登場人物名は、アルファベット表記です。
(和名と英名の、覚えやすい方で読んでください)
Z(靴屋) 九頭雄 ザックスY(Zの妻) 八千代 ヤスミンA(ZとYの息子) 悪久太 アーク
C(村の守護霊) 千太郎 クリス老人・師匠(守護霊・Cの先生)
今回のお話は、Z目線の話です。
第49章と第50章の後日談ですが、
読み直さなくても、たぶん大丈夫だと思います。
一応、貼っておきますね↓
では、どうぞ。↓
見えない殻
1
ふと目が覚め、寝ていた体を起こすと、
そこはどこまでも真っ暗な空間だった。
目の前に白い服の見知らぬ老人が立っている。
「ここはどこですか。あなたはどなたですか」
「ここは死後の世界。ワシは案内人のような者じゃ。
おぬしは心臓まひで死んだんじゃよ、Z。
ずいぶんと暗い人生であったな」
死んだ?
うろたえながらも、周囲を見渡す。
真っ暗だ。虚無だ。何もない。地獄なのか?
そして、目の前にいるのは、神・・・なのか?
「なぜ、私はこんな地獄みたいな所にいるんですか?」
「死んだあと、魂は、”生前の心の明るさ”と
同じ場所に来るんじゃよ。映し出しじゃよ」
「では、私の心が真っ暗だったって言うんですか?
そんなわけ、ないですよ」
オレは立ち上がり、さらに反論した。
「私は、人に優しく丁寧に接し、
誰よりも真面目に生きてきたんですよ?
”生き仏”とさえ言われるほど頑張ったんです。
光り輝く天国に行って、しかるべき男です」
「ご近所ではそう言われたかもしれんが、
家族に対してもそうであったのかの?」
「家族・・・?」
ふいに妻のYと息子のAの顔が浮かんだ。
「・・・あ、ああ。家族は関係ないですよ。
家族には、仏のようにふるまう必要はないはずです。
『男は敷居を跨げば7人の敵がいる』
って言いますよね?敵を作らないようにと、
外では気を張って生きてきたんです。
ですから家の中では、自由に振る舞いたいものです。
そりゃあ、多少は叩いたこともありますけど、
粗忽な家族が私をイラつかせるからでして、
つまり、私のせいじゃないんです。ホントです」
妻を殺したことは黙っていた。言うのは得策じゃない。
「そんなに弁解するのは、天国に行きたいからか?」
「もちろんです。
どうか明るいところへお連れ願います」
老人がそっと目をつぶると、その体が強く発光した。
オレはまぶしくて目を細める。ああ、やっぱり神だ。
次の瞬間、その光は消えた。また真っ暗になる。
「え?あの・・・?」
「今のは、サンプルで光ってみた。
要するに、自身が光らないとどこへ行っても暗い。
明るい場所へ連れて行ったところで、今のおぬしは、
真っ黒なガチャポンのカプセルの中にいる」
「はい?ガチャポンって・・・」
「わかりやすく例えてみたんだが、伝わらんかったか?」
「なぜ、私はその黒いカプセルの中にいるんですか?」
「いい質問じゃ。おぬしは、強い思い込みで作られた、
分厚くて硬い殻の中におるんじゃ。
仮面という例えもあるが、わかりやすいほうでいい。
おぬしが自らそこに閉じこもっているから暗いんじゃ」
「どうやったら、そこから出られますか?」
「光をとり戻しなさい」
「どうしたら、光を取り戻せますか?」
「ありのままの自分を思い出せばいい。
元々の魂はみんな、光で出来ているんじゃ」
2
発光する力を持つ老人に、変な魂の話を持ち出され、
オレは苦笑いした。
「光をとり戻せとか、魂が光で出来てるとか。
なんだか、よくわからないですよ。
人間は普通、発光なんてしませんし。
あなたのように、私が光るわけ、ないじゃないですか。
この暗闇にいるのは、きっと何かの間違いです。
どうぞあなたがこの殻をぱかーんと割ってください。
神様なんでしょう?」
「神ではない。光を選んだ者のひとりじゃ。
まあ、ワシの話はどうだっていい。
自分で作った殻が不要なら、自分で壊しなさい。
ワシには壊せんのじゃ、ひとのものは」
「壊せなかったら・・・?」
「永遠にここにいることになるの。ではワシは帰る」
「永遠?!い、いやです。一人にしないでください」
老人は一度背を向けたのを元に戻し、言った。
「一度だけ、チャンスをやろう。殻の正体を知りなさい」
「お、お願いします」
老人は杖を高く振り上げた。
気がつくと、オレは、生前の村の中に立っていた。
だが、顔見知りに話しかけても返事をしてくれないし、
こっちの体をすり抜けていく。
幽霊になったんだな、とぼんやり考えた。
少し遠くに、自分と同じ幽霊が後ろ向きで立っている。
よく見たら、オレが殺した妻のYだった。
あいつが幽霊になってオレの前に現れ、
驚いたせいでこっちが心臓まひになったんだ。
くそ、あの女め。どうしてくれようか。
だが、どうだろう。生前はYは小ぎれいで儚げだったのに、
今の幽霊の後ろ姿は、まるでホラー映画の女のようだ。
ワンピースは水浸しで、水を滴らせているし、
髪を振り乱した状態で、両手がゆるく下がっている。
気持ち悪すぎる。
傍に寄りたくない。
あんなのを見せられたら、誰だって心臓が止まるはずだ。
オレは村の樹の影に隠れ、Yから見えないようにした。
Yは、誰かとしゃべっているようだった。
Y以外は生身の人間たちで、簡素な祭壇の前にいる。
数珠を持った霊媒師みたいな女が、Yの語る話に頷いて、
他の人間たちに何かを説明している。通訳している風だ。
その霊媒師と話をしているうちに、Yの姿がだんだんと
生きていたころの質素な風貌に変わっていった。
ワンピースも乾き、髪も自然と整い、さらさらになる。
どういう仕組みなんだろうか?
3
ふっと気を抜くと、時間が飛ぶ。
オレは樹の陰でずっと覗いた状態だったが、
知らぬ間に、村に、Yの墓が出来たようだった。
生者たちが骨壺を埋め、墓標を立て、花を飾り、祈る。
きれいになった幽霊のYは嬉しそうな顔をして、
その墓石のそばに横たわると、胸に手を組んだ状態で
寝入ってしまった。まるで石像のように。
村人たちが共同墓地から去った後、
おそるおそる寝ているYの所に近づいてみた。
ホラー映画のように急に起きるなよ、と思いながら。
Yのそばに行ってみたが、目を覚ます気配はなかった。
そっと顔を覗き込んだ。軽い笑みで寝ているY。
呑気だな。蹴とばしてやろうか。
いや、今は起こすのはやめておこう。面倒だ。
墓石を見ると、Yの名は彫られていなかった。
その横の墓には、Aの名がある。オレの息子。
あいつ、死んだのか?いつ?オレはAを殺し損ねたはずだ。
Aの墓の隣が、オレの名前だった。オレの墓だ。
ふん。Aを真ん中にして、家族そろって並んでやがる。
家族なんてものは、見た目がこんな風にきれいなら
それでいいんだ。
オレは、世間の前で清廉潔白に生きて、
この墓石のように美しく死んだ。完璧なはずだ。
なのに、死後に黒いカプセルから出られなくなるなんて、
納得が出来ない。
そもそもYやAを殴っていたのは、オレに逆らうからだ。
あいつらが悪いのに、なんでオレがこんな目に
合わなきゃならない?
近くを見渡したが、Aの幽霊は見当たらなかった。
どこかに隠れてるのか?
締め上げて、今の状況を聞き出したいのに。
4
共同墓地では、妻のY以外に、
墓石の横で、もう一人寝ている幽霊がいた。
その中年男性の幽霊に近づき、声をかけてみる。
「すみませんが。どうしてここで寝ているんですか?」
中年男性は、片方の目だけを薄目で開けた。
「・・・んー?・・・復活のラッパ、鳴った?」
「ラッパ?いいえ、何も鳴ってません」
「じゃあ起こさないでくれ。
鳴るまで寝てなきゃダメなんだから」
不服そうな声を出して、その幽霊はまた目をつぶった。
訳が分からず、呆然とするしかなかった。
そこへ作業着姿の若い幽霊が通りかかり、オレに言う。
「起きる気が無いんです。起こしても無駄ですよ」
「実は、生きている時も、死んだ後も、一緒です。
強すぎる思い込みを持たないことです。
持ってることに気づいたら、見つめて、そっと手放す。
もしくは『そういう考え方もあるのか』って、
他のを受け止められるスキマを作っておくことです」
「はあ?・・・呪文、とかじゃないのか?」
「そんなのはないです。
要するに、頑固さを取るだけです。
・・・あなたも頑固な人だったんですか?
どんな生き方をしてきたんですか?」
5
「どんな、って・・・
良い人間になろうと努力してきただけだ。
それなのに、心が真っ暗だなんて言われて、
納得できるか」
「・・・”良い人間になろう”とした?
では、その動機が暗かったんじゃないですか?」
「動機?」
「”なぜ”良い人間になろうとしたのか、ってことです」
オレには理解できなかった。
どうして、”なぜ”を問う?
「良い人間を目指すのは、人として当たり前だろうが!」
「ふふふっ。
暴力でのコミュニケーションは不毛ですよ。
それに、さっきから親切に教えてるじゃないですか。
あなたの思い込みも、その殻を破る方法も」
「どこが思い込みだ?!
きれいごとをぬかしやがって!!」
「”良い人間になろうとした”。
それが”きれいごと”だったんでしょ、あなたにとって」
「何?!」
「・・・残念ですが、時間切れのようですね。
ゆっくりとカプセルで考えてください。さようなら」
「おい、待て、待て!・・・まだ話は・・・」
オレの体は小さなブラックホールに吸い込まれていった。
最後に遠くで小さく声がした。
「師匠、難しかったです。あの人、殻が硬すぎて」
「C、おぬしもよくやったよ。
人の殻は割れんが、気づきの種は植えられる。
それで十分じゃ。ふぉふぉ・・・」

