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karapman通信

ラグビーの事。
仕事である有料老人ホーム紹介に関する出来事。
家族の事。
その他、日々の出来事を記録に留めておきたいと思います。

昨日は、息子が自動車免許の学科試験の為に、鴻巣(埼玉)の試験場に行ってきました。私は先週の休日出勤振替で休みを取ってたので、試験場に送る事に。
12時頃にLINEで連絡があり、合格したとの事。
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学科試験の合格率は52%だったとの事で、私が受けた25年位前はもっと合格率が高かったと思いましたが…
埼玉県の学科試験は他県に比べて難しいと息子は聞いていたそうです。
因みに息子は98点。満点を狙ってたそうですが…
それでも教習所の時からストレートだったので、それはそれで良かったです。

早速帰りの迎えに行き、帰りは息子の運転で、20Kmの帰路を息子が運転。
初心者🔰なので仕方ないが、交差点に入る時とカーブを走行する時がぎこちなく、こっちは片手に手すりを持ちながらのアドバイス。
途中で会社の部下から電話が入ったものの、息子の運転が気になって耳に入らず。
途中、靴屋さんによって無事に帰宅。

これからは慣れが必要だが、交差点を曲がる時の曲がりすぎたり、膨らんだりする事を気をつけ、一旦停止のところをもう少し慎重にやればOKかな?
あと、車庫入れもだ。

それから、息子の体調の方は、少し下痢ぎみとの事。
息子は人並み以上にストレスが腹にくるタイプで、仮免試験の時も数日前から下痢続きとなった事もあり、今回もストレスからだろうと思っています。
前回の仮免試験後は快便に戻った事もあるので、ほぼ間違いないかと。
松本先生からも言われてる「ストレスが身体に良くない」という事を理解していても、息子の不安症はなかなか治りません。
漢方治療開始後は順調に進んでるものの、自分自身で病気を治すという迄には時間が掛かりそうです。



6月からスポーツジムに通い始めました。
スポーツジムに通うのは実に22年振り。
20代に通っていた頃は、ラグビーをバリバリやってた頃で、もっと強い身体を作りたい一心でのジム通いでした。
有酸素運動を行った後に無酸素運動を行い、徐々に負荷を上げていってました。
前に使ってた人の重りを更に重くしてマシンを使い、なんとなく優越感に浸ったりしていました。
マシンを使ったら最後はプール。
2時間近く、じっくりと身体作り。
当時は週に2~3回は通ってました。

今回の目的は、慢性化した腰痛対策の為、腰回りの筋力をアップさせ、身体を絞る事で腰痛を抑える事が目的です。
昔みたいに週に2~3回は厳しいので、週に1回のトレーニングを継続する事に…なってたはずなんだけど、仕事が忙しいと自分自身に言い訳して、10日に1度位の頻度に…

ジムで鍛えた成果が試合で得られる目的でのジム通いと、腰痛とダイエット目的のジム通いでは、モチベーションが違うのかな?と。
とにかく来月は健診だから、それまでに身体は絞らねば…

昨日の朝、通勤途中にカミさんからLINEが届き…

松本先生に診断されたクローン病、及び痔瘻の傷を、松本医院での漢方治療開始して1ヶ月。
息子は驚異的な回復が見られてます。
そして昨日の朝、通勤途中にカミさんからLINEが届き…
以下、カミさんとLINEでのやり取り。

(妻)
「○○○(息子)が、穴が塞がって、今までで一番サイコーらしい。」
(私)
「回復が早いな。早く松本医院に行けば良かったなあ、あと1~2ヶ月で治療も終わるかも…年内にもう一度松本医院へ行く事になるかもな」
(妻)
「ワオ~‼️本当にいい状態らしい。トイレで大声出してたから、本人も驚いたんじゃないかな~、ただ、穴が痒いらしい。」

(私)
「 穴が痒いのは、松本先生に言わせるとアトピーに変わったという事で、完治に向かってる信号。1ヶ月ちょっとで、ここ迄回復するとは予想してなかった。恐るべし漢方。」
「ところで、昨日の買った米代もらってない…(笑)」

その後、本人にLINEで確認したら、
(私)
「完治は近いな」
(息子)
「いつぐらい?」
「分からんけど、傷口は塞がったんなら、年内には終わるんじゃないの?」
息子
「完全にはふさがっていないけど、着実に治ってきてる。」
「かなり塞がってるんでしょ?
お母さんからは、塞がったって聞いたけど。」
息子
「かなり塞がってきてる!」
「塞がった時点で、松本先生に伝えて、年内にもう一度受診かと思う。膿の量は?」
息子
「りょうかい!
膿の量はやっぱ傷口が前回より塞がってるから少なくなってる!」

朝っぽらから、こんなやり取りでした。
息子は、漢方をし始めて間もなく、薬を飲んだ記録を取り、薬の服用チェック、便の回数と状態などを毎日チェックしています。
ここ2週間は下痢も殆ど無くなり、非常に良い状態の便が出ている様で、腹痛もすっかり、なりを潜めた様です。
また、ちょくちょくあった立ち眩みも今は無くなったみたいで、貧血も改善された様です。

漢方での治療を始めて1ヶ月ちょっとですが、こんなに早いテンポで回復してる事が信じられないです。
なんせ、1年半も痔瘻の傷が治らないままでしたので…
息子の場合は、 痔瘻手術後の1年半、強力ポステリザン軟膏以外。薬は一切服用してなかった事が良かったのかな?とも思います。
今年8月の内視鏡再検査で、クローン病の疑いと改めて診断され、確定はされなかったものの、クローン病の疑いが高いので、痔瘻の傷を治すのに、クローン病としての治療として、ペンタサを勧められましたが、それを拒否して松本医院に行った事が、結果として良かったです。
とは言っても、まだ完全に治った訳ではないので、今暫くは漢方治療を継続していきたいと思います。




一昨年12月、息子がクローン病の疑いを持たれたものの、翌年3月にクローン病ではなかったという事で、切開開放術にて痔瘻の手術をして1年半経過。
が、痔瘻の傷が一向に塞がらず、今年8月にTクリニックの先生からの指示もあり、大腸内視鏡検査を行いました。
1年半経っても治らない事で、「やはり最初からクローン病だったかも知れません」と言われての再検査でした。
検査の1週間前に行った血液検査でCRP0.64の結果と、腸内が赤く腫れてる状態を確認し、恐らくクローン病でしょうと言われつつも、最終的に1週間後に細胞検査の結果も出るので、それをもって今後の事を考えましょうと…
そして翌週。
細胞検査の結果、クローン病と言われるものは無かったけれど、血液検査、腸内の炎症、痔瘻の傷が治らない事から、恐らくクローン病でしょうとの見立てでした。
クローン病とは特定されなかったのですが、「何れにしても、このまま指を咥えていても、痔瘻の傷が治らないので、一旦クローン病としてペンタサを処方し、数ヶ月様子を見て、傷が治れば良し、治らなければクローン病と確定ですとの話でした。

昨年の12月に近くの総合病院の先生にクローン病の疑いと言われてから、その日までに2年近くの期間がありました。
昨年の痔瘻手術の時には、クローン病を完治させられる方法をインターネットで調べまくり、松本医院の存在は知ってました。
実は手術前に松本医院に電話して、クローン病と確定診断をされたら、受診に行こうと思い電話を入れてました。
その時始めて、松本先生と話をしました。
先生に状況を伝えると、手術なんかせずにうちに来なさい!と言われたのですが、手術2日前だった事と、お尻と口から内視鏡を入れて検査した結果、クローン病を否定されたので、その日に手術を行いました。

息子の痔瘻は複雑痔瘻で、範囲も広かったらしく「普通の人の5倍の広さ」を手術した事から、普通の人よりも治るのに時間がかかると言われてました。
私もそのつもりでいましたが、半年を過ぎても、1年経とうとしても一向に治る気配もなく…
8月、私も診察室に入り、先生との話し合いの上での結果が、以上の様な事でした。

先生から勧められたペンタサの事や、クローン病の標準治療の弊害を、これまでの期間に色々な伝を使って調べてましたので、この時点で、ここの病院での治療はやめることにしました。
松本医院での治療による完治に確信を持っていたからです。
術後の1年半、クローン病ではないか?
松本医院へ行ってみようか?
と思わなくもなかったのですが、クローン病ではなかったという診断をもらったのに、クローン病かも…と疑う事にも抵抗がありましたので、そのうちに治ると息子と私にも言い聞かせながら、不安を抱きながら過ごしてました。

そんなこんなで、手術をしたクリニックを離れる決意をし、その決断から10日ほど経った9月4日、仕事を終え自宅に戻ってから、埼玉は大宮からの夜行バスで、松本医院へ向かいました。

到着が早かったので、朝から営業している銭湯へ行って、軽く汗を洗い流して高槻へ向かいました。
松本医院の情報は既に入手していましたが、情報に違わず思った通りの病院でした。
漢方の匂い、私は好きなので、ホッとする待合室でした。
そして、噂の(^_^)松本先生との初対面。
事前情報を入手してたのですが、私が思ってた程の強烈なイメージは感じなかったです。
逆に、口は悪いかもしれないけど、とても温かい先生だと思いました。
色々と問答を想定して構えてたのですが、自分で言おうと思った事はあまり言えなかったですね。

先生からの質問で、「何でうちに来ようと思ったんや?」と聞かれました。
一瞬答えに詰まったのですが、「ホームページや、ここで病気を治した方の話を聞いたりして、先生の治療法が理に適ってると思ったからです」と言うと、そうやろ!とニヤッとした顔がとても印象に残りました。
そして、息子の症状と、これまでの経緯を伝えると、「そりゃクローン病や。若くして痔瘻になるのはクローン病やろ」と言われました。
私は、「クローン病やなんて、そんな恐ろしい病名を簡単に言うのはおかしい!」なんて言ってくれるのかと思ってたので、ちょっと期待外れの返事でした。

先生とは初対面だったのですが、先生から「あんたと話すのは初めてやないなぁ」と言われたので、「実は昨年の3月に先生に相談の電話を入れたんです」と言ったら、「何でその時に来なかったんや?あんたは慎重すぎる程慎重なんやなぁ」って言われました。
しかし、上手くは話せなかったけど、松本医院のホームページの手記や松本先生の理論を何度も読んでて良かったなと思いました。
松本医院に辿り着くまでに1年半もありましたので、その点は良かったかと…

それで今の息子の状態はと言うと、漢方での治療を始めて1ヶ月ですが、受診前よりも随分良くなってます。
受診前までの本人の訴えは、
①下痢が多い
②腹痛が比較的多い
③痔瘻の傷が治らず、大学で90分の講義を受けるとお尻が痛くなってきて辛い。
④貧血気味で、立つくらみが時々ある。
これが1ヶ月経った今は
①下痢が止まり、良い便が出てる。
②腹痛が減った。あって週に1回程度。
③傷が治ってきており、大学の講義も辛くなくなった。傷の修復も少しずつ進んでる。併せて、傷の周囲が凄く痒くなってきた。特に入浴後。
④貧血が治った。

朝食が食べれない息子なので、漢方薬は昼と夜の2回なのですが、苦さにも慣れ、今は「飲まないと落ち着かない」とまで言うようになりました。
お灸も基本3ヶ所を1度、週に1~2回は3ヶ所を3度、漢方風呂は週に1度行ってます。(指示された回数より少ないのですが)

大阪まで行くのは、時間も費用の事もあり、そうそう毎月という訳にもいかないので、3ヶ月に1度は受診しようと考えてます。
まだまだ、漢方での治療は始めたばかりなので、このまま全て順調に進むとはおもいませんが、着実に良くなってる実感はあります。
一歩一歩着実に、二歩後退しても三歩前進
出来ればと、焦らずに対応したいと思います。

追伸
息子は術前も術後も食事制限を一切しておりません。
松本医院に行った日も、昼は難波でお好み焼きと、焼きそば、たこ焼き。(私と2人で)
夜は、梅田の大阪王将で餃子と炒飯を食べてました(^.^)
とてもクローン病患者には見えませんが…

今日、阿部内閣のもと、集団的自衛権の行使について閣議決定された。
敗戦後70年間、守り続けてきた「不戦による平和主義」の理念に終止符が打たれる最終章の始まりが…

日中との緊張は、石原慎太郎元東京都知事が尖閣を買うという流れから始まり、野田政権がその後の対応を誤り、緊張を高めた事に起因していると感じる。
それまでの自民党の歴代首相は、相手国を必要以上に刺激せずに尖閣を実質的に保有しており、緊張を高める事は無かった。

石原慎太郎氏や阿部総理は、日本の軍事力を高め、中韓との軍事バランスを保つ事で領土保全を図ろうとしているのだろう。

戦後70年、国民の殆どは戦時中の記憶もなく、生まれてもいない世代が多いのである。
自民党を中心とする一部為政者は、敗戦により学んだ事を否定し、緊張が高まっている今こそが、敗戦で終わった戦争をリセットし、戦勝国としての歴史を上書きしたいのではないだろうか?と感じる。
強い日本を復活させ、日本を経済力で抜き、軍事力でも脅威となる中国を牽制し、
竹島を占有している韓国も牽制したいのだろう。

昔、連合艦隊という映画があった。谷村新司がテーマ曲として「群青」を歌った映画である。
当時の政治家が進むべき道を誤り、その代償として、数多くの若い命が失われた。
国を守る、国内にいる家族を守る為にという目的で、自らの命を投げ出した犠牲のもとに、戦後70年間の平和日本が築かれた事は紛れもない事実。
そういう意味において、多くの若者が国を思い戦死した事、国の為に血を流す事を道徳として賛美しようとしているのではないか?と思うほど、性急かつ強引に軍事力の強化に 走ってると思える。
確かに潔く純真な気持ちで死んでいった若者は、スクリーンの中ではカッコ良くもある。
しかし、現実の世界では、その死によってたくさんの家族が悲しみながらも、気丈に子供の死を受け入れなければならなかった事は、子供を持つ親の身にたつ私としては、間違ってもあってはならない事だと感じる。

現実は映画ではなく、戦争により本物の血が流れることを、為政者は肝に命じて欲しい。
軍事力を高める事を全面否定するつもりはないが、平和実現の為に外交努力をして、我が国が決して武力による解決を是としないことを国際社会に発信し続ける事が、70年間戦争を起こさなかった日本の使命だと思います。

今年の3月で埼玉県ラグビー協会広報委員長の任期2年を満了しました。
今期は一広報委員として活動するつもりが、恐れていた再任という事に…
広報委員長は、社会人・大学・高校・中学・スクールの各部会から選任された広報委員から選ぶのですが、新任広報委員長を決める時の詰めが甘かった。
ですが、埼玉県ラグビー協会ホームページのリニューアルも控えてるし、今期は仕方ないかなとも思ってます。
再来年3月まで頑張って、熊谷にラグビーW杯の会場に選ばれる様に広報として貢献したいと思います。
アルゴラグビースクールの中学3年生のH君が、引退試合から約2か月ぶりに練習に参加してくれました。



引退試合後は、受験勉強のため学業に専念してましたが、はれて花咲徳栄に合格となりました。
恐らくラグビーも続けてくれると思います。
今日は久し振りに体を動かしたにも関わらず、やはり若さ。
スピードもフィットネスも落ちてなく、2年生のそれに負けてませんでした。
というより、確実に成長していますね。
息子が同校ラグビー部を引退しましたが、引き続き花咲徳栄高校の動向に目を離せないです。

他に、わがスクールの卒業生で、中学ではラグビーはやらなかったものの、スクールの校長でもあるSコーチの息子さんのS・T君。
昨年、不動岡高校に入学しており、立正大学でプレーするS・H君と、少しずつですが、引き続きラグビーを続けてくれる生徒も出てきており、卒業生が活躍するのを見に行く楽しみも増えてきました。
また、今年3年生になる生徒もラグビー熱心で、恐らく高校でもラグビーを続けてくれそうな予感です。

これからも生徒達の成長も楽しみに、ラグビーに関わっていけたらと思います。
今年、娘は成人式を迎えました。
この世に生を受けて20年、私も歳を取るわけです。
娘は短大生で、幼稚園の先生を目指してました。
昨秋には幼稚園の内定ももらい、マイカー通勤となるので自動車学校へ通ってます。
高校卒業後に免許取得も勧めたのですが、何せ誕生日が3月。
夏休み前迄に誕生日を迎えられていたなら、夏休みを使ったりできるのですが、社会人になるまで、早生まれは本当に損ですよね。
大学1年の時は、早生まれは特定控除は受けられず…
1年遅れで控除されると役人は言いますが、就職して給料を貰うようになると、扶養控除自体の対象から外れますし…
まあ、ここで愚痴を言っても仕方ないのですが…

娘が産まれたのは深夜。
近くにあった(移転のため今はありません)総合病院で出産。
予定日より10日過ぎていた為、産まれた時の体重は4100kgの巨大児でした。
あの時の感動は忘れることないですね。

娘は一度だけ肺炎で入院となりましたが、入院中に大事件が起きてしまいました。
あの、地下鉄サリン事件です。
当事私は渋谷に勤務しており、まさしくその時間帯に会社へ向かってる最中でした。
サリン事件が起きた路線は、自宅から渋谷に行けるルートでしたが、私の通勤路線はJRでしたので被害に遭うことはありませんでしたが、しきりに車内放送なアナウンスをしていた記憶があります。

七五三の時は、写真館で撮影をする筈だったのが、大泣きして撮影が出来なかった事も…
成人式の写真も、結局は撮らなかったみたいで、娘の晴れ着姿は自分で撮った写真のみです。

一方、息子はというと…
明日、2月1日から大学受験(一般入試)です。
1日から4日まで連続試験、2日おいて7日にもう一校試験で、あとは結果発表を待つのみ。
無事受かると良いんですが…
本人は最後のあがきをしてます。
受験が終わったら、合宿どの免許取得も考えていましたが、志望校殆どの入学式が合宿の最中になるので、合宿免許は断念です。
本当に早生まれって…
息子の再建術は10月7日に終わり、S先生からも「かなり順調です」と言われました。
このまま驚異的な回復力で…と思いましたが、そうは簡単にはいきませんでした。

術後3日目辺りから、手術した右膝に痛みだし、に腫れが出ており、リハビリもペースダウン。
膝をクールパットで冷やし、まずは腫れを引かせることに…
数日で腫れは引き、リハビリもペースを戻しましたが、週2回来院するS先生の回診を受けるため、10日間の入院を3日延長しての退院となりました。
退院時には不用と思われた松葉杖は、念のために拝借することに。
退院後暫くは気を付けて歩かないと、転んだりした場合に再建した靭帯が切れてしまうという事で、退院後3日ほどは利用していました。





そして、現在はというと…
かなり回復が早く、S先生もリハビリの先生も驚くほどに回復しています。
リハビリは週一回、かなり負荷を掛けてのリハビリに励んでる様です。
部活も引退した事もあり、落ちた筋力を取り戻しているのでしょう。
リハビリの翌日は筋肉痛になるようです。
ただ、あまりに順調なことで、本人は通学途中等で小走りをするみたいで、リハビリの先生に「今は走ってはダメ!」と注意をされたそうです。
術後2~3ヶ月位が再建した靭帯が切れやすいという事なので、本当に用心です。

今はリハビリもやりつつ、受験勉強に没頭中です。
成績も上がってきている様で、河合塾の模試での志望校の合格確率でA判定となっており、気を抜かなければなんとかいけそうです。



今年の1月にラグビーの試合で右膝を傷め、5ヶ月後に前十字靭帯断裂と診断された息子の再腱術が7日に行われ、無事成功しました。

12時半に手術室に入り、3時15分に病室へ戻ってきました。

(手術室から戻り、ベッドに移乗した後です)

その後、執刀医からの説明を受けました。
まず前十字靭帯ですが、完全に断裂していました。半月板は少し傷があったので骨を削りましたが、問題ないレベルでした。軟骨は綺麗で傷んだ状態ではありませんでした。手術は順調に終わりました。」と言われました。
前十字靭帯以外は、半月板はちょっとした傷のみ、軟骨も綺麗で異常なし。
殆ど完璧な状態での手術成功でした。

今回の手術では、スポーツ整形医で膝靭帯のエキスパートでもある、S先生に執刀していただきました。
S先生は東大医学部付属病院の先生で、過去に関東労災病院にも勤務していたそうです。
コンサドーレ札幌のチームドクターでもあるというので(今もやってるかは不明)、安心して手術に臨めました。
かなりの手術実績もあるので、一地方の病院ではありましたが、素晴らしい医者に恵まれた事が、何よりも心強かったです。

手術前から手術後にかけてのこれからの出来事は、ネット検索して見つけたM子さんのblogから情報収集しており、手術当日の麻酔が切れた後の強い痛みの事や、リハビリについての事は概ね把握していましたので、息子共々心の準備はしっかりできてました。
M子さんには感謝感謝です。

手術翌日は脚の装具もまだ届いてないので、負荷の少ないリハビリをやったらしい(私は仕事で見てない)です。


(手術翌日のリハビリの様子)

手術後2日目には装具も届き、装具をつけてのリハビリが始まりました。
この日の脚ですが、85度まで曲がったとのこと。3日目の今日は90度は曲がったようで、週2回(月・木)に来るS先生に診てもらったところ、かなり順調だと言われたそうです。

本人もやる気満々ですが、受験勉強とリハビリの両立がきちんと出来るかどうか?
これからが長丁場です。

最後に、息子の今年からの一連の病気と怪我で、blogで色々とサポート頂いた「リチャード・ケイ」さんに深く感謝しています。
息子の試合が近づいてきた折りに、花園神社で息子の事で祈願して頂いた結果、無事に怪我なく引退し、手術も克服出来ました。
ありがとうございました。