漢方の不思議な理論ー「五味」 その3、甘味 | 松山市はなみずき通り近くの漢方専門薬局・針灸院 春日漢方

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漢方の不思議な理論ー「五味」

その3、甘味

 

 漢方医学にも薬理学があります。どういう理屈で生薬は効果があると考えているかという理論です。
 まず漢方医学の考えでは、人間は飲食物から「陽気」「陰気」「血」を作りだして、それを循環させて生命活動を行っています。

 漢方の生薬は、「辛味」のものが「陽気」を補い、「苦味」が「陰気」を補います。これが前回までのお話でした。


 「陰気」「陽気」はエネルギーのようなもので、働きだけがあって、<形>のないものです。「陰気」「陽気」が働きかける、物質的な実体が<形>です。<形>がなければ「陰気」「陽気」のエネルギーばかりがあっても、人体は動きません。

 

 <形>のなかで全身を循環している液状のものが「血」です。「血」という物質に、「陰気」「陽気」が働きかけて全身を巡ります。

 

 「甘味」が補うのは「血」なのですが、より正確にいうと、「甘味」が補うのは<形>です。全身を循環するから、とくに「血」は重要なのですが、固体の皮膚・血管・筋肉・骨格・内臓なども含めて、全身の組織を作りだすのが「甘味」の働きです。

 

                                      甘草

 

 「甘味」の生薬の代表といえば、その名の通りの「甘草」<甘・平>です。写真では木の枝のように見えますが、マメ科の植物の根です。中国の旧満州や西方の砂漠で産出されます。

 名前のとおり相当に甘いです。日本には生薬としてよりも、醤油やみその甘味料としてはるかに大量に輸入されています。


 甘すぎて胸にもたれたり、吐き気がすることがあるので、漢方処方に加えるときには、焙烙や直火で炙って使います。こういうことを自分でやってないと、本当の漢方屋とは言えませんね。

 

 「甘草」はほとんどの漢方処方に、1~2グラムずつ入っています。甘味で他の生薬の苦味・辛味の味を調えて、身体に受け入れやすくしているのでしょう。一度、ある処方を自分で煎じて飲んだときに、1グラムの「甘草」を入れ忘れていて、口の中でいろんな味がガチャガチャ争って、ひどく落ち着かない味でした。

 

 では「甘草」じしんの作用はないのか? 漢方処方に「甘草湯」という「甘草」だけの処方があります。それは風邪の始めに咽喉が痛くなることがありますね。その咽喉の痛みをとる処方です。
 では「甘草」の作用は、咽喉の痛みを取ること?
 そう言ってしまうと、他になんの応用も効きません。

 

 だれでも「甘味」を口にすると、ホッと緊張がほぐれます。「甘味」のだいじな作用は、緊張を緩めることです。
 寒気がして咽喉の奥が痛くなったときに、咽喉の筋肉などを「甘草」の甘さで緩めて治そうという処方です。
 咽喉の痛みの他にも、切れ痔の強烈な肛門の痛みに、「甘草湯」でお尻を洗うという方法があります。
 「甘草」がたくさん入った処方は、筋肉や神経の緊張を緩めたり、心=肺の循環系を緩めたり。思わぬ効果を発揮します。

 

                 人参

 

 「人参」<甘・微寒>です。世間的には「朝鮮人参」といわれますが、漢方業界では八百屋で売ってる赤いほうを「食用ニンジン」と言っています。


 時代劇や落語なんかで、高価な「朝鮮人参」を買うために娘が身売りに、などという設定が出てきます。確かに高いです。

 「人参」を栽培するのはとても手間がかかります。日陰の植物なので、畑では日よけをかけて、たっぷり肥料を与えて、そのうえ出荷までに最低で4年かかります。その後、その畑は10年くらい使えないとか。
 では「人参」には、それほど手間をかけても栽培する値打ちがあるのか?

 

 ここでまた漢方の理屈。人間は「胃」で飲食物を消化して、「陰気」「陽気」「血」を取りだして全身に巡らせます。
 「人参」はその製造もとの「胃」の「血」を増やします。身体を元気にしようと、ご馳走を食べて栄養をつけようとする。しかしいくらご馳走を食べても、それを消化する「胃」が働かないのでは栄養にはなりません。 

 それも「陰気」「陽気」の不足なら、かんたんに「胃」を温めたり冷やしたりはできます。 


 しかし、「胃」の本体、「胃」じたいを動かす「血」が不足した場合に、その「血」を作りだすのはなかなか難しい。
 その「胃」の「血」をもっとも効率よく作りだすのが「人参」です。

 

 では「人参」はどういう症状に効くでしょうか。
 まず、食べられないこと。疲れすぎて、何も食べられないということがありませんか。過労から「胃」の血まで失われたときの症状です。過労いがいにも大手術のあとにも起こります。
 本当に食べられないので体重が落ちます。


 そういう時に「人参」はほんらいの「胃」の元気を作りだしてくれます。

 本当の「胃」の元気が回復するので、胃もたれ・胸焼け・腹痛・吐き気・嘔吐・下痢など各種の胃腸症状には欠かせません。


 また「胃」が動かないと「陰気」「陽気」などエネルギーが出てきませんから、疲れやすい人に。とくに食後、ごろんと横になりたい方。これは「胃」が弱くて、食べ物をこなすのに精いっぱいなせいです。
 食欲不振・胃腸症状・倦怠感に、「人参」はもっとも大事な生薬です。

 

 栽培品の「人参」のほかに、天然物も有ります。もとは北朝鮮や旧満州、シベリヤなどの森林にに生えていた野草だったのですから、今でも探せばまれに出てきます。この天然物の「人参」を「野人参」といって、栽培品にはない驚異的な効果があるとされています。か細い5センチほどの株が、数十万円という値で取引されます。

 

                当帰

 

 「当帰」は<甘・温>。「肝」にストックされる「血」を増やします。
 「当帰芍薬散」や「当帰四逆湯」、「加味逍遥散」など婦人薬に欠かせない生薬です。


 写真は最高級の四川省産の「当帰」です。大きな根を薄くスライスしてあります。中華料理の「薬膳」に、この「当帰」を使ったスープなんかがあります。ふつうの安物の「当帰」では、臭くて苦くてスープなんかにはなりません。


 「当帰」は<甘・温>。温かい「血」を増やします。貧血気味で冷え性の方には欠かせません。女性なら、生理になったらお通じの緩くなる方。生理で血が抜けて、お腹が冷えているので、「当帰」の入った処方が合うはずです。

 

                地黄

 

 「地黄」<甘・寒>。「当帰」とは反対に、冷たい「血」を増やします。冷たい「血」というか体液は「腎」にストックされます。
 漢方では、人間は「腎」に体液の元、みたいなものを貯えていると考えます。年齢を重ねるとしだいにその体液のストックを減らしていきます。


 この体液は、自動車ならラジエーターやエンジンオイルに当たります。エンジンを動かして出た熱を、潤して冷やしています。体液の潤いが無くなると、身体の内部に熱を持ちます。
 お年寄りで足の裏が火照って困るという方がいます。この内部の熱気が足に出てきているのです。その熱が上にあがって、逆上せたり、イライラしたり眠れなかったりします。

 

 まただいじな体液の元が不足すれば、「腎」の働きが低下して、小便の異常がおこります。まず夜間のおしっこの回数を聞いてみます。一晩に4,5回もトイレに起きると寝た気がしません。また小便が近くなることもあるし、逆に出が悪くなる場合もあります。


 「腎」の体液の元は骨や関節を潤して力を与えます。「腎」の体液が減ると足腰が脆くなって、腰痛や膝痛になります。
 「腎」が弱って内部に熱が増えると、糖尿病や高血圧などの慢性病の原因につながります。
 「地黄」を主薬にした処方は「八味地黄丸」。お年寄りのさまざまな症状に広く応用できます。

 ただし食欲が正常な人にかぎります。「地黄」は「冷たい血」を胃腸に作りだすので、胃の弱い人はそれが胃にもたれてしまうので。

 

              龍骨

 

 これは「龍骨」<甘・平> 動物の骨の化石です。
 古代の動物の化石が出てきたときに、昔の中国人はこれは「龍の骨」が出てきたとしたのでしょう。確かに見た目も何か動物の骨の一部だとわかります。


 じつはこれは「龍骨」でも「五花龍骨」といわれるかなりの高級品。1グラムが50~100円もします。ふだん使ってる「龍骨」は500グラムで2000円くらい。細かく砕けたそれこそ何の骨だかわからないものです。

 

 「龍骨」の味は<甘・平>となっていますが、この化石みたいなものが甘いのかと思われるでしょう。しかしこの「五花龍骨」は噛むとサクサクと柔らかくて甘いのです。さすがの高級品。

 

 この「龍骨」の甘味は何を補うかというと、「腎」の元気を補います。さっきの「地黄」は「腎」の体液の元を補いましたが、「龍骨」は「腎」の「陽気」の元になる部分を補うように思います。


 以前に来られた方で、骨髄移植のドナーになって、骨髄を傷つけた。それ以来、10数年間、体調不良に見舞われた。いろんな病院に行ったけど、骨髄を痛めたことと、いま起こしている症状との因果関係が無いので、どこも対処のしようが無い。
 その相談を受けたときに、骨髄を痛めたのなら、それは「龍骨」の出番だなと。漢方屋なら誰でもそう思いつきます。
 ほかの体調も考えあわせて、「柴胡加龍骨牡蠣湯」を処方して、数カ月で治りました。

 

                 紫石英

 

 これは「紫石英」。鉱物名は紫水晶、アメジストです。味は<甘・温>


 これまで、<辛味><苦味><甘味>と取りあげてきて、生薬をじっさいに舐めてみたときの味のように、生薬の「五味」を扱ってきました。
 しかし、ほんとうの生薬の「五味」は、薬としての作用の方向を示すもので、じっさいに舐めたときの味とは別物です。

 

 たとえば上の「人参」は<甘味>に属していますが、口に入れてみれば苦く感じます。また<辛味>で取りあげた「石膏」も、ほとんど水に溶けない物質だから、なんの味もしないはずです。


 この「紫石英」も、舐めても甘くはないでしょう。ただ、石英=水晶は熱の伝導率がよいので、室温と同じ温度になっています。それで手で触ったり舌で舐めると温かく感じます。

 

 「紫石英」は「血」を増して、気分を落ちつけ、子宮を温める、とされます。この生薬は、「風引湯」という癲癇を治す処方に入りますが、その処方はほとんど使ったことがありません。
 まあ、こういう鉱物も生薬なんだということで入れました。

 

 いまの中国医学の本をみると、「紫石英」を紫水晶ではなくて、蛍石を使うそうです。アメジストよりも蛍石はかなり安価になります。
 また「紫石英」は塊のままでは使わず、細かい粉末にします。そのとき石英は硬度7。蛍石は硬度4。(ちなみに最も硬いダイヤモンドは硬度10。爪が硬度2です。)
 硬度7のものを粉末にしようとすると、すごく苦労します。硬度5のステンレスやセラミックの器具がまたたく間に摩耗してしまいます。
 蛍石なら造作なくすぐに粉末にできます。


 つぎは<酸味>、<鹹味>です。