なんてことない非日常 -7ページ目

なんてことない非日常

スキビ非公認二次創作サイトです。
駄文ばかりの辺境館ですが、広いお心で読んでいただける方歓迎しております。

§地上15Mの遠距離恋愛   4



 あの満月の日に会話をしてからあっという間に10日経ってしまった。


いつの間にか、マンションの彼には帰宅時間が把握されてしまっていた。

と、言ってもキョーコがマンションを見上げながら帰ってくるのを数回見られ、またベランダに出てくるところが同時になったからなのだが。


深夜の1時すぎに帰宅して30分から一時間話し込んで、おやすみを言って溢れてしまいそうなほど満タンになったお湯に浸かる毎日を繰り返していた。



(最近、お風呂止めに行くの忘れちゃうのよね・・・)



水道代を気にしつつも、話し終わってからお湯を入れ始めると遅くなってしまうし・・・

だからといって話しを中断してお湯を止めに行っている間に、彼が部屋に戻ってお喋りが終了してしまうのが寂しかったのだ。



「はあ・・・・」



キョーコが深いため息をつくのを、黒崎は目ざとく見つけた。



「なんだ?悩み事か?」



「・・・・・・・・・お風呂・・勝手に止まってくれないかと・・」



「・・・は?」



仕込中の午前は、唯一くだらない会話ができる時間だ。

それでもそれぞれ素早い動きで、作業を効率よく終わらせていく。



「自動湯沸かし器じゃないのか?」



「・・・・築40年のおんぼろアパートですよ?・・・ってかそうか・・いいな、自動でお湯が沸くなんて・・」



キョーコのシミジミとした言い草に、黒崎は珍しい物を見たというように目を丸くした。



「なんでそんなに・・・そんなに毎日一分一秒も無いのか?」



「・・・・・・・・・・・・・ナイデショウ」



朝は7時半には出勤して、店の清掃8時に食材が届いてチェックと下ごしらえ。

9時の現在は、切ったり煮たりの下準備。

それが終われば軽く休憩と軽食を取って11時半の開店までにランチの分だけでなくディナーの分の下ごしらえにも取り掛かる。

怒涛のランチタイムが終わってから、遅い昼休憩後ディナーの下ごしらえ。

この時に足りない食材を買い出しに出かけたりする。

そして17時からディナータイムで終了は22時。

それから片づけと、翌朝に使う道具のメンテ。

たまに黒崎の愚痴に付き合い、新開や社に宥められつつ帰路につく。

それが深夜の1時すぎという日程だった。


店休日は木曜日。

けれど季節のメニューなどを考えたりするため、結局店に来たり社のいる喫茶店に行ったりして過ごすことがほとんどだ。


それでもいいと思えているのは、以前の生活に戻りたくないというのもあるし何も考えられないほど忙しいのがキョーコには都合がよかった。

ほんの少しだけ付き合っていた男がいた。

大学せいになったばかりで少し浮かれていたのだ。

この時、奏江とも知り合ったのだが男に振り回されているキョーコを軽くたしなめてくれる程度だった。

しかし男は浮気をしつつも、それをキョーコが色気がないせいだと言い放ち別れる際、家財を手切れ金変わりだと持っていき勝手に売り払った。

キョーコはがらんどうになった部屋で、ただただ呆然とするしかなかった。


その話を聞いた奏江に散々怒られたが、それ以上に一緒に泣いてくれた。

あの男に唯一感謝しているのは、そのおかげで奏江と親友になれたことだろう。


その後、このリストランテでバイトを募集していたため生活のため働き始めた。

一年はフロアに出ていたが、大学を卒業してからは厨房に入りこの生活スタイルに染まってしまったというわけだ。


あの男の顔はもう思い出せない。

それでも・・・心に残された傷が癒えるには、まだ何かが足りなかった。



(あんな目にあうぐらいならもう・・・)



それでも、彼に会うのは心が弾むしおやすみと言われると寂しいけれど明日の約束をしているようで嬉しい。


・・・よくないと思う。


もう恋などに溺れないと思っているのに、心が勝手に逸って頭の中に彼の笑顔が浮かぶのだ。



(・・・・彼はただの知人だから・・)



名前も、歳も、職業も・・・いや、きっといいところにお勤めの人だろうけど。

恋人の有無も知らない・・けれど、あの見た目だ。複数人いてもおかしくない。

けれどここ半月ほど、毎日のように深夜にキョーコと会っているということは恋人はいないのだろうか?



(・・・・違う違う!私は別にそこの所は気にしてないしっ・・いや、もし恋人がいたら私迷惑を・・)



そこまで考えてキョーコは落ち込んだ。


彼が他の女性にも、あんな風に無邪気に笑いかけて気さくに話しをするのかと思うと心の中が重くなるのだ。



(あの人のこと何も知らないのに・・・)



しかも、自分の部屋からあそこまでゆうに15Mはある。

ただそれ以上の格差を感じないわけがなかった。


彼にはきっとインテリでコケティッシュでフェロモンたっぷりの女性が似合うだろう。

そう思いながらキョーコは想像してみたが、知っているおしゃれっぽい単語を並べただけの女性像は想像できなかった。



「はあ・・・・」



(そうだな・・・きっと黒髪のサラサラロングヘアーで、細身でモデルみたいに足が細くて長くて、スーツとかが素敵に着こなせちゃう・・)



「ちょっと!さっきから声かけてんだから反応しなさいよ!?キョーコ!?」



「・・・そうそう、こんな・・・・・・ってモー子さん!!?」



「なんのこと?それより、ボーっとしてても人参の皮を高速で剥けるなんてさすがね・・」



急に目の前に奏江がいたため、キョーコは焦って周りをキョロキョロとした。

まだ黒崎たちは黙々と仕込み作業をしていた。



(よかった・・・妄想に浸かっている間に開店していたのかと・・・)



仕込の時間に部外者を入れるなど、黒崎にしては珍しいと思ったのだがどうやら奏江は隣の喫茶店から入ってきたらしい。



「どうしたの?仕込の時間に来るなんて・・・仕事は?」



「今日は土曜よ?倖一さんから早めに注文しておいた方がいいって言われたからね~特権乱用しに」



「あ・・ははははハハ・・・」



奏江の言い草に、キョーコは聞こえているであろう黒崎を盗み見ると案の定眉間に皺を寄せていた。

そんな黒崎の不機嫌オーラをスルーして、奏江は新開が整えていたメニューを一つとって思案し始めた。



「モ・・モー子さん、あの・・」



新開も終わったところを乱されて機嫌を悪くし始めたため、キョーコが焦ると奏江はそれをパタンと閉じ綺麗に元に戻した。



「さて・・冗談はこれぐらいで・・・・キョーコ、悩みがあるんだって?」



「へ!?」



急にそう聞かれ、キョーコは黒崎に勢いよく振り向くと思いっきり顔を逸らされた。



「・・・・・・・・・」



「ちょっと、みんな心配してくれてるのよ?私も呼び出されたんだから・・」



「・・・モー子さんは社さんに会いに来たんじゃない?」



「それはついでよ、つ・い・で」



「そ、それもどうなの?」



社の立場を考えるとちょっと可哀相な気がして、キョーコが思わずフォローすると奏江にキッと睨まれた。



「そう思うなら、ウジウジして心配かけさせるんじゃないの!」



奏江に額をテシっと突かれたキョーコは、ふにゃっと目元を潤ませた。



「心配・・・してくれたの?」



「うぐ・・・べ・・べつに・・・」



いつもの癖でキョーコの言葉を否定しようと思った奏江だが、黒崎や新開に加え扉の向こう側から社に見られ渋々頷いた。



「そ、そうよ!だからそのウジウジ後で話しなさいよ?」



「へ!?」



「夜、また来るから!」



顔を真っ赤にして喫茶店の方へ走り去る奏江に、キョーコはあっけにとられ黒崎と新開は噴き出すのを我慢するのだった。



つづく

§地上15Mの遠距離恋愛    3




 

「お疲れ!」



蓮の肩を軽くたたいて退社する貴島に、苦笑しながら見送った蓮は一人になっていた。

ランチミーティングの後、部長から噂の真相を聞かれたりコピー機を使わせてもらえなかったりと地味に嫌なことが続いたため残業する運びとなったのだ。



「はあ・・・」



いつものことだと思いながらも、早く帰ってあのベランダでのんびりビールが飲みたいと考えてしまう。

そして・・・・・



(!?・・・なんで・・・あの時の子を思い出したんだ?)



確かに笑顔は可愛かった。

気さくな感じだし、きっと話したら楽しいだろう。

でも、女性は恋仲になるとそれだけでは済まないということを蓮は嫌というほど知っていた。

きっとあのアパートの高低差は15Mほどあるだろう。

あっちからは、もしかしたら蓮の顔は影になって見えにくかったかもしれない。

この顔が武器になるときもあれば、足かせになる時だってある。

顔を知られてないから落ち着くと感じるのかもしれない。

蓮はそう考え、頭に浮かんだ女の子を消して仕事に打ち込んだのだった。



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「ああ~~・・・つかれた・・・」



夜は夜で忙しいリストランテ。

キョーコはそれが楽しいとも思うが、帰路途中の疲労感には思わず声を出してしまうというものだ。


フラフラしながらもアパートが近づいた時、不意に昨日のことが頭を過り顔をあげて向かいの高層マンションを見た。

しかし、昨日の男性の姿はなくキョーコは気恥ずかしさに頬を掻いてささくそと自分の部屋に向かった。


いつものように深くかぶっていた帽子を玄関すぐにあるコートハンガーにかけ、メッセンジャーバックに入っていた汚れたサロンを洗濯機へと放り込む。

お風呂に栓をして、蛇口をひねりお湯を出す。

タイマーをセットして、男物のパーカーをハンガーに通して寝室・・といっても1Kなので壁際にあるパイプハンガーになおす。

そして鞄の中に入っている、店の残り物をテーブルに出して冷蔵庫から発泡酒を取り出す。

本日はカンパチのカルパッチョがお伴。

少し口に入れてモグモグしながら、ベランダにあるつっかけに足を入れるとそのまま手すりにもたれる。

すぐ下の駐車場には、静まり返った車たちがきちんと枠に収まっている。

その様子はなんだかお行儀がよくて思わず和んでしまう。



(こんなことで和める私って・・・)



そう思わなくもないが、毎日忙しすぎて見たい番組も読みたい本もない。

唯一の楽しみは、店の残り物とこの発泡酒だけだ。



(それも、一日一本だけだけどね~)



ささやかな幸せの中に、これ以上のものはいらない。

例えば、レンアイ・・・・・・とか・・・

少しそう考えただけで、発泡酒の缶がペコっと潰れるほどキョーコにとってその言葉はNGワードだ。


それを今日の黒崎は、ズケズケと・・・・

ぐびっと発泡酒を喉に押し込むと、イライラとともにいつものように、無音性の叫びを吐きだした。



『私はこれから先、誰も好きになんないからねー!!!!』



誰への宣言なのか。

それでも吐きだしたかった思いを口にしたことで幾分かすっきりしたキョーコの耳に、デジャブのような音が聞こえてきた。



「ぶっは!」



「!!?」



顔をあげて、あっと思った。



(昨日の人!)



その人は今日もビール片手に、キョーコの叫びを見つけてしまった向かいの高級マンションの住人だ。

今日はもういないと思っていたため、キョーコは赤面した。



(ぎゃあああ!!また見られてた!)



昨日のように軽く返せばいいのだろうが、怨念の籠った叫びを見られたとなると恥ずかしさが増してしまうのだ。

赤くなった頬を発泡酒の缶で冷ましながら見上げると、待っていてくれたのかジッと見詰めてくる瞳とぶつかった。

そして、口をパクパクとされた。



(?・・・何言ってるのかな?)



実際は声など出していないだろう。

この距離でも、大きな声を出せば届くはずだ。

しかし、現在深夜の2時。

気軽に大声で話していい時間ではない。

それでも何か心配そうに無音の声をかけてくる相手に、キョーコは首を傾げて見せた。

すると、相手は今度はゆっくりと唇を動かした。



『な・に・か・あ・・た』



(・・・・・・ああ!「なにかあった?」って言いたいのかな?)



相手が何を言いたいか把握して、キョーコは小さく首を振った。

すると、相手はまた口をパクパクと動かした。



『や・な・こ・と?』



そう聞かれた途端、キョーコの瞳がジワリと滲んだ。

悲しいとか、悔しいとかそんな感情ではなくなんとなく・・そうなんとなく落ちてきた気がしたのだ。

低く安心感のある優しい彼の声が。



(聞いたこともないのに・・・)



それでも耳元がほんのり温かく感じて、キョーコは目じりに少しだけ現れた涙を指先で弾いた。



『へ・い・き!』



そう笑顔を見せると、まだ心配そうにしている相手にVサインをして見せた。

それに安心したのか、相手は大きく頷くと親指をぐっと立てて見せてくれた。

静かなで賑やかな会話を交わしたことで、キョーコはすっかり元気になっていた。

それは相手の男性もそうだったようだ。



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(よかった・・元気になったみたいだ)



蓮は、ほっと胸を撫で下ろし親指を立てた手を下ろした。

すると、彼女から空を指さされそのまま視線を空に向けた。



「!・・・・満月か・・」



黄金色に輝く真ん丸。

星は見えないが、月は輝いて見えた。

しかもまるで月の周りだけは何もかかっていないかのようにクッキリと。

しばし静寂の中、月を見つめると蓮は彼女に視線を移した。



(!・・・・・)



ちょうど、二人の間に輝く月を楽しそうに見上げる彼女の瞳が月の光を受けてキラキラと煌めいているのを目にした蓮の心臓が一際強く鼓動を打った。



(なんで・・)



まだ早い鼓動を打つ胸をぐっと片手で押さえて、また彼女を見るとバチっと目が合ってしまいドギマギとしてしまった。

だが、彼女は蓮の動揺に気付くわけもなく口をゆっくりと動かして言葉をかけてきた。



『き・れ・い・だ・ね』



満面の笑顔でそういう彼女に、蓮は笑顔で返しながらも胸を抑える手に思わず力が入ってしまった。



(くそ・・・・かわいい・・・)



名前も、歳も、職も知らない。

恋人がいるかも、知らない。


それなのに鼓動は勝手に逸って、彼女の全てを調べろと命令をしてくる。

蓮はそんな命令を無視して、当たり障りない音のない会話を続けておやすみの挨拶をすると部屋に戻った。



「はあ・・・・」



先ほど笑顔で別れたばっかりなのに、急に無音の部屋の寒さが際立って感じた。


音色さえも知らない彼女の声が、勝手に耳の中で音を作っているのか耳がジンジンと温かく感じる。

もっと彼女の笑顔が見たくて、会話がしたくて・・・声が・・・聴きたい。

そして、できれば・・・・触れたくて、キ・・・



「いやいやいや・・・何考えているんだ俺は」



帰宅時には少々落ち込んでいた蓮だったが、高速で頭の中で湧いた妄想を振り払った。

しかしゲンキンだな・・・と笑いながら、この少しふわふわと高揚する気分のまま風呂に入ってさっさと就寝することにしたのだった。



つづく

§地上15Mの遠距離恋愛    2



 「蓮!ついにやっちゃったんだって?!」



早朝からテンション高めに近づいてきたのは、同期の貴島だった。



「・・・・・何を?」



コーヒーメーカーのボタンを、何事もなかったかのように押すと落とされる液体を眺める蓮に貴島は焦れたように無理やり肩を抱いてきた。



「アノお嬢さんの鼻っ柱折っちゃったんでしょう?今朝からめちゃめちゃ悪口言われてるよ~」



昨夜のことを思い出して、蓮は辟易としたため息をついた。



「色男は辛いね~」



からかい半分で背中を叩かれながら、蓮はふて腐れた顔をした。



(いくら腹に据えかねていたとはいえ・・・)



まずかったか・・・と、思ったが耐えられないものは仕方がない。

そう切り替えて、自分の机へと歩き出すとすでに彼女から話を聞かされた者たちから刺すような視線を受けた。



(さて・・今度は何を言われたのか・・・)



蓮は商社勤めであった。

昨夜の女性はバイヤー側の主任だった。

性格は一癖あるが・・・あるからこそなのか、かなりのやり手だ。

以前から目を付けられていたが、前回の企画に共同参画してからはその態度が露骨になっていた。

とうとう昨夜は、飲みに連れ出されたというわけだったのだが・・・



(ご丁寧に車に放り・・乗せて返したのにな・・・・」



「心の声が漏れてますけど?敦賀氏」



「あれ?ついうっかり・・・おはよう、琴南さん」



「おはようございます。今日のスケジュールです、敦賀さんもランチミーティングには参加してくださいね」



クールビューティーという言葉がぴったりなほど、表情一つ変えずに蓮のチームの一人、琴南 奏江はいつものように今日の日程を蓮に伝えてきた。

ランチミーティングは、基本的に参加しない蓮なのだが最終決定直前はこう言われるのだ。



「了解。いつものところ?」



「いえ、今日は会議室ではなく外で」



「へえ・・・珍しいね?」



「私の行きつけです・・・会議室は・・・使用しにくくなってまして・・・」



いつもキッパリハッキリの奏江が口を濁すことを珍しいと思いながらも、蓮は少し申し訳なさそうにした。



「・・・・・悪いね?」



「いえ、敦賀氏が女性に酷く好かれる事案には慣れていますから」



「・・・・・・・・」



奏江の言葉に完全に閉口するしかない蓮に、奏江は小さく笑って軽く肩を叩くと貴島のところにもスケジュールの確認に行った。

その途端、貴島に口説かれ始め奏江のビンタで終了する。いつもの朝だった。



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だから。

というわけではないが、今日もいつもと変わらない一日になると蓮は勝手に思い込んでいた。



「ここ?琴南さんの行きつけ」



シックな外装の喫茶店の前で、同じチームである貴島と奏江他数人で立ち止まった。



「ええ、どうぞ」



蓮に聞かれても、相変わらずの愛想無しで奏江が先に入っていく。

チームは5人。

外装は、10人も入ればいっぱいになりそうなほどこじんまりしている。

蓮が思っているのと同様に、チームの皆は二の足を踏んでいた。



「何してるんですか?早く入ってください」



誰もついてこないことに苛立ちながら奏江が中から扉を開けると、貴島が先に反応した。



「い・・いや~随分シックな店構えだなって感動してて・・」



「・・・・・ここ、奥に広いですから。二階もありますから、個室を予約してありますのでミーティングぐらいできます」



貴島の感想に、奏江はすぐに真意に気付きそう説明すると蓮たちはほっと胸を撫で下ろして店の中に足を踏み入れた。


カラン・・

と、昔ながらの鐘のベルが来客を告げながら鳴るとカウンターにいたマスターが顔を上げた。



「いらっしゃいませ」



細身の長身に知的な銀フレームのメガネがよく似合う男性だった。



「ここのオーナーでマスターの社さんです」



奏江に紹介されて、社は手に持っていたサイフォンを元の位置に戻した。



「琴南さんに話しは伺っています、どうぞ奥の個室ブースに」



「すみません、お世話になります」



奏江とは大違いで、愛想のいい挨拶を交わす社に好感を持ちながら蓮も頭を下げた。



「あはは、奏江ちゃんの言うとおり超絶イケメンですね?」



「!?」



社の言葉に蓮は、咄嗟に奏江を見ると奏江が焦った表情ですぐさま顔を逸らした。



「・・・・あの・・」



「ああ、すみませんつい・・奏江ちゃんがいつもグチ・・・じゃなくて、楽しそうによくそう言っているので」



「・・・・・・・・・」



蓮は、後程奏江からちゃんと事情を聞くことを心に決めて案内されるがまま奥の個室ブースに移動するのだった。

ミーティングはいつも通り順調に進んだ。

奏江が多少挙動不審ではあったが。

ある程度話が進んだころに、食事が運ばれてきた。

ワンプレートにしっかり盛られている内容は、充実した料理だった。



「・・・・喫茶店・・・だったよな・・ここ・・・」



貴島の言葉に、また奏江以外の皆が固まってそのプレートを見つめた。



「この料理は隣のリストランテからデリバリーされてくるんです、美味しいですよ。リーズナブルですし・・・このプレートで890円です」



その値段を聞いて、チーム内の女性が歓声を上げた。

蓮も歓声こそあげなかったが、目を丸くした。

プレートの中にはシーザーサラダとメイン料理の鶏の香草焼きに付け合せの野菜のグリル、五穀米のバターライス、エビと海藻のマリネ、さらにスープカップに野菜たっぷりのコンソメスープがついてきた。



「・・・・野菜たっぷりだね」



「この香草焼きもすっげえボリューム」



プレートから溢れそうなほど盛られている料理に、目を奪われていると奏江が両手を合わせていた。



「いただきます」



奏江のマイペースぶりに苦笑しながらも、蓮は同じように手を合わせると料理を口に運んだ。



「あ・・・うまい・・」



「本当!すっごく美味しい」



「いいっすね~」



皆の感想を、水を注ぎに来た社が笑顔で聞いていた。



「嬉しい感想ありがとうございます。黒崎に伝えておきます」



「黒崎・・さん?」



蓮の疑問に、奏江が変わりに答えていた。



「隣のリストランテの店長さん。ちょっと・・・変な人ですけど」



「奏江ちゃん・・・そんな本当のこと・・・」



「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」



まったくフォローにならない社の言葉に、誰も突っ込みを入れることができないまま食事は終わりミーティングも終わった。

店を出た後、蓮はちらりと隣のリストランテを覗いた。

なかなかに繁盛しているらしく、お昼時を過ぎているのにも関わらず店内は混雑していた。



(結構美味かったし・・・今度来てみようか?)



そんなことを思いながら、会社に戻るのだった。

一方蓮がそう思いながら覗いたリストランテの厨房は、まさに戦争状態だった。



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*



「おい!付け合せまだか!?」



「はい!!ただいま!!」



「おっせーよ!何年やってんだよ!?キョーコ!」



「すみません!!」



このリストランテの店長でシェフの黒崎 潮に怒られているのは、最上 キョーコだった。

すでに3年以上ここで働いていて、唯一の楽しみはアパートのベランダで夜空を見ながら呑むビールだ。

先日、お仲間を見つけたが仕事中に思い出すほど顔を覚えているわけではない。

高層マンションに住む人も、同じ人間なのだとシミジミ思いはしたがそれ以上関わる気など無かった。

何せ、キョーコは今それどころではないのだ。



「アサリのパスタ上がります!!」



「はい、持っていきます」



キョーコが出した料理をチェックして持っていくフロアの男性は、黒崎の視線を感じとってにっこりと笑った。



「大丈夫、見た目パーフェクト」



「当たり前だ、冷める早く持って行け新開」



「はいはい」



スタスタとホールに出る新開に舌打ちをする黒崎に、キョーコが思わず笑うとギロリと睨まれた。



「おう・・・余裕だな?」



「ひいっ!?いえっ」



「洗い物は終わったのか!?」



「いますぐ!!」



黒崎の怒鳴り声にキョーコは、マッハの勢いで奥に引っ込み洗い物の山を高速で片づけた。

いつものランチタイムが終了すると、隣の喫茶店オーナーである社 倖一が薫り高いコーヒーを淹れて運んできた。

店の壁中央にあるドアから。



「お疲れ様~一服のコーヒーどうぞ」



「おおっ!オーナーナイスタイミング」



黒崎は食べ終わった賄をシンクに放ると、社の淹れたコーヒーにありついた。



「キョーコちゃんもどうぞ」



「ありがとうございます!」



「いえいえ、あ・・そうだ・・・お昼に奏江ちゃん来てたよ?会社の人と」



コーヒーを渡しながら何でもない事のように言った社に対して、キョーコは勢いよく立ち上がった。



「モー子さん来てたの!?なんで!?」



「え・・・だから・・会社の人とランチ・・」



「ええええ!?昨日会った時には何にも言ってくれなかったのに~!!」



「え・・・っと・・うちが空いてたからかな?」



「ランチならこっちに来ても食べれるのに~~~っ」



歯ぎしりをしながら本気で悔しがるキョーコに、社はやや引きながら愛想笑いをすると新開が楽しそうに間に入ってきた。



「キョーコちゃんは本当に琴南さんが好きだね~」



「当たり前です!あんなに美人で面白くてかっこいい友人、他にはいません!!」



きっと本人は最初の褒め言葉だけを受け取るのだろうが、キョーコはそんなことにも気づかずに奏江の素晴らしさについて語り始めた。

それを社は笑顔で聞き、新開はスルーしながらスマホをいじり始めた。



「・・・・というぐらい私はモー子さんが大大大大大大好きなんです!!!」



息をきらしなながらそう言い切ったキョーコに、苦笑いで拍手を送る社に対して黒崎が悪気など全くなく声をかけた。



「そういえば、そのモー子嬢ちゃんと付き合い始めて半年だけどその後どうよ?」



その途端、場の空気が固まった。



(黒崎さんっ空気読もうよ!!)



心の中でそう叫びながら、新開が目配せしても黒崎は意に介さずでまだ続けた。



「キョーコも、もうちょっと身なりを整えて彼氏ぐらい作れよ・・そんなにモー子嬢ちゃんに構ってると社が手を出せないだろ?」



「黒崎さん!?」



社が慌てて止めに入るも、時遅くキョーコは般若の面を被って賄で出た洗い物を片づけに厨房に戻ってしまった。



「なんだ・・・あいつ、まだ引きずってんのか?」



「黒崎さん!・・・本当にあなたはデリカシーが欠片もない・・・」



新開が頭を抱えると、社も表情を暗くした。



「あれでも俺たちのことには賛成してくれてるんですよ?・・・ただ・・自分については全く・・・」



洗い場にいるキョーコを気遣って、声を抑え気味に社がそう言うと黒崎はバツが悪そうに頭を掻いて少し考えた後スクッと立ち上がった。



「キョーコ、これ味見しとけ」



「へ?」



冷蔵庫から出してきたベリータルトを、キョーコが作業している近くの棚に置いた。

その様子にキョーコはきょとんとして、新開たちは笑っていた。



「あ~~~・・悪かったよ・・・でも、ほら!お前もあんな奴のことはすっぱり忘れて・・・」



折角のフォローの甲斐なく、黒崎はキョーコの地雷を踏んでしまいキョーコはしばらくベリータルトを持って倉庫に雲隠れしたのが本日午後の出来事だった。



つづく