下痢に八味地黄丸
慢性的な下痢の患者さんに、「八味地黄丸」で良かった例がいくつかありましたので、検討してみます。
いま、夜間尿・頻尿に、「○○八味地黄丸」というのを、テレビコマーシャルでよくやっていますが、お気づきでしょうか?
漢方屋は気にしていますが、その症状に関係のない方は知らないかも。
夜間尿・頻尿だから、おしっこが出過ぎるのを防ぐお薬なのかな? と思われるでしょうか。
もし、仮にそうだとしても、それが下痢に効くというのは、筋違いの効き目のようですが、どうなんでしょう?
< まず「八味地黄丸」の効能について >
「八味地黄丸」は、その名のとおり、8種の生薬を合わせて丸薬にした処方です。
また、「地黄」という生薬が主薬でもあります。
しかし「八味地黄丸」には、「八味腎気丸」という別名もあります。
この「腎気」というのが、難しい。
簡単にいえば「腎」を元気にする処方ということになりますが、この「腎」は、いまの医学の解剖学的な「腎臓」とは、別物。
漢方医学で考えている「腎」です。
現代医学の「腎臓」は、泌尿・排泄の、専門の器官です。
漢方の「腎」も、もちろん泌尿・排泄の機能も重視しますが、それ以外に、生殖作用、体液の貯蔵・循環、骨格・足腰の強さ、聴覚、精神的な安定性・粘り強さなども、「腎」の働きだと考えています。
そして、漢方では「老化」することが、「腎」に蓄えられている「腎水」=血・体液の元の減少だと考えています。
「腎水」の減少を、「腎気」の低下といいます。
「腎気」の低下は、「老化」だけでなく、若い人だって、肉体的な過労、急な精神的なショック、しつこいストレスなどでも起こります。
アカヤジオウの根
「八味地黄丸」は、主薬の「地黄」が「腎水」の不足を補って、「腎気」を回復させる処方です。
< 「八味地黄丸」は、下痢に使いにくい >
「八味地黄丸」の主薬の「地黄」。
アカヤジオウという植物の芋状の根っこを乾燥させたもので、写真では分かりにくいかもしれませんが、ねっちりと粘り気のある生薬です。
地黄の刻みの生薬
「地黄」を飲むと、この粘り気が、体内で体液の元である「腎水」を作りだします。
しかし、どんな薬でも、飲んだときには、まず「胃」に入ります。
「胃」のなかで、大量の粘っこい体液の元を作られると、「胃」の弱い人は、大量の水分がこなせないで、胃もたれしたり、それが腸から吸収されず、下痢になってしまいます。
だから、「八味地黄丸」は、「胃」の弱い人、すぐに食欲の落ちる人、胃もたれ、腹痛のする人、そしてすぐに下痢する人には向きません。
「八味地黄丸」の向いているのは、食欲不振とか胃もたれなど「胃」のトラブルのない人。そしてやや便秘がちの人です。
体内で、体液の元が不足気味なら、当然、腸の中も水分が不足して、便秘がちになります。
だから、「八味地黄丸」は下痢する人には、使いにくいというのが原則です。
< 下痢に「八味地黄丸」の症例 >
ここに、「過敏性大腸」症候」という病名の患者さんが来られました。
それがどんな病気かというと、何か、緊張させられるような場面で、お腹がキューっと痛くなって、トイレに駆けこまないといけなくなる、という病気です。
気分的な要因が多い病気です。
私も、多少そのケがあるので、気持ちは分かります。
この患者さんを問診して、病気が始まったきっかけは、受験のときのストレスから、ということははっきりしています。
しかし、それなら、今でもイヤなこととか、緊張させられる時に、下痢するのか? ということがどうもあいまい?
では、食べ過ぎたとか、冷たい物を飲み食いしたとか、そういうことでは下痢しない。
つまり、「胃」の調子を悪くすることとは関係ない。
患者さんの意見では、身体が冷えた時に下痢するかな?
だから、夏より冬に悪い。
冬は足が冷える。
他に問診で確かめたことは、
食欲は正常。食欲が落ちるとか、食べられないということはない。
逆に、変に食欲が出て、ガツガツ食べたりもしない。
夜もよく寝られている。
小便は、普通だと思う。 夜、寝てからトイレに行かない。
しかし、ここがポイントだと思ったのが、水分をたくさん摂っていることです。
夏は冷たい物を1~2リットル。冬でも常温のものを1リットル。
舌は乾いていますが、ケバだった苔などなく、のっぺり平坦です。
これは、体内に実熱が詰まったりしてないが、体液が不足して、内部が乾燥しているのを示しています。
お腹を押さえてみると、下腹の力が抜けています。
これは「八味地黄丸」の特徴的なお腹です。
これは、下腹の力=「腎気」が抜けていることを示しています。
また、この方の食欲のあり方。
毎食、お腹が空いて、きちんと収まっている。それでいて、変に食べすぎたりもしない。
これは、「胃」になんの問題のない人の食欲です。
逆に、そういう人が「腎」の問題のある体質と言えます。
体液が内部で不足するから、ドンドン水を流し込んでいますが、「腎」がそれをとりこめず、それが小便に向かわないから、腸に水が余って下痢になります。
これがこの方の下痢の原因です。
また「八味地黄丸」には、「桂枝」「附子」という生薬が入っています。
桂枝
附子
この2味の生薬は、「腎」の「陽気」を補います。
「腎」の「陽気」は、「腎」から出て、「胃」から「肺」に昇り、全身を巡って、身体を温めます。
この人は、大量に水を飲むように、内部は乾いて熱が多いのに、体表面は「陽気」が不足して、冬に足が冷える、冷えたら下痢をするなどの症状になっています。
この人の下痢には、「八味地黄丸」が合うように思います。
栃本天海堂の八味地黄丸
小さな丸薬、1個が0.1グラム。
この「八味地黄丸」を、1回、20個=2グラム、1日3回、7日分をお上げしました。
7日後のお電話では、寝不足の翌日に、1日だけ下痢をしたけど、他は下痢しなかった。
口の乾くのが、すこし減ったように思う。
胃にもたれたり、食欲が落ちたりはない。
ということなので、さらに2週間分をお上げしました。
そのまましばらく「八味地黄丸」を続けて、下痢はほぼ無くなりました。