書評です。
土屋 健 著,かわさき しゅんいち 絵,田中 源吾 監修 『アノマロカリス解体新書』 ブックマン社 A5判304頁 2020年2月発行 本体価格¥2,300(税込¥2,530)
https://bookman.co.jp/book/b492356.html
土屋健(けん)さんはサイエンスライター。
雑誌『Newton』の記者編集者、部長代理を経て、現在オフィスジオパレオント代表。
2019年にサイエンスライターとして初めて日本古生物学会貢献賞を受賞。
著書多数。
要するに、学者・研究者ではないけれど、古生物紹介に関しては日本の第一人者といえる方です。
土屋さんの本で私がこのブログで書評を書いたのは、次の2冊です。
『三畳紀の生物』:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471786914.html
『古生物たちのふしぎな世界』1:https://ameblo.jp/karaokegurui/entry-12471789234.html
土屋さんは、技術評論社の「生物ミステリーシリーズ」全11冊で、先カンブリア時代から現代までの古生物の歴史を丁寧にまとめています。
私はほとんどの巻をもっていて、『三畳紀の生物』もそのうちの一冊です。 (新生代を扱った2巻は、ゾウさんとかトラさんとかその辺の動物園にいそうな動物の親戚が多いので、買っていません(^^;)
ブックマン社という出版社は今回初めて知りましたが、1973年設立とあるので、老舗ですね。
さまざまなジャンルの本を手掛けているようで、古生物関係でも何冊も出しています。
本書の表紙には、アノマロカリスの復元図が描かれていて、私なぞはそれを目にするだけで思わず手に取ってみたくなります。
帯には >「奇妙なエビ」が「カンブリア紀の王者」となるまでの戸惑いと熱狂の130年史、――あるいはその経過報告書。 とあります。
また、
>捕食シーンを再現したAR(拡張現実)付 あなたのスマホでリアルに動く
とあります。
私は本書読了後にARの姿、動きを見ましたが、理解を深めるのに役立つことは間違いありません。
本書は、右開き縦書きです。
目次は次の通り。
はじめに … 4頁
第1部 アノマロカリス・カナデンシス、かくありき
第2部 アノマロカリスは如此く愛された
第3部 それはアノマロカリスの時代だった
第4部 アノマロカリスとともにあらんことを
第5部 アノマロカリスとその仲間をめぐる悩ましい問題
もっと詳しく知りたい読者のための参考資料 … 9頁
索引 … 5頁
扉の後に口絵が6頁あり、その後に「ARの楽しみ方」が1頁にまとめられています。
口絵はカラーではあるものの、すべて化石写真で、ちょっと地味というか真面目な感じです。
「第1部 アノマロカリス・カナデンシス、かくありき」は、復元史と現在の復元を扱っています。
化石で残るのは固い部分だけであり、また全身の化石がきれいに保存されているケースは滅多になく、固い部分がバラバラになっていることも多いのです。
このため、復元は容易ではなく、ときには、異なる動物の化石どうしを組み合わせて復元してしまうという「悲喜劇」も起こります。
アノマロカリスの復元もそうした歴史をもち、その記述は興味深いのですが、ここでは省略します。
本書の主役は「アノマロカリス・カナデンシス(Anomalocaris Canadensis)」です。
カナダ地質調査所のヨセフ・F・ファイティーブスが、1892年10月に刊行された論文で命名しました。
「奇妙な」を意味するギリシア語の”anomoios”と「エビ」を意味するラテン語の”caris”を組み合わせ、「奇妙なエビ」という意味で「アノマロカリス(Anomalocaris)」と名付けられました。
「カナデンシス(Canadensis)」という種小名は、一般的に「カナダ産」を意味する単語です。
カンブリア紀の生命圏は、ほとんど海中に限定されていました。
そして、カンブリア紀の海にいたほとんどの生物は、全長10cm以下でした。
その中で、アノマロカリス・カナデンシスの大きさは、最大で全長1mに達するという、当時、並ぶもののない巨体でした。
また、現在の地球に類似した姿の動物はいません。
ナマコのように平たく細長いからだをもち、頭部の先端からは2本の大きな触手が伸びています。
この触手は、内側に鋭いトゲが並ぶ明らかな“肉食仕様”です。
頭部上面の両端には短いが太い柄が2本あり、大きな眼がその先端に付いています。
頭部の底には多数のトゲのある細長いプレートが円形に並んで口をつくり、からだの両側にはひれが十数枚ずつあります。
そして、後端近くには左右3枚ずつの尾びれがあります。
アノマロカリス・カナデンシスは、生命史上初の本格的ハンターであり、そしてトップ・プレデターだったと考えられます。
最新の研究により、より細かい点が分かってきました。
1対2本の触手(付属肢)は、それまで考えられていたより厚みがないことが分かりました。
また、頭頂部には、楕円状の“甲皮”が復元されました。
眼の微細構造はまだ不明ですが、近縁種の眼と同様に、1万個以上のレンズが並ぶ複眼だった可能性が高いと考えられています。
胴体の両側には、左右13枚ずつの大きなひれがあり、それぞれのひれの一部は前後に重なります。
それら大きなひれの先頭より前に、小さなひれが3組存在します。
後端の3組の尾びれの間には、突起がありました。
背中とひれには、「えら」とみられる繊維状構造が確認されました。
胴体の内部構造はほぼ消化管とえらであることが確認され、重要な内臓は三葉虫などと同じく頭部にあった可能性が高いと考えられます。
最新の復元図は、本書のp.50、51に描かれています。
近年の研究では、アノマロカリス・カナデンシスは肉食ではあるものの、大半の三葉虫のような硬い殻をもつ獲物を噛み砕くことはできなかったとされます。
ただし、当時、柔らかい獲物はたくさんいたはずなので、この時代の恐ろしいプレデターだったことは否定できません。
「第2部 アノマロカリスは如此く愛された」では、日本におけるアノマロカリス文化の隆盛を扱っています。
(「如此く」って、「かくのごとく」と読むんですかね。 編集者が付けたのかもしれませんが、漢文じゃあるまいし、読みにくいだけなので、やめてほしいです。)
内容は面白いのですが、古生物学そのものではないため、ここでは詳細な要約はやめて、第2部冒頭のまとめだけ引用しておきます。
>2020年現在、アノマロカリスは、さまざまな科学書に登場し、多くのフィギュアやぬいぐるみが制作され、たくさんの愛好家を生み出し、そしてついには、科学とはまったく無関係に見えるアニメにも登場するようになった。
その人気ぶりは、“古生物界の帝王”たるティラノサウルス(Tyrannosaurus)とも肩を並べる日が遠からずやってくるのではないか、という夢を見させてくれるほどである。
<
ただ、このアノマロカリス人気の立役者の一人は、間違いなく本書の著者土屋さんご自身です。
また、アノマロカリスのぬいぐるみが登場したTVアニメは、『荒野のコトブキ飛行隊』(2019年1月~3月初放送)であり、実は私も観ています(^_^
「第3部 それはアノマロカリスの時代だった」では、アノマロカリスが栄えたカンブリア紀という時代について解説しています。
まず、カンブリア紀の海と陸の分布です。
当時、地球にはいずれも南半球に、3つの島大陸と1つの超大陸がありました。
南極を中心に形成された超大陸が「ゴンドワナ大陸」であり、その北端は赤道を越えて北半球の中緯度付近にまで達していました。
島大陸のうち最も南に位置していたのが「バルティカ大陸」、その北北東には「シベリア大陸」、北西には「ローレンシア大陸」がありました。
シベリア大陸は現在のシベリアとその周辺地域に、ローレンシア大陸は現在の北アメリカ大陸になります。
地球の気候はカンブリア紀の大半を通じて現在より温暖で、氷河はほとんど存在せず、海水準は今より高かったとされます。
また、陸地には、水辺のまわりのコケ類以外に緑がありませんでした。
海洋では、カンブリア紀初期にリン酸塩が急増しました。
リン酸塩は動物の殻などの硬組織をつくる材料の一つであり、生物にとって貴重な栄養源でもあります。
カンブリア紀は、約5億4100万年前~約4億8500万年前まで、約5600万年間続きますが、約5億2000万年前より前と後に二分されます。
約5億2000万年前より前の時代は、肉眼で確認できるサイズの動物化石がほとんど産しないため、いわば「歴史の空白期」です。
約5億2000万年前より後の時代にできた地層からは、多くの動物化石が発見されるため、「カンブリア爆発」と呼ばれます。
しかし、その変化は「化石が残りやすくなったこと」が原因であり、カンブリア紀の前半に多様な動物がいなかったとは考えられません。
ちなみに、アノマロカリス・カナデンシスが確認される時期は、約5億500万年前です。
当時の海洋における食物連鎖網は、現在のものと同じく、複数種間の複雑な喰う・喰われるの関係や、食性の多様性などを確認できるとのことです。
ただし、当時の生態系は海岸からさほど離れていない場所だけに築かれていて、“遠洋性のハンター”は不在だった、という可能性が指摘されています。
その後で、アノマロカリス・カナデンシスの“同期の仲間”たち、つまり当時の海で繁栄した動物たちが紹介されていますが、これらの「カンブリア紀の怪物」たちについては他書で紹介されているため、ここでは略します。(後でオパビニアだけ紹介します。)
「第4部 アノマロカリスとともにあらんことを」では、アノマロカリスとその近縁種の分類、カンブリア紀より後の末裔とその時代の覇者を取り上げます。
「アノマロカリス・カナデンシスとその近縁種」を表す“便利なグループ名”として、1996年にカナダのロイヤル・オンタリオ博物館に所属するデスモンド・コリンズが「ラディオドンタ類」(目に相当)を提唱しました。
このグループの特徴として挙げられているのは、
・左右相称の動物である
・からだが鉱物化していない、つまり三葉虫類のような硬い殻をもたない
・からだのつくりは大きく二分することができ、頭胸部のような(like)部分と、腹部のような部分がある
・頭部を分けるような線構造は確認されない(三葉虫類にはこれがある)
・口よりも前に“爪”(摂食用付属肢)を一対もつ
・眼は1対 ・腹側にある口には放射状の歯が並ぶ
・胴体には約13の節があって、遊泳のためのひれをもつ
・種によっては3対の尾びれがある
などです。
コリンズはラディオドンタ類の上位分類として「ダイノカリダ類」(綱に相当)も提唱し、ダイノカリダ類は節足動物に属すると考えました。
しかし、現在では、ダイノカリダ類という分類群はあまり積極的には用いられていません。
また、ラディオドンタ類は節足動物ではなく、その近縁でより原始的な動物群と位置付けられています。
ラディオドンタ類はさらにいくつかのグループに細分類され、それぞれに属す種もいろいろ紹介されていますが、細分類・系統関係には合意が得られていないこともあり、ここでは省略します。
カンブリア紀の世界は、ラディオドンタ類の“一強”でしたが、次のオルドビス紀に入ると新たに2つのグループが海洋世界に台頭します。
それが、「ウミサソリ類」と「頭足類」です。
ウミサソリ類は、海棲の節足動物の絶滅グループで、名前の通りサソリ類に近縁です。
頭足類は、イカ・タコ、アンモナイト類(絶滅)、オウムガイ類などからなるグループです。
この時代に繁栄した頭足類は、殻が真っ直ぐな円錐形で巻いていない原始的なオウムガイ(k:チョッカクガイ直角貝だと思います)で、部分的な化石から推定される全長は6mあるいは11mともいわれています。
オルドビス紀初期には、エーギロカシス・ベンモウラエ(Aegirocassis benmoulae)というラディオドンタ類が栄えていました。
これは、全長2m、当時最大の動物であり、またアノマロカリスの仲間としても最大です。
全長の約半分を頭部が占め、頭部は上面をサーフボードのような形状の甲皮、左右を楕円形に近い甲皮で覆われていました。
付属肢の形状は独特で、内側に細かい櫛のような突起を左右それぞれ5枚ずつもち、プランクトンを摂取して食べていたと思われます。
オルドビス紀の次はシルル紀ですが、その時代からはラディオドンタ類の化石が出土していないため、土屋さんは飛ばしています。
次のデボン紀の海では、顎という強力な武器をもった魚たち(脊椎動物)、特に、板皮類(ばんぴるい)と呼ばれる魚のグループが栄えました。
板皮類は、頭部と胸部を骨の鎧(よろい)で覆っていたため、俗に、甲冑魚(かっちゅうぎょ)と呼ばれます。
知られている限り最後のラディオドンタ類は、デボン紀のもので、シンダーハンネス・バルテルスアイ(Schinderhannes bartelsi)という、全長10cm程度の小型種です。
「第5部 アノマロカリスとその仲間をめぐる悩ましい問題」では、アノマロカリスとその近縁種が、進化の道筋において節足動物と有爪(ゆうそう)動物の間に位置づけられることを示しています。
最初に「オパビニア」が再度登場するので、第3部で省いた記述をここで紹介しておきます。
正式な種名は、「オパビニア・レガリス(Opabinia regalis)」。
全長10cmほどで、頭部に眼が5つ所狭しと並んでいます。
頭部の先端からは前方に向けて柔軟性の高いノズルが伸び、ゾウの鼻のような役割を果たしていたと考えられます。
からだは13の節に分かれ、それぞれの節にはえらの付いたひれがありました。
また、逆三角形型のあしをもっていました。
5つ眼と1本ノズルがトレードマークで、「カンブリア紀の怪物たち」の中でも珍妙さは随一であり、その分、人気もあります。
ただし、オパビニアはラディオドンタ類には属しません。
オパビニアとラディオドンタ類の関係、そして両者が有爪動物と節足動物の間にどのように位置づけられるかは、次の系統樹で表されます。
┌───有爪動物およびその近縁種
─┤ ┌──オパビニア
└─┤ ┌─ラディオドンタ類
└─┤
└─節足動物
本書の最後で、土屋さんはコンウェイ・モリスの『カンブリア紀の怪物たち』を引いて、次のようにまとめています。
>アノマロカリスは何か奇怪な新しい門ではなく、節足動物が出現する初期の段階を理解する際に欠かせない化石であることに変わりはない。
加えて、たとえそれが動物としては原始的であるにせよ、カンブリア紀の環境では非常に発達した肉食動物であったことも強調しておきたい。
>このコンウェイ・モリスの言にこそ、ラディオドンタ類の魅力が濃集しているように筆者は思う。
>原始的でありながらも発達した狩人。
>そう、実に不思議な魅力をもった動物なのだ。
参考資料と索引は充実しています。
ただ、参考資料に挙げられているのは英文のものが多いです。
以上、本書の内容を要約しましたが、図なしで古生物学について理解してもらう、あるいはその魅力をお伝えするのはやはり無理なように思います。
興味をもたれた方は、本書の豊富な図やARに直に触れられることをぜひお勧めします。