2,400株のバラ と 神功皇后の足跡!
駕与丁公園では、四季の営みを楽しめる。 特に5月のバラの季節は、我々のような隣町の住民をも清々しい自然の空間に誘い出してくれる。 本ブログの写真は5月15日に撮影。よって、バラ花の時期は過ぎていると思うので、注意下さい。
最初に「駕与丁(かよいちょう)」って、普通に読めますか? 「かよいちょう」と読む地名は大変珍しくて、歴史の浪漫に誘われます。最後に触れます。
駕与丁公園は糟屋郡粕屋町にある自然を利用した公園。 農業用のため池である水面面積28hの駕与丁池を取り囲むように造成され、全長4.3kmの遊歩道が整備されている。 JR香椎線の最寄り駅(長者原駅・酒殿駅)から徒歩圏内(10分~15分)であるが、バラ園に限っては酒殿駅(さかどえき)が便利(徒歩約6分)だと思う。
↑ 5月15日の日曜日(曇り時々晴れ)、夫婦で「バラ園」に向かった。 この公園は無料の駐車場が多く設けられているので、車で ① の駐車場を利用した。 ①から反時計回りで紫線の様にウォーキングして「バラ園 ⑥」を楽しみ・・・そして、駕与丁大橋 ⑦ を渡り、⑨の駕与八幡宮(かよいはちまんぐう)まで戻って来ようと思う。
7~8年前までは、②の場所に「みずどり橋」が架かっていて、ショートカット出来ていたが、工法に問題があったのか倒壊したようだ。 架け直しの希望もあるようだが、僕はこのままで、遠回りでもウォーキングを楽しんだほうがいいと思う。
↓ ③から撮った写真
↑ 倒壊した「みずどり橋」の橋桁(↑)が一つ残っている。その先に「駕与丁大橋」が見える。
↓ ④ 駕与丁池では釣り(ブラックバス・コイ・フナ)が楽しめる。 釣り人から少し離れた場所で、サギが竿の先のウキをジッと見つめている。 釣れたらサッと横から奪うつもりなのか・・・そしたら、本当のサギ(詐欺)になっちゃうよ。
↓ ⑤ 遊歩道には約700本の桜が植栽されている。 見事な桜が楽しめ、名所の一つだ。
↓ ⑥ バラ園に到着。 少し小高い丘が設けられていて、そこから全景を撮る。
↓ この花壇に植えられた120種の「バラ園配植図」が立てられていた。
粕屋町 駕与丁公園に名前の由来が有る二種を先に紹介します。 場所は上記の配植図の中にあるので、次回に現地で確認して下さい。
■ かすやの里 濃桃色 2001年作出 日本
今回初めて存在を確認したのですが、濃いピンクの花色が好きになりました。
■ レイク カヨイチョウ 濃藤色 2002年作出 日本
見頃が少し過ぎていたけれども、この花色もいいですね。
それでは、花壇の中に入って他のバラも幾つか紹介しよう。
■ オールド マスター 1974年作出 英国
■ グレイスランド 1990年作出 米国
■ マリア リサ 1936年作出 ドイツ
■ トランペッター 1977年作出 ニュージーランド
↓ 二人揃って、ハート型に収まる歳頃でもなくなった・・・と言うより、恥ずかしい。 でも、奥さんは一人でも楽しそう!
■ プレイボーイ 1976年作出 英国
二十歳代の昔は、僕もねー・・・。
■ ローズマリー ヴィオー 1924年作出
■ ペーター フランケンフェルト 1966年作出 ドイツ
↓ バラのトンネル
■ ラッキーフォー 2002年作出 日本
■ ハリー エドランド 1977年作出 英国
■ マジョリー フェア 1978年作出 英国
↓ バラ園の丘から駕与丁大橋と総合体育館(かすやドーム)を望む。
↓ ⑦ 駕与丁大橋
↓ ⑧ かすやドームの前から南を望む。 ここも、遊歩道に桜並木が続く。
↓ 池を半周して、⑨の駕与八幡宮(かよいはちまんぐう)まで戻って来た。
駕与八幡宮
駕与八幡宮が鎮座するこの地の住所は、糟屋郡粕屋町駕与丁3-9-1とある。 全国で「駕与丁」の地名が残るのはここだけと聞いている。 「駕与丁」の文字を分解してみる。 「駕」とは乗り物を意味する。 「与」の文字は正確には「輿」と書き、御輿・神輿(みこし)を意味する。 「丁」とは、身分の高い人を乗り物(輿)で運ぶ人々(集団)を意味する。
つまり、天皇や皇后が行幸・行啓される時の乗り物(輿)を担ぐ集団が古代からいた。 大化の改新後、それらは「駕与丁座」という朝廷内の一つの組織として位置付けられた。 以後900年以上にわたり続いていたが、関白豊臣秀吉によって、この組織は解体された。 自身は朝廷から「関白」の官位を授かっているが、天下人として国を治めているのは自分だ。 天皇であれ、乗り物(輿)に乗って庶民の前に現れるのを嫌った。 以後「駕与丁」の言葉は、この世から消えた。
消えた筈の「駕与丁(かよいちょう)」が粕屋町に残っていた。 実は、香椎宮にも「駕輿丁(かよちょう)」の名で残っている。 この二つは神功皇后でつながっている。
↓ 香椎宮御神幸祭(4月隔年)では、神功皇后が乗られた神輿を黄色の装束を着た集団が担いで行く。 「駕輿丁保存会(かよちょうほぞんかい)の人々だ。 旧社家の皆さんによって、神輿を担ぐことを伝統的に継いでいく保存会として守られている。
御神幸祭
粕屋町には駕与八幡宮の由来が書かれている。
神功皇后が応神天皇を出産されるため、橿日(香椎)の宮を出発され宇美に行啓された。 皇后を乗せた御輿がここで休息したので、地名を「駕与丁」とつけて、後に村人が祭神(神功皇后)したのが駕与八幡宮の由来である。
応神天皇を抱く神功皇后
香椎は宇美町・粕屋町駕与丁と同じく、以前は糟屋郡に含まれていた。 糟屋郡の中には新宮町・久山町を含めて、多くの神功皇后伝承が残っている。 これらの言い伝えは一連の流れとしてつながっている。 「糟屋郡 神功皇后ワールド」として面白く連携させれば、若い歴女の興味を引くのではないだろうか。 各教育委員会よりも地域振興課(観光課)が担当する方がベターだと思う。 綾杉るな先生(神功皇后研究家)に絡んでいただければ、もっとベター。
うっちゃんのブログ ➡ 「神功皇后伝説」
心地よいウォーキングだった。 酒殿のイオンモール福岡に寄って、「香港張家飯(ホンコンチャンジャーハン)」の 酸辣湯麺(サンラータン)を食べて帰った。 辛味と酸味が疲れた体に良い。
酸辣湯麺(サンラータン)
うっちゃんの「まち歩き」 ← 本来は「季節の花便り(バラ園)」なのだが・・・