宮澤賢治の「文語詩稿 五十篇」(生前未発表)所収の詩「流氷(ザエ)」を取り上げます。
前回の「岩手公園」に続いて、賢治の文語詩第2弾です。
賢治の詩「岩手公園」 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)
「流氷(ザエ)」も「岩手公園」同様に有名な文語詩で、私はやはり昔から暗唱してきました。
テキストは、前回と同じく次のサイトに従っています。
宮澤賢治の詩の世界(mental sketches hyperlinked)
それでは、まず詩をご覧ください。
> 流氷 宮澤賢治
はんのきの高き梢より、 きらゝかに氷華をおとし、
汽車はいまやゝにたゆたひ、 北上のあしたをわたる。
見はるかす段丘の雪、 なめらかに川はうねりて、
天青石まぎらふ水は、 百千の流氷を載せたり。
あゝきみがまなざしの涯、 うら青く天盤は澄み、
もろともにあらんと云ひし、 そのまちのけぶりは遠き。
南はも大野のはてに、 ひとひらの吹雪わたりつ、
日は白くみなそこに燃え、 うららかに氷はすべる。
<
とりあえず音読してみてください。
5・7の音のまとまりがくり返されています。
前回ご紹介した「岩手公園」が7・5だったのと比べ、逆になっています。
全体は、1行が「5音+7音」の4行の連4つからなります。
起連、承連、結連は、汽車を含む景色・自然の描写です。
転連だけは、恋人(「きみ」)と一緒にいたときの回想シーンと受け取れます。
(賢治の実体験ではなく、創作のはずです。)
作者の視点がどこにあるかですが、汽車に乗っているのであれば視点自体が動いているはずですが、そうは感じられません。
北上川とその流域を見渡せる高台から見ているのだと思います。
起連、承連、結連の第2句あるいは第4句には、「きらゝかに」、「なめらかに」、「うららかに」という形容動詞が含まれていて、「らかに」という音の繰り返しが一種のリズムになっています。
おおざっぱな現代語訳を付けておきます。
>
ハンノキの高い梢(こずえ)から、 きらきらと氷華を落とし、
汽車は今わずかに速度を緩めながら、 朝の北上川を渡っていく。
見晴らす限り段丘の雪が遠くまで広がり、 川はなめらかにうねっていて
アズライトと見間違うばかりの藍色をした水は、 百千の流氷を載せている
(あのとき)
君の眼差しの果てには、 青い空が一枚の盤のように澄み渡っていて
一緒に行こうと約束した その町の煙は(今なお)遠い
南では大野の果てに 一片の吹雪が渡っていった
日は水底で白く燃えているように映り、 氷はうららかに滑っていく
<
ウーム、やはり拙訳では文学的香りが消えてしまいますね(^^;
有名な詩なので、すでに評釈もいくつもあるようです。が、不勉強なので今回は参考にしていません。
私の解釈に明らかな誤りが見受けられるときは(いくらでもありそうですが(^^;)、ご一報いただければ幸いです。
以下、細かく見ていきます。
題名は、「流氷」に「ザエ」という振り仮名が付いています。
流氷は、北海道オホーツク海沿岸で見られるような海の流氷が有名ですが、この場合は川の流氷です。
それを「ザエ」と呼ぶのは、この付近の方言でしょう。
手元の「理科年表」によると、盛岡の気温の月別平年値(1981年~2010年平均)は、次の通り。
1月 -1.9℃, 2月 -1.2℃
賢治の時代はもっと気温が低かったものと考えられます。
Wikiによると、ハンノキはカバノキ科ハンノキ属の落葉高木で、樹高は4~20m。
日本国内では北海道から九州、沖縄まで分布し、低湿地に生えます。
漢字では、「榛の木」と書きます。
水田の畔に稲のはざ掛け用に植栽され、また良質の木炭の材料となります。
「うれ」は、国語辞書に「こずえ」と同義として載っています。
「きららか」は「きらきらと輝くさま」。
「氷華」ですが、辞書には「氷花」の意味として「樹木や草に水分が氷結して白い花をつけたようになる現象」とあります。
しかし、ここでは木の梢に凍り付いた雪のことと理解しました。
「氷華をおとし」は、汽車の振動、風圧などで木の梢に凍り付いた雪が落ちたのだと思います。
「汽車」は、岩手軽便(けいべん)鉄道の蒸気機関車に牽引された列車のこと。
同鉄道は、1913年(大正2年)10月に花巻~土沢間12.7kmが最初の区間として開通しています。
岩手軽便鉄道は現在のJR東日本釜石線に相当しますが、現在は駅・路線の位置、軌道幅が変わっています。
賢治の童話『銀河鉄道の夜』、『シグナルとシグナレス』に出てくる鉄道は、岩手軽便鉄道がモデルとされます。
岩手軽便鉄道も現在の釜石線も、北上川を橋で渡っています。
(最初から鉄橋だったとのこと)
「たゆたひ」は、この場合は、汽車がわずかに減速する様子を「ためらっているさま」と見なしたのでしょう。
「段丘」は、河岸段丘(かがんだんきゅう)のこと。
河川の中・下流域に流路に沿って発達する階段状の地形で、平坦な部分と傾斜が急な崖とが交互に現れます。
「天青石」に「アヅライト」という振り仮名を付けています。
天青石(てんせいせき、celestine)は、硫酸ストロンチウム(SrSO4)を主成分とする鉱物で、無色あるいは淡青色、つまり空色です。
一方、アズライトは藍銅鉱(らんどうこう、azurite)で、銅の炭酸塩鉱物。
化学組成は Cu3(CO3)2(OH)2 で、ブルー・マラカイトと呼ばれる宝石でもあるとのこと。
両者は、物質としては全く異なりますし、同じ青系統ですが色合いも異なります。
流氷の色としては天青石、川の水の色としてはアズライトの深い青が適当なように感じます。
賢治は、天青石という文字面に惹かれたのかもしれません。
「百千」という数詞の使い方は、上手いと思います。
「涯」は、「果(は)て」。
結連の「はて」と重複を避けて、異なる表記にしたのでしょう。
「うら青く」の「うら」は、「うららか(麗らか)」の前半で、後者は辞書によると「空が晴れて、日が柔らかくのどかに照っているさま」の意。
「天盤」は、ここでは青空を一枚の盤として捉えた表現です。
「もろともにあらんと云ひし」は、「一緒に行こうと約束した」と解釈しました。
「そのまち」は、花巻より大きな都市で賢治にとってゆかりのあったところだとすれば、盛岡だと思います。さすがに東京だと、「そのまちのけぶりは遠き」と表現しないでしょう。
「遠き」は、古語の形容詞「遠し」の連体形。
恋人たちの約束は叶わず、別離したように受け取れます。
「南はも」の「はも」は、係助詞の「は」と「も」をつなげて強調しているとのこと。
(ここは全く分からなかったので、『宮沢賢治 文語詩の森<第3集>』の該当部分を都心の本屋で立ち読みしました。)
花巻より北の盛岡を意識してから、次に南に眼を向けたので、「南」を強調したのかと。
「大野」は、よくある地名で、特定できませんでした。
(現在の花巻市内に同名のバス停がありますが、違うかと。)
「ひとひらの吹雪わたりつ」は、遠方から吹雪の動きが見えるということなのかどうか、自信はありません。
「うららか」の意味は先ほど示しましたが、暖かさを感じさせるこの語を冷たい氷の動きの形容に用いているのが面白く、また春の訪れを予感させます。
賢治の文語詩を取り上げるのは、これでお仕舞いです。
第3弾はありません。あしからず。
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★ 今日のロジバン 無理数パイ
li pai noi na’e frinu namcu 「リ゚ パイ ノイ ナヘ ㇷリヌ ナㇺシュ」
無理数パイ
pai : 円周率π=3.14159…。数詞PA5類
na’e : ~以外の/ではなく。段階否定。段階詞NAhE類。-nal-
frinu : 分数だ,x1は x2(分子)・x3(分母)の
namcu : 数/量/値だ,x1は。-nac-, -na’u-
{ frinu namcu } が「割り切れる数」つまり有理数であることを意味するので、その前に na’e が付くと「無理数である」ことを意味します。
「無理数である」ことはπに関する説明なので、関係詞は非限定の noi になります。