傷だらけの人生を愛ある人生に

傷だらけの人生を愛ある人生に

本来の魅力を引き出す「在り方」と、自分らしい「生き方×愛し方」で深くつながるパートナーシップへ。
性愛/女性性×男性性/愛着/見捨てられ不安/孤独感/家系の再演/セクシャリティ/パートナーシップ問題

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どーも、心理カウンセラー奈美ですサングラス

前回の続き〜



自己愛と性愛のお話。


性=生命力、生き方でもあるし
愛=つながり、在り方でもある。


性愛は、そのふたつが関係性の中でどう動くか。


だから「性」の話しは「生」の話になるし
性愛は自分と相手だけでなく
"自分"とのパートナーシップの話にもなる。


表面的に起きてる事象だけでなく
心と身体と無意識、この命そのものを
深く感じられる層でもある。


脳や神経や身体は、心や感覚
意識を感じるための媒介。



相手を通して「愛されたい」と思うのは
自分自身に愛を与えたいということ。

相手のことを「愛したい」と思うのは
相手を通して愛を受け取ることにもなる。



私が私を愛する。
私が私に愛される。


って話を前回はしたけど
相手を通した時に自覚してなくても
無意識下ではそれが起きてるから。


結局自分ひとりの話ってわけでなく
大切な人と愛でつながるために
幸せを感じて気持ちよく生きるために
自分という土台は必須であり

その上で自分と相手とどう関わるか。


相手との関わりの中で自分がどう在るか。


身体が気持ちいいだけでなく
心もちゃんと気持ちいいのか
そして関係性の間に気持ちよく
愛が相互に循環してるのか。


心と身体と性と愛
それらが関係性の中で
同じ流れになってるか。


性愛には、この身体、この意識、この命で

"自分"を気持ちよく生きる

ために大切なことが詰まってる。



性愛って、身体を通して

「愛する私」と「愛される私」

が身体を通して同時に立ち上がる場。


で、ここが自己愛につながる。



相手がいる時は、相手を通して

「愛されたい、愛したい」
「求めたい、求められたい」
「受け取りたい、与えたい」

って自分のいろんな面が出てくる。


でも投影で見てみると
その相手に感じてるものの中には

自分の内側の男性性・女性性
愛し方・愛され方も映ってる。



相手から愛されてる体験をしながら

自分の中に"私を愛する力"

があることも受け取ることができるもの。



細かいことは今回は割愛するとして
例えひとりでも、他者性を使うことで

「私が私を愛そう」では入りにくいところに

"愛される私"として受け取れる。


イメージワークなんかがまさにそうやけど、セルフ性愛でも「愛される・愛する」は同時に起こるんよね。


ただ気持ちいいかどうかだけやなく。


目の前に相手がいなかったとしても
私の場合は女性性と男性性という
自分の意識の中にいるんだけど
自我ではない他者性を持つものを
カウンセリングでよく使うのはそのため。


ただこれも、頭で考えるとあんま届かん。


自己愛って、愛されるって

「私は私を大切にします」

って頭で思うだけやと、届ききらん。



でも性愛は身体があるから

安心する
緩む
気持ちいい
触れられて嬉しい
求められて嬉しい
触れたい
愛したい
溶けたい

って、愛を身体感覚に変換できる。
ダイレクトなんよね。


身体は、見えない愛や意識を形あるものとして感じる媒体


ということ。


つまり、

自己愛
=自分を好きだと思うこと

だけじゃなくて、

自分の身体で、愛されること・愛すること・受け取ること・与えることを許すこと

まで入る。


で、その自己愛が育つほど、性愛も
「快を取りに行く」だけじゃなくて、

私はここにいていい
感じていい
求めていい
受け取っていい
愛していい
愛されていい

っていう存在レベルの許可の中でできたりする。


だから、愛し合える性愛になる。



自己愛がある人は恋人と仲良くできます〜

みたいな話だけで終わらない。


もっと深くて、

自分の中の"愛する側"と"愛される側"

が分離してると、性愛の中でも片方だけになりやすい。


自己愛が深まると、そのふたつが
自分の中で偏らない状態になりやすいから
パートナーシップも対等になりやすい。

ってこと。


その状態で他者と触れ合うと
快だけじゃなく"愛の循環"として性愛を感じられる。


愛は最高の快楽物質(?)や。



性愛は、身体という意識の器を通して
相手との関係で流れてるもの以前に
自分との関係性がめっちゃ見えてくるから


身体だけが反応したとしても
自分の心が置いていかれると
ひとりでしても、ふたりでしても
寂しさや虚しさが出ることもあるし

逆に自己愛が通っている状態だと
安心感や幸福感、つながりが残る。


ひとりでも、ふたりでもね。


気持ちよくなるためにつながる

というよりも

つながるから気持ちよくなれる

ってことなんよね。


単なる一時的な快楽なら方法論で行ける。


けど、性愛に限らんけど何か起きた後に

自分の中に何が残ってるか

が、めちゃくちゃ大切やから。



自己愛って、愛を受け取れるし与えられる器。


そして性愛統合は、究極の自己愛が身体まで降りてくること。


命のヒーリングやん、って私は感じてる。



ほな!


心理カウンセラー奈美