ペシャワール北西、パキスタンとアフガン国境の連邦直轄部族地域(FATA)の街、
ランディーコータル。かつてはガンダーラ地方と言われた地域です。
街を歩くのは精悍な顔立ちのパシュトゥン族の男たちだけ。周辺にある彼らの邸宅は
外敵の襲撃に備えて銃眼を備えています。ここはパキスタン政府の力の及ばない
部族の掟によって統治されている地域です。その中には復讐法も存在します。
なんだかとても恐ろしいような場所に思えますが、掟は「客人歓待」が基本なので、
外国人は丁重に扱われます。(当時の話。現在は敵意を持たれているかもしれません)
街を貫くアフガンの首都カブールへ続く道路では冷蔵庫など電化製品を背負った
ラクダやロバを引き連れた隊商、そしてUNと書かれた国連関係の車とすれ違い
ます。98年当時のアフガンはタリバン政権下で治安だけは安定していました。
ここの住民はパキスタン・アフガンにまたがって住んでおり、両国の往来は自由です。
そんな最果ての村の薄汚い食堂で私たちの護衛の兵士とランチしました。
(部族直轄地域では兵士の護衛をつけることが義務づけられています。旧ソ連の
AK-47カラシニコフ機関銃で武装。彼らはここの住人でもあるので検問も顔パスです)
メニューは専用の鍋で作るマトンカラヒ。
レストランの屋外で羊を解体し、双子のシェフが大鍋に羊肉、トマト、スパイス、臓物を
入れて豪快に調理しています。それが2Fの座敷?に運ばれてきました。
チャパティー、カフワ(カルダモン、砂糖の入った緑茶-パキスタン北方の飲み物-)と
ともにいただきます。当時はデジカメが無かったので、画像が粗いですが
豪快な鍋を囲む様子が伝わると思います。捌きたての柔らかいマトンとスパイスの絡みが
乾燥した気候と相まって、極上の旨さだったと記憶しています。
遥か彼方の鍋料理ですが、日本でも食べることができます。
またいつか再訪したいですが、現在この地域には外務省から退避勧告が出されており、
外国人が近づくなんてもってのほかです。2001年9月11日以降、テロの温床とされ、
この地で大々的にタリバン掃討作戦が展開されました。それから10年でこれほど治安が
悪化してしまいました。オバマ大統領は対テロ戦略で、この地に対してどんな舵取りを
するのでしょうか?
遥かなるガンダーラの回想でした。
(写真)1998年パキスタン北西部 部族直轄地域 ランディーコータルにて