が容赦しないよ!」
「悪いけど、チェシャ猫さん。君には少し眠っててもらうよ」
カスミの背後にいたジュンが素早く布をカエデの顔に当て、身動きできないように固める。
すると、しばらくもしない内にカスミは意識を失い、倒れた。
「カスミ!」
「ホントに眠ってもらってるだけだよ。悪いけど、俺は相棒の味方だからね、アリスと女王が接触されちゃうと、困るんだ」
「…それで、どうしようというのだ?貴様ら如きが、女王である私に適うとでも?」
「俺達の狙いは女王、貴女ではない」
「最初からアリスただ一人だよ」
「え…!?」
帽子屋二人の言葉を聞いて、女王は余裕の表情で首を横に振った。
「それは弱ったな…今、アリスに死なれては困る」
「…?どういうコトだ?お前は寧ろ、アリスが死んだ方が好都合だろう?」
「そういうワケでもない、とだけ言っておこうか。…ユウ」
女王が指を鳴らすと、黒服の少年が広間に入ってきた。
「何だ。………どういう状況だコレは」
「見ての通りだ」
「何故コイツらを城に入れた!?」
「難しい質問だな。強いて言うなれば、面白そうだったから、とだけ言っておくよ」
女王は皮肉げな笑みを浮かべて言った。
黒服はほとほと呆れた表情をする。
「…まったく、お前はいつもそうやって自分の気まぐれで判断する…だからこうなるんだ!」
「そう言ってくれるな、ワケなら後で話す。今はアリスの無事を確保するコトが専決だ」
「それもそうだ」
女王の意見に納得した黒服は懐から拳銃を素早く取りだした。
帽子屋の的が黒服に向けられる。
「余り無茶はするな、その二人はそれなりに強い」
「俺が負けるとでも?」
「可能性がないとは言いきれないだろう?」
「ハッ!」
「そうだよお兄さん、油断は禁物だよ?」
「お前と会話する気はサラサラない」
「奇遇だな、俺達もだ」
シオンがそう言い終わるが早いか否か、黒服は真っ先に武器を所持していないジュンを狙いに掛かった。
一瞬でジュンの懐に入ると、右肘でジュンの鳩尾を狙った。
瞬時にジュンは攻撃を避けようと身を反らしたが、脇の方の腹に鋭利な肘を喰らう。
そのまま黒服はジュンと接近戦を繰り広げる。
ジュンと黒服の距離が近い所為で撃てないシオンは黒服の相手をジュンに任せてアンズの方を振り返った。
すると、アンズは既に女王の下に渡っていた。
女王のすぐ側で、抱えられる様にされている。
シオンは舌打ちをしたが、構わずそのままアンズを狙って射撃した。
「無駄だ」
女王が片腕を払うようにすると、アンズに向かって放たれた弾が全て消え失せた。
クツクツと女王が笑う。
「私にはアリスしか太刀打ちできない。だが…今アリスは私のモノだ。ご丁寧に白ウサギまでついてな」
「つ…じゃなかった、女王…?」
「何だ?」
「あのっ!私ちゃんとトミタ連れてきたよ!」
「そうだな。お前は偉いよ、私との約束をちゃんと守った。イイ子だ」
女王がアンズの頭を撫でる。
その時、アンズの表情が心無しか嬉しそうにシオンの目には映った。
(クソ…っ、クソ……っ!!!)
焦りばかりがシオンに募る。
(アリスを殺さないと……アイツは……!)
「何故なんだ女王!!」
「……貴様は、知る必要はない」
そう女王が言い放った途端、ドォッ!!と大きな音が広間に響いた。
塵が舞い上がって、視界が悪くなる。
「まさか……相棒っ!!!」
嫌な予感がしてシオンは土煙に向かって片割れを呼ぶ。
すると、土煙の中からジュンが現れた。
しかし、体はボロボロで、冷たい床に横たわって、意識を失っている様だった。
すると、後からジュンと対峙していた黒服がスーツを払いながら現れた。
「こんなものか」
「お前…っ!!」
「させないよ、帽子屋」
女王が手を翳すと、シオンの銃が真っ二つに断裂された。
「!」
「残念だ。貴様のコトはよく知らないが、同情するに値するとは思っていたのに」
「…っ」
「貴様は、ココで死んでもらう」
「…俺は…俺が死ぬワケには…いかないっ!」
「その理由も十分理解している。だが、貴様は私の領域を荒らした。命を奪われても、文句は言えまい?」
「……」
シオンは黙った。
ジュンは倒れている。
アンズは女王に抱えられている。
ネズも同様だ。
カスミも役に立ちそうもない。
逃げようにも出口がわからない。
挙句黒服は拳銃を構えていて、シオンが不穏な動きをすれば発砲するだろう。
シオンには為す術が無かった。
女王は続ける。
「せめて最期くらい彼女に逢わせてやりたいが、あの部屋から彼女は出られない。このまま死ね」
「……ッ、…」
(………レイナ…———)
シオンは目を閉じ、唇を噛んだ。
そして、残酷にも女王の腕が、振り下ろされた。
「…アリス——」
つづく。
時たま自分たちとは違う、忙しなく歩き回っている様な足音が聞こえた。
アンズがふと脇に目をやると、誰かが丁度角を曲がった所だった。
だが、それ以外に人の気配は感じられない。
「何か、こんなに広いのに寂しいね?」
「ん~、そうだねぇ」
「女王は無駄に人を侍らせるのが嫌いなんです。もうすぐ謁見の間ですから、私語は慎んで下さい」
まるで人の進入を頑なに拒む様な迷宮とも思える様な道のりの先に、重そうな金属の扉があった。
「こちらです」
そう言って彼が扉を開けると、そこは広間に繋がっていた。
東のテラスと、天窓から差し込む日の光が眩く注がれたその広間に、女王はいた。
女王はアンズが最初に逢った時と同じく、黒いドレスに身を纏っていたが、その髪は初めて逢った時とは打って変わってストレートだった。
女王はアンズたちの姿を視認すると、目を細めた。
「来たか、アリス。そしてその連れよ」
「女王…」
「ここまでの案内、ご苦労だった。お前は下がれ」
「は…」
女王に命ぜられ、彼は広間から姿を消した。
「約束通り、ネズ連れてきました!」
「ん?…あぁ。そんな約束もしたな。どれ、此方においで」
女王が手を差し伸ばした。
アンズが女王に近寄ろうとすると、急に背後で声がした。
「待て!」
「!?」
「……何の真似だ?帽子屋…」
唯那が振り返ると、そこには機関銃を此方に向けているシオンの姿があった。
「お前を…女王と接触させるワケにはいかない!」
「お前、アリスに何かしようとしたら俺が容赦しないよ!」
「悪いけど、チェシャ猫さん。君には少し眠っててもらうよ」
カスミの背後にいたジュンが素早く布をカエデの顔に当て、身動きできないように固める。
すると、しばらくもしない内にカスミは意識を失い、倒れた。
「カスミ!」
「ホントに眠ってもらってるだけだよ。悪いけど、俺は相棒の味方だからね、アリスと女王が接触されちゃうと、困るんだ」
「…それで、どうしようというのだ?貴様ら如きが、女王である私に適うとでも?」
「俺達の狙いは女王、貴女ではない」
「最初からアリスただ一人だよ」
「え…!?」
帽子屋二人の言葉を聞いて、女王は余裕の表情で首を横に振った。
「それは弱ったな…今、アリスに死なれては困る」
「…?どういうコトだ?お前は寧ろ、アリスが死んだ方が好都合だろう?」
「そういうワケでもない、とだけ言っておこうか。…ユウ」
女王が指を鳴らすと、黒服の少年が広間に入ってきた。
「何だ。………どういう状況だコレは」
「見ての通りだ」
「何故コイツらを城に入れた!?」
「難しい質問だな。強いて言うなれば、面白そうだったから、とだけ言っておくよ」
女王は皮肉げな笑みを浮かべて言った。
黒服はほとほと呆れた表情をする。
「…まったく、お前はいつもそうやって自分の気まぐれで判断する…だからこうなるんだ!」
「そう言ってくれるな、ワケなら後で話す。今はアリスの無事を確保するコトが専決だ」
「それもそうだ」
女王の意見に納得した黒服は懐から拳銃を素早く取りだした。
帽子屋の的が黒服に向けられる。
「余り無茶はするな、その二人はそれなりに強い」
「俺が負けるとでも?」
「可能性がないとは言いきれないだろう?」
「ハッ!」
「そうだよお兄さん、油断は禁物だよ?」
「お前と会話する気はサラサラない」
「奇遇だな、俺達もだ」
シオンがそう言い終わるが早いか否か、黒服は真っ先に武器を所持していないジュンを狙いに掛かった。
一瞬でジュンの懐に入ると、右肘でジュンの鳩尾を狙った。
瞬時にジュンは攻撃を避けようと身を反らしたが、脇の方の腹に鋭利な肘を喰らう。
そのまま黒服はジュンと接近戦を繰り広げる。
ジュンと黒服の距離が近い所為で撃てないシオンは黒服の相手をジュンに任せてアンズの方を振り返った。
すると、アンズは既に女王の下に渡っていた。
女王のすぐ側で、抱えられる様にされている。
シオンは舌打ちをしたが、構わずそのままアンズを狙って射撃した。
「無駄だ」
女王が片腕を払うようにすると、アンズに向かって放たれた弾が全て消え失せた。
クツクツと女王が笑う。
「私にはアリスしか太刀打ちできない。だが…今アリスは私のモノだ。ご丁寧に白ウサギまでついてな」
「つ…じゃなかった、女王…?」
「何だ?」
「あのっ!私ちゃんとトミタ連れてきたよ!」
「そうだな。お前は偉いよ、私との約束をちゃんと守った。イイ子だ」
女王がアンズの頭を撫でる。
その時、アンズの表情が心無しか嬉しそうにシオンの目には映った。
(クソ…っ、クソ……っ!!!)
焦りばかりがシオンに募る。
(アリスを殺さないと……アイツは……!)
「何故なんだ女王!!」
「……貴様は、知る必要はない」
そう女王が言い放った途端、ドォッ!!と大きな音が広間に響いた。
塵が舞い上がって、視界が悪くなる。
「まさか……相棒っ!!!」
嫌な予感がしてシオンは土煙に向かって片割れを呼ぶ。
すると、土煙の中からジュンが現れた。
しかし、体はボロボロで、冷たい床に横たわって、意識を失っている様だった。
すると、後からジュンと対峙していた黒服がスーツを払いながら現れた。
「こんなものか」
「お前…っ!!」
「させないよ、帽子屋」
女王が手を翳すと、シオンの銃が真っ二つに断裂された。
「!」
「残念だ。貴様のコトはよく知らないが、同情するに値するとは思っていたのに」
「…っ」
「貴様は、ココで死んでもらう」
「…俺は…俺が死ぬワケには…いかないっ!」
「その理由も十分理解している。だが、貴様は私の領域を荒らした。命を奪われても、文句は言えまい?」
「……」
シオンは黙った。
ジュンは倒れている。
アンズは女王に抱えられている。
ネズも同様だ。
カスミも役に立ちそうもない。
逃げようにも出口がわからない。
挙句黒服は拳銃を構えていて、シオンが不穏な動きをすれば発砲するだろう。
シオンには為す術が無かった。
女王は続ける。
「せめて最期くらい彼女に逢わせてやりたいが、あの部屋から彼女は出られない。このまま死ね」
「……ッ、…」
(………レイナ…———)
シオンは目を閉じ、唇を噛んだ。
そして、残酷にも女王の腕が、振り下ろされた。
「…アリス——」
つづく。