§ルートX 67
緊迫した空気が二人の間に渦巻いていた。
「・・・離してよ」
キッと睨み付けてるキョーコを、ショータローは両手を掴んで壁に押し付け見つめ返した。
「離して!」
「・・・・襲う宣言してるのに、はいそうですかって手を離す奴はいないだろ?」
「私のことそんな風に見れないって言ったのはアンタでしょ!?」
「・・・・・そうだな・・・以前はそうだった・・・」
ショータローの返答にキョーコの頭に血が上った。
「もしかして・・惜しくなった?はっ!笑わせないで!!アンタのせいで私は・・」
「惜しくなったんじゃない・・・気が付いちまっただけだ・・・お前が側にいるのが当たり前すぎて・・・自分の気持ちに素直に慣れなかっただけだ」
真剣な瞳には、いつもの意地悪な色もからかい半分の様子もないことでキョーコは焦った。
離れなければ。
頭の中にそんな言葉が明確に浮かんだ。
けれど、それを行動を移す前にキョーコの唇はショータローに塞がれていた。
「!!」
しっかりと重なった唇から伝わる熱も、感触も蓮とは違うのだが柔らかさだけはとてもよく似ていた。
そんなことに気を取られている内に、口づけは深くなってきた。
「っ!!」
「っつ!!」
ガリッと歯を立て、ショータローの唇を噛んだ瞬間キョーコの口の中に鉄の味が広がった。
「っち・・・・ふざけんな」
「ふざけてるのはそっちでしょう!!?離して!!もう私はアンタなんかに惑わされたりしないんだから!!」
「!・・・・・それは・・・・俺の言動を気にしてるって・・・言ってるようなもんだぞ?」
「・・・・はあ!!?ち、違う!!」
「じゃあ、何だっていうんだ?」
「アンタが余計なことをするとコーンが怖いから・・・だから・・・」
「なんだ?・・・もしかして!乱暴されてるのか!?」
「ちっ・・・違うわよ!・・・・そうじゃ・・・なくて・・・・というか、この状況でアンタがコーンを責められると思ってるの!?」
きっと赤く染まってしまっているだろうキョーコの手首を掴んでいるショータローにそう責めると、ショータローは苦虫を噛み潰した表情をした。
「・・・・逃げるだろ・・・離したら・・・・」
「逃げるわよ!」
落ち込んだショータローに気付かないで、すぐに言い返したキョーコに眉間に皺を寄せると顔を背けた。
「だから離せない」
いつもの調子とは違うショータローの声色に、キョーコはそれ以上反発することが出来ずに押し黙った。
しばらく沈黙が通り過ぎ、気まずさが大きくなってくるとようやくショータローはキョーコから手を離した。
「・・・・・これから・・・俺を見てろ」
「・・・は?」
「お前が必ず超えたくなるほど、この世界の頂点に立ってやるから・・・アイツらがヘタに手出しなんかできないほど・・・アイツが・・・ひれ伏してお前を俺に返すほど・・」
「はあ!!?そんなことになるわけ・・」
キョーコは言い返そうと思った。
いつもの戯言だと。
けれどショータローの瞳の強さに何も言えなかった。
それほどまでに、確信に近い心情を持って宣言していることが分かったからだ。
「・・・どんな経緯を辿ろうと・・・・お前は俺のもんだ・・・」
呆然としているキョーコを置き去りに、ショータローはそう言い放って立ち去った。
「・・・・・・何・・言ってんの?・・私はあんたのものじゃない・・・私は・・・私は・・・・・・」
しばらく一人階段下で立ち尽くしていたが、ブツブツ言いながら部屋に戻ろうとホテル内を歩き始めた。
「私がなんだ?キョーコ」
「!?」
トロトロと歩いている背後から声をかけられて、キョーコは飛び上がった。
「レ、レイノ!?・・・よくノコノコと顔を出せたものね!?」
「同じホテルに宿泊してるんだ、うろつけば会うだろう」
「ここで会ったが100年目よ!?どうせショータローが牽制したぐらいじゃいなくならないと思ったわ!」
「ほう?・・・・案外頭が回るんだな?」
「案外って余計よ!!」
キョーコは感情のまま叫ぶと、レイノは深く息を吐いた。
「で?・・・いいのか?ギャラリーの多い中始めても?」
ホテルの廊下で言い合っている二人を、ざわざわと人が遠巻きに見ていた。
中にはレイノのファンもいるらしく、カメラで姿を収めようとしている女性の姿もあった。
「!!?・・・ちょ・・・ちょっと・・・こちらに来てください・・」
キョーコは急に外面を張り付けると、レイノと共に人気のない中庭に向かった。
(・・・・先日俺に襲われたばかりだというのに・・彼女には記憶というモノが欠如しているのか?それとも、単にバカなのか?)
レイノが心の中でそう言うと、気配を察したのかキョーコがギロリと睨んできた。
「さっ・・ここなら人目も気にせずにアンタを魔界に送り返すことが出来るわ!!」
(・・・・・・・・・・・・やっぱりバカなのか・・・)
レイノの視線がやけに憐れんでいるのに、キョーコはイラつきを覚えながらも対峙する覚悟を決めて立ちはだかった。
「・・・・俺は魔界の住人ではないんだが?」
「嘘よ!息も切らさないで人のこと林まで追い回したくせに!!」
「お前は単純なんだ・・・行動パターンが手に取るようにわかるからな・・・林の中には先回りしただけだ」
「・・・・・・・・・・誰が単純よ!」
怒りのままキョーコは叫んだ。
「そういうところだ・・・感情に流されると周りも見えなくなって、襲われたくせに男とホイホイ二人きりになるところなんかは俺からしてみれば野ウサギ捕まえるより簡単だ」
「なっ!?」
するとレイノは、あっという間にキョーコを組み敷いた。
「!?ぎゃああ~!!?こんな爽やかな朝日の中なんてことすんのよ!!」
「爽やか?この日差しのせいで、頭痛がたまらないがお前のその表情を見ながら俺に堕ちる姿を拝めるなら悪くない程度だな」
「はあ?!誰が堕ちるのよ!!離して~!!今日は朝から最悪~!!!」
「朝はいつでも最悪だ・・・暴れるな・・・お前は何か誤解している・・まずはそれを解いてから・・」
「何が誤解よ!!この状況もこの間のことも責められて当然のことしてるのよ!!?」
レイノに組み敷かれながらバタバタと足を振り上げるキョーコだったが、先ほどショータローに豪語した通りにはいかなかった。
(コイツっ・・意外に力強い!?)
押さえつけられた手は跳ね返そうとしても、また押し戻されてしまい逃げ出すことは叶わなかった。
「・・・・お前・・飼ってるやつ以外のも付けておくのが趣味なのか?」
「は?なんの話しよ・・・」
キョーコが首を捻ると、レイノは片手を離しキョーコの首筋に細い指を這わせ長く尖らせた爪で一つの箇所を突いた。
「これ・・・不破に付けられたのか?」
トン・・と触られたところは、先ほどショータローが口づけてきた首筋でキョーコはカッと顔を朱に染めた。
「アンタに関係ないでしょう!?とにかく離して!!」
片手になってくれたことで、キョーコは身を捩り逃げ出そうとしたが寸前のところで圧し掛かられてしまい身動きが取れなくなった。
「・・・・はあ・・・とにかく暴れるな・・話が出来な・・っ!?」
「!?」
レイノの声が急に遠ざかり、キョーコの体にかかっていた重みが急激に軽くなり驚いていると大きな影がレイノの肩を掴み放り投げていた。
「・・・コーン!?」
「・・・・・なに・・してんだ!」
蓮は肩で息をしながら、放り投げたレイノを睨み付けた。
「・・・・ここで君の猛獣君の登場か・・・」
強かに打った腰を擦りながらレイノが立ち上がっている間に、蓮は警戒しながらもキョーコを抱き起し自分の後ろに隠した。
「アイツか?・・・君を襲ったのは・・・」
「う・・・うん・・・・」
固く低い声の蓮が、怒りを纏わせているのにキョーコは震えが来るほどの恐怖を感じたが小さく頷いた。
「・・・・どうして君は・・・」
小さく呟いた蓮の言葉に、キョーコはドキリと心を凍らせた。
けれど蓮はそんなキョーコに振り返ることなく、レイノを睨み付けたままだった。
「彼女になんの用だ?・・・事と次第によっては、今すぐお前をねじ伏せる!」
燃えるような瞳の強さに、レイノは冷や汗を一筋頬に伝わらせた。
「・・・用はあるが・・・アンタとまともにやりあって俺が無事とは到底思えない・・・」
強がっているのか、引きつった笑みを見せたレイノは蓮の後ろに庇われているキョーコに視線を投げた。
「キョーコ!」
「!?」
蓮の前で名前を呼ばれ、キョーコはギョッとしながらもレイノを睨み付けた。
「お前のことを諦めるつもりはないからな?それまでせいぜいその獣に、人を襲わないように躾けておけよ?」
「なっ!?コーンはそんなことしないわよ!!」
キョーコの反発の声に、レイノはすっと妖しく光る視線を蓮に投げた。
「ックク・・・・それは・・どうかな?・・・・血に染まったその手は、もしかしたら次はお前を捉えるかもしれないぞ?」
レイノのその言葉に、蓮の体が一気に硬直した。
「何変なこと言ってんの!?早く魔界にお帰り!!ハウスっ!!」
「俺は犬じゃないし、俺の家は魔界じゃない・・・とにかく、そいつの毒牙にかかる前に俺の所に来るのが賢明だ・・考えておけよ?」
「うるさい!!早くいなくなれ~!!」
キョーコの叫びなど、そよ風のように聞き流しレイノは立ち去った。
肩で息するキョーコと、立ち尽くす蓮を残して。
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