親指の痛みに温経湯(うんけいとう) | 松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

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親指の痛みに温経湯(うんけいとう)

 

<はじめに>


漢方の古典、『金匱要略』に「温経湯」という処方があります。
最近、この「温経湯」をよく使っています

この処方は、もっとも古い漢方薬の古典『金匱要略』の婦人雑病編に出ています。
婦人病編に出ているから、やはり血の道系の「当帰芍薬散」「当帰四逆湯」などと同じように、「当帰」という生薬を主薬にした処方です。
では「当帰」は、何に効く薬なのかと言われれば、ずばり「血」を増やす薬です。

 



だから「温経湯」も、「血」が足りなくて起こる各種の婦人病、血の道系の病気によく使われます。

しかし、最近来られた方に少し違う使い方を経験したので、検討してみます。

   【 主訴 親指の痛み  45歳 女性 】

<更年期前の状態>

この方は、かなり前から生理不順や冷え性、更年期などの症状に、「当帰四逆湯」を使っていました。
当時は、生理の周期に絡んで、ひどい頭痛と吐き気がするので、ふだんは「当帰四逆湯」を服用して体調を調え、ひどい頭痛が始まりそうだと「呉茱萸湯」を飲みます。これらはメーカーが作ったエキスの粉薬で間に合わせていました。

それでも間に合わず、吐くほど頭痛が悪化した場合には、「呉茱萸湯」の煎じ薬を渡してあります。
しかしご本人のお話しでは、ゲーゲー吐き出してから、生姜を刻んで漢方を煎じたりなんかは出来ないよ、ということでした。

生理が定期的にあったころは、ひどい冷え性で、手足にシモ焼けができて、足が冷えて寝付けませんでした。
また、お腹も緩めで、生理になれば下痢していました。

<更年期になったら>

それが、生理がしだいにとびとびになって、ついに来なくなると、足は冷たいけど、上半身は逆上せ気味になり、手は火照るし、夜中に寝汗をかいて目が覚めるようになりました。

手足とも冷えていたのが、手は火照って、足は冷えるようになりました。

そこで『金匱要略』婦人雑病編を見ると、
「50歳過ぎの女性が、夕方に熱が出て、下腹が張って、手掌煩熱、唇口乾燥するのは何故か? それは瘀血が下腹に有るからだ。温経湯で治せ。」

 



手掌煩熱とは、手が火照って気分悪いことです。

もう一つの唇口乾燥は、くちびるがパリパリ乾くことで、咽喉が渇く、水が飲みたい、というのとは違います。
血の気が足りなくて、くちびるが潤せないせいです。女性には、多い症状ではないでしょうか。
この症状は、以前から言われていました。

そこで、「温経湯」の粉薬を服用すると、頭痛や夜中の寝汗は減っていました。

<年末の過労から>

それが年末に、書き物の仕事が続いて、手を使い過ぎたのか、右腕ぜんたいに力が入らない、ペンが持てない、文字が書けない、滑らかに手が動かせなくなったと言われました。

元から貧血気味の人が、年末の仕事が忙しくて血を浪費したせいで、よく使った右手が動かなくなったのでしょう。
字が書けないのでは仕事も出来ないし、日常生活にも支障が出ます。
この状態が長引いたり、もっと悪くなるのじゃないかと心配です。

これは、もう効き目の薄い粉薬なんかでは間に合わない。
煎じる手間はかかるけど、煎じ薬を飲んでもらうことにしました。

では、何の煎じ薬にするべきか?



そこで、脈を診るとき手に触ると、かなりの熱感です。本人も、手のひらが火照って気分が悪いくらいだと。

脈は、以前は血の気の少ない人だから、糸のように細い触れにくい脈だったのが、いまは太く、勢いよく、少し触れてもよく分かるように変わっています。

この方は、以前からくちびるが乾いていましたが、いまは、それがひどくなって、口の中までカラカラに乾いて、しょっちゅうお茶をのんでいます。
舌を診せてもらうと、以前は潤っていたのに、いまはパサパサに乾いています。

昔の冷え性で弱々しかった記憶があるので、煎じ薬でも急に処方を代えずに、それまで粉薬で飲んでいた、同じ「温経湯」にしました。

<温経湯の処方内容>

では、「温経湯」がどのような生薬の組み合わせになっているか、みてみましょう。「温経湯」の生薬は以下の3つのグループに分けられます。

1,血を増やすもの=当帰・芍薬・川芎・人参・阿膠
2,身体を温めるもの=桂枝・呉茱萸・生姜・甘草
3,肺熱を冷ますもの=麦門冬・半夏・牡丹皮

        1、血を増やすもの


上段の左から、当帰・芍薬・川芎  

この3種の生薬は、多くの血の道系の処方に定番の組合せです。血を増やし、全身に巡らせ、血の不足の冷えを温めて治します。


下段左、人参は胃腸を元気にして血の元を作りだします。
その横、練り墨のような黒い四角のものは山東阿膠。膠(にかわ)は動物の骨や皮を煮て作るゼラチンです。阿膠は膠の高級品、山東省の黒ロバの皮から作る山東阿膠。膠だから、内服すれば血管の破れ目を塞いで出血を止めます。

        2、身体を温めるもの
上段、左は桂皮。シナモンです。肺や体表面を温めて陽気を発散させます。
右、呉茱萸 胃を温めて、頭に逆上した熱気を胃に引き戻します。激しい頭痛・嘔吐を治す「呉茱萸湯」の主薬。「温経湯」でも、逆上せを引き下げます。
下段 生姜と甘草は、胃を温めて他の生薬を胃に受け入れ、全身に巡らします。

         3、肺の熱を冷ますもの


上段 左 半夏は肺の気のめぐりを良くして、肺の熱を発散します。
 右 麦門冬は、肺の体液を増やして、肺の乾燥の熱気を冷まします。
下段 牡丹皮 肺の深部の気血を巡らし、肺にこもった熱を冷まし、瘀血を除きます。 他の患者さんの経験から、手の平の火照りと、夜中に火照って出る寝汗に特に効果が大きいようです。    

「温経湯」の煎じ薬を1週間分、服用したら、手に力が入るようになりました。
しかし、まだスムーズに字が書けないので、さらに1週間分を飲んで、ほぼ元どうりの状態に戻れました。

<つぎは親指の痛み>

しかし、その後に起こったのが、右の親指の内側の付け根の痛みです。
痛みの性質を知るために、どのような時に痛むのか尋ねてみます。

ふだんは痛まないが、包丁を使うときに、その場所が当たるとズキッと痛い。他にも親指を使うとき力を入れると痛い。

こういう関節の痛みは、お医者さん的には、炎症が起こっている=熱を持っているとだけ考えます。
しかし漢方屋の理論では、冷えて痛む場合もありますから、手を冷やしたときに痛むか、尋ねると、それは関係ない。むしろ冷やした方が気持ちが良いくらいだ。

確かに、親指の付け根を手で触ると、手の平の延長で、そこも熱ばんでいます。
だから、その痛む部位を冷やさないといけません。


            手の太陰肺経

 

漢方・針灸の理論では、「経脈」というエネルギーの流れる12本のルートが巡っていて、それぞれ特定の内臓と連絡しています。
手の親指を通る「経脈」は、内臓では<肺>に繋がっています。


この親指の付け根の痛みは、漢方的には、<肺>の経脈に熱気が停滞したせいだ、ということになります。
「温経湯」には、<肺>の熱を冷ます「麦門冬」「牡丹皮」が入っていますが、それだけでは力不足だったのでしょう。
手のひらの強い熱感、口の渇き方、夜中に逆上せて寝汗をかくのも、<肺>の熱気が強いことを物語っています。

もっと強力に<肺>の熱を冷ますように、3種の生薬を加えました。


           肺の熱気を冷ますもの


上段左 「石膏」は、鉱物の石膏です。2~3グラムだと<肺>の<経脈>の熱を冷まし、もっと大量、10~16グラム使うと<肺>じたいの熱を冷まします。

右  「知母」は「石膏」よりも<肺>の深い部位の熱を冷まします。「石膏」と組めば、より強力に<肺>の熱を冷まし、全身の熱症状によく使います。

下段  「黄柏」は強い苦味で、<心>の熱を冷まします。<肺>と<心>は隣りにあるので、<心>の熱もともに冷ますと効果的です。

この方の昔の冷え性のころの記憶があるので、身体の内部を冷やす生薬が、下痢や胃もたれを起こすのを警戒して、2グラムずつを加えました。

それで、親指の痛みは少し良さそう。 
胃もたれや下痢とかしませんか? いいえ。


それでは、というので、つぎは石膏は4グラム。知母・黄柏は3グラムに増量。
これで、親指のズキッとする痛むのは軽くなって、手の平の不快な熱感や、夜の寝汗、口の渇きが減りました。
この処方を、さらに2週間つづけて、親指の痛みは無くなりました。

「温経湯」は、もともとは生理不順・生理痛・不妊症など、婦人の血の道系の病気に使う処方ですが、それに合う体質の方の関節痛に、「経脈」の流れを参考にして、効果のあった症例です。