試しにジュンの名を呼んでみたが、何かが現れる気配は無かった。
アンズは床に手をついて絶望に打ちひしがれる。


(……死んでしまいたいっっっっっ…!!!!)


ココにはいない者の名を呼んで、「もしかしたらカスミみたいに来るかも~」とかちょっとだけ期待していた自分自身がこれほどまで恥ずかしく愚かしかっただなんてアンズは思いも寄らなかった。
しかし女王は未だこの拷問を続ける気らしい。


「もっと大きくだ」

「…ジュン」

「もっと」

「ジュンっ」

「大きく」

「ジュン!」

「もっとだ!」

「ジュン!!!」

「気合いいれて呼べ。もう一度!」


女王にそう言われ、アンズはめいっぱい息を吸い込んだ。


「ジューーーーーーンーーーーーーーっっっっ!!!!!!!」


すると、破裂音と共にべちゃっという音がした。
そこには何故か全裸で水浸しのジュンがいた。
カスミはサッとアンズの目を隠し、アララギはスッと女王の視界を持っていたトレーで隠した。


「…今一瞬何か見えたが。帽子屋か?」

「はいそうです」

「何故隠す?」

「ちょっと…問題が…」


苦笑しながらアララギはアリスに声を掛けた。


「あの…コレどうしましょう?」

「どうしましょうって言われても私も今何も見得ないから!」

「とりあえずもう一人の帽子屋呼んで見よう!なんとかなるかも!」

「え?え?し、シオーーーーーンっ!!!」


ボンッ、ドンッ

またも音が鳴り響き、シオンが落ちてやってきた。
シオンの手には衣類があり、直後ジュンが声を上げる。


「うわっ何コレどうなってんの!?」

「俺が聞きたい!何で女王の謁見の間に!」

「ゴメンねー、アリスが女王に『呼んでみろ』って云われたから呼んでみたら呼ばれちゃった?」

「よくわかんない日本語だったけどとりあえず俺この状況どうにかしたい!」


そういうと全裸のジュンはシオンが持っていた着替えを取った。


「タオルねぇじゃん!」

「これから置く所だったんだ!」

「もー!お前の服で拭くし!」

「止めろ!そのまま服着ればいいだろうが!」

「濡れんだろうが!」

「とにかく、状況は何となくわかった。帽子屋。命令だ。早く服を着ろ。じゃないと消す」


騒ぎの内容を聞いて状況を理解した女王がトレーに視界を塞がれたまま言った。
女王のその声を聞き、ジュンは一瞬静かになると大急ぎで服を着始めた。
女王の城内は過多な露出は厳禁となっている。
正直この場に黒服がいればすぐさまにでもジュンは撃たれていただろうが、アララギは銃を持ち歩いてはいないのでそのままジュンが着替えるのを待ち、着替え終わったのを確認するとトレーを元の位置に戻した。


「お待たせしました」

「フン」


土下座するジュンを鼻で笑い、女王は毛先を玩びながら口を開いた。


「どうやら…アリスは空間転移の類の能力を使えるようだな」

「俺みたいな?」

「貴様なんぞより数十倍も効率よくその気になれば短時間で何人も呼び出せるだろうな」

「ゔ…」

「…でも、今まではそんなチカラ無かったよな?」

「今までは使えていなかっただけかもしれませんよ?」


帽子屋と女王とアララギの会話が展開する。


「アリスが自分の意志でそのチカラを使役出来るようになった、というコトか?」

「…だとしたら、アリスは成長していってるってコトだよな?」

「ふむ……アリスは成長する…か……」


女王は組んでいた足を組み直し、アリスを見る。
そして手を頬にあて、人差指で頬を、親指で顎を支えて頬杖を突いた。


(………少し厄介かもしれないな………)








つづく。
「私が指名手配って…どういうコト?」

「…僕達は『アリスはこの世界を破壊するチカラを持っている。このままだと危険だから捜して見つけ次第女王の下へ連れていくように』ってあの黒服の人から言われたんだ」

「黒服?あぁ、イブキ君だっけか。あの恐い人」

「んー…恐い…か?」

「何て言うかホラ、突き刺さってくるじゃん、あの人の前にいると。いろんなものが。わかる?」

「よくわかんない。そんなにあの人と会ってないし」

「そっかぁ~……で?カスミは私をどうするの?」

「残念だけど…逃がしてあげたいんだけど、女王の命令だからね。女王の命令には従わないといけないんだ~ごめんよう」

「いいよいいよ、アンタそういう子だもんね~」

「ホントにごめんよ~」


悲しそうにそう言うカスミに、アンズはポンポンと頭を撫でてやる。
そして二人は立ち上がると女王の城へ向かった。
カスミがいる安心感からか、何故か不安は感じなかった。



そしてやっとこさ辿り着いた門の前。
カスミがコンコンと門をノックすると「はい?」と門の中の小さな扉が開けられた。


「ちょっ!不用心だなオイ!」

「あ。そうだこっちに出なきゃいけないんだった!あ~…まぁいいや。で?」

「アリスをこの通り見つけてきたので連れてきました」

「あ~…見つかっちゃったんですかぁ~」


出て来たのはアララギだった。
何故か手にはポットの乗っかったトレーを持っていて、アリスの姿を見ると哀れそうに眉をハの時に曲げた。


「なっ…何かマズイんですか?」

「マズイとかはよくわかんないです。けど、……まぁ、見つかっちゃったんならね。命令だもんね。とりあえず女王のトコまで案内します」

「うえ~んカスミぃ~」

「泣くな泣くな。俺もついてくから」


曖昧に言葉を濁したアララギに、アンズはこの先何が待受けるのかと泣きながらも迷わないようにアララギのベストの裾を引っ張ってついていく。
端からみるとヒョコヒョコと歩く三人の列が不思議に見えて仕方がなかっただろうが、生憎女王の城は何時も通り人の気配を感じさせず、不可思議な組み合わせにツッコむ者もいないまま三人は謁見の間に辿り着いた。

扉が開かれ、アララギに続いてアンズが中に入ると、女王が丁度カップを皿に置いた所だった。


「女王、チェシャ猫さんがアリスを連れてきました」

「そうか」


女王の空いたカップに自分が持っているポットから紅茶を注ぐと、女王は再びカップに口を付けて飲む。
妙な間が降りた。


「………」

「………」

「………」

「……女王?」

「何だ」

「…何もしないんですか?」

「何かしないといけないのか?」


逆に聞き返されてアンズは手を振った。


「いやいやいや。私、指名手配されてるんでしょ?」

「そうだったなぁ」

「普通、指名手配って…悪いコトをして逃げた人を捕まえる為にしますよね?」

「普通はな」

「私、悪いコトしましたか?」

「何も?」

「じゃあ何で指名手配されてたんですか?」

「お前がアリスだから」

「へ?」


そこで女王はコクッとカップを一杯飲み終えた。
そしてカップを横に置くと、手を組んでアリスを見た。


「アリスは特別なチカラを持っている。しかし本人はそのチカラがどういうものなのかも理解していない。そんな爆弾みたいなモノにいたる所をフラフラされては危険だ。だからお前を探させた。お前の居所さえ知れればそれでいい」

「そ…それだけですか?」

「それだけだ?」

「特に処罰とかは?」

「ない。敢えてするとしたなら厳重注意だな。『お前は勝手に消えるな』。そうとだけ命じておこう」


その言葉を聞いて、アンズはホッとした。
そしてカスミに無事であるという歓喜を伝えようと駆け寄る。


「お咎め無しだよカスミ!」

「いやお前今さっき『勝手に消えるな』って言われたばっかだろうが!でも良かったなぁ~!」

「うん!」

「いやぁ~お前に急に呼ばれた時はどうしようかと思ったけど…」

「何だと?」


カスミの言葉に、女王が反応した。
女王の声が響いた瞬間、その場は沈黙し、緊迫した。


「今…何と言った?」

「は…、え?」

「『呼ばれた』…だと?」

「え?だって…俺が気付いたら突然アリスのいる場所にいたっていうのは…そういうコトでしょ?」

「”呼んだ”のか?お前が」


女王の視線がアンズに移る。
睨みに近い強い視線に、アンズは蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。


「み!みたいですっ!」

「………」


女王は今にも玉座から立ち上がりそうだった。
ただならぬ剣幕の女王に、誰もが「もしかして今日が命日かも」と我が身、もしくはアリスとチェシャ猫の身を案じていた。
そして、女王が口を開く。


「呼べ」

「…え…はい?」

「帽子屋だ。帽子屋を呼べ」

「じゃあ携帯…あ。置いてきちゃった」


そう言って携帯を取ろうとその場から去ろうとするアララギを女王は止める。


「お前は行かなくていい。ココにいろ」

「え?はい」


ちょこんとアララギは言われた通りに立ち止まって女王の隣に戻った。
女王の視線は未だアンズを貫いている。


「お前が呼ぶんだ」

「俺ですか!?」

「貴様じゃない。アリスだ」

「…私ーーー!?」


ビシッと女王に指差されたアンズは我が身を指差して声を上げた。


「呼んでみろ。帽子屋だ」

「帽子屋って…ジュンちゃんとシンちゃんを!?」

「何度も言わせるな。そうだ」

「無理だよ!」

「やってもいないのに無理とほざくな。呼べ」

「無理だってば無理!無理無理無理無理無………」

「………」


「無理」と言う度に女王の視線が冷たくなっていくのを目の当たりにしたアンズはそこで声を発するのを止めた。
このままではこの目に殺されてしまう。
その時の死因は何だろうか。「眼死」だろうか。もし調書とかに書かれるとしたら「女王に睨み続けられ、その目力に耐え切れず『眼死』。」とか書かれてしまうんだろうか。
そんなのマヌケすぎる。
いや、この女王の前だったら恥ずかしくともなんともないかもしれない。
とかそんなコトが頭の中を巡っている自分自身にアンズは自己嫌悪した。絶望した。


「次は言わない。…呼べ」

「……ハ……ハイ……」


女王に睨まれているコトで急上昇した心拍数をどうやって下げようかとも一瞬思ったが、今この状態では無理だと思いとりあえずアンズは流れに身を任せるコトにした。
どっちみち今この場で冗談なんぞ言ったらきっとタイミングよくこの天井のシャンデリアが自分の上に落ちてきたりするんだろう。オペラ座の怪人さながらに。
だって女王の前だもん。


「じゅ、ジュンっ」

「………」








つづく。
アンズは仕方なくただ前に向かってトボトボ歩いていた。
闇雲に歩き回るのもどうかとは思ったのだが、そうしていないと彼女の頭は混乱で破裂しそうだった。
この世界に来た時から持ち歩いている、荷物がたんまり入ったバッグを背負って歩く。
すると、遠くに城が見えた。


「アレは…もしかしたら女王様のお城かな?」


高い城壁に囲まれ、城というよりは何処かの豪邸を思わせるような威厳と気品を感じさせる様な建物が、今はこんなに遠い。


「…アソコに行った方がいいのかなぁ?」


アンズは迷った。
とりあえず今の目印と言えばあの城しかない。
しかし、自分は突如忽然とあの城から消えてしまったのだ。
本意では無かったとは言え、あの怯えた女王を置いて消えてしまった罪悪感の様なものがアンズの胸を占めた。
この女王の城と自分との距離は、あのまま女王を置いて消えた自分と女王の心の距離の様にアンズには思えてならなかった。


「女王様…、私の事酷いヤツとか思ってないかなぁ……」


歩き疲れていたコトもあって、アンズはその場に座り込んだ。
落ち込みかけた自分の思考を立て直すかの様に荷物を整理し始める。


「とりあえず、何かしてないと気分が…えっとぉ~…」


がらがらがら

バッグを引っ繰り返して中身を全部出す。
そして山になった荷物を手にとって確認していく。


「コレは筆箱でしょ~コレはポーチでしょ~コレはファイルだし~コレはさっきコダチ君から貰った銃でしょ~……」


アンズはそこで一旦手を止め、拳銃を見た。


「…私、撃てるのか?………ま、いいやぁ!次次~!コレは……何だ?」


再びアンズの手が止まる。
そこには一面黒い表紙の本があった。


「何コレ、アルバム?ん~?こんなもん入れた覚えないぞ~?」


中を見ようとアンズは本を開こうとしたが、開かない。
アンズは首を傾げた。
カギは掛かっていないようだが、何故開かないのだろう?と上から本を縦に見、隙間から中身を見ようとしたが結局見れなかった。
黒い以外には何もない、タイトルすらも書かれていない真っ黒な本。
何とかして開けようと思ったアンズはそこら辺の木に本を打ち付けてみた。
すると木が大きく揺れ、木の実がポトっと落ちてきた。


「超堅ぇよこの本!コレで殴ったら死んじゃうじゃん!何だよこの本!!………中身気になるけど…ん~…まぁいっかぁ持ってれば」


そう言いながらアンズは暇そうに本の背表紙をコツコツと叩く。

いまこの場に、アンズは一人だ。
いくら言葉を紡いでも、誰かにそれが届くコトはない。
それが不意に、寂しさを呼んだ。


(いつも寂しい時はカスミが相手してくれてたのになぁ~…)


「…カスミぃ~……寂しいよぉ~…」


目の前の木の実を蹴る。
それはコロコロと下り坂を転がって消えてしまった。

急に悲しい気持ちと寂しい気持ちがやってきてアンズは声を上げた。


「カスミィィィィ!!!!!!呼んでんだから来いよぉぉ!!!!」


半ば自棄にそう大声で叫ぶと、後ろでドンッと何かが落下したような音が聞こえた。
アンズが振り返ると、そこには尻餅をついて頭に「?」をいっぱい出しているカスミの姿が。


「アレ?アレレ?何で急に?アレ?何処だしココ?あ!アリス!」

「え?カスミ!?カスミだぁ!うわぁん寂しかったよぉ!!」

「お?お?」


急に抱きつかれ、現状把握もままならないカスミは未だ疑問符を飛ばしながらもとりあえずアンズの頭を撫で、背中をポンポンとあやす。
しかしそれも束の間。
ハッとカスミが我に返ってアンズの両肩を掴み言い聞かせた。


「そ、それどころじゃないよ!大変だよアリス!」

「何だよぉ~再会の情とかそういうモンはお前の中にはないのかぁ~!」

「それより重大なコトがあるんだよ!よく聞いて!」


真剣な面持ちのカスミを見て、アンズは渋々聞く体勢を取った。
すると、カスミの口が開かれる。


「今、アリスは指名手配されてるんだ!」

「……え!?」


冗談であるコトを期待しながらアンズはカスミを見た。
しかしカスミは眉間に彼女には似合わない皴を作りながらアンズを見ている。

そして知った。
もしかしたら自分は、女王に殺されるかもしれないというコトを。






つづく。