『技術大国幻想の終わり』2 | 宇宙とブラックホールのQ&A

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2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

『技術大国幻想の終わり』1:http://blogs.yahoo.co.jp/karaokegurui/68755162.html
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ここから第2部です。
第1部で見てきた日本の問題点を解決するには、過去の成功体験からの離脱が必要です。
そのためには、次の二点で意識を変えなければなりません。
ひとつは、自分たちが「技術大国である」という「幻想」を今すぐ捨て去ることです。
もう一つは、「価値」について目覚めるということです。
前者についてはすでに見てきたので、ここでは主に価値について説明しています。

畑村さんは、日本企業は世界各地に住んでいる人々が大切にしている文化のことはあまり考えてこなかったという指摘を海外で受けて、ハッとしたといいます。

たとえば、サムソンには「地域専門家制度」というものがあります。
地域専門家になる人は、語学研修を終えた後、実際に現地に入り一定期間、現地の人と同じふつうの生活をして、現地の習慣や欲望、考え方を吸収します。
現地の文化を身につけた人間を育成することで初めて現地の人の価値観に合った商品をつくりだすことができるのです。
サムソンは、1990年から毎年数百名、世界中に派遣を続けているといいます。

第2部の最後の小見出しは、「物の世界」と「価値の世界」となっています。
畑村さんはいろいろな企業に創造の方法を教えているそうですが、そのときの基本ツールは「思考展開図」というものです。
これは、製品やサービスをつくったり企画を立てたりするときの思考のプロセスの全体像を表わしたものです。
左側には「どんな制約条件の下でどんな機能の「もの」をつくるか」が、右側には「従来注目してきた「物」とそのつくり方」が書かれています。
顧客・社会の要求を知ることでどういった機能が求められているかを考えることが、最右端の「要求機能」であり、それをブレークダウンして「機能」、さらには「機能要素」が導かれます。
右半分では各機能要素に対応して「機構要素」を考え、機構要素を組み合わせて「構造」、さらに「全体構造」ができます。
日本企業が従来もっとも注力していたのは右半分、つまりどういう構造のものをつくるか、でした。
それに対して、畑村さんは左側の機能の問題を強調してきました。
しかし、そのさらに左に大もととして「価値の世界」を考えなければならないことに気づいたといいます。
  価値 → 機能 → 構造
まだ試行錯誤中だそうですが、おそらく一番左側には人間という種の根源的な欲求のようなものが来ます。
そこから五感、欲望、さらにそれぞれの地域の文化、習慣、土地ごとの人々の考え方、伝統といったものがあり、満足感、心地よさ、見栄、安心感といったものが要素にあげられると考えているとのことです。

第3部は「日本の生きる道」です。
これからの日本には「変わっていくのを前提とした戦略」が必要だ、と畑村さんはいいます。
なぜなら、「時間が経つと技術は必ず陳腐化する」からです。
陳腐化というのは、ある技術が時代遅れになったり効率が悪くなったりして価値が減少してしまうことです。
先進国と新興国の技術レベルを比較すると、定義上、先進国の方が新興国よりも上にあります(先進国の技術的優位性)。
そして、どちらも時間とともに上昇していきますが、新興国の方が進歩が速いために、時間の経過とともに技術的優位性はどんどん縮まっていきます。
先進国が努力を怠れば、いずれ逆転されてしまいます。

それでは努力を続ければ必ず優位が保てるのかというと、場合によっては技術の変化により市場の様子がまったく変わってしまうことがあります。
たとえば、フィルム事業の需要はデジタルカメラの普及により急激に縮小しましたが、富士フィルムは中核事業(コアビジネス)の転換により生き残りました。
一方、世界最大のフィルム会社だったコダックは切替ができず、経営破たんに追い込まれました。
また別の例として、IBMは中核だったコンピュータ製造もハードディスク事業も売って、ソリューション事業を主分野とするようになりました。

以上の点を踏まえ今後の日本に求められる努力の方向性のヒントとして、次の三つが挙げられています。
1.市場のあるところでつくる
2.それぞれの社会が求めている商品を売る
3.日本の経験を売る

1~3については新興国のさまざまな事例が挙げられていて、それぞれ大変興味深いのですが、時間の関係もあり省略します。
一つだけ、鉄道についてみておきます。
日本政府は、新幹線を海外に売り込んでいます(原発も同様)。
しかし、畑村さんは、移動手段としては高速鉄道より都市の渋滞緩和に役立つふつうの鉄道や、物流にも使える高速道路の方が需要があるのではないか、と述べています。
そもそも新幹線のようなハイテクのインフラが使えるのは、日本のような電気が安定的に供給されている場所にかぎられます。
日本の鉄道会社は昔から中古車両を海外に販売していますが、そのなかでもっとも人気が高いのはディーゼルエンジンで動く気動車だそうです。
電力供給が不安定な新興国には、電力を必要としない気動車の方が向いているのです。
つまり、日本が売りたい新幹線などハイテクを利用したインフラは、必ずしも相手が欲していないのです(原発も同様)。

p.150に「これからの日本の生きる道」の図解があります。
技術と商品の関係を考えた場合、グラフのヨコ軸に「発想の新規性」、タテ軸に「技術の先端性」をとると、次の4つの象限が考えられます。
  4 ↑ 1
  ─┼→
  3 │ 2
1.右上、発想の新規性と技術の先端性
2.右下、発想の新規性と既存技術
3.左下、既存技術で発想もそれほどでない
4.左上、常に最新の技術開発を継続し続ける
細かく解説すると、
第1では、今までにない形の新しい商品を産み出す高度な企画開発が必要です。
いわばスティーブ・ジョブズが実現してきた世界です。
第2では、それぞれの地域の文化を取り入れたものづくりが必要です。
これは先に見たように日本企業が見過ごしてきたものであり、韓国のサムソンがその例です。
第3は汎用品、コモディティの世界です。
ここは競争者がもっとも多く、EMSの道を進むしかなく、そのためには桁外れの大胆な投資と先に見た変化への対応力が必要です。
台湾のホンハイ(鴻海精密工業)がその例です。
(EMSとはElectronics Manufacturring Serviceの略で、電子産業における製造のアウトソーシング、つまり電子機器の受注生産のことです。)
第4はこれまでの日本企業が追い続けてきた道です。
畑村さんは、第1と第3はリスクの多い道であり、かつ第3の道をとることは日本にはできないしまた望ましくもないといいます。
畑村さんの結論は、大きな方向としては第2と第4の道の努力を継続しながら、第1の道で成功するための人材を育て第1の道を目指すのがよい、としています。

技術のコモディティ化は必然であり、これまで商売になっていたことが突然商売にならなくなることはふつうに起こります。
デジタルでのものづくりとグローバル化が進んでいるいまは、そうしたサイクルがさらに短くなっています。
第3部の結論は、当たり前のようですが「生きていくためには永遠に努力し続けることが必要だ」というものです。

エピローグでは、これまでの考察を踏まえたうえで畑村さんがたどり着いた結論は、「考え方を変える」「からくりを変える」「教育を変える」の3つだといいます。
考え方をどう変えるかについてはすでにみてきたので、後の二つを説明します。
「からくりを変える」では、たとえば高齢者が住みやすい街をつくるためには、効率重視、経済成長重視から継続重視に視点を転換していかなければならないといいます。
「教育を変える」では、人材の育成、「教育」が国の根幹であるとして、
1.親の所得による教育の不平等をなくすため、経済的に恵まれない過程の子どもでも高等教育の機会を与えられるようにすること、
2.変化に応じて柔軟に対応できる人材を育成するため、教育プログラムを見直すこと
を提唱しています。
特に1の点については、私もまったく同感です。


本書はものすごく斬新な発想を展開しているわけではありません。
主に技術面から日本の特に産業と技術を概観して、全般的な改革の必要性を述べている本です。
この書評では省略した個別の例示も大変興味深いものがあります。
読みやすいので、多くの方にお勧めしたいと思います。