一人でいる事、大好き
あれもしたいこれもしたい、だから
一人の時間なんていくらあっても足りないくらいにお一人様、大好き

反対に言うと
他人と一緒にいなくても大丈夫

(私にはパートナーも子供(継)もいるけど、
船上でお仕事をするパートナーは一年のウチ半年以上もお家にいなくて、
その間は子供達も生みの母親の所へ行っているので私はひとりになる)

1人の時は外部が関係無くなる
自分の事を見る必要も無くなる
そうすると鏡がいらない

鏡が無いと
ますます自分が見えなくなる

つまり、人があんまり長い間一人でいると
外見がどうでもよくなるだけじゃなくて
自分の考えや感情が自分のなかで
ぐるぐるまわって滞って
自分の事が解らなくなる

そんな時
鏡となるのは他人
誰かと会うと自分一人では見えなかったものがはっきりと見えたりする

自分の事が解らなくなっている時って
他人に会う事すら面倒になっている時かも。。。

そんな時だからこそ気の合う友達にあいたい

気の会う人人って、大概自分の事を好いてくれているんだよね
(好きじゃないけど付き合いのある人ってのはまた別のおハナシで)

そういう人と会うと
自分の好きな所や自信の再確認になる
愛も自信も本来は全部自分の内から来るべきものだけど
時として鏡をみながら確認してもいいんだ


(。。と、思える事があった今日)


$カバラ タロット作家の折衷的随筆集


























アフリカの黒人文化、そぐわない
というか、ぶっちゃけダイキライ。イライラする。

いいかげんで
頼りにならなくて
お金にだけは汚くて
恥を知らなくて
学歴なくて
先見の明がなくて
自分で考える事もしなくて
気も利かない

体力だけはあるから
なるほど世界中を旅したヨーロッパ人が
「頭を使わない労働力にはもってこい」として奴隷にしたの、よく解る

。。。と書いていると
まるで私は人種差別をしているように聞こえるかもしれないけれど

肌の色による人種を差別しているのではなくて

人の産まれ育った環境に基づく文化を否定したくなるだけ

実際、肌の色が違っても
文化的に中身が似ている人なら外見が関係なくなる
思考回路が白人文化を反映しているので黒人に見えない黒人も世界中にいるし、
私のように外見完全にアジア人だけれど違和感なく白人の中にとけ込む人間もいる。

白人主義になっているつもりもないけれど
私の人生半分以上白人文化内で暮らしているから
やはりどうしてもしっくりくるだけのこと

しっくり来るものは落ち着きをもたらすものだから


でも
理解できなくてイライラしてつば吐きかけたくなるような文化が80%占める国に来たという事は意味があるのだと思う

例えば、イライラする事柄は

私が許せないと思っている事柄

なぜ許せないと思うのかは

自分が慣れていないものだから

異文化だから

排除したくなる

排除しないと

私のなかの慣れ親しんでいる秩序が乱れるから


。。。と考えていくと、


もしかして。。。受け入れたら自分がラクになんじゃね?


と考えついた。


きっとそれが学ぶこと


自分で考えるという個人主義を推進する欧米的教育がなされない場合
どんな人種であっても先を見越し、考え、行動する人間にはならない。
特にアフリカの国々は元来個人主義ではなく完全集団主義だから
当然気を利かしてはいけない文化である。
言われた事を言われた通りにし、周りとまったく同じようにし
それ以上でしゃばってはいけない。
それが美徳とされる。

私がしっている美徳とはまったくタイプが違う
彼らの常識と私の常識は違うのだ


だから違いを糾弾するのではなく



「へぇ、そうなんだ」「まぁ、それでいいんじゃない?」という心持ちで異文化に接すれば
きっとこっちの心が軽くなる




そんな境地につくまで
どんだけ時間かかるかはまだ解んないけど




これさ、国家レベルで認識できるようになったら
個人レベルの応用も簡単にできそうだよね


将来。。。未来。。。
考えると不安に。。。なりますか  。。。!!??

私自身
そんな不安 無いと言ったらウソになる

実際 今自分は心理カウンセラーになるために一所懸命修士号修得のため努力してて
これから申請する南アフリカの永住権獲得のあかつきには自分でサロンを開いて手広くやっていこうとかいろいろ考えているんだけど

私が南アフリカに来た理由であるダーリンは
ヨハネスブルグ、ダイキライ
人も街も交通もダイキライ(気持ちは。。。よく解るが。。。)
子供達がいなければこんなところ住んでないと断言している
もっと住みやすい所に移りたいと言っている
そして子供達はびっくりするほどスクスク育ち(年月がそれほど早くに流れるので。。。)
あっという間に家を出てってしまうのだろう
そしておそらく大学はヨーロッパのどこかに留学してしまうだろう(ヨーロッパフリーパスのパスポートがあるし、南アフリカの幸先は確かに明るくはない)
そうしたらダーリンがこの国に執着する理由はない

果たして
そうなった時に
私はどうしよう。。。というか、どうなんのかな。。。とか思う
今必死に基盤固めて根を張ろうと思ってんのに
近い将来おそらく10年以内にまたどっかの国で一から始める可能性がとても高い

不安にならないといったら
それは強がりだとは思う

「え。。。てか、次は何語よ??私カウンセリングするなら英語しか自信無いんだけど。。。もう今更他の言葉をマスターすんのは無理よ?」とか思うし

思うんだけど
「解んない事考えても仕様がない。ましてや将来の事なんて今不安になっても意味がない」
。。とも強く思う


ネガティブな気持ちになるぐらいなら
そのエネルギーを今出来る事に費やした方が得だよね

将来へ対して不安を抱える事は建設的じゃないけれど
将来の事を考える事は有意義だと思うんだ

不安と恐怖で一杯の心で必死に頑張るよりも
自分の可能性を試す事でワクワクする心で自分に挑戦していく方が妥協が無いと思うんだ

$カバラ タロット作家の折衷的随筆集

健康診断書貰いにかかりつけのお医者さんのところへ行った。
彼女は私と同年代ぐらいでとにかく明るくて天然で話がしやすいしお薬も貰いやすい(え?)

「最近どう~~?勉強ははかどってる~~??」と聞かれたので
あと数ヶ月でレクチャーが終わって、後は卒業修士論文だけという事を説明し
健康診断書が必要なのも南アフリカの永住権申請のためだから
その後は自分のサロンを開きたいんだ、と話をした。

いままでしてきたタロットリーディング、勉強している心理学、そして以前資格を取ったアロマセラピーとゾーンセラピー、クリスタルセラピーをあわせて
心と身体を癒すホリスティックヒーリングサロンをオープンする事が目下の夢。

そうしたら先生
「きゃ~~タロット大好きよ私~♪もうしょっちゅう行ってるんだから~」と返ってきた。

そうか。。。れっきとしたメディカルドクターでもタロットとか行くのか。。。と、ちょっと感激した

ダーリンに伝えたら
「ほら、ほら、やっぱり!需要あると思った!
逆にさ、メディカルドクターがちょっと心の内をさらして肩の荷を軽くしたいって場合
タロット鑑定士だとかヒーラーとかに行く方が気楽そうって、思いそうじゃん」

ああ、そう言えば学術文献でも
心療内科医や臨床心理士でも人間だから疲れちゃう時があって、
それでも他の心療内科医のお世話になるには勇気がいるって読んだなぁ

私は臨床心理士になる気は無い。
。。。せっかく修士号まで取るけど。
医療的な場面は私には向いてない。
それこそタロットなんざ使ったら法に反してしまうようなおカタイところでがんじがらめにされたくない。
もっとこう気楽に相談に来てもらえるような、ライフコーチになりたいんだよ。
でもそれでいいのかな、信頼とかちゃんとされるのかな。。。などとちょっと悩んでいた所なので

後押しされた気分♪







ちょっと買い物に出て戻ってきたダーリンが
後ろ手に隠し持っていたのはおっきなサーモンピンクの薔薇の花束

「どうしたの、コレ、なんかあるの?」と聞いたら

「何にも無いからこそのプレゼント」だって。
(初めての事じゃないけど)


数日間鑑賞して楽しんだ後は
花びらをすべて取って乾燥させてローズウォーターを作る

現在花びら乾燥中
アトリエが芳醇な薔薇の香りで一杯で
いろいろ幸せ




13歳の(継)息子には「パパみたいな男になりなさいよ~」と伝え
8歳の(継)娘には「こういうことをしてくれる人をボーイフレンドにしなさいよ~」。。。と伝え。
去年の半ばあたりから13歳のステップサン/継息子がサーモンのにぎりを食べるようになって
。。。というか、サーモンのにぎりが超大好物になったので
パパとの3人で時々回転寿司のカウンター席に並んで座る事が楽しみになった。

昨日は映画の帰りにいつものおスシ屋さんに寄った

基本的に私は食べたいものを選ぶので値段を見ずにオーダーする。
そしてなぜか私の食べたいものというのは大概メニューのなかで一番高いものだったりする。

まぁご存知のように皿にはそれぞれ値段があるわけで。
私達がよく行くおスシ屋さんでは白皿が一番高価。
気が付いたら私の前で白皿が重なっているのを見て
マイステップサン、
何かをパパに耳打ちした

そしたらパパ大爆笑しながら
「そうだぞ~人生で大切なレッスンだぞ~。今から覚えとけ~~」と言うので
何を言ったのか聞きだした

ちょっといたずらっぽい笑みを見せてから
ステップサン
「イイ女ってのは金がかかるもんなんだね、っていったのさ」

。。。だって    !!!!


ちょっとちょっと~~~
それってすんごい褒められてない、私!?



久々にパートナーと喧嘩した。
お互いの勘違いとコミュニケーションのすれ違いが
事態を悪化させて険悪になった。

そんな険悪さを隠そうとしていたのにバレてたらしく
子供達(彼の連れ子、私のステップチルドレン 13歳、8歳)が
一生懸命私の気をひこうとしてた

そういえば以前から
私とパートナーが喧嘩しても
子供達は一方的にパパの肩を持つことはなかった

一緒にゲームをしようとしてくれたり
お菓子をわけてくれたり
パパとの仲を取り持とうと手をつながせてくれたりして

そんなことさせてごめんね
パパを傷つけてごめんね
私がいなくなるかと心配させてごめんね
。。っていうか、全然デキテナイ大人でごめんね
もうホントに情けない。。。

私、ひとりじゃないね
ちゃんと大人にならないとね

やさしくしてくれてありがとう
私はどこにもいかないから大丈夫、と
子供達に伝え

ついつい人から世間から一歩離れた所に身を置き
この世のどこにも自分の居場所なんてないと感じてしまう私は
大丈夫、ここにちゃんと居場所があるから、大丈夫、
自分を必要としてくれている人達がいるから、大丈夫、と

自分に言い聞かせる

現在大学院の学期休みでパートナーも仕事で数週間家を空け
私独りの時間が持てるので
半年前に出版したタロットカード一枚一枚の哲学を見直しウェブに載せる手引書を手がけている

タロットは「占いの道具」というよりも「精神の鏡」と言った方が正しい
つまり、それぞれのカードに「自分あるある」的要素が盛りだくさん

そしてそれは当然ネガティブでダークな部分にも当てあはまる
。。というか、ネガティブとダークな部分がやたら目につく
”うう。。私、こういうとこある。。。orz”という感じで
ヘタしないでも自分の短所が浮き彫りにされる

。。。ちょっと辛い作業なんですけど。。。

人間として生きる事は自分に対する責任が伴う
自分の至らずデキテナイところが目につく
そしてそんな自分へ対する落胆感を卑屈感や自己嫌悪へと変化させない事も大切になってくる

自己否定も自己肯定も出来ない
バランスが難して時々しんどく感じる

自分の中に答えも救いもあるのにね。。。

そんな事を思う時ない?

$カバラ タロット作家の折衷的随筆集


I'm home alone as it's my study break and my partner is away for a few weeks.
So I'm revisiting philosophical meanings of each card in my tarot deck that I published half a year ago, compiling "tarot booklet" that is to be published on the website.

Tarot is not necessarily "fortune telling tool" but "a mental mirror" as there are many factors that reflect one's characteristics and mental status.
And of course it applies to negative and dark aspects as well.
It clearly marks shortcomings of oneself.

So it's a bit of a hard work (mentally).

Life requires us to take responsibility for ourselves.
We (should) recognize our own shortcomings.
On contrary it is important not to be discouraged by disappointment in ourselves

We can't deny ourselves, nor justify ourselves.
Balancing these two is not easy. So at times life feels so heavy.. despite knowing all the answers and salvation are within ourselves

You know?


素敵な人が好き
例えば
「ああいう人になりたい」と憧れを持たせてくれる人
自分の手がけている事に誇りをもってる人
他人に対して思いやりを持ってる人
自分磨きを欠かさない人
好きな物事や人が多い人
辛い時は辛いと、卑屈にならず素直に言える人
他人の幸せや喜びを心から「良かったね!」と言える人
いろんな意味でキレイな人


そんな生き方しない人もこの世にはいる
こんな考え方したく無い、こんな生き方したく無い。。。と思わせてくれる人
ダメ出しとケチ付けばかりする人
物事に何の興味も示さずそれを周囲の所為にする人
他人をこき下ろさないと自分の居場所を無くす人
もういろいろ諦めちゃってるけどコンプレックスだけが大きくなってしまっている人
見返りを期待する人
いろんな意味で醜い人


素敵な人と素敵じゃない人の共通点は

どちらからも学べる、ということ


素敵な人の素敵な所はどんどん参考にさせてもらって
素敵じゃない人のイヤな所は反面教師にさせてもらう


とりあえず無駄な出会いって無い


$カバラ タロット作家の折衷的随筆集



いま幸せ? ブログネタ:いま幸せ? 参加中

若い頃美容や健康についてろくに考えたり実践したりしてこなかったので
ようやく最近になってつくづく「ちゃんとしなきゃダメだな~」と感じてる。

やっぱり手入れしないと傷むからね、生き物は生モノだから

もっともケアしていたからといって
今の人生の在り方や幸せ度が変わってたわけでは無いだろうとの確信はあるので
特に後悔はない

そりゃ失われた若さはあるし
「もっとキレイだったら~」とか「コンプレックスが無かったら~」とか思わなくもない。
でも今の自分はこれまでの自分がいるからこそのものだから、
もっとキレイだったらもっと恵まれて幸せだったのに、とは思わない。

健康はともかくとして
ヒトの幸せは美容。。というか、外見では決まらないもの

美容も健康も、外側を磨くというよりも
心持ちや自信を持ったりする事などで内側から磨くものだと思うんだ

自分の事をどうでもいいと思ったら
外側もどうでもよくなっていくだろうし

自分を大切にしてたら
他人だって大切にしてくれる

。。。そう考えると、
よくぞ今の生活を手にいれたものだと思うから
大切な人の為にも自分のケアはちゃんとしないとね


うん、だから本当に幸せだわ~

$カバラ タロット作家の折衷的随筆集