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行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

明示天皇の玄孫、竹田恒泰著の「現代語古事記」を読んで、日本の古代史にも著者にも大変興味を持っていたところ、関与先の大高株式会社の社長、高橋さんから表題の講演会に誘われました。46日(土)昼前に京都国際ホテルへ出かけました。ランチ付きで少々値の張るせいか、中年以上の男女が200人から250人ぐらいでしょうか、昼食会場も講演会場も超満員でした。古事記、日本書紀など日本の古代史から現代までのアカデミックな皇族史でも出てくるのかと思いきや・・・・・。

 


いきなり、「大東亜戦争は勝てる戦争だった。」から始まりました。




「下士官、兵など最前線で戦った人々は優秀だったけれど、将官や指導者に人を得ず敗戦に至った。」




そう言われれば当時の二大戦艦 大和、武蔵は世界に敵うものなし、ゼロ戦の優位性は開戦当初に実証済み、ミッドウェーの大ぽかをやらなければ、と思いながら聞いていると・・・・・。




「開戦当時の太平洋での日米の戦力比は、アメリカが大西洋との二正面作戦のため数的にも日本が有利。そのうえ零戦搭乗員をはじめとする兵の技量も圧倒的。真珠湾攻撃で一気にハワイを占領し、ロス、サンフランシスコを空爆すれば、アメリカは選挙の国、大統領は講和せざるを得ず、勝ち戦のまま有利に終戦を迎えた。」




なるほどと思わず頷いていました。



このあと、「日本には国を失う敗戦の危機が歴史上4回あった。元寇、日清戦争、日露戦争、大東亜戦争。いずれも負けていれば現在中国語やロシア語が京都で語られていたかもしれない。大東亜戦争でも終戦が一ヶ月あとになっていれば、東北地方がロシア領に、 九州・中国地方が中国領に、関東・中部・近畿は英語圏になっていた可能性は低くはない。国が戦に敗れて国体を保っていられるのは奇跡に等しい。これは硫黄島や特攻に代表される勇敢に戦った将兵のおかげや、終戦後の昭和天皇の態度などなどで、国体を維持しなければとても日本を統治しきれるものではないと、マッカーサーやGHQが判断したためだ。」




「しかし戦争は負けたら駄目。日本の皇室が今の教科書に出てくるのは、大化の改新と壬申の乱だけ。いずれも古代の天皇家がからんだ殺人事件。仁徳天皇の『民のかまど』の話は出てこない。日本の歴史と民族の誇りを骨抜きにする教育が、徹底的に行われたため、多くの日本人が特に近代史において偏見を持たされている。それが中韓の『歴史的認識』などに振り回される現因の一つ。」




とユーモアたっぷりに、深刻な話が痛快に続いてゆきました。講演がほぼ終わって「これからジャパネットタケダの時間です」と、講演の最初にスクリーンに映し出された、全国の神社を訪ね日本の歴史を再確認するVTRや、著書などを次々と手に取って紹介する逞しさもありました。おかげで終演後売店は黒山の人だかり、買いたい本を買いそびれました。


会場で配られた「竹田研究会」のパンフのこの会の理念には「竹田研究会は二千年続いてきた日本国家の意義を理解し、我が国の保守の気概を持った健全な先導者を育成する。我が国の伝統文化と真実の日本の在り方を学ぶ。日本人であることの誇りと自信を取り戻し、日本文明の素晴らしさを深く理解し、日本自体が輝きを取り戻し、もって、世界平和に貢献する。」とあります。北海道から福岡まで16ヶ所で開催されています。京都ではなんと426日(土)に開催とありました。テーマは「日本書紀の読み合わせ」です。早速申し込んで当日会場の護王神社に夕方5時に着きました。会場を間違ったのかと一瞬思いました。会場入口から長蛇の列でホテルのメンバーとは様変わり、うんと若返っています。20代、30代の若者が主流、それも女性のほうが多いぐらい。中高年は数えるほど、しかも主催者が慌てているほどの数で、用意された椅子が足らず、あとは床に直に座っています。200人ぐらいはいたのでしょうか。日本書紀の読み合わせ、という地味なテーマ、せいぜい10人単位のおじさまの集まりとの思い込みが見事にはずれました。


日本書紀は「海彦、山彦」の物語。ポピュラーな話なので十分についてゆけました。ただこの兄弟がアマテラスのひ孫だと初めて知りました。つづいての講演ではホテルでの話とテーマはよく似ていましたが、




「李明博前韓国大統領は日本人の恩人、彼の竹島上陸は日本人の愛国心を一度に甦らせてくれた。」



という皮肉がよく効いていました。韓国、中国ともに厄介な隣国ですが、それが日本の若者に日本の歴史を見つめなおし、誇りを持てるきっかけになっているのなら、それはそれで結構なことでしょう。京都での研究会に一緒に行きませんか。

去年の春頃、愛知三重県沖の太平洋、南海トラフで海底下のメタンハイドレートから天然ガスが採取出来た、という新聞記事を見た様な記憶がありました。アメリカのシェールガスの実用化で、世界のエネルギー市場が一変するとインパクトを与えていますが、日本でもエネルギー革命が起きるのかと、大きな期待を持たせる記事でした。しかしその後報道されることもなく関心が薄れていました。先月のTheMidorikaiTaimesで軽く触れましたが、青山繁晴氏の講演は日本が資源大国に成り得る可能性を秘めたワクワクする話でした


 その前に青山氏の配偶者、青山千春博士の物語を「海と女とメタンハイドレート」から。


高三のとき船長になりたいと、防衛大学、海上保安大学、東京商船大学に入学の問い合わせをしたところ、「女子はダメ」と門前払い。唯一、東京水産大学だけが、「女子はダメという学則はないですね」と受験を許可され無事入学。日本初の女性航海士の卵として新聞にも載り、ちょっとした時の人でもありました(これが縁で青山氏との出会いもあったようですが)。航海士資格取得直前で学業を中断、青山氏と結婚、子育て、12年後に35歳で再入学、無事航海士の資格を取り大学院へ。小野寺五典防衛大臣は後輩だそうです。博士課程で「魚群探知機を使って海底の地質を見る」という一風変わったテーマを研究、これが日本海のメタンハイドレートの発見へと繋がります。


 私が青山千春博士をここで取り上げたのは、「京都にいた頃、子供ヨット教室を見学に行きました。琵琶湖でした。」(同書より)の一文が気に入ったのも事実ですが、彼女の人として、女性として筋の通った生き方に感銘を受けたからです。「航海士になって地学をやる」という、若き日の目標がぶれることなく、結婚、子育てに邁進し一定の成果をみたところで、すっと復学し元の道に戻れるしなやかさに、驚きを禁じ得ませんでした。 


 さて1997年の「ナホトカ号重油流出事故」を覚えていますか?ナホトカ号の船体からどれぐらいの重油が漏れ出しているかが分からない。そこで、「魚群探知機を使って魚以外の研究をしている青山に突きとめさせよう」となった。水産大の船「海鷹丸」で現場海域へ行った青山千春博士は、魚探での初めての 調査に成功しました。その調査の西回りの帰途、隠岐の島の東海域を通過中、平坦な海底からろうそくの炎のような形で立ち上がる、600メートルもの高さのものが魚探に写しだされました。実はこれが7年後に分かる、メタンハイドレートの粒の集まり、メタンプルームでした。紆余曲折は全て省略して、2004年に日本海に良質のタンハイドレートが大量に存在していることが明らかになります。


 現在国を挙げて試掘中の太平洋のメタンハイドレートは、水深1000メートルの海底から更に300メートル掘り下げた砂交じりのメタンハイドレート層から採り出します。これに対して日本海側のは、表層型メタンハイドレート。メタンハイドレートの粒が浮上しているのが前出のメタンプルームで、600メートルの巨大なろうそくです。しかも存在を突き止めるのは簡単な魚探でOK、誰でも勝負ありと思うのですが、これが一筋縄ではいかぬのが「政」「官」「財」「学」の今の日本の現状だそうです。実は太平洋側は10年前から毎年50億円、これまでで588億円の予算を消化しています。ここで日本の「政」「官」「学」「財」の悪弊・・・「戦艦大和」や「有明海干拓」にみられる、一度決定したことは後からいかなる矛盾が表れても変更しない、出来ないという現状があるそうです。


 しかし青山さん達の努力で事態は徐々に変化しているようです。2012年の12月、総選挙の自民党公約に、「メタンハイドレート・レアアース泥なども含む、海洋資源開発への集中投資により、資源小国から資源大国への転換を図る」という言葉が入りました。その前20129月に「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合」が設立されています。これは山田啓二京都府知事が設立を呼びかけ、兵庫県、新潟県、京都府が中心になって秋田県、山形県、富山県、石川県、福井県、鳥取県、島根県の19県で構成されています。こうした状況の下、日本海側に2013年初めて11億円の予算がついたようです。


 日本海側のメタンハイドレートには三つの大きな意味があるそうです。


一つ目は、魚探で表層型メタンハイドレートのありかを効率よく見つけられる。しかもコストは格安。


二つ目は、常時メタンプルームが出ていることで、メタンハイドレートが日々続々と生成されていることを証明したこと。すなわち「埋蔵資源は有限」という従来の埋蔵資源の観念を根本からひっくり返す可能性があること。


三つ目は、メタンハイドレートの利用が地球温暖化の緩和に繋がること。



いいことずくめで10年ぐらいで実用化の可能性もあるのですが、問題は田中角栄元首相でさえ嵌められた、石油メジャーに代表される既得権益だそうです。既得権益にどっぷり浸かっている、国内外の官僚、学者、産業界の意図的なサボタージュや妨害工作で潰されてしまう畏れも無きにしもあらず。メタンハイドレートと日本海に注目し続けてゆきましょう。

松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容を自分なりの理解で書いていきたいと思います。

(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)



6日の日曜日に明治天皇の玄孫である竹田恒泰さんの講演会に行ってきたということで、昨日の朝礼はその講演会のお話しでした。


感想はというと、「とにかくめちゃめちゃ面白かった」ようです。


新聞に載っているのとは全然違う「世界の話し」を聞けたということだけでなく、「下手な落語家より表情豊かにしゃべらはる」ということもあって、終始笑いっぱなしだったとのこと。



それだけ「面白かった」を連発されるとさすがに気になりますので、まずは竹田恒泰さんが書かれている本を読んでみようかなと思います。



松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容を自分なりの理解で書いていきたいと思います。

(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)



久々の「朝礼での所長の話し」のアップとなります。


 ※アップしていない間も、毎週月曜日の朝礼ではいつもと同じように「所長の話し」はあったのですが、税理士事務所にとって超繁忙期(確定申告の時期)であったため、アップする時間をなかなか取る事ができませんでした。(単なる言い訳ですが・・・・)



今朝の朝礼では、「特にこれといって話すことは無いんやけど・・・クリミアは何かきな臭い匂いがしているなぁ」という言葉から始まりました。


一連のロシアの動きや周りの状況が何となくナチス・ドイツのポーランド侵攻の時と似ていると所長は感じているようで、


クリミアでのことを遠い国での、日本とは関係のない出来事だとは思わないで、「集団的自衛権」だとかそういったことを一人ひとりが真剣に考えないといけない。今はまさにそういう時期だ。という事でした。




自国と直接関係がないようにみえる他国の事情については、確かに自分の中で完全に他人事となっていました。

でも、何でもかんでも政治家任せにしていてはダメで、やはり日本人の一人ひとりがしっかりと意識を持って真剣に考えていかないといけないなぁと、今回のことでほんの少し思いました。

 34日、京銀プレジデントアソシエーション定例講演会に出席しました。レジュメによると演題は表題の通り『この坂を登ろう、祖国は甦る』、講師は青山繁晴、肩書は㈱独立総合研究所代表取締役社長、内閣官房・(国家安全保障会議)創立の有識者会議・委員、経産省・総合資源エネルギー調査会専門委員(エネルギー安全保障・核セキュリティ)消防庁、防衛大学の講師など、最後に近畿大学・経済学部客員教授(国際関係論)と硬い肩書が並んでいます。


 私は青山先生を全く知りませんでした。肩書と演題から、いずれアベノミクスを持ち上げるか、こき下ろすかどちらかだろう、ぐらいに考えていました。定刻になって講師の登場です。冒頭「私を知ってる方」との問いかけで始まりました。一割か二割ぐらいの手が挙がったでしょうか。


「私は共同通信の事件記者として、数年間家族とともに京都で暮らしていました。……そして御所を見て衝撃を受けました。城壁が無い堀も無い、世界の為政者の中でこんな無防備な住まいは考えられない。なぜか、天皇を襲う人がいないから。なぜか、天皇はひたすらに民のやすらぎと弥栄(いやさか)を祈り続ける存在だから。……それは東日本大震災での被災者の中へ分け入って、いたみを分かち合いになる天皇、皇后のお姿から、変わらぬ皇室と日本人の原風景として。……」


一転、南三陸町の役場で「津波が来ます、逃げて下さい」と防災無線で叫び続けて亡くなった危機管理課に勤める遠藤未希さんとその上司、三浦毅さんの話になって、ぐぐっと熱が籠るとともにその熱が私を含めた聴衆に一瞬にして伝わりました。24才の結婚式を間近に控えた若い女性がいざとなったときこそ、自分のために命を使うのではなく、人のため、皆のため、公のために、命を捧げる姿勢に心の底からの共感を覚えたのだと思います。


「……そしてそのことは福島原発で働く若者、高齢の作業員、血まみれになった手で遺体を捜索する自衛隊員、避難誘導を優先して殉職した消防団員など、多数の庶民の姿であった……」と。


 そして硫黄島で、祖国にいる日本人の命を一日でも二日でも生きながらえられるように、自分たちの命を捧げた、栗林中将以下21千の将兵への鎮魂と、慶良間諸島から沖縄戦でのひめゆり部隊や白梅学徒看護隊などの九つの少女部隊に青山先生は思いを馳せ、

「遠藤未希さんも、三浦毅さんも僕らと同じ敗戦後の教育を受けてきた。しかしそれをも貫いて、ふたりは白梅の少女たちや硫黄島の先輩たちに真っ直ぐ繋がっている。遠藤未希さんの気負いのない声は、南三陸町の町内に響き渡り、町民の手で記録され、ネットによって誰でも聴くことが出来る。未希さんや毅さんが英雄なのではない。英雄視するのではない。ぼくらを貫くものを信頼しませんか。遠藤未希さんの永遠の声は、それを呼びかけているのではないだろうか……」(この項 同氏著『ぼくらの祖国』より)と、

 二千年の世界に誇る歴史を持つ日本がただ一度の敗戦で、戦後70年経っても勝った国々の顔色を窺う状態を喝破して、横田めぐみさんをはじめ北朝鮮による拉致被害者に思いを馳せます。


 

 熱い熱い講演でしたがこれで終わってしまっては、ひょっとして単なるアジテーションと変わらなかったかも知れません。講演予定時間は1時間30分、ほぼここまでで1時間20分も経っていたでしょうか。司会者に20分の延長を要求しながらのこれからが今日の本題でした。


この素晴らしいDNAをもつ日本は甦るのか。アベノミクス第一の矢、異次元の金融緩和での円安誘導。第二の矢、財政出動として正解。根本の問題はこの人口減の成熟社会で、新しい需要をどう創り出すか。日本の新しい成長分野として、農業、自動車、新エネルギーの三つを挙げます。


農業、自動車はさておいて、新エネルギー。南海トラフでメタンハイドレートが発見されて20年、日本はここ10年、500億の資金をつぎ込んで試掘中だそうです。が、ここまでが今までの報道と公の機関の限界点だそうです。実は青山千春博士(日本で最初に女性として東京水産大学に入学し日本最初の大型船舶の船長免許保持者、海洋音響学の博士で魚群探知機による海底地質調査の専門家、青山繁晴氏の配偶者)1997年ナホトカ号の沈没、重油流出の際、重油流出の調査を依頼された帰途、海底から600メートルも立ち上がる物体を発見、その後曲折を経て2004年佐渡沖でメタンハイドレートを発見。南海トラフに代表される太平洋のメタンハイドレートは砂交じり、しかも深海。一方、佐渡沖に代表される日本海のは深度300500メートル、しかも結晶。 

         

ところが初めから勝負あり!とはいかないのが、我が国の政財学界の現状。問題は……




㈱独立総合研究所、社長青山繁晴氏、青山千春博士に興味を持ってジュンク堂書店で『王道の日本、覇道の中国、火道の米国』『ぼくらの祖国』『希望の現場メタンハイドレート』『海と女とメタンハイドレート』の4冊の本を買ってきました。メタンハイドレートの詳しいこと、青山千春博士の子育て、それぞれが面白く一気に読んでしまいました。


両方とも大事なのでみどり会タイムズ初の連載とします。乞うご期待。



『海と女……』の一節に「京都にいたころ、子供ヨット教室を見学にいきました。琵琶湖でした。」の一文がありました。私が琵琶湖ジュニアヨットクラブの責任者の頃です。ニアミスがあったのか、 一遍にファミリーな気分になりました。