「うぇ~~~~~ん、ココ何処ぉ~~?」


アンズは半泣きになりながらひたすら歩き続けていた。
どれくらい歩いただろうか。
もうかなりの距離を歩いたはずだ。
アンズが溜息を吐くと、ふと前方に人影が現れた。


「あ」

「え?あ」


そこに現れたのは黒服だった。
アンズはすぐさま180度身を翻す。
すると、黒服に背中を掴まれた。


「待てっ!」

「イヤーーー!殺されるーーー!!!」

「はぁ!?…ぐぉっ!」


アンズはバタバタと抵抗し、中身がいっぱい詰まったバッグを黒服の腹に思いっ切り打ち付けた。
突然の激しい抵抗に黒服が怯んだ隙に、アンズは一目散に駆けだし黒服の前から姿を消した。
腹を擦りながら黒服はアンズが過ぎ去った方向を睨む。


「あの野郎…」

(手間欠けさせやがって…たりぃな)


しかし女王からの命令というコトもあり、中途半端な真似は出来ない。
仕方なくイブキはアンズの後を追いかけた。




アンズはイブキが自分の後を追いかけてきているというコトを気配で察した。
そしてそれと同時に、「捕まったが最後私は殺される!」と根拠のない確信を抱いてただひたすら逃げていた。
幾度目かの角を曲がった所で少し先の扉を開け、音を立てずに進入し扉を閉めた。
そして隠れられるような所はないかと辺りを見回すと、そこには沢山の本棚が設置されており、その本棚と本棚の間に出来た書物の山の中に身を潜めた。
するとアンズの目の前に、大きな本があるのが見え、興味からアンズはその本に手を伸ばした。
古さを漂わせるその本には掠れた文字で何かが書かれており、アンズはパラパラとページを捲ってみた。


「コレ……この世界の歴史書?みたいなものかなぁ?」


最初の方はとても読めるような状態ではなく、少しページを捲った所からようやく何とか読み取れるようになり、それを見てアンズはなんとなくそれが大切な書物のようであるというコトを察した。
すると、ソコで部屋の扉がバンッと開かれた。
アンズは息を殺す。
入ってきたのはやはり黒服だった。


「アリスめ…何処に行きやがったアイツ……」


ブツブツと何かを言いながら黒服は部屋に入ってすぐ先にある机に向った。
そこで少し休もうとしているようで、机の上に置かれていた本を脇に避ける。
それを本の影から何とか視認したアンズは息を呑んだ。


(今なら、黒服に気付かれるコトなく出られる…!)





つづく。
トテトテトテトテ。

女王の城内を歩き回る事数十分。
いくら進めども玄関の大広間には出なかった。
とりあえず近くにあった階段を降り、ココが一階なのはわかっているのだが、如何せん広すぎる城内。
歩き続けていれば窓のある廊下にいつかは出るはずなのに中々着かない。
幾つか角を曲がった覚えがあったような気がして、何回か角を曲がってみたがやはりどの廊下も同じだった。


(むぅ~……普通さぁ、物語とかに出て来るお城とかって、こんなにクネクネしてないよね~?しかも女王の謁見の間だって、廊下から見れば入口だって他の部屋と同じだし。こう『いかにも』って感じが欠けてるよね~)


女王の城の中がこの様に入り組んでいて、謁見の間すらも他の部屋と入口が変わらないのは、いざ侵入者が入ってきた時にすぐに女王の元に辿り着けない様にする為なのだが、そんなコトにアンズは気付く由もなく、ただただ歩き続ける。
もう何度目になるかもわからない角を曲がった所で、アンズは何かにぶつかった。


「いたっ!…も~何なのさ……っ!」

「あ?…お前、アリスか」

「あわわわわわ、ごめんなさーーーーーいっっっっ!!!!!」


そこにいたのは黒服のイブキだった。
元々イブキが苦手なアンズはその姿を見るや否や駆け足でその場を離れる。
イブキはアンズを呼び止めようとしたが、あまり他者と深く関わらない様にしていたいので止めた。
それにイブキも、アンズの様な人間が苦手だった。
理解できないというか解せないというか…根本的に合わないのだ。性質そのものが。
お互いにそれを理解しているので、アンズのコトは少し気になったが「まぁいいか」と流すコトにし、自室に戻ろうとしていた足を再び進めると、今度はばったり女王と遭遇した。


「ツバキ」

「ん?あぁユウか」


女王は何かを捜すように辺りを見回していた。
イブキが声を掛ける。


「俺以外に誰がツバキって呼ぶんだよ」

「アリスが呼ぶんだ。最近は『女王様』だがな。…そうだお前、アリスを見なかったか?」

「アリス?…あぁ、さっき見たぞ。どうかしたのか?」

「アララギを付けるのを忘れたんだ。アイツ1人で出られるワケ無かったのに。迂闊だった」

「そういえばアララギは?」


イブキは普段暇そうに城内をウロウロしている友人の姿を今日一日見ていなかった。
すると、女王は少し困った顔で言った。


「少し前に帽子屋たちを案内したまま戻ってきてないんだ」

「そこら辺ぴょこぴょこ適当に走ってんじゃねぇの?暇人だから」

「だが…帽子屋に良いように玩ばれているかもしれないだろう?アララギのコトだ、相手をしていてまだ案内の途中かもしれない」

「……有り得る…てか、魔法でアリスを出口に導いてやればいいじゃん」

「そんなコトの為に疲れたくない。私は今眠いんだ」

(…アララギの為には魔法使うクセに…)

「何か言ったか?」

「いや?」


そこでイブキは嫌な予感がした。
とてつもなく面倒臭そうなコトを命令されそうな予感が。


「ユウ」

「拒否する」

「………」

「ツバキが何を言うかは予想がついてる。そして俺はそれを拒否する」

「お前は私の側近だろう?」

「俺はお前の側近である以前に一人の人だ」

「だがお前は忠誠を誓ったものの命令には従うだろう?」

「時と場合による。そして俺は今はその場合でも時でもないと考えている」

「どうせ暇だろう。お前が暇な時、そしてお前が暇な場合。コレでいいだろう?」

「俺はコレからコレクションの手入れをするんだ!」


コレクションと聞いて女王の眠たげな目がしかめられた。


「…あんなコレクションがあるか!」

「趣味として収拾してるんだ、コレクションだろう?」

「……まぁ、剣とか盾、槍や矛や銃や暗視ゴーグル云々までは認めるさ。だがな、ランチャーや火炎放射器、はたまたお前、コールドスリープ専用機器にまで手を出すとはどういうコトだ!?」

「いや、ホラ…どうなってんのか興味あんじゃんアレ」

「誰を眠らせるつもりだ?」

「え?ホラ……アリス?」

「バカ者」

「いてっ!」


ぺちんと頭を叩かれる。
女王はイブキが(どこから見つけてくるかはまったくといっていいほどわからないが)少しでも興味の引いたモノを密かに城に持ち入り、保管しているのをこの前見つけたのだ。


「ホントに何処で見つけてくるんだお前」

「ん~?いろんなトコ」

「大体アリスを眠らせようにも、今アリスはこの城の中を迷ってるじゃないか」

「……」

「だから、捜して、案内してやれ。出口までな。武器庫に入れるなよ」

「武器庫じゃない」

「もうアレは武器庫としか言い様がないだろう。ホラ、捜してこい。じゃないと私の寝室に連込むぞ」

「…そっちの方がぶっちゃけ楽」

「冗談に乗らなくていいから。行ってこい」

「面倒い」

「…後でイイモノやるから」

「何ソレ」

「秘密」

「………」

「アリスを捜してきてくれないかユウ。私の頼みは聞いてくれるだろう?」


珍しく女王が得意げな笑みを浮かべて黒服を見る。
黒服はその顔を見て、「きっと今は快晴に違いない」と思った。
何だかんだで結局、やらされてしまうのだ。
まぁ普段は面倒事はアララギの方に任せているから、たまにはいいかと黒服は身を正す。
そして恭しく身を屈めて女王の手を取る。


「…承知致しました、女王様」

「ありがとう。頼んだぞ」


彼なりの嫌味も女王には届かず、女王はそうとだけ言うとフラフラともたつく足で寝室に向かって行った。
その女王の様子を見て、そうとうな睡魔に女王が襲われているコトを黒服は視認した。


(…無理もないか、何もしてなくても魔力を”アレ”に消耗してるんじゃな…)


女王はいつも決まった時間に決まった分の睡眠を取る。
それは前代アリスを眠らせているあの部屋を維持する為に消費される魔力を補う為で、女王にとってそれは心身共に掛かった負担を解消する為でもある。

仕方なく黒服は歩き出し、アリスを探し始めた。


「アイツ、無駄にウロウロしてんじゃねぇよったく…!」







つづく。
「…さて……ではそろそろこの者たちには帰ってもらおうか」

「え!?今呼び出されたのに!?」

「もうか?」

「長居されても、私は貴様らに用は無い。元々アリスのチカラが見たかっただけだ。さっさと下がれ」


女王がそう言うと、帽子屋たちは渋々と帰ろうとした。
アララギが門まで案内をする。
アンズはカスミたちと共に部屋から出ようとした。
すると女王がアンズを呼び止めた。


「お前は待て」

「え?」

「お前には話がある。此方に」


そう言い、女王がアンズを手招きした。
アンズはトテトテと近寄る。
すると女王はアンズに「お前に聞きたいコトがある。正直に話せ」と釘を刺した。


「お前、コダチに会わなかったか?」

「コダチ…君?ううん、見てないよ」

「本当か?」


女王がアンズを流し見る様に見る。
睨みよりは幾分オブラートに包まれた眼力ではあったが、それでもアンズを脅かすには十分過ぎる程であった。
彼女が『真実』を求めているというコトは、嫌でも汲めた。

——『いいですか、私と会った事はくれぐれも、他言無用に』

……。


「会ってません」

「そうか」


アンズがそう言うと、女王はそれ以上疑う様子もなく、あっさりとアンズの言葉を受け取った。
そして何事も無かったかのように自分の赤く塗られた爪を見る。


「あの…コダチ君がどうかしたんですか…?」

「消えた」

「え?」

「お前が消えた直後にだ。白ウサギも、行方がわからなくなっている。お前とコダチ、そしてしばらく目を離した隙に白ウサギが消えた」

「ネズ…も……」

「お前なら何か知っているかもしれないと思ってな。聞いただけだ」


女王は爪から視線を離さずにそう言った。


「…コダチ君を…見つけたらどうするんですか?」

「……」

「どうするんですか?」


アンズは再び聞いた。
女王は爪を弾いた。


「殺す。私に逆らい、この世界を壊そうとしたヤツを、私は許さない」


女王は真顔でそう言ってのけた。
アンズは見ていた。
女王の声に迷いはない。
だが女王は、あの質問から一度としてアンズを見なかった。
アンズは知っていた。
女王のクセを。現実での友人を介して。

ツバキは嘘を吐く時相手の目を見ないのだ。

例えどんなに声は自信に満ちていても、女王の中で迷いや矛盾、納得の行かない所が少なからずあるのだろう。
それがクセとして露になっている。
だが、ツバキは嘘をとことん嫌う。
どんなコトでも、真実を求める人だった。
女王もそんな性格をしているのだろう、恐らく自分自身でも嘘を吐くことを良しとしていないはず。
というコトは、彼女はコダチを殺すという選択肢を考えながらも、他の選択肢を考えているのだ。

アンズにはそこまで理解するコトは出来なかったが、女王がなんとなく、彼を見つけたとしてもすぐには殺すつもりはないコトは察した。


「…そうですか」

「お前も見つけ次第私に連絡しろ。もう帰っていいぞ、私は少し疲れた」


そう言うと女王は立ち上がり、扉に手を掛けた。
アンズもすぐに足を進めて部屋を出たのだが、そこにはもう女王の姿はなく、迷宮のような廊下がズラーッと左右正面に続いている。
そしてアンズは気付いた。

帰り道がわからない。








つづく。