今年の祇園祭、宵山が土曜日で巡行が日曜日、しかも翌日は海の日で三連休とあって空前の大賑わいだったようです。京都新聞にも「52万人の大河みちあふれ。」(宵山)「11年ぶり、24万人酔う。」(巡行)と見出しが踊っていました。どの新聞もテレビも言ってなかったようですが、鉾立から巡行の終了まで一粒の雨も降らなかったのは私には記憶に有りません。祭りの間に大雨が降って梅雨明け、うだるような夏が来るのが京都人の季節のけじめのように思っていたのですが。
さて巡行経路が四条、河原町、御池、新町と変わって観光ショーになってから何年になるのでしょうか。テレビの画面で東京から来たというご婦人の二人連れがインタビューをうけていました。辻回しを見るために朝の6時半から場所取りをしているとのこと。画面は長刀鉾の辻回しを見せながらアナウンサーはあらん限りの形容詞で、ハンドルのない重い鉾を90度回転させるのが如何に難しいかと絶叫しています。その時ふと、昔むかしを思い出してちと白けました。おいおい寺町松原や新町松原で民家の屋根と鉾の屋根の双方から竹ざおで必死に接触を避けながら、それでも民家の瓦を跳ばしながら廻っていたものですよ。突然、「今新町通は、どないして通ってんにゃろ。」と思いつき夕べの食べ残しの「鱧すし」をお昼にして、午後一時堀川御池で市バスを降りました。
東を見ると船鉾が新町で辻回しの最中。御池通りの歩道は、北側も南側も小旗を立てたガイドさんを先頭に観光客ご一行様がくたびれ果てた表情で、続々と二条城の観光バス駐車場へ向かっています。どうやら観光用のショーは最早終わったようです。急ぎ足に新町の三条へ向かうとちょうど船鉾が通りすぎてゆきます。ここには昔ながらの祭りが息づいていました(写真)。新町通りの北を見れば辻回しを終えた放下鉾が止まっています。どうやら西へ行き過ぎて狭い新町通りへの進入に手間取っているようです。民家の二階や小さなビルの二、三階の窓にも人は一杯、道路にいる人々も溢れてはいますが、河原町や御池のような場所取りの喧噪は有りません。
そのうちようやく放下鉾がやってきました。四条や河原町で見る鉾とは迫力が違います。狭い新町通り、25メートルの鉾頭を民家の屋根より高く揺らせながら正面から迫ってくるのを見るとビルの無かった往事が偲ばれます。戻り囃子も賑やかに道幅一杯に巨体をきしらせ瓦ならぬ電柱を避けるため、車方がてこで鮮やかに方向を変えながら進んできます。目の前を体が触れ合うぐらいに引き方が汗まみれになって引き綱をひいてゆきます。そのうち裃姿の京都インバンの専務松原常夫さんがやってきました。「ご苦労さん」「くたくたですわ」と握手を交わして放下鉾は通り過ぎてゆきました。
続いて「八幡山」地元だけに一斉に「お帰りなさい」の声が挙がります。担ぎ手もにっこりと応えます。最後に南観音山と北観音山。戻り囃子もご町内ではひときは調子をあげているようです。北観音山が町内の会所にピタリと横付けすると、祇園囃子がいちだんと華やかに歌い上げ最高潮に盛り上がったところで笛がヒョウーとなるとシンと静まり、一瞬ののち大きな拍手がわきおこりました。町内へ帰ると町衆の祇園祭はちゃんと続いていることがわかりました。毎年7月17日の午後、新町通りは千年の営みを続けています。