令和7(2025)年10月15日(水) 昨日から
伊勢神宮『神嘗祭∶初穂曳』が始まりました♪
15日(水)は外宮∶陸曳、
16日(木)は内宮∶川曳です。
私は内宮さん川曳きへ参加(予定)
今年も、心を込めてご奉仕させて頂きます🤗💕

【神嘗祭 (かんなめさい) 】
毎年10月15日から17日にかけて、日本の神社の中心的存在である伊勢神宮で行われる神事です。
伊勢神宮では、年間1,500回にもおよぶ祭祀がありますが、その中でもっとも重要なものが『神嘗祭』です。
その年に収穫された新穀を天照大御神にささげ、その恵みに感謝するお祭り。
かつては『神嘗祭』の日は祝日でしたが、現在では『新嘗祭(にいなめさい)』が行われる11月23日が「勤労感謝の日」として祝日に指定されています。
『新嘗祭』はすべての神々に向けて五穀豊穣を感謝するとともに、天皇陛下が新米を神とともに召し上がります。
なぜ、天照大御神に新穀を捧げるのでしょうか?
それはわが国『日本』は、天照大御神が太陽の象徴であり、天照大御神が稲を地上に授けてくださったところ、この国に稲作が栄えるようになった…
“ 瑞穂の国 ” と日本神話が伝えているからです。
2025年の「神嘗祭」も、10月15日から17日にかけて行われます。各儀式の予定は以下の通りです。
【外宮(豊受大神宮)】
由貴夕大御饌:10月15日(水) 午後10時※
由貴朝大御饌:10月16日(木) 午前2時※
奉幣:10月16日(木) 正午
御神楽:10月16日(木) 午後6時※
【内宮(皇大神宮)】
由貴夕大御饌:10月16日(木) 午後10時※
由貴朝大御饌:10月17日(金) 午前2時※
奉幣:10月17日(金) 正午
御神楽:10月17日(金) 午後6時※

(c)Adobe Stock
『神嘗祭∶内宮』令和6(2024)年10月17日(水)
昨年令和6(2024)年『神嘗祭』内宮川曳き
2012 .10 .15 今日から『神嘗祭』が始まります〜
しかも新月♪今年も、心を込めてご奉仕(*^^*)
FB今野華都子さんより💌
☀️ 天照大神は出雲へ行くのか?
ー神在月にひらかれる “ 天と地の神議 ” ―
十月、出雲では「神在月(かみありづき)」と呼ばれる特別な時を迎えます。
全国の神々が出雲大社に集まり、「神議(かむはかり)」という会議を開く月です。
一方、他の土地では神々が留守になるとされ、「神無月(かんなづき)」と呼ばれます。
では、そのとき、天照大神はどこにおられるのでしょうか?
出雲へ行かれるのか、それとも天上にとどまられるのか?
🌕天照大神は高天原に鎮まる
古代の神々は、大きく「天つ神」と「国つ神」に分かれます。
天つ神は高天原に坐して、
宇宙の秩序や光の法を司る神々。
天照大神、高御産巣日神、神産巣日神などがこれにあたります。
一方の国つ神は、地上の国――葦原中国(あしはらのなかつくに)を治める神々。
大国主命や少彦名命などが、
自然や人の営みを支える働きを担っています。
出雲の神在月に集うのは、この国つ神たちです。
人と人の縁、国の安寧、農や漁、天候、寿命、
現実世界の営みをどう調えていくか、
大国主大神を中心に「地上の神々の会議」が行われます。
☀️天照大神は行かないが、“見守る”
天照大神は高天原に鎮まり、出雲には赴かれません。
けれども、それは「関わらない」という意味ではなく、
むしろ天よりすべてを照らし見守る立場にあるからです。
大国主命は、かつて天照大神の御子たちに国譲りを誓いました。
その後、天照大神は地上の治めを大国主に託し、
自らは天界から光を注ぐ存在となりました。
つまり、神議が開かれる出雲の会議も、
天照大神の光のもとで行われているのです。
行く神・留まる神の違いは「働き」の違い
神々がどこに赴くかは、
その神がどの世界を司っているかによって異なります。
天照大神のように天界・宇宙の秩序をつかさどる神々は天に鎮まり、
出雲に集うのは地上の実務を司る神々。
けれども両者は決して分断されてはいません。
天は地を照らし、地は天に応える。
天つ神と国つ神が見えざる糸で結ばれている。
その“結び”こそが、神在月の本質なのです。
天と地が響き合う月
出雲の神在月とは、
「天の理念」と「地の実践」が響き合う季節。
天照大神の光が高天より注ぎ、
地上では大国主命をはじめとする神々が、
その光を現実の形に変えていく。
だからこそこの月は、
私たち人間にとっても“結び”のとき。
ご縁が生まれ、人と人の想いが新しく編み直されるのです。
天照大神は出雲に行かずとも、
その光の中で、すべての神々が働いています。
天も地も、人も神もみなひとつの「いのちの環(わ)」で結ばれているのです。
全国の神々が出雲大社に集まり、「神議(かむはかり)」という会議を開く月です。
一方、他の土地では神々が留守になるとされ、「神無月(かんなづき)」と呼ばれます。
では、そのとき、天照大神はどこにおられるのでしょうか?
出雲へ行かれるのか、それとも天上にとどまられるのか?
🌕天照大神は高天原に鎮まる
古代の神々は、大きく「天つ神」と「国つ神」に分かれます。
天つ神は高天原に坐して、
宇宙の秩序や光の法を司る神々。
天照大神、高御産巣日神、神産巣日神などがこれにあたります。
一方の国つ神は、地上の国――葦原中国(あしはらのなかつくに)を治める神々。
大国主命や少彦名命などが、
自然や人の営みを支える働きを担っています。
出雲の神在月に集うのは、この国つ神たちです。
人と人の縁、国の安寧、農や漁、天候、寿命、
現実世界の営みをどう調えていくか、
大国主大神を中心に「地上の神々の会議」が行われます。
☀️天照大神は行かないが、“見守る”
天照大神は高天原に鎮まり、出雲には赴かれません。
けれども、それは「関わらない」という意味ではなく、
むしろ天よりすべてを照らし見守る立場にあるからです。
大国主命は、かつて天照大神の御子たちに国譲りを誓いました。
その後、天照大神は地上の治めを大国主に託し、
自らは天界から光を注ぐ存在となりました。
つまり、神議が開かれる出雲の会議も、
天照大神の光のもとで行われているのです。
行く神・留まる神の違いは「働き」の違い
神々がどこに赴くかは、
その神がどの世界を司っているかによって異なります。
天照大神のように天界・宇宙の秩序をつかさどる神々は天に鎮まり、
出雲に集うのは地上の実務を司る神々。
けれども両者は決して分断されてはいません。
天は地を照らし、地は天に応える。
天つ神と国つ神が見えざる糸で結ばれている。
その“結び”こそが、神在月の本質なのです。
天と地が響き合う月
出雲の神在月とは、
「天の理念」と「地の実践」が響き合う季節。
天照大神の光が高天より注ぎ、
地上では大国主命をはじめとする神々が、
その光を現実の形に変えていく。
だからこそこの月は、
私たち人間にとっても“結び”のとき。
ご縁が生まれ、人と人の想いが新しく編み直されるのです。
天照大神は出雲に行かずとも、
その光の中で、すべての神々が働いています。
天も地も、人も神もみなひとつの「いのちの環(わ)」で結ばれているのです。