『力学入門』1 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

書評です。
長谷川 律雄 著 『力学入門』 中央公論新社 中公新書2354 224頁 2015年12月発行 本体価格¥800(税込¥864)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2015/12/102354.html
副題は、「コマから宇宙船の姿勢制御まで」。

長谷川律雄(りつお)さんは1941年生まれなので、今年75歳。
京大の院で電子工学の修士課程修了。
三菱プレシジョン(株)で宇宙開発に従事した後、1999年~2001年宇宙開発事業団招聘研究員。
現在、長谷川技術士事務所所長。技術士(航空・宇宙部門)、博士(工学)。
論文多数。
世間では後期高齢者の仲間入りをするご年齢でこんな本を書けるというのは凄いことですし、そういう人生を送ってこられたということがいろいろな意味で羨ましいです。

閑話休題。
物理には、流体力学、熱力学、統計力学、量子力学等々さまざまな○○力学というのがあります。
しかし、頭に何も付かない裸の「力学」というと、17世紀のニュートンから始まった物理の基本中の基本です。
ですから私は当然、「力学」は20世紀初めの相対論以前に完成していて、個々の問題の技術的解法は別として原理的に付け加えることは一切なく、残りは教え方の問題くらいだと思っていました。
ところが、本書によると、実はそうではなかったというのです。

出版社の宣伝文は、次のようになっています。
>20世紀後半、宇宙開発が進むにつれ、回転運動や姿勢制御に関する力学の理論は長足の進歩を遂げた。この回転運動と中学・高校で学ぶ並進運動(直線運動)を組み合わせると、すべての物体の運動が説明できる。ロボット制御など、日常生活を支える技術にも役立てられている。本書は、「おおすみ」から「はやぶさ」まで、日本のロケットの姿勢制御に関わったエンジニアによる宇宙開発と新しい力学の入門書である。

長谷川さんは、「日本のロケットの姿勢制御に関わったエンジニア」なのですね。

本書の帯には「はやぶさプロジェクトマネージャー川口淳一郎氏推薦」とあり、
>「はやぶさ」技術の礎は、回転にあり!
という文が大きく載っています。
これを見ると、読まないわけにはいかないな、という気持ちになります(^_^

本書の特色は、物理の解説と宇宙開発の話題がないまぜになってあるいは交互に出てくることです。
長谷川さんの専門分野からするとまったく意外ではない、というより当然なのでしょうが、このため他に類の見ない著作となっています。
ただ、この書評では宇宙開発の面は省いて物理の面を中心に紹介させていただきます。

本書は縦書き右開きです。
力学入門という書名や中公新書に収められていることから、文系の読者も想定しているのかもしれません。
ただ、物理における運動量の定義もご存知ない、丸っきりの素人が読み通すのはやはり難しいと思います。

目次は次のとおり。
 はじめに
 第1章 ニュートンとオイラー
  ガリレオから宇宙開発まで
  力学における運動
  測るということ
 第2章 ロケットはなぜ飛ぶか
  運動の法則
  位置を測る
 第3章 ロケットの速度はどうして測るか
  万有引力速度を測る
  遠心力とコリオリの力
 第4章 フーコー振子は回転しないか
  北の方向と北極星の方向
  航空機の姿勢と宇宙船の姿勢
  角速度ゼロでも回転する
  腕を回す
 第5章 コマは押した方向には動かない
  コマの回転
  姿勢を測る
 おわりに
 あとがき


 力学の各種法則
最初に力学の略史が載っています。
小見出しに名前が出てくる学者は、ガリレオ、ケプラー、ニュートン、オイラーの4人です。
このうち、初めの3人については彼らの発見した法則が載っているので、写しておきます。

ガリレオ 自由落下する物体の法則
・第1法則 : 真空中では、自由落下するすべての物体は同じ速度で落下する。
・第2法則 : 自由落下の落下速度は落下時間に比例し、落下距離は落下時間の2乗に比例する。

ケプラー 惑星の3法則
・第1法則 : 惑星の軌道は、太陽を1つの焦点とする楕円軌道である。
・第2法則  : 太陽と惑星を結ぶ直線が一定時間動いたときにできる扇形の面積は一定である。
・第3法則 : 惑星が太陽のまわりを回る周期の2乗は楕円軌道の長半径の3乗に比例する。

ニュートン
・運動の第1法則(慣性の法則) : すべて物体は、それに力が作用しない限り、静止または直線上の一様な運動を続ける。
・運動の第2法則(運動の法則) : 運動の変化は作用する力に比例し力の向きに起こる。
・運動の第3法則(作用・反作用の法則) : 2つの物体は、それらの質量の積に比例し距離の2乗に反比例する力で引き合う。
・万有引力の法則 : 2つの物体は、それらの質量の積に比例し距離の2乗に反比例する力で引き合う。

4人目のオイラーは、主に数学、物理学、天文学の分野で活動しましたが、工学でも研究を行っています。
力学の分野では、オイラーはニュートンの運動の第2法則を初めて微分方程式の形で表しました(ニュートンの運動方程式)。


 質点の並進運動と剛体の回転運動
各物体のもつ固有の物理量が質量です。
(k:と書いてありますが、私は次のように表現するほうがよいと思います。
「質量とは、並進運動している物体に力を加えたとき、その物体のもつ速度の変わりにくさを表す物理量です。」
長谷川さんは、定義が循環することを嫌ったのかもしれません。)
実際の物体にはいろいろなものがありますが、簡単なモデルとして、質量が重心に集まった大きさをもたない点と考えたものが質点です。
質点の運動を並進運動(へいしんうんどう)とよびます。

また、大きさがあるものでも変形を無視できると考えてモデル化したものが剛体(ごうたい)です。
宇宙船も剛体と考えることにより、その運動を簡単に扱うことができます。
力学が扱う運動の基本的な対象は、質点の並進運動と剛体の回転運動です。
後者は、剛体の重心が不動である場合にその向きが変わっていくことです。
剛体も並進運動を行いますが、これはその重心の位置にある質点の並進運動とみなせるので、上のように整理できるのです。
実はこれらの用語の使い方は必ずしも定まっていませんが、本書では、「並進運動」を質点の運動、「回転運動」を剛体の運動に限って使っています。
たとえば、惑星の公転は並進運動、自転は回転運動と整理しています。
剛体の回転運動に関して、剛体を多くの質点の集まりと考えてニュートンの法則から剛体の運動方程式を導いたのは、オイラーです(オイラーの運動方程式)。

力学では、多くの物理量が使われていますが、ほとんどの物理量を表す名称は決まっています。
しかし、回転運動において「剛体の向きを表す物理量」には決まった用語がなく、教科書により、「回転」、「回転位置」、「回転変位」、「姿勢」、「オリエンテーション」等とさまざまに書かれています。
「姿勢」という言葉は、昔から「体の構え」や「事に当たる態度」の意味で使われていましたが、20世紀になって、航空機、ロケットや宇宙船の向きを表すために使われました。
さらに、宇宙開発の分野で「姿勢」が理論的に研究されるようになり、一般的な物体の向きを表す物理量の名称として使われるようになりました。

質量や後述の慣性モーメントが関わる運動を「ダイナミクス(動力学)」、それらが関わらない運動を「キネマティクス(運動学)」とよびます。
この分類と先の分類を組み合わせることで、力学の扱う運動の分野は、以下の4つの部分に分けられます。
 図1-2 力学の4分野
  並進運動ダイナミクス  │  回転運動ダイナミクス
 ───────────┼─────────────
  並進運動キネマティクス │  回転運動キネマティクス

並進運動と回転運動は一見まったく別物のように見えますが、両者の物理量は実は 対応関係にあります。
対応させた表を写しておきます。
 表1-1 並進運動と回転運動の物理量
      並進運動          回転運動
    物理量   SI単位    物理量      SI単位 .
 1  時間     s       時間        s
 2  質量     kg      慣性モーメント  Nm/s2
 3  力      N       力のモーメント  Nm
 4  加速度   m/s2    角加速度     rad/s2
 5  運動量   Ns      角運動量     Nms
 6  速さ(速度) m/s    角速度      rad/s
 7  距離(位置) m      角度(姿勢)   rad

この表の順序をみると、加速度が距離よりも先に出てきます。
これはどう考えて逆だと思うのですが、長谷川さんの深い配慮があるのかもしれません。
本書の記述の流れは、並進運動について解説してから回転運動に移っていますが、回転運動の部分が本書の中心なので、この要約では並進運動の部分は省略します。


 回転運動の物理量
回転軸に支えられた物体を回すときには、回転軸と離れた部分に力を加える必要があります。
この時、回す作用の大きさを表すものを力のモーメントあるいはトルクといいます。
一方、慣性モーメントは、回転運動で、回転軸のまわりに回転している物体に力のモーメントを加えたとき、その物体のもつ角速度の変わりにくさを表す物理量です。
物体のもつ慣性モーメントは、質量が大きいほど大きいのですが、質量だけでなく形にも依存します。
同じ質量であれば、回転軸に対して横に平べったい物体のほうが縦に長い物体より慣性モーメントが大きいのです。
コマが平べったい形をしているのは、慣性モーメントを大きくして止まりにくくするためです。
回転運動の場合、力のモーメントは、慣性モーメント×角加速度で表されます。
また、回転運動の勢いを表す量として、角運動量を考えることができます。
角運動量は、慣性モーメント×角速度で表されます。

並進運動における運動量保存の法則に対応するものとして、角運動量保存の法則があります。
・角運動量保存の法則 : 回転する物体に外部から力のモーメントが加わらない場合、角運動量は変化しない。

3次元の運動に関わる物理量の数学的性質をまとめると、次の表のようになります。
 表2-1 3次元の運動の物理量
       並進運動          回転運動
    物理量  数学的性質   物理量     数学的性質 .
 1  時間    スカラー    時間       スカラー
 2  質量    スカラー    慣性モーメント 対称テンソル
 3  力      ベクトル    力のモーメント ベクトル
 4  加速度   ベクトル    角加速度    ベクトル
 5  運動量   ベクトル    角運動量    ベクトル
 6  速さ(速度) ベクトル   角速度      ベクトル
 7  距離(位置) ベクトル   角度(姿勢)  直交テンソル

並進運動の物理量はすべてスカラーとベクトルですが、回転運動の物理量である「慣性モーメント」と「姿勢」はスカラーでもベクトルでもない物理量です。
回転運動のキネマティクスには「姿勢」の性質が関係しますが、「姿勢」はベクトルとは違った性質をもつため、回転運動特有の興味深い物理現象が起こります。

(k:表左側の並進運動と右側の回転運動のいずれにも「ベクトル」が出てきますが、実は左と右とで性質が異なります。私見では、左側のベクトルは極性ベクトル(本来のベクトル)で、右側のベクトルは軸性ベクトル(擬ベクトル)です。2つのベクトルの合成は、幾何学的には平行四辺形の法則で表され、これは極性ベクトルの場合は図示すればほとんど自明ですが、軸性ベクトルではそうは言えません。次の記事の真ん中あたりをご参照ください。
『量の世界』5 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)


--------------------- 続 く ----------------------

『力学入門』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A (ameblo.jp)