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先日、3月12日で整理収納アドバイザーになって
丸9年になりました。フリーランスとしても9年。
今日は、私が整理収納アドバイザーになったきっかけと、ここまで続けてきた9年を少し振り返ってみようと思います。
フリーランスになって丸9年
フリーランスが10年続いていく生存率は、
約1割しか残らないそう。そう考えると、
よくぞここまで生き残ってきたな…と
思ってしまう。
「好きを仕事に。」なんてもう幾度となく聞いたし、目にもよく入ってきてた時期があったが、
私の仕事は「好き」から始まったわけじゃ
全くないことをここに書き残しておこうと思う。

パニック障害から始まった、私の暮らしの立て直し
35歳の時に突如、パニック障害になって、
それまで普通にできていた「生活」というものが、いきなり何の前触れもなく急にできなくなった。
家の中も、気持ちも、少しずつ少しずつ
黒い何かに覆われていくみたいに
侵食されていくみたいに
だんだんと色がなくなっていって、
枯れていくっていう言葉が
一番合っているかもしれない。
いやいや、
ぐちゃぐちゃになったとしても
また片付ければいいじゃん。
それが出来なかったら、
誰かに頼めばいいじゃん。って
思うかもしれないけど、
それができるのは元気な証拠の一つ。
やりたくても頑張りたくても動きたいって
どんなに力強く思ったとしても
できない自分が悲しくなるだけで、
誰かにお願いをしようとしたくても、
そもそもお願いする気力なんてものがない。
そんな自分と毎日を呪っていた。
これ、いつ終わるんだろう。
このままじゃ、本当にもう私も家族もダメになるかもしれない。私が望んだ生活って家庭っていうのは、一体なんだったっけ‥。
わからなくなるほどに体も気持ちも
自分じゃないみたいな毎日を生きていた。
生きていた?…のか?
いや、死んでたのも同然か。
家事ひとつ、子どもを抱っこすることも
何もできない私がこの家にいる意味なんてないと
本気で思っていたのだから。
何度も命を終わらせようとしたのだから。
でもそんなふうにとことん
自分を追い詰めまくって、
責めまくる毎日は、今は、
はっきりくっきりわかるけれど、
表面的には一切、なにも変わらない。
内側で起こっていることは、
誰の目には映らない。
もし、見えていたのならば、
自分を傷つける言葉で自分を攻撃しまくってるから、あちこちボッコボコだし、アザだらけだし、
流血しまくってて毎回救急車レベルだったと思う。
見えないから、私がことばで伝えない限り、
誰にもわからない。
伝えることをしないまま、その日暮らしで、
今日、自分ができることはなんなのかもわからない。でも、もういい加減、なんとかしたい。
こんな私はイヤなんだ。それだけは確実で、わかっていて。
でも、私がここから抜け出すための、
一歩がわからなかった。
スマホの中で見つけ、出会った一冊の本が
今のわたしになる大きな一歩目をくれた。
その本を見たあとに家族みんなで
冷蔵庫をペンキで塗った。

とにかく目に入ってくる
部屋の景色を変えたかった。
台所、そして次は壁紙を貼り、
真っ白だった壁はどんどんと色を咲かせていった。
視界が変わってくると今度はモノが気になって
少しずつモノを片付け始めたけど、
思うようにできなくて、私はたまたま見つけたユーキャンで整理収納アドバイザーっていうものを知り、勉強してみたいと、当時、体力も貯金もない私は、主人にプレゼンをして、お金を出してもらって、とても静かに、おうちで学ぶという一歩を踏み出しました。
まさかそれが仕事にしようとなんて、
1ミリも思っていなかった。
なるとも思っていないし。
でも、おうちでたった一人ではじめた学びから、
たくさんの人に出会うきっかけになったのですから。わからないですよね。明日のことも、未来も。
この時の自分がムリだと決めつけていたら、
今の私は確実にいなかったことは断言できる。
とにかくこの時の私は、
私と家族が生きるために。
ただ、本当にそれだけだった。
整理すること、書くこと。どちらもリハビリだった
同時に、通っていた精神科の先生に言われたことは、手帳には「感情と行動を書きなさい」だった。
「感情が動いて行動に繋がる。
その時にあなたの感情は「何を」思ったのか
そしてそこからどんな行動を選択したのか。
が、そこがとってもだいじなのよ?
やったことだけ書いたって意味ないのよ?
いい?思ったまま書くの。
ごはんを食べているなら、
「今ごはんを食べている。」
これは行動。
その時何を感じた?それが感情。
あなたが何を感じ、どう行動したのか。
これは自分の中にある軸を知るためなのよ」と。
よく聞く自分軸。
これは、普段の生活の中で何度もやっている
「選択」が、要は自分のあらゆる価値観を定め、
それが次第に自分の軸になっていくということなのだと思う。
私はこの自分軸を「持ってはいけない」と無意識に思っていた。なにをするにも「わたしなんて」「どうせわたしは」「わたしが言っても…」と
私が私を否定する言葉ばかり掛けてきた自覚がある。
それは、他人に否定された経験から作られたことが病院に通うことでわかっていった。
今となってはそれは否定ではなく、
一つの意見だったのだが、幼かった私は、自分自身が否定されたのだと思い込み、長い時間そうやって生きてきてしまったことで、生きづらさを背負ってしまったこともわかった。
あぁ、結局は自分の勝手な思い込みの強さだったのか…と知った。私は、なにたいしてどんな感情の濃度や奥行きがあるのかを知るために、
そして自分がたくさん考えて、自分が納得する選択をしていくために、手帳を書いていくリハビリの始まりだった。
整理すること。
書くこと。
どちらもリハビリであり
「わたしがわたしの軸で生きるため」に
始めたことだった。
「一つに絞れ」と言われ続けてきた9年
そこから整理収納アドバイザーになって、
フリーランスになって。気がついたら、
9年経っていた。
9年。なんやかんや長いよなぁ…。
ここまで読んでくださったあなた。
…全然キラキラギラギラしてないでしょ笑
フリーランスって華やかそうじゃない?
整理収納アドバイザーってなんだか
キラキラしてそうじゃない?
あくまでも私は、ワクワクで希望いっぱいで始まったんじゃなくて絶望と地獄いっぱいから始まったのでした。
丸9年。何がどうなるかなんて、わからないものですよ。絶望から始まったとて、よ?
だからね、決めつけちゃダメですよ。
「きっとこうなるだろうな」って。
あ、「前向きなこと」ならどんどん
決めつけてください。後ろ向きなことは
決めつけない。
どちらにせよ
自分で引き寄せてしまいますから。
正直に言うと、今でもよくわからないことがある。
私は結局、何の人なのか?と。
整理収納の人?
手帳の人?
スクールの人?
書く人?
聞かれると、いつも思う。
ひとつじゃないんだよなぁ
「全部の人なんだよなぁ」って。
本が好き。ペンが好き。紙が好き。文房具が好き。部屋もインテリアも色も雑貨も音楽も好きだし
エンタメも好き。
子どもが面白いことしてるとつい見ちゃうし、
観察しちゃうし、話を聞くことで人やモノの
歴史を感じていくことも好きだし、
ハナシモノゴトを言語化して整理していくことが
楽しいし、何かに一生懸命な人を見ると、
それだけで胸が熱くなる。
そう、好きなものが多すぎるのだ。
本当は、この全部を仕事にしたいくらい。
これをまるっとひと言で言える肩書きを考えたこともあるし、ま、ムリだったんだけど。
でも世の中は言う。
「一つに絞れ」と。
その方がわかりやすいからだと。
幾度となく言われてきた。
わかりにくいとも。
「芸能人はそれでもいいのよ。」と。
「だけどわたしら一般人はさ、
この人といえば〇〇だよね~がないとダメなのよ。覚えてもらえないし、仕事だって来ないよ?」と。
言わんとすることは十分わかる。
〇〇の人だって分かりやすいもんね。
でも私自身、どうしても一つに決められないんだよなぁ。どれだって一番なんだもの。
どれだって全部たいせつなんだもの。
現在、私のことをなにで覚えてもらってるのかも
聞いたことがないんでわからないし、
仕事はありがたいことにお客さまが
途切れることがなく続けているので、
ダメってことはないんだろうなとは思う。
でも〇〇といえばかなころさんだよねと、
思われたほうがわかりやすさは確実にあるとは思うが、これっていうのがないといけないのだろうか?というが丸9年、ずっとわたしの中で
疑問として残っている。
こないだ、
スクール生と元スクール生とで春ランチをした。
会うと、パワーをもらえる人がいる。
その時き会った人もそうだった。
会うと「よし、またやるぞ!」って思える人。
内側からチカラが湧いてくる、そんな感じ。
ランチをしながら改めて思ったことがある。
今まで出会った人の中には、
TECHOJIKANを受けてくれて、そこからスクールに来てくれた人もいたり、
他の講座を受けて、その後モノの片付けをしたい…など、一度で終わらず、次へ次へと
ステップに進んでいく人が多いのだ。
だいたいは1回きりだとよく話を聞く。だからこそ、こうして長く関われることが、本当に嬉しいし、感謝しかないのだ。
会って話していると、改めて思うことがある。
重要なのは、どんな情報を知っているかよりも、
その時その人が何を思っていたのかということだ。
同じ出来事でも、そこに同じ場所にいたとしても、そこに自分は何のどこを感じ、どんな想いがあったのかで、その人の受け取り方も、これからの人生に関わる意味も全然違ってくる。
だから私は、モノの整理も、手帳を書くことも、「何が起きたか」よりも「その時、何を思っていたのか」を大事にしたいと思っている。

会った人たちはみんな忙しく、母で、妻で、
仕事もしながらそれでも「わたしにはやりたいことがある」と言っていた。
今はなかなか思うように進まないこともある。
だけども、私の人生、私の歩幅でやっていけばいいってわかっているから、と。笑顔でそういうのだ。
気持ちは誰にも見えることがない。
でも、真っ先に自分が自分の気持ちに気づく。
周りにウソはつけても、気づいてしまった自分自身の想いにはウソをつくことができない。
「やりたい」とミリでも気付いたことにフタをせず、無かったことにすることもせず、どうやったらやっていけるだろうか?と前へと向いているその強い想いとことばが見えて、わたし自身がとっても感化されたし、何よりもめちゃくちゃ嬉しかった。
あぁ、9年続けてこられてよかったなと
心底思う瞬間だった。
私は自分の人生を自分の手で何度も諦めようとした。そんな私が今、諦めなくていいんだと、
あなたのままで生きていいんだと、
さまざまな形でお手伝いをしている。
そして今思う。私は次の段階に来ているなと。
心の中で真っ先にそれに気づいてしまっているから。
誰にも言わないまま、やり過ごそうかなと思ったけれど、どうもそうはいかなそう。
このままでいいのだろうか??と立ち止まるのは、自分自身が納得いくまでの選択を考えたいから立ち止まるのだと思う。
また一つ、自分の軸がこうして
作られようとしている、今その最中なのだ。
フリーランス丸9年。
ここから先の丸10年目とさらなる
10年をどう生きていきたいのか、何をやるのか。
そして、何をやらないと決めるのか。
己の人生だろ?己が決めていいんだよ。
思考を止めるな。考え続けるんだ。
そして、考えたことをことばにしていくんだ。
ことばにして改めて、今の自分の存在と軸を、
確かめ、伝える事ができるのだから。
まあきっと、たぶんまたいろいろやりたいと
思っちゃうだろうし、
結局ずっと一つに決められないまま
かもしれません。
そういう性分ってところもあるだろうから。
でも、それでもいいのかな。
私は私だものね![]()
9年続けてきて思うのは、
人生は本当に何がきっかけになるかなんて
わからないということ。
もしあの時「どうせ無理」と
決めつけていたら、今の私はいません。
これからの10年も、考えながら
言葉にしながら、歩いていこうと思います。

それでは、今日はここまで。
笑顔で始まり笑顔で終わる
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