§アラビアン・ナイトは眠れない 時間外手当
午後11時には、誰もいない設定。
空調も止まって、電力も最小限になる。
そして・・・・・
ガチャン・・・
人を出入りさせたくない所には、オートロックがかかる。
のだが・・・・
「時間になっちゃいましたよ?」
「ああ・・もうそんな時間?・・・守衛室に内線しないと」
山のような書類から解放された目は、気怠さが凄まじく蓮は目頭を押さえた。
「最近、警備の人から目を付けられちゃってるんですけど?」
「・・・・俺もこの間怒られたばっかなんだよな~・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
元々静かな資料倉庫に、沈黙がおちた。
蓮はその静寂を、小さな声で打ち破った。
「・・・・あ~・・・このまま・・・朝までいる?」
「・・へ!!?」
予想外の提案をされて、京太から一気にキョーコに戻った声が室内に響いた。
「朝までいれば、ロックは勝手に開くし・・怒られることもない・・かな?」
「でっ・・でもっ・・・」
蓮の提案は、正体を知られる前だったら二つ返事で了承していたかもしれない。
というよりも、そもそも最上 京太が本当に男だったら蓮がそんな提案などしないことにキョーコは気付かないまま悩み始めた。
「・・・・・・・・どう・・しよっか?」
俯いて悩んでいると、耳元でそう囁かれキョーコは驚きのあまり一気に壁に飛び退いた。
(なっなに!!?この低音ボイス!!?)
低く艶のある声を突然聞かされたキョーコは、心臓がありえないほどバッコンバッコンと動悸を打つのを抑えるように胸に強く手を押し付けた。
蓮を噂から解くため、社長命令で他社の清掃業者だったキョーコが男装をして京太として働いている内にお互いが惹かれあいキョーコの正体がばれた途端付き合い始めて早2か月。
ところが、二人の関係は男女間のそれではなく会社の同僚としてのみ進展するばかりだった。
居心地がよくなってしまった資料倉庫にて仕事をするも、キスをしたのが最大で一度きり。
それ以外は、薄暗い密閉空間でひたすらコンペ資料の制作に明け暮れていた。
だからキョーコは知らなかった。
ただ単に蓮が、顔が良いから『告白は100%拒否するが、一晩の相手だけなら可能』と噂されたわけではないことを。
「・・・どうしたの?急にそんなに端っこに行って・・・」
にこっ・・・と微笑んで見せるのに、なぜかそれは自身の危機を案じているような雰囲気を醸し出されてキョーコは口の中で小さな悲鳴を叫び続けた。
コツン・コツ・・・質がよさそうで、蓮によく似合った革靴が音を立ててキョーコに近づいていく。
今までそんな雰囲気にならなかったのは、恋愛初心者の自分に合わせてくれていたからだと初めて気付けた。
けれどそんな蓮にどう対応していいのかわからず、キョーコは壁伝いで扉の所まで逃げてきた。
「どうして逃げるの?」
トン・・・と扉に手をついた蓮は、その中にキョーコを囲った。
「に・・逃げて・・・なんか・・・」
「本当に?」
囲われて逃げられなくなったキョーコに、蓮は艶めいた雰囲気のまま顔を近づけた。
チュッ・・・と小さなリップ音が額に落ちると、頬に瞼に唇にと順番に蓮からのキスをキョーコはいっぱいいっぱいのまま受け止めた。
「ぷっは・・・」
少し長めのキスを、ガチガチになって受け止めて一息ついたキョーコの耳たぶに蓮がハムッと唇で食んできた。
「ぎゃあ!?ちょ・・主任!?」
さすがに許容量を超えたのかキョーコは、首筋にまで唇を下ろしてきた蓮に抱きしめられているのにもかかわらず鍵がかかっているはずの扉のレバーに手をかけようともがいた。
「・・・主任じゃないよ・・・蓮・・だろ?」
「れっ・・・・んんっ!・・・やっ・・」
熱い吐息を混じらせて、キョーコの首筋にチリリとした痛みを残しつつ唇を這わせていくとキョーコの可愛い悲鳴が蓮の耳をくすぐった。
思わず口元が緩んだ瞬間だった。
手探りで扉のレバーを探し当てるとキョーコは、勢いよくそれを下に押した。
いつもなら、それは強制的に止まって扉は開かないはずなのだが・・・。
ガッチャン・・・
「「・・・え?」」
音と共に、外に向かって開いた扉ごと二人は廊下にそのまま倒れ込んだ。
ドサ・・・
まるで蓮が京太を押し倒したかのように、二人は会社の廊下で倒れ込み呆然とした。
なぜならあり得ないからだ。
会社の方針で、午後11時以降にはセキュリティで資料倉庫にはオートロックがかかる。
そのことを実体験していた二人は、密会とういうほど色っぽいことはないまでも残業時間にはここでプランを練り詰めていくのが習慣になっていた。
だから開かない扉が開いたことに呆然とした。
そんな二人に答えをくれたのは、この状態になるとお馴染みになってしまった人物からだった。
「おおっ?なんだ~もうわかっちゃたのか?」
「「椹さん!!?」」
すっかり顔なじみなってしまった、守衛の椹が廊下に倒れ込んでいる二人を見回り途中に発見したのか駆け寄ってきてくれた。
「君たち、いつも申請出してここで籠って仕事するだろ?こっちも呼び出されるの大変だって何回言っても聞かないから、中からだったらオートロック解除できるように変えてもらったんだ・・・昨日の今日で使われるとは思わなかったよ・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
気まずいまま二人はのそのそと立ち上がり、椹に礼を言うとまとめた書類を課長の机に出して帰り支度を始めた。
「・・・・・・・・え・・・っと・・・・キョ・・・京太・・・さっきのは・・」
「・・・・お・・お疲れ様でした!」
京太は少し大きめのコートを羽織って、ブリーフバックを斜め掛けすると急いで帰ろうとした。
「待って!不安だったんだ!」
京太の手を掴んで、蓮は思わずそう叫んでいた。
「君のこと知っても・・ずっと上司としてしか見られていないような気がして・・・二人っきりになっても意識されてないし・・・会社以外で一緒に居られたことなかったし・・・・もしかして俺だけが君に想いを押し付けているんじゃないんだろうかって・・・・だから・・・意識して欲しかったんだ・・俺が一人の男だって・・・・」
後ろ手で掴まれたまま、蓮の言葉を聞いていた京太がそろっと振り返った。
その表情を見て、蓮は目を見開いた。
真っ赤に染まった頬に、潤んだ瞳、眉間に寄った皺でさえ可愛らしくどこからどう見ても男の子には見えなくなっていた。
「・・・ずるい・・・です・・・・私の心が追い付くまで・・・待っててくれているのか・・勝手に思ってた・・・」
「も、もちろん!待つ・・・つもりだったんだけど・・・・その・・・我慢・・・できなかった・・・」
京太の手を離すまいとしつつも、蓮は赤面する顔を片手で隠してそう白状すると開き直ることにした。
「行こう」
「え?!ど、どこに・・・」
「俺のマンション」
「ええ!?」
まだ赤みの残る表情を引き締め、蓮はカバンを手に取ると京太の手をグイグイと引っ張って会社を出はじめた。
「主任!?」
京太の焦り交じりの声に、蓮はピタリと足を止め振り返った。
「・・・蓮・・・言って?」
(ぎゃあああ~?!な、なに!?急に子犬モード!!?さっきの夜の帝王様はどこに!!?)
「・・・キョーコちゃん?」
ぐっと近くに顔を寄せて、真剣な面持ちでそう聞いてくる蓮にキョーコは根負けした。
「・・れ・・・蓮さん・・・」
「俺の家に来てくれますか?」
「・・・・・・・・・・・・・はい・・」
頷いたキョーコに、蓮は一際嬉しそうな笑みを浮かべるとそのまま二人は手を繋いで蓮のマンションに向かっていったのだった。
すっかり二人だけの世界だったため、一つ重要なことを彼らは忘れていた。
キョーコはまだ、『京太』のままだったことを・・・・・
*************
「・・・・・蓮・・・・どうする?」
「・・・・・・・・どうしましょうか?」
翌日、会社前から手を繋いで帰る二人を飲み会終わりの会社の人間に見られていたことが朝から話題になっており。
一緒に出社してきた二人は一気に注目を集めてしまったのだ。
企画営業課の中で、事情を知らない者たちは二人を遠巻きに見つめさらに二人の人となりを知らないものは好機の目で様子を見に来ていた。
「・・・社さん・・・それよりもなんで貴島君が事情知っているんですか?」
「え・・っと・・それは・・俺もなんでだか・・・・」
ハハハ・・・と空笑いする社と、さも当然とばかりに京太の横に立って青ざめている彼女を宥めている貴島をジロリと睨んだ蓮はポンポンと京太の頭を撫でた。
「大丈夫だから」
「・・・蓮さん・・・・あっ・・主任」
そんな二人のやり取りに、一部の女子社員からは黄色い悲鳴が上がり遠巻きだった者たちはさらに距離を置き始めた。
「・・・課だけでなく、社内までこんな空気にしてしまって・・・私・・どうしたら・・・・・」
騒ぎが大きくなり、ここで『女性でした』と発言すること自体が危険な気がしてきたとキョーコがそう言うと三人も同意見だった。
「・・・やっぱり・・・アノ人に頼るか?」
「・・・騒ぎがこれ以上大きくなりそうな気がするが・・・・」
蓮と社が思い浮かべた人物を、貴島もキョーコも心当たりがあり四人ともげんなりとしたその時だった。
「最上君!昨日は大丈夫だったかい?」
「!?・・・椹さん?」
守衛の椹が、なぜこんな時間に企画営業課にいるのかキョーコは驚いて目を見開いた。
「ちゃんと扉の話ししておけば良かったな・・・手首・・平気だったかい?」
「・・手・・首?」
椹が何を言っているのかさっぱりわからない様子のキョーコに、椹は笑顔で頷いた。
「昨夜、急に扉が開いたせいで廊下に倒れて手首痛めたんだろ?敦賀君が引っ張って病院に連れて行くって大騒ぎだったじゃないか」
「・・・・へ?・・・・・」
ポカンとしているキョーコの横にいた蓮は、はっとした。
「!・・ご、ご心配おかけしました!!最上が夜間救急を嫌がったので、引きずって行きましたが特に何ともなかったです」
「そうか、それを聞いて安心したよ・・じゃあ、私は夜勤明けだからこれで失礼するよ?」
「お疲れ様です!」
椹が去っていくと、先ほどまで大騒ぎしていた者たちがザワザワと好き勝手言いながら去って行った。
そして課にもいつもの調子が戻っていた。
「まったく・・・主任が京太を構いすぎなんですよ~だから変な噂になっちゃうんですよ?」
「わ・・悪い・・・迷惑かけたな?」
「京太ももっと鍛えろ!そんなナヨナヨしてるからそんな風に見られるんだぞ?」
「わ・・わかった・・・鍛える・・・」
「さっ!仕事しよう!!仕事!!」
渦中を出られた二人を置き去りにして、企画営業課の者たちはいつものように忙しそうに仕事をはじめだすと蓮とキョーコは顔を見合わせた後笑った。
「あ~!!またっ、そうやってるからいいネタにされちゃうんですよ?!京太も早くこっちのリスト制作手伝えよ」
「わかってるって!」
いつものように走り回り始めた京太に、蓮は小さくため息をつくと椹が去っていた方を見つめた。
(しかし・・・・いやにタイミングがいい気がしたけど・・・・まさか・・・ね?)
蓮は自分の考えを頭を振って追い出すと、仕事に取り掛かるのだった。
「悪かったな・・・夜勤明けに妙な仕事を押し付けて」
椹はそう声をかけられて、振り返った。
「社長・・・まあ・・彼らは毎日頑張ってましたからね?」
椹の言葉にローリィは、ワイワイと盛り上がっている企画営業課を見てふっ・・と微笑んだ。
「まあ・・・時間外手当っつーところだな?」
「・・・随分安く上げますね?」
ローリィは笑いながらも、首を振った。
「アイツにはどんな給金よりも、こっちの方がいいだろうよ」
京太の姿をしたキョーコと共に、仕事をする蓮の姿に目を細めるローリィに促され椹も活気ある企画営業課を見つめた。
あの二人が一緒にいる限り、このLME株式会社は安泰だと感じられローリィと共に笑いあうのだった。
*********
「・・・主任・・・なぜか資料倉庫の片隅に簡易更衣室が用意されてるんですが・・・」
皆が帰った社内で、資料倉庫から戻った京太からそう聞かされ蓮は確認に向かった。
「・・・本当だ・・・何のために?」
首を傾げていると、蓮の携帯が鳴っていると京太が携帯を持って資料倉庫にやってきた。
「もしもし?」
『おおう、蓮か?』
「叔父さん?」
『俺からの特別給金だ』
「・・・は?」
『もう、この間みたいな騒ぎは起こしてくれるなよ?』
「え?・・・もしかして・・・・・・」
『その更衣室は最上君のためのものだからな?お前が勝手に使うなよ?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ・・・元は誰のせいなんですか・・」
『おまえだろ?そんで、俺はお前たちの愛の使者になったまでだ!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
プツっと急に携帯を切った蓮の表情が、暗く遠くを見つめているのに京太は怪訝な顔をした。
「あの・・主任?」
「・・・・・きっと一生言われるから・・キョーコちゃんも覚悟しておいた方がいいよ?」
「は?」
さらに困惑した表情をする京太に、蓮は優しい笑みを返した。
「まずは、一緒に服でも買いに行こうか?」
「何でですか?」
「せっかくのボーナスを有効利用しなきゃいけないからね?」
「有効利用なら貯蓄した方が・・・」
噛み合わない会話をしながら、資料倉庫を出て二人今夜は残業なしで会社を後にするのだった。
end