本日、全国大学ラグビーフットボール選手権、セカンドステージの役員として、熊谷ラグビー場に行ってました。
この日の第2試合、帝京大学対朝日大学戦で、帝京大学四年生で、重度の難聴の為、聴力が殆どない「大塚貴之選手」が前半30分頃から途中出場した。
彼は、私の出身地でもある大分県出身で、大分雄城台(おぎのだい)高校ラグビー部OB。
彼の高校時代の監督が、筑波大学出身の「堤荘司先生」。
今日、大塚選手が高校時代の恩師である、堤先生が大分より遠路はるばる熊谷に応援で来ていました。
私自身は、今日初めてお会いしたので(顔写真は見た事があったのですが)、どこに居るのか分からなく、大塚選手の取材で来ていた、大分放送の方に教えて頂き、ご挨拶する事が出来ました。
実は、堤先生のお父さんは、私の高校時代のラグビー部の監督だったんです。
もう3年ほど前にご逝去され、私にも訃報の連絡はあったものの、埼玉から大分へ行くにも、仕事の都合で行けず、お線香の一本もあげてないので、息子さんが来ているとの大分放送の方から聞かされ、是非にお会いしたいと選手権の仕事を終えた後に、ご挨拶出来ました。
どこか堤先生(父)の面影もありました。
息子さんに葬儀に伺えなかった事をお詫びし、少しの時間ではありましたが、堤先生の思い出をお話しさせて頂きました。
高校の時は、堤先生の期待に応えるプレーが出来なかった事も話し、高校では不完全燃焼だった事もあり、その後もラグビーを続けた事。
堤先生が、私が高2の時に大分商業高校に赴任され、監督に就任したものの、その時の3年生部員の殆どが退部して苦労された事。
その様な状況にも関わらず、それまでは1回戦を勝ち抜くのがやっとの大商ラグビー部が、1年でベスト4の実力を付けてきた事などを懐かしく話させてもらいました。
大分雄城台高校から、ラグビー部の無い宇佐高校に今年4月から転任されたそうです。
お父さんは、76才で亡くなられる迄、ラグビーに関わってきた様です。
これからの息子さんのご活躍を心より願った次第です。


