夢から覚める様だった。
深い眠りから、緩やかに意識の波が奥底から寄せてくるのが感じられる程。

アンズの意識は少しずつハッキリとしてきた。
まだ少しぼやけた視界は、暗闇だけを露にしている。
アンズがふと上を見上げると、遥か上方には小さな光が見えた。

ココは何処かの底なのだろうか?と思って足下を確かめてみるが、どうやら何かの部屋の様だった。
すると、アンズの頭が少し痛んだ。
女王の城で付人が撃たれたのを見た直後、アンズは突如上下が逆になったような重力に引き寄せられたのを感じて気を失ってしまったのだ。

もしかしたら気を失っている間に何処かに頭を打ったかもしれない、と頭を擦っていると、声が響いた。


「また会えましたね、アリス」

「!? コダチ君!?」


暗闇の中で彼の存在は闇に掻き消されるコトなく存在していた。
黒くて見得ないだけなのだろうか、何かに腰掛ける様にして足を組み、アンズの目の前に突然現れたのだ。


「何で!?撃たれたんじゃないの!?」

「私が本当に撃たれたと思ったのですか?私がその程度なワケないじゃないですか」

「う……」


不敵にコダチはアンズを見下した。
アンズはそれにたじろぐと、恐る恐る訪ねてみた。


「それより、ココどこ?何で私こんなトコにいるの?」

「私が呼んだからです。アナタにはまだ動いてもらわないと困りますからね」

「…私?」

「あぁ、その前に。人員の確認をしませんとね」


そう言うと、コダチは懐からタロットの様なカードを出した。
するとそのカードの山は上からバラバラと音を立てて空中を舞い、コダチの前に規則正しく並ぶ。
コダチがしばらくそのカードたちを見ていると、「なるほどね」と言って手を出し、カードを元の山に戻して再び懐にしまった。


「今のは?」

「この世界の住人すべてが記されているカードです」

「!」


そのカードに興味を持ったアンズは手を差し出してカードをせがむ。
するとコダチがひらめいた様に言った。


「あぁ。そう言えば渡してませんでしたね。ハイ」

「わ~い……って、うぉい!!」


それは拳銃だった。
「こんなものが見たいんじゃない」とアンズはそれを振り回す。


「違くて!さっきのカードが見たいの!」

「カード?…悪いけど、見せられませんね」

「やっぱり~?」


そう聞くと、アンズは残念そうに俯いた。
しかしコダチはそんなコトに構わずに口を開いた。


「大体、アナタにはもう既に一枚渡してあるでしょう?」

「え?」

「龍のカードですよ。…持ってますよね?」

「あ、うん!ホラ!」


そう言ってアンズはコダチの目の前にカードを付き出す。
するとコダチは頷いた。


「さて、アナタが目覚めた所でもうアナタに用はありません。私はしなければいけないコトがあるので、アナタとはここまでです。いいですか、私と会った事はくれぐれも、他言無用に」


口元に人差指を当て、アンズをチラ…と見ると、目の前でコダチが消え、そして自分の周りを囲んでいた闇すらもコダチと同時に消えた。

そしてアンズが現れた場所は、辺り一面草だらけのだだっ広い草原だった。


「は?」


アンズは辺りを見回して、誰もいないのを確かめる。


「ど……何処だココはぁぁぁぁあああああああっっっ!!!!!」


アンズの叫びだけが虚しく響き渡った。







つづく。
シオンは門を叩いた。
その門は大きく、何者の進入も許さないかの様に存在していた。

そう、シオンが訪ねたのは女王の城だった。

ドンドンッと乱暴に門を叩いていると、黒服の声が応対した。


『…誰だ』

『帽子屋だ、女王を出せ!』

『………』

『緊急なんだ!頼む!!』

『……』

『っ頼む、早く…っ!!』

『そう騒ぐな。私の城の前で』

『! 女王!』


黒服の声から女王に切り替わった。
するとシオンは女王にコトの経緯を説明した。
しかし、女王はシオンの要求の部分だけを聞くと、ろくに理由も問わずに許可した。


『もういい。お前の言い分は察した』

『え…?』

『少し待っていろ、今開けさせる』


すると、少しの沈黙の後、門の脇に備え付けられている扉が開かれた。
シオンがその扉をくぐると、目の前には女王が立っていた。
女王はシオンの腕の中で横たわっているレンカを見ると、「ついてこい」と行って歩き出した。
黒服の冷たい視線がシオンに突き刺さる。
警戒されているのだとわかっていても、今のシオンにはそんなコトに構っている様な余裕はなかった。
胸の中の彼女が助かること、それだけが今、シオンの体を動かしていた。


女王は「準備がある」と言ってシオンを部屋に控えさせると姿を消した。
一刻を争う事態に、シオンは焦りばかりが募っていた。
そして再び部屋の扉が開かれ、女王が入ってくるとシオンは駆け寄った。


『女王!早く彼女を!』

『……わかっている。来い』


女王が「部屋に案内する」と言って連れてきた部屋は、一面白の家具で統一されていた。
一見普通の部屋だが、女王はその寝台の前まで歩くと、振り返り強い口調で言った。


『汚すなよ、アララギの仕事を無駄に増やしたら殺すからな』

『そうは言っても、こんなんでどうやって…!』


シオンがそう言い返すと、呆れ顔で女王はシオンの腕で眠っているレンカの体を撫でた。
すると、彼女の体を赤黒く染めていた血は一瞬にして薔薇の花弁へと変貌した。
凝固したそれすらも美しい薔薇に姿を変えて床に落ちる。

キレイになったレンカを寝台に寝かせると、女王は彼女の胸下を寛げ、露になった胸元の上に手を翳した。
そこに光が集まると、女王はそれをレンカの体に押し込めるように手を下ろした。
そして女王が手を退けると、撃たれた後が残っていたソコには撃ち抜かれた穴の変わりに薔薇の刻印が刻まれていた。
女王はレンカの服を正してシオンに告げた。


『これでアリスは永遠にこのままだ』

『…永遠、に…?』

『ああ。このままだ』

『生き返りはしないのか?』

『……私には、出来ない。このまま彼女を、仮死状態にしてでしか…このアリスをこの世界に縛るコトは出来ない』

『…そうか……』

『………私に出来るのはここまでだ。お前の望み通りには、出来なかったがな』

『……いや……これでも十分だ…彼女が消えなかっただけでも………ありがとう…』

『…お前は着替えた方がいい。シャワールームを使え。その間に着替えを持ってこさせよう』

『…ああ……』


そう言うと、女王は部屋を後にした。
残されたシオンは、しばらくの間服を脱ぎもせずに眠っているレイナの顔を眺めていた。







つづく。
次でまた唯那の視点に戻ります。
アンズが目覚めると、そこは美術室だった。
彼女が普段授業を受けている席に、何故か彼女は腰掛けていて、目の前には美術の課題があった。


「アレ?…私仕上げなかったっけ…??」

「何してるのアンズ!早く終わらせないと!」

「あれ?カスミだ。何でココにいんのぉ?ココうちの学校でしょお?」


アンズが顔を上げると、普段は別の友人が座っている所に他校であるはずのカスミがソコにいた。
アンズの隣にはじゃがりこを摘むツバキの姿。


「そうだよ~アンズ、早くしないと」

「アレ?アレ??」

「もー、アンズ!首傾げてる場合じゃないよ!もう時が迫ってるんだよ!?」

「時?何の話よ?」

「ホラッ!!」


カスミが指差した先をアンズが振り返る。
するとソコには靄がかったワームホールの様な空間が口を開いてすぐそこまで近づいてきていた。


「うわぁ!何コレ!!」

「もう時間がないんだよ!ホラ早くそれ終わらせて!!」

「そんなコト言うんならカスミがやれ!」

「俺がやったら意味ないだろうがぁ!!」


そんなコトを言い争っている内に、とうとうアンズは迫ってきていた空間に呑まれてしまった。
アンズを吸い込むと、その空間は消え、美術室に静けさが戻る。


「あーあ。間に合わなかった」

「次はいつ戻ってくるんだろうねぇ?」

「んも~…」

「まぁまぁ。じゃがりこ食べる?」

「食べる~♪」


アンズが目の前で消えたというのに、二人は落ち着き払い、二人揃ってじゃがりこを食しながらまた穏やかな時間を過ごすのだった。






時はアンズが迷い込むよりも前の世界。
セピア色の映像が広がる。


『…私、戻るコトにしたわ』


凛とした声が響いた。
レンカとシオンが、向かい合っている。


『…戻る?…待て、戻るって…何処に…?』

『私がいた元の世界に』

『何故だ?ココで今まで通り一緒に暮らせばいいじゃないか!』

『ダメなの。…ココは楽しいわ。アナタといられて、私は幸せだった。…だけど、私は戻らなきゃいけない。私がいた世界のアナタの下に。』

『どういう意味だ?わからない!』


レンカ。
前代アリス。
ふとした切掛けでこの世界に足を踏み入れた彼女は、現実世界と類似したこの不思議な世界で生活していく内に、この世界と現実世界を切り離して考えていた。

故に今彼女の目の前にいる帽子屋のシオンは、彼女がいた世界で彼女の恋人だったシオンと同じだが、彼女はこの二つの世界で共通している彼の存在を同一視しなかった。

「私が今こうして側にいる彼は、彼であって彼でない。現実世界では、本物の彼が姿を消した私を待っている。だから、戻らなくてはならない」。と。
そうレンカは考えていたのだ。

だが、そんなコトをこの帽子屋のシオンが理解するはずもなく。


『俺の何が不満なんだ?』

『不満とか、そういうのじゃないわ。アナタのコトは、愛してる』

『じゃあ何故!?』

『戻るべき場所が、あるから』


そう言うと、レンカはシオンに背を向けた。
少しずつ彼女は、シオンから離れていく。

シオンは頑なな彼女の背中を見て、唇を噛み締めた。


『…っ…、レンカ!!』

『っ!?何するの!?』

『行かせるものか…お前が消えてしまうなら、いっそ俺が…っ!!』

『やめて、シ……っ』


シオンが我に返ると、目の前には血を流したレンカが倒れていた。
シオンの手には拳銃。
火薬の臭いと、転がる薬莢。
そして僅かな痺れを残す腕の感覚から、シオンは自分が何を犯したのかを悟った。

愛しい人を、この手で殺してしまったのだ。

急にシオンの鼓動が早く脈打ち始める。


『レンカ!!!』


自分の身体が血に汚れるのも構わず、シオンはレンカの体を抱いた。
レンカの胸からは暖かな血が溢れ、止まる事をしらない。
この世界に死は存在せずとも、元々レンカは現実世界からやってきた。
彼女の時間は止まらない。

戻らない。



シオンは罪の意識に駆られ、悲しみに心折られ、しばらく何も出来ずにそのままレンカの冷たい体を抱いていた。

しかし、いつまでそうしていただろうか。
ふと、思いついたのだ。

何とかしてでも彼女を、生かす方法を。









つづく。