漢方の不思議な理論ー「五味」 その4、酸味・鹹味 | 松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

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漢方の不思議な理論ー「五味」

 その4、酸味・鹹味

 

 漢方の薬理学、「五味」論が、辛味・苦味・甘味ときて、今回は最終回、酸味と鹹味について考えます。
 2味いっしょに扱うについては、その数が少ないからです。
 たとえば漢方医学のもっとも古い書物、『傷寒論・金匵要略』には約220の処方がでてきて、その処方を構成する生薬は170種にのぼります。170種を、「五味」で分類すると以下のような数と割合になります。

 

          酸味  苦味  甘味  辛味  鹹味
     数   8     57        57        39       10
       %   5    33        33        23        6

 

 これまでも漢方のもっとも基本の理論は、人体の活動は、「陽気」「陰気」「血」をつくって循環させることと説明してきました。

 その「陽気」を補うのが「辛味」。「陰気」を補うのが「苦味」。「血」を補うのが「甘味」とまとめてきました。

 だから生薬も、辛味・苦味・甘味の3種が中心で、残りの、酸味と鹹味は、その補助的な扱いになります。

  

                 <酸味>

 

               五味子

 

 「酸味」のはたらきは、ふつうの方でもお判りでしょう。お酢や梅干しを口にすると、シューッと口がすぼまります。また料理でも食材を酢に漬けるのを、「締める」といいます。
 だから「酸味」のはたらきは、収斂させること。熱を受けると組織はだらりと弛緩しています。そこを「酸味」でキュッと引き締めます。
 内に向かって作用するから、これは「陰気」を増すことになります。
 「陰気」を増すのなら、「苦味」の作用の補助的なはたらきと考えていいでしょう。

 

 写真は「五味子」<酸・温>。モクレン科の果実です。
 その名のいわれは、「皮と肉が甘く・酸っぱく、種は辛く・苦い、全体に鹹味を帯びて<五味>を兼ねそなえているから、「五味子」だと。」
 これはたぶん道教的な、仙人になれる理想的な食べ物、みたいな説でしょう。
 口に入れたら分かりますが、口がゆがむ様な強烈な酸っぱさ。昔は夏ミカンとかダイダイとか酸っぱいだけのミカンを食べていましたが、「五味子」の酸味は、そういう食べ物の範囲ではありません。

 

 しかし味は<酸・温>。この<温性>は身体の上部、肺や気管支に作用するからです。肺や咽喉に熱気が停滞して出る咳に必須の生薬です。
 また肺や心臓に熱気が多くなって、動悸や息切れ、逆上せ、高血圧などが出たときに、肺の体液を潤す<甘味>の「麦門冬」と組合わせて、いろんな処方に加えます。

 

              酸棗仁

 

 酸棗仁<酸・平> スイカの種のように見えますが、サネブトナツメというナツメの種子。これは口に入れても酸味はありません。
 不眠症にとくに重要な生薬です。処方名なら「酸棗仁湯」「帰脾湯」などに配合されます。

 

 漢方では、人体の「血」は昼間は、身体の外側で筋肉・目や脳を働かせています。夜になると内側に戻り、「肝」に集まります。もし「肝」が弱ったり、「血」が少なくなって集まる力がなくなると、「肝」に血が戻らなくなって、夜になっても身体の外部をうろついて、眠れなくなります。


 「酸棗仁」の<酸味>の収斂する力が、「肝」に血を集めて不眠症を治します。
 「酸棗仁湯」のほうは、「肝」の血を集める力が無くなったときの処方で、眠りが浅い、寝た気がしない程度の不眠に。
 「帰脾湯」は、「血」そのものが無くなって、身体が疲れ切ってるのに、いっさい眠れないという重症の不眠症に使います。

 

 「酸棗仁」は焙烙のうえで、焦がさない程度に焼いて使います。焼いている最中に、油を焦がしたようなイヤな臭いが立ち込めます。こういうイヤな臭いの成分を除いてるんじゃないかと思います。
 昔の生薬学の本には、不眠には焼いて使う。嗜眠症には生で使うと書いてありますが、現代の中国の本には、生でも焼いても作用は同じとあります。

 

                山茱萸

 

 「山茱萸」<酸・平> 茱萸とかいて日本語ではグミとも読みます。そちらはグミ科のいくつかの植物の果実で、サクランボを楕円形にした赤い実ができるものがあります。食べられますが、渋みや表面がざらついて美味しくはありません。
 「山茱萸」はグミ科ではなくミズキ科。見た目はレーズンに似ていますが、これも酸味が強くて、とてもじゃないが食べられるものではありません。


 「山茱萸」が入る処方はほぼ限られています。まず「八味地黄丸」。そのアレンジの「六味地黄丸」。さらにその作用を拡張した「左帰丸」「右帰丸」あたりになります。


 「八味地黄丸」の別名が「八味腎気丸」ですから、「腎」に必要な体液の元を、特別な酸味の収斂させる力で集めてくるのでしょう。集めた体液=「血」の元は、筋肉や関節、骨格を栄養して強める作用があります。

 

              <鹹味>

 

 「鹹味」は塩味です。塩の味は海の味。
 生理食塩水の濃度は0.9%。これは動物が初めて海から陸にあがったときの、海水の塩分濃度を、いまも全ての地上の動物が血液中にキープしているのだという話を聞きました。4億年前の海水は今の4分の1の鹹さだったんでしょう。
 ということは、「鹹味」は血の味だともいえます。さきにあげた表の「鹹味」の10種の生薬のうち、8種が動物性の物なのです。

 

 「鹹味」はどんな作用をするのでしょうか? それはこういう譬えで説明されます。
 新鮮な生のキューリを考えると、水気をたっぷり含んでいますが、ちょっと力を加えると脆くポキッと折れてしまいます。そこに塩をまぶしておくと、キューリの中の水分が抜けて、柔らかくなって、しかも弾力性がついて簡単には折れません。
 中国人の趣向として、硬くても脆いものはダメ。柔らかく弾性のあるものが良いものだとされます。

 

 つまり塩分=「鹹味」は、水という「陰性」のものを追い出して、「陽性」に変える働きがあります。つまり「陽性」にすることでは、「辛味」と同じになります。
 また水分を抜いて、堅く脆かったものを、柔らかく弾性のものに変える働きがあります。
 
 水分を身体から追い出すのは「腎」の働きだから、「鹹味」は主には「腎」に入って働きます。
 「鹹味」は「腎」から陽気を取りだし、その陽気は上にのぼって「肺」に入り、「肺」の陽気は「辛味」が補う、という関係になります。

 

                  牡蠣  

 

 「牡蠣」は文字通り貝のカキの殻です。上の白っぽいほうが砕いたままの牡蠣殻。それを仕入れて焙烙のうえで4時間、めいっぱい焼いたのが、下の灰色のほう。
 牡蠣殻は、無機質の炭酸カルシュームを、タンパク質やキチン質などの有機物が繋いで出来ています。その有機物の部分を焼ききって、カルシューム分だけにして使います。

 

 「牡蠣」は「腎」の陽気を増して、「腎」をしっかり働かせます。
 「腎」がしっかり働けば、無駄な水を押し出して、小便の出具合がまとまります。
 またお腹や脇腹のしこりや突っ張りを、「牡蠣」の「鹹味」が柔らげます。

 

 前回、「甘味」で取りあげた「龍骨」と「牡蠣」は、よくペアを組んで使われます。「龍骨」は「腎」の肉というか骨を補い、陽気の元をつくります。「牡蠣」は「腎」の陽気を補って、「腎」をしっかりさせます。
 「腎」は内臓のなかでいちばん下にあって、人体の重し、錨=アンカーのような役目をします。「腎」が弱ってフラフラすると人体の重しが無くなって、動悸や目まい、逆上せなどが始まります。気分的にもソワソワと落ち着きなく、不安になります。
 「龍骨・牡蠣」のペアは、精神的なストレスで不安や気ウツになった人によく使われます。

 

               別甲

 

 これは「別甲」<鹹・平>。ふつうは、ベッコウといえば、メガネ枠やかんざし、櫛などの黒や飴色のベッコウ細工を思い浮かべるでしょう。それはウミガメの甲羅です
 しかし生薬の世界では、ウミガメの甲羅は、「玳瑁(タイマイ)」という名前で使います。ただし高価なので普通はあまり使わない。


 漢方の「別甲」のほうは、池や川に住むスッポンの甲羅を乾燥させたもの。

  濁った沼地に潜む生き物なので、「別甲」の<鹹味>はただの水よりも粘性の高い液体を除くはたらきがあると考えます。
 腹部や胸部の堅いしこり、ゴムタイヤのように堅くなった肩や首筋のこりなどに、「柴胡」「枳実」などの<苦・寒>の生薬といっしょに使います。

                水蛭

 「水蛭(すいてつ)」<鹹・平> ヒルを乾燥したもの。乾燥してこの大きさがありますから、生きているときは幅2センチ、長さ10センチはあったでしょう。日本で川や田んぼの中で見かけたヒルでは、乾燥させると糸くずくらいにしかなりません。


 「水蛭」の効能は予想がつくでしょうか?
 ヒルに吸い付かれると、傷口からの出血が止まりません。ヒルの唾液腺から分泌されるヒルディンという成分が、血の凝固を妨げるからです。
 血が固まらなくなるくらいだから、体内にできた血の塊=瘀血を除く作用があると考えるのは自然です。


 同様にアブも血を吸います。アブも「虻虫」という名の生薬となり、「水蛭」「桃仁」「大黄」と合わせて、「抵当湯」というもっとも強力な瘀血を除く処方になります。

 

 瘀血を除く生薬も多数あります。その中には「牡丹皮」「桃仁」「丹参」などの植物性のものもありますが、もう1ランク上の強い作用が必要となったときには、こういう動物性の生薬の出番になります。

 

 営業政策のうえでは、こういう気持ちの悪いものをお見せしないほうが得策なんでしょうが、漢方医学はやはり二千年前の古代の医学なんだということを分かってもらうために敢えて出しております。
 現代の日本人の感じ方で、気持ち悪い、汚いと思えることも、時代もお国も変われば、りっぱなお薬として扱われます。

 

 

 「人中白」というやはり<鹹味>の生薬があります。
 いまは日本のトイレはどこも清潔、ピカピカにしていますが、昔の男子便器の縁には、よく白っぽいものがこびり付いていました。それをこそげ落としたものが「人中白」です。


 私はそれは、大昔の本草書のなかだけに存在する、昔はこんな物まで薬にしたんだ、というような代物だと思っていました。
 ところが、3年前に漢方屋の仲間が、台湾の漢方メーカーの工場見学にいったら、「人中白」が一斗缶で何十個も積み上げてあったそうです。大陸の元気な男子がたくさん集まる、工場か軍隊、学校などから集めてきたのでしょうか?

 

 その話を聞いて、中国医学をいまの日本人の感覚で、甘く見積もってはいかんと思った次第です。

 

 以上で漢方医学の薬理学の理論、「五味」のお話は終わり。

 

 漢方の理論は、スタートの時点では、辛味でカーッと逆上せる、甘味で緩まる、酸味で引き締まる、など生活の実感に基づいています。しかしそれを全ての生薬、全ての病状に適応させようとするので、あちこちに無理がでて、こじつけや、理論の飛躍も起こります。

 その無理を承知で押し通すのが、漢方の理論です。