行雲流水 ~所長の雑感~ -17ページ目

行雲流水 ~所長の雑感~

松田進税理士事務所 所長の松田が日々思うことを思うままに綴った雑記帳

集団的自衛権の行使容認がとうとう閣議で決定されました。72日の各紙は一面に記事を掲載し、社説には一斉にその賛否を繰り広げました。誤解を恐れず一刀両断すると、賛成は読売と産経、反対は朝日と京都、微妙なのが日経と毎日だったでしょうか。


私としては賛成も反対もありません。国家の存在価値とは極端に言えば、外国の脅威から国を守る、国内の暴力から国民を守る、そのため税金を徴収する、の三点です。これが出来なければ国家とは言えません。軍隊と警察と税務署が機能していない国の惨状は、毎日いやというほど報道されています。個別であろうと集団であろうと、自衛権は個人の正当防衛と同様に議論の余地の無いものです。


占領基本法と言ったほうが解かりやすい現行日本国憲法は、一日も早く自らの歴史と日本人としての価値観を土台に創り直すべきだと思います。しかし憲法第9条の美しい言葉「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。」は何とか残せないものかとは考えています。2020年のオリンピックを控え、世界へ日本の様々な情報発信をするベースに、世界で唯一のこの宣言を前面に押し出すのは素晴らしいこととは思いませんか。


しかしこれだけに頼って国の安全を保てるなどと考えるのは愚の骨頂、憲法前文の「………平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した。………」だけで70年の平和が保たれたのでは決してありません。言うまでもないことですが、これは東西冷戦という特殊な世界情勢と、経済的にも軍事的にも超大国であったアメリカとの同盟関係があったればこその結果です。しかし世界は常に変化し続けています。その変化に柔軟に対応し続けなければ、生き残っていけないのは、人も企業も国も変わりありません。


そういう意味でいうと、世界の変化に対し日本という国がどう対処し、どういう国になっていくのか。国会での論戦も報道もこういう新しい視点での取り組みは一切無かったように思います。反対論者は憲法第9条を金科玉条のごとく崇めたてまつり、そこから一歩も前へ踏み出そうとしない。個別的、集団的などという言葉遊びに終始して、自衛権の本質に踏み込めないままに終わってしまったように思います。



そんな中、610日「防衛大学校で、戦争と安全保障をどう学んだか」という本が出版されました。その《まえがき》で「本当の平和主義とにせの平和主義の違いは、自国の国の主権と独立を守ることにより、国際の平和と安全に責任を果たすか否かに存している。そういう責任感に裏打ちされない“平和主義”は、主観的意図が善良か邪悪かにかかわりなく、直接および間接侵略の危険を招き、自国の安全と世界の平和を破壊する」と、防衛大学校第三代校長にして、日本を代表する国際政治学者でもあった猪木正道のある年の卒業式の言葉を紹介しています。今から40年ほど前の言葉ですが、今でもというより、今だからこそ十分に通じる見方です。


そしてその《まえがき》には「………200945日、筆者である杉井と星野の二人は、第57期生として防衛大学校に入校しました。ちょうどその日、北朝鮮は日本列島上空を通過させる形で、弾道ミサイルを発射し、世界を騒然とさせます。当然、入校式らしい祝賀ムードはほとんどなく、味わったことのない緊張感がその場を支配していたことを記憶しています。それは、自分たちがその日以来、“国防の人”となったのだと自覚させる瞬間でもありました。


もしかしたらこの国の平和なんて、簡単に消え去るほど、もろいものなのかもしれない………私たちはその日、たしかにそう思わされたのです。………右でも左でも中道でもなく、積み上げられた理論と歴史によりながら、論理的に、科学的に思考し、ありのままの世界を見ようと努力しつづけること。それが防衛大学校で私たちが学んだ世界の見方です。………戦争と平和、日本と世界の安全保障問題を考えていくうえで、基本となる大切なことが、ひととおりわかるような内容にまとめたつもりです。読者の皆さんにとって、この本のなかで触れられた世界の見方が少しでも参考になれば幸いです。」で《まえがき》は終わっています。



読了して非常に参考になりました。知っていたつもりの歴史的事実も、論理的科学的に思考すると、違う側面が見えてきます。ここ2ヶ月ほど国会で議論していた人々、報道し論評していた人々は、せめてこの本の知識ぐらいは持っておられたのでしょうか。ニュースなどからしか判断出来ませんが、残念ながら私にはとてもそうは思えないのです。少なくとも安倍総理、岸田外務大臣、小野寺防衛大臣ぐらいは当然知っておられることを期待しましょう。










松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)


先週の朝礼から白隠禅師の坐禅和讃(ざぜんわさん)の読み合わせをしていますが、そこで「六趣」て何やろ?という疑問が事務所の職員から出たこともあり、今朝の朝礼は「六趣」の話しでした。


「『六趣』は『六道』ともいい、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道の6つの世界をさす。


普通やったら『人』から『天』にサーっと行けるとこを愚痴やら欲やらがあってぐるぐる同じとこを廻ってたりする。

「モノを掴みたい欲」や「苦しみから逃れたい欲」など色々な欲があるが、やっぱり欲はあかんのやろな。

大切なのは、あるがままに受け入れるということや。」とのことでした。




そして坐禅和讃については、


「これを一つずつやっていくのは大変やなぁ。言葉一つとっても本一冊書けるぐらいやしな。

ま、でもボチボチやっていったらいいか」




ということで、

朝礼では坐禅和讃の読み合わせをボチボチ行っていってます!



 61日、天龍寺大方丈、関牧翁前々管長の23回忌と平田精耕前管長の7回忌の法要が始まろうとしています。現管長佐々木容道老師と臨済宗天龍寺派の僧侶約100人、私を含め約100人ほどの関係者を前にして、千玄室大宗匠の献茶が始まりました。


 藪内の若宗匠の献茶式は毎年見ていますが、裏千家の大宗匠の袱紗捌きを見るのは初めてです。「一碗からピースフルネスを」という言葉を掲げて、茶道の心を伝えるために60有余年、世界中を飛び回って来られたお点前を、一同静かに真剣にみつめています。


 立礼式の茶道具の前に座り粛々とお茶をたて終わった後すっと立ち上がり、まず関牧翁師の霊前へ献じます。そのあとすすっと後じさり、正座のうえ二度の礼拝、畳に手もつかず軽々と立ち上がって元の席へ。つづいて平田精耕師のために同じ手順で厳粛に献茶。大正12年生まれ、91歳の年齢を一切感じさせない、流れるような景色の十数分でした。


次に佐々木管長を導師に100人の僧侶の読経が始まりました。さすがに大迫力、世界遺産曹源池を拝観のため大方丈の横を通る観光客が、びっくりして覗き込んでいます。多くの外国人が盛んにシャッターを切っていました。


無事法要を終え、境内にある精進料理「篩月」へ。200人もの客に幾皿もの料理をどう運ぶのだろうと要らぬ心配を余所に、修行中の雲水が日常の食事をとる作法どおり、料理の皿を大箱に乗せ客の前を歩いてゆきます。客は一皿ずつ自分でとって、卓袱台に置きます。見事な流れ作業でした。久しぶりの精進料理をおいしく戴きました。


ときを見計らって大宗匠にご挨拶に。実は、裏千家今日庵は我が家から歩いて5分もかからないところ、散歩中のお家元とは幾度となく目礼を交わしています。名を告げたあと、「実は私の家は妙覚寺町で(清蔵口町の別名………」と語りかけたところ、一瞬記憶がよみがえったのか破顔一笑、逆にお隣の佐々木老師に町内と私の紹介を始められました。



 縁が重なるのは不思議なもの、一週間も経たない67日、からすま京都ホテルで同経会(同志社大学経済学部同窓会)を開催しました。その講師に今年は大宗匠をお呼びしていたのです。


 演題は「わたしと同志社」


ここで講演と著書から千玄室大宗匠の経歴をおさらいしておきたいと思います。


大正12年裏千家に生まれ、

666日に父淡々斎の手で初稽古。

同志社幼稚園から京都師範学校附属小学校へ。

本人は附属中学から一高・東大、もしくは三高・京大のエリートコースを希望していたが、親の勧めで同志社中学へ。

同志社大学在学中(昭和18)大学生の徴兵猶予取消で海軍へ。

昭和203月特攻隊編成、特攻要員に。

昭和208月終戦、海軍中尉。大学復学、卒業。

昭和24年大徳寺で修業、得度。

昭和26年ハワイ大学へ2年間の勉学と茶道の紹介に。海外で最初の裏千家の支部がホノルルに。その後サンフランシスコやロサンゼルスに第二、第三の支部設立。

昭和39年に第15代家元、

平成14年家元譲座。

その間世界60数か国を300回以上歴訪し、茶道を通じての世界平和に向けた活動を展開。裏千家の海外拠点は34か国、107か所に及ぶ。

平成12年と平成22年には国連総会で、

平成19年と平成25年には米国上下両院議会で、

平成23年にはハワイ・アリゾナメモリアルで、

平成24年にはユネスコ本部において平和記念献茶式を厳修。




さてご講演は、


同志社幼稚園時代、毎朝「How was your morning?」と宣教師に話しかけられ、10時になると黒パン、ジャム、ミルクのおやつが出る、サンクスギビングデイには南瓜のパイがでる。中学では5年間チャペルでの指導者堀牧師から、毎朝30分祈祷、讃美歌から始まりバイブルの教え、訓話と、勉強が続く、といった当時の日本の子供には出来ない経験をしたこと。


大学時代(昭和17年~)は戦争の真っ最中、膳所にある学生航空連盟水上機班に志願し合格、その直後学生の徴兵猶予が廃止になり海軍へ、昭和20年には特攻隊へ、そして終戦。


 復学後(昭和21)、終戦後最初の同立戦(野球)では、急遽応援団を組織し団長として活躍。

卒業後、大徳寺で禅宗の厳しい修行を続け得度。それらの経験の全てが現在世界を飛び回ってのお付き合いに、大変役立っているとの こと。


「お茶の精神(こころ)とキリスト教の教えには共通点が多く見られる」とマタイの福音書から、「求めなさい、そうすれば与えられる」「尋ねなさい、そうすれば見つかるでしょう」「叩きなさい、そうすれば開かれるでしょう」と行動の大切さを説かれました。


 

そして最後に「求め続けて、死んでも修行」で結びとなりました。



松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)



今日の朝礼は、昨日行われたワールドカップの日本代表の試合の話しでした。



「何や知らんけど、日本のような農耕民族はサッカーには向いてへんにゃろか

一生懸命耕して、実が成るのを待っている感じで、何かつくづく昨日はそう思えたわ~。」



というのが、所長の目から見た昨日の試合の感想でした。



と言っても、これは批判しているわけではなく、率直な感想であって、日本代表を応援する気持ちは所長も同じです。



「1点取ったので、これは面白い!と期待して見てたんやけどなぁ。負けてガク~ってなったわ。


サッカー必死になってへんのにガク~ってなったけど、必死になってるやつやったらどれくらいガク~ってなったんやろなぁ」と言ってましたから。




僕自身もそれ程必死に応援しているわけではありませんが、「ガク~」となりました。


この「ガク~」が「ヤッター」に変わることを期待しながら4年に1度のお祭りを楽しみたいと思います。


松田進税理士事務所 職員の荒木です。ここでは、所長の松田が週明けの朝礼で私たち職員に話した内容に自分なりの意見を加味したものを書いていきたいと思います。(ですから、ここのカテゴリーだけは所長の雑感 荒木視点バージョンです。)



 

 一昨日の日曜日に天龍寺で平田精耕先代管長の7回忌及び関牧翁先々代管長の23回忌の法要があり、それに行って来たということで、昨日の朝礼はそのお話しから始まりました。



 法要では、全国から100人以上の僧侶が来ていたということで、100人もの僧侶が一斉に唱えるお経というのは、それはものすごい迫力だったようです。



 

 話は変わりますが、お寺にも規則があり、決議内容によっては塔頭の合議によるというようなことが規則で決められているところもあるそうです。

 しかし、トップの者の一任で決めず、合議・選挙によって決めるというのは戦後の民主主義の弊害であると所長は言います。私たちは、勝手に決めたらあかん。選挙をしなあかんと思い込んでいるところがあると。




 

 確かに所長が言うように、民主的であるということは必ずしも良いことではありません。衆愚政治に陥る可能性も高くなります。



 一方、TKC全国会では、全国会会則において「次期会長は会長の指名による」と定められています。つまり、TKC全国会では、次期会長は民主的な手続きを踏まず、トップの独断により決まることになります。これが良いか悪いかは分かりませんが、少なくとも45年間特に問題は起こっていないようですので、上手く機能していると言えるのではないでしょうか。



 

 またまた話はそれてしまいますが、民主主義について深く考えさせられる事が最近ありました。


 それは、2ヶ月程前に台湾で起きた300名以上もの学生たちによる立法院占拠からの撤退時のことです。

 

 立法院議長から学生たちに妥協案が提示され、その案をのんで撤退を決めようとしていた学生の幹部たちに1人の学生が言います。「撤退するかどうかを幹部だけで決めないでほしい」と。


 その言葉を聞いた学生幹部のリーダーは、その後占拠学生全員の意見を聞いて回った上で、最終的にはやはり撤退することを表明しました。そのことを受け、幹部だけで決めないでほしいと願い出た学生が壇上に上がり、幹部に言います。「撤退の方針は受入れがたいのですが、僕の意見を聞いてくれたことに感謝します。ありがとう」と。



 

 リーダーが学生全員の意見を聞いた上で決定したというのは、まさに民主的な手続きです。しかし、そこにあったのは少数派を排除するための単なる多数決ではなく、下された決定とは意見を異にする少数派の者からも「ありがとう」と言われるものでした。



 

 TKC全国会が次期会長を会長の指名で決めていることと、台湾の学生幹部が撤退を学生全員の意見を聞いた上で決めたことは、手続き自体は違うけれど、決定を下す者に対して皆が信頼を置いており、その決定には敬意を払っているという意味では同じかもしれません。組織のトップや幹部に必要なのは、やはり信頼を得る努力を絶やさないということなのでしょう。