目次
1.代数の圏における忘却関手と自由関手
2.関手の性質:忠実と充満など
2-1 余対角関手∇
3.圏同型 ≅ と圏同値~
3-1 圏同値の例1 SetI ~ Set/I
3-2 圏同値の例2 Par ~ Set*
4.随伴の定義
5.さまざまな随伴の例
5-1 自由関手F ┤忘却関手U
5-2 位相空間の圏 Top の忘却関手と左右随伴
5-3 小圏の圏 Cat の忘却関手と随伴の鎖
5-4 終圏 1 への関手!とその左右随伴
5-5 対角関手の随伴としての積関手と余積関手
5-6 積関手の右随伴としてのべき関手
5-7 べき集合と開集合系・閉集合系の間の随伴
5-8 べき集合圏の逆像関手と左右随伴
5-9 包含関手とその左随伴
5-10 集合圏のスライス圏の域関手と随伴の鎖
5-11 前層と Set の間の随伴の鎖
これまで圏論の入門から始めて、圏の構成、極限・余極限と少しずつ進めてきましたが、いよいよ随伴の登場です。
「モノとエピを深める」という記事を先に仕上げようと思っていたのですが、以前の記事の関連個所について間違いのご指摘をいただき、そちらの意欲が当面失せたので、順番を逆にして難しい方を先にアップします。
だんだんと難しくなってくると間違いの可能性もより増えるのですが、そもそも全く理解できていない事柄は書けないわけで、中途半端な理解の個所が危ういのですね。
まあ、そうは言ってもなかなか・・・
できるだけ複数の教科書に当たって、勝手な思い込みで書かないようにはします。
圏論関係の書評・記事のまとめ:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12609720363.html
1.代数の圏における忘却関手と自由関手
(この章と5-1節は、以前書いた書評とだいたい重複しますが、ご容赦ください。)
関手の中で特に重要なのが、忘却関手と自由関手です。 どちらも一群の関手をまとめてさす用語で、前者は集合の圏 Set を値域(余域)とするものが多いのに対し、後者は Set を定義域(域)とするものが多く、後(5-1)でみるように互いの随伴となっています。
ただ、忘却関手、自由関手とも便利ではありますが非公式な用語であり、正確な定義は存在しないようです。
忘却関手(forgetful functor)というのは関手の代表選手で、代数系や位相空間などをその台集合(underlying set)に写す関手のことであり、通常U という記号で表します。
(記号U はUnderlyingの頭文字をとっているのだと思います。)
忘却とは、代数構造や位相構造を忘れて、その基礎となっている集合だけを考えることにする、というニュアンスです。
すべての構造ではなく一部だけを忘れる場合もあり、アーベル群の圏 Ab から群の圏 Grp への忘却関手、後者からモノイドの圏 Mon への忘却関手も存在します。
(アーベル群とは可換群のことであり、モノイドは群の公理系から逆元の存在を取り除いたもの、つまり結合法則と単位元の存在だけみたす代数系です。)
この2つの例では、忘却関手は包含関手です。
値域が Set でなくても、記号はU を使います。
もう一方の自由関手(free functor)は広義の代数構造の圏( Set も含む)の間の関手ですが、忘却関手ほど初等的ではありません。
通常、F という記号で表されます。
集合の圏 Set から群の圏 Grp への自由関手は、集合{x, y}を x と y を生成元とする群へ写します。
後者は、たとえば x,y-1,yx-3y-2x5 といった元を含みます。
集合の圏 Set から単位元を含む可換環の圏 CRing への自由関手は、集合{x,y}を文字 x と y からつくられる多項式環に写します。
同じく線型空間の圏 Vect k への自由関手は、集合{x, y}を x と y を基底ベクトルとするk係数の2次元線型空間へ写します。
(上の3つの例では、2点集合がバカでかい無限集合を台にもつ代数系に写されます。)
群の圏 Grp からアーベル群の圏 Ab への自由関手は、与えられた群Gの任意の2元x, yについて xyx-1y-1 という形の元(交換子)全体から生成される最小の正規部分群(交換子群)でGを割ってできる剰余アーベル群をつくる操作であり、アーベル化(abelianization)と呼ばれます。
(前の例とは逆に、台集合の濃度はアーベル化により小さくなります。)
2.関手の性質:忠実と充満など
関手にはいろいろな性質がありますが、その中で重要なのが忠実と充満です。
忠実と充満の定義 : 関手F:C→D は、C の各対象X, Yについて、Hom集合間の写像
C (X, Y) → D (F X, F Y)
f |→ F f
が単射であるとき忠実(faithful)であるといい、
全射であるとき充満(full)であるといい、
全単射であるとき充満忠実(fully faithful, full and faithful)であるという。
・ 2つの忠実関手の合成は、忠実である。
・ 2つの充満関手の合成は、充満である。
忠実関手、充満関手の例をみる前に、それらと似た概念があるので、違いを確認しておきます。
定義 : 関手F :C→D は、
C の対象の集まりをD の対象の集まりに単射的に写す(C の異なる対象をD の異なる対象に写す)とき、対象上単射(injective on object)であるといい、
C の対象の集まりをD の対象の集まりに全射的に写す(D のどの対象にもC のいずれかの対象が写される)とき、対象上全射(surjective on object)であるという。
定義 : 関手F :C→D は、
C の射の集まりをD の射の集まりに単射的に写す(C の異なる射をD の異なる射に写す)とき、射上単射(injective on arrow)であるといい、
C の射の集まりをD の射の集まりに全射的に写す(D のどの射にもC のいずれかの射が写される)とき、射上全射(surjective on arrow)という。
(”on”は「について」という意味ですが、文字数が増えるのが嫌なので、あえてこなれない直訳を採用します。)
・ 忠実関手は必ずしも対象上単射ではないし、また必ずしも射上単射でもない。
つまり、F :C→D が忠実関手でも、X≠Y かつ F X=F Y となることがある。
また、f:X→Y と f:X'→Y' が X≠X' または Y≠Y', したがって f ≠ f ' であっても、
F f = F f ’となることがある。
後(2-1)で、余対角関手∇の例を挙げます。
・ 充満関手は必ずしも対象上全射ではないし、射上全射でもない。
例として、対角関手Δ:C→C×C は充満忠実関手ですが、対象上全射でも射上全射でもありません。
・ 次の忘却関手はいずれも忠実であるが、充満ではない。
U :Grp→Set, U :Ring→Set, U :Vect k→Set,
U :Ring→Ab(乗法を忘れる), U :Ring→Mon(加法を忘れる).
・ 次の自由関手はいずれも忠実であるが、充満ではない。
F :Set→Grp, F :Set→CRing, F :Set→Vect k.
部分圏の定義 : 圏D が圏C の部分圏(subcategory)であるとは、D の対象がすべてC の対象であり、D の任意の2つの対象XとYについてHom集合の包含関係 D (X, Y) ⊂ C (X, Y) が成り立つもののことである。
・ 圏D が圏C の部分圏であるとき、包含関手 D ⊂→C は定義から忠実である。
充満部分圏の定義 : 圏D が圏C の充満部分圏(full subcategory)であるとは、D の対象がすべてC の対象であり、任意の2つのD の対象XとYについて、
D (X, Y) = C (X, Y)
が成り立つもののことである。
・ 充満部分圏の包含関手は、充満忠実である。
有限集合の圏 FinSet は、集合の圏 Set の充満部分圏です。
・ 包含関手U :FinSet→Set は、充満忠実である。
アーベル群の圏 Ab は群の圏 Grp の充満部分圏です。
・ 包含関手(忘却関手)U :Ab→Grp は、充満忠実である。
2-1 余対角関手∇
対角関手の双対が余対角関手です。対角関手ほどは活躍しませんが・・・
・ 余対角関手∇は忠実関手だが、対象上単射でも射上単射でもない。
余積の定義 : 圏C とD の余積(coproduct)あるいは和(sum) C+D とは、
・ 対象が (X, 1) と (Y, 2) ・・・ XはC の対象、YはD の対象、
・ 射が (f, 1) と (g, 2) ・・・ f はC の射、gはD の射
からなる圏のことである。
余積のイメージは、C とD を重ならないように並べてくっつけたもの。
圏C , D から余積C+D への次の関手 i1, i2 を入射関手(injection functor)という。
i1:C → C+D ;X|→(X, 1),f |→(f, 1).
i2:D → C+D ;Y|→(Y, 2),g|→(g, 2).
入射関手は、充満忠実で、対象上単射かつ射上単射だが、対象上全射でも射上全射でもない。
余対角関手(codiagonal functor)∇を次のように定義する。
∇:C+C→C ; (X, n) |→X,(f, n) |→ f ただし、n=1, 2.
i1 i2
C → C +C ← C 1C = ∇ ○i1 = ∇ ○i2.
1C ↘ ↓∇ ↙ 1C
C
余対角関手∇によるHom集合間の写像は、
C +C ((X, n), (Y, m)) → C (X, Y);
(f':(X, n)→(Y, n)) |→ (f:X→Y) ただし、n=1, 2。
となり、これはどのXとY、nについてもHom集合間の写像が単射となるため忠実関手であり、かつ対象上全射、射上全射である。
しかし、∇は(X, 1)と(X, 2)という異なる2つの対象を同じXに写すので、対象上単射ではない。
また、 f1:(X, 1)→(Y, 1),f2:(X, 2)→(Y, 2) という異なる2つの射を同じ f:X→Y に写すので、射上単射ではない。//
----------------------- 続 く ------------------------
関手の性質と随伴2:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12619031952.html
★ 2020/8/20、余対角関手が「充満忠実」としていたのを「忠実」に訂正。
理由は、(X, 1)→(Y, 2)という形の射が存在しないので、Hom集合間の写像
C +C ((X, 1), (Y, 2)) → C (∇X, ∇Y) は、空写像となるため。
それに伴い、その後の次の記述を削除。
> (英語および日本語のwikipediaに「充満忠実関手は、同型の違いを除き対象上単射である。」という記載があります。私はこれは間違いだと思うのですが、どこかで誤解しているのでしょうか? ちなみに、余対角関手∇の例はアウディ著p.168に「∇は忠実であるが射について単射ではない。」と記載されています。)
2020/11/6、「・ 余対角関手∇は充満忠実関手だが」とあったのを「・ 余対角関手∇は忠実関手だが」に修正。肝心なところを直し忘れていました。
まだまだ、未熟です・・・