『三畳紀の生物』 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
土屋 健 著、群馬県立自然史博物館 監修 『三畳紀の生物』 技術評論社 生物ミステリーシリーズ A5判上製160頁 2015年6月発売 本体価格¥2,680(税込¥2,894)
http://gihyo.jp/book/2015/978-4-7741-7405-1

土屋健(けん)さんはサイエンスライター。
雑誌『Newton』の記者編集者を経て、現在オフィスジオパレオント代表。
このオフィスジオパレオントというのは、実質的に土屋さんが一人でやっている事務所のようですね。
地質学・古生物学がご専門ということです。

技術評論社は、パソコンマニア向けの雑誌や書籍を昔から数多く出してきた会社として有名ですが、イラスト入りの科学啓蒙書も結構出していて、この書評でも何冊か取り上げています。

「生物ミステリーシリーズ」は、地質時代ごとに古生物についてまとめたシリーズで、上質紙を使い、図版をふんだんに含んでいます。
2013年11月に刊行開始され、年代順に執筆され、現在までに次の8冊が出ています。
1.エディアカラ紀・カンブリア紀の生物
2.オルドビス紀・シルル紀の生物
3.デボン紀の生物
4.石炭紀・ペルム紀の生物
5.三畳紀の生物
6.ジュラ紀の生物
7.白亜紀の生物 上巻
8.白亜紀の生物 下巻
巻によって本のページ数に差はあるものの、すべて本体価格2,680円に設定されています。
私は、今回の『三畳紀の生物』までの5巻を揃えており、次の白亜紀上下巻も入手したいと考えています。
このあと、新生代の巻も刊行することを強く期待します。
これまで書評で取り上げなかったのは、文章でまとめるとどうしてもすでにご紹介した古生物ものの本と重複感が生じるからですが、本書の書評ではこれまであまり出てこなかった話題に注目します。

シリーズ名は「○○紀の生物」となっていますが、各巻とも動物が主体であり、植物の記述は多くはありません。
やむを得ないでしょうね。

本シリーズ売り物の図版について一言注意しておきます。
古生物そのものの図版には、化石とイラストの2種類があります。
化石の写真はその通りなのですが、こちらは要は「石・岩」ですから色彩的には地味なものが多いし、潰された形で化石化していれば体のどの部分がどうなっているのか、補助線がないと分かりづらいものもあります。
一方、復元図はきれいなイラストですが、あくまでも現時点での知識に基づく想像です。
過去の復元が覆されてきた例は、本シリーズに豊富に出てきます。
とりわけ色彩は、エディアカラ紀・カンブリア紀あたりの古いものでは根拠のない塗り絵だと決め付けてもよいかと思います(^^;
まあモノクロでは見た目楽しくないし、仕方ないとは思いますけど・・・

目次は次の通り。
 1.大絶滅から一夜明けて
 2.再構築された海洋生態系
 3.水際の攻防
 4.テイク・オフ!
 5.クルロタルシ類、黄金期を築く
 6.大繁栄の先駆け
 7.第4の大量絶滅事件
 エピローグ

本書で扱っている三畳紀とは、今から約2億5200万年前~約2億100万年前までの約5100万年間です。
この時代の大陸と海洋の分布をみると、ほとんどすべての大陸が一つに集まってパンゲア超大陸を形成しており、その外側には超海洋パンサラサが取り巻いていました。
パンゲアは東側が凹んでいて、そこにはテチス海という巨大な遠浅の内海が広がっていました。

地球の生命史には5回の大量絶滅があり、「ビッグ・ファイブ」と呼ばれています。
三畳紀はそのうちの二つ「古生代ペルム紀末の大絶滅」と「三畳紀末の大絶滅」に挟まれた地質時代です。
このような「紀」は他にはありません。
また、前回の大絶滅から5千万年前後で次の大絶滅がやって来るというのは、最短の間隔です。
ペルム紀末の大絶滅はビッグ・ファイブの中でも最も強烈なものであり、海棲動物種の約96%、陸上動物種の約69%が姿を消したとされます。
古生代を代表する三葉虫が絶滅するなど、古生代の生態系は完全にリセットされました。
ところが、三畳紀開始から700万年しか経っていない地層で、魚竜の化石が見つかっています。
魚竜は海の生態系ピラミッドの頂点に君臨するため、その繁栄は海の生態系全体の回復を意味します。
ペルム紀末の大絶滅からわずか700万年で海の生態系が全面的に回復したというのは、信じられない速さです。

以下、一部を自己流で要約します。
中生代は恐竜の時代として知られています。
しかし、それは後のジュラ紀、白亜紀のことであって、中生代の幕開けを飾る三畳紀には該当しません。
三畳紀の陸上では「ペルム紀の支配者だった単弓類の生き残りと、三畳紀の支配者であるクルロタルシ類、そしてのちの時代の覇者となる恐竜類が」苛烈な生存競争を繰り広げていたのです。
ここで、単弓類とクルロタルシ類については説明が必要ですが、まず前者から。

単弓類と双弓類という分類について、本シリーズを参考にまとめます。
脊椎動物で両生類から進化した種には、側頭部に穴(側頭窓)が開いているものが多数存在します。
側頭部に2対の穴があるものが双弓類、1対の穴があるものが単弓類です。
弓というのは、穴の下側の骨が細いアーチ状になっていることから命名されました。
現生の爬虫類、鳥類は双弓類に属し、哺乳類は単弓類に属します。
ただし、カメ類や鳥類などでは側頭窓を二対とも失っていますが、双弓類を祖先にもつため双弓類に分類されます。
恐竜や中生代に栄えて白亜紀末までに絶滅した海生の爬虫類(魚竜、首長竜など)や空を飛ぶ爬虫類の翼竜は、いずれも双弓類です。
これに対し、「ペルム紀の支配者だった単弓類」は哺乳類の祖先を含み、以前は哺乳類型爬虫類と呼ばれましたが、単弓類と双弓類はともに両生類から独立して進化したものであるため、土屋さんは哺乳類型爬虫類という呼び方は望ましくないとしています。

次に「三畳紀の支配者であるクルロタルシ類」です。
復元図のイラストを見ると、四足歩行であり、ワニとも恐竜とも似ているように思えます。
実は、クルロタルシ類はワニの祖先を含んでいます。
ただ、現生のワニ類と異なるのは、ワニ類の足が胴体から横に出ているのに対し、クルロタルシ類では下に出ていることです(これを直立という)。
クルロタルシ類のなかの主なグループについて解説します。


・アエトサウルス類 : 太い尾、太くて短い四肢をもち、四足歩行型。
体高は成人男性の膝にも届かないくらい重心が低い。
三畳紀後期に一大繁栄を遂げたグループで、植物食が基本。
背、尾、腹に骨でできた装甲板をもっていて、「難攻不落」と評する研究者もいる。
うち最大のものはデストスクスで、全長4.5mにおよび、ちょうど肩の上に当たる装甲板から左右一対の長いトゲがカーブを描いて出ている。


・ラウィスクス類 :鋭く大きな歯をもち、肉食で、当時の生態系の頂点に君臨。
四足歩行で、首は太く短く、尾は長い。
当時の恐竜が大型化できなかったのは、彼らがいたため。
全長に占める頭の大きさの比率はティランノサウルスに匹敵。
代表的なものとして、三畳紀後期に栄えたサウロスクスは全長5m。
また、最大のものは、三畳紀末期のファソラスクスで、推定全長10m。(リムジンカー(リンカーンリムジン)よりわずかに大きい。)


・ポポサウルス類 : スレンダーで小さな頭と長い首、長い尾をもち、前脚は短く、後脚が長いため、二足歩行していたとみられる。
その姿は、1億年以上後に出現するダチョウ型恐竜にそっくりだが、これは「速く走ること」を追求して起きた収斂進化とみられる。

単弓類で特筆すべきはイスチグアラスティアで、四足歩行です。
ペルム紀に栄えたディキノドン類に属し、全長3mで、三畳紀最大の単弓類です。
植物食で、口に歯ではなく、クチバシをもつのが特徴です。
イスチグアラスティアが注目されるのは、彼らが滅んだ後、次に大型単弓類が出現するのは、恐竜が滅んで哺乳類が本格的に台頭した新生代になってからだからです。
なお、哺乳類に最も近縁な単弓類のグループは、ディキノドン類ではなくキノドン類です。
三畳紀には、キノドン類から最古の哺乳類のグループであるモルガヌコドン類も出現しています。
ただ、頭胴長8~9cmで、どう見ても日陰者のイメージですね(^^;

三畳紀は、恐竜の祖先に当たる恐竜形類から恐竜が誕生した時代でもあります。
竜脚形類(エオラプトル、パンフィギアなど)、獣脚類(エオドマエウスなど)、鳥盤類(ピサノサウルスなど)という三大グループに属す恐竜がすべて姿を現していました。
恐竜形類 ─┬→ 竜盤類 ─┬→ 獣脚類          主に肉食恐竜
      │       └→ 竜脚形類 ─→ 竜脚類  主に植物食恐竜
      └→ 鳥盤類                  主に植物食恐竜

彼らは、後には四足歩行の巨大植物食恐竜(竜脚形類のブラキオサウルス、鳥盤類の剣竜、角竜)や二足歩行の巨大肉食恐竜(獣脚類のティランノサウルス)としてまったく違う姿をとりますが、名称を挙げた4種はいずれも二足歩行でよく似た姿をしており、復元図をみて区別するのは困難です。
三畳紀における肉食恐竜の最大のものは、竜盤類のフレングエリサウルスで、全長6~7m。
腕が短い一方で、手が長く、指先には鋭いかぎづめがあり、二足歩行です。
ラウィスクス類とライバル関係にあったとされます。
一方、植物食恐竜の最大のものは、竜脚形類のレッセムサウルスで、全長18mあり、四足歩行です。
すでに十分バカでかいですが(^_^、後の時代の竜脚類と比較すると、首は短く(あくまでも相対的にですが)、全体的にスリムです。
植物食動物でもこれだけ体が大きいと肉食動物が捕食するのは困難であり、レッセムサウルスを威嚇できるのはクルロタルシ類のファソラスクスだけだったろうと考えられています。
現在の象が健康な成体であればその巨体のためにライオンなどの肉食獣を寄せ付けないのと同じですね。

次にカメ類について。
最古のカメが確認されているのは、三畳紀です。
カメをカメたらしめているのは甲羅です。
似たような装甲をもつ動物は現在に至るまでいろいろ登場してきましたが、カメの甲羅が特異なのはそれが肋骨が変化した頑丈なものだからであり、他には骨からできた装甲をもつ動物はありません。
カメには現在もウミガメとリクガメがいますが、問題は甲羅が海で発達したのか陸で発達したのかです。
これまで発見されていたカメはいずれも完成された頑丈な甲羅をもっていました。
ところが、2008年に2億2000万年前の地層から発見されたオドントケリスは全長38cmで、浅い海か河口付近に生息していたものと考えられます。
その最大の特徴は腹側にしか甲羅をもたないことですが、他にも現生のカメとは異なり口に細かな歯が並ぶこと、手足にはっきりと指が確認できることです。
カメの海起源を支持するように思えますが、手足に指がありヒレになっていないことは彼らが水中で進化してきたのではないことを意味します。
また、オドントケリス発見までは最古のカメとされてきたプロガノケリスは、オドントケリスより1000万年新しい地層で発見されたリクガメであり、もちろん甲羅は完成しています。
カメの海陸起源論争はまだ続いているようですが、本格的なウミガメの化石が発見されるのはこの時代から1億年以上後の白亜紀であることを考えると、私には今のところ陸起源説の方が有力と感じられます。

三畳紀末の大絶滅では、海棲動物が科のレベルで20%以上、属のレベルで30%以上滅びました。
単弓類、クルロタルシ類とも大規模な絶滅が起こり、単弓類では哺乳類だけが、クルロタルシ類ではワニ類につながるグループだけが、それぞれかろうじて生き残りました。
哺乳類やワニ類の祖先だけが生き残った理由は分かっていません。
また、三畳紀末の大量絶滅の原因については、いくつか説があるものの、今のところ定説は確立されていないようです。

三畳紀については、次の書評も参考にしていただきたいと思います。(一部本書とは異なる記述あり。)
『生命の歴史』3:http://blogs.yahoo.co.jp/karaokegurui/66870967.html
『生命の歴史』4:http://blogs.yahoo.co.jp/karaokegurui/66880082.html
同書で、三畳紀に繁栄し、当時の恐竜より大きい「恐竜ではない爬虫類(主竜類)」とあるのは、クルロタルシ類のことです。


本書をはじめとする「生物ミステリーシリーズ」は美しい図版を豊富に含み、絶滅した生物や進化の歴史に興味のあるすべての方に推薦できます。